第二章「ランク戦」

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東京支部本部 第一会議室 

「全く……3番隊の連中は何でああなんだ。」

はぁとため息をこぼしたのは、2番隊隊長の斎藤学(サイトウ ガク)だった。
半年ぶりに顔を出した3番隊にめちゃくちゃに引っ掻き回された午前中の会議が何とか閉会し、会議室には団長の瑛心と学、そして団長補佐官の香月 零(カヅキ レイ)と8番隊の監視役でもある飛鳥だけが残っている。

「まぁまぁ、お土産も頂いた事ですし、ね。」

「……連中、これ渡せばなんでも許させると思っていないか?」

飛鳥がなだめるも、学はより呆れの混じった声で海外の産物とお土産を雑に零に放った。
突然放られたにも関わらず、零は無言でしっかり受け止めている。
すると、

「──おい、おめぇら。」

だだっ広い会議室に、低い声が響き渡る。
小さく集まる4人の中心、他よりしっかりした作りの椅子に座っている団長、瑛心だ。
途端に3人の意識が、瑛心へと集まった。

「ここ1週間の間で、原因不明の爆破事故が14件……これ、やべぇよな?」

静かに話し出した瑛心に、はぁと溜息をついた学が怒りを露わにする。

「阿呆が、当たり前だろう。この爆破事件、焼死体は疎か、起爆剤がそもそも見つかっていないんだぞ。……十中八九オッドが関わっているだろ。」

午前中の会議で、ほとんどの隊の隊長から報告が上がった件だ。
色々な場所、日時、規模で各所に起きている謎の爆破事故。
どれも爆発の原因が何によるものなのかがはっきりしておらず、突然焼けてしまった建物内は綺麗さっぱり丸焦げになっている。
不可解なのが、どれだけ活気づいていた筈の建物であっても、焼け跡からは焼死体が挙って姿を消しており今起きている爆破事故の被害者は、ほぼ全員"行方不明"とされていた。
どの箇所でも初めは警察の方で処理を進めていた事件だったのだが、操作を進めていけば行く程手掛かりも無く捜査は滞り、気まぐれに起こるこの爆破によって行方不明者もどんどん増加してしまっている現状からついぞルークファクトの方に匙を投げてきた、と言う所が殆どであるらしい。

しかし、

──現場の防犯カメラには、ガスマスクの男が写っていた。

という報告だけは、この難解な爆破事件の核心となる証拠として、どの警察官も口を揃えて言っていたそうだ。

神妙な面持ちで話し始めた瑛心だったが、学の返答を聞くと「オッドねぇ〜」と呑気な様子で背もたれに寄りかかり、気だるそうに頭の後ろで手を組んだ。

「……おっかしいな、最近大人しかったのにさ。」

「大人しかった……?何が言いたい。」

続けてそう呟かれた団長の言葉に、はっきりしない事が嫌いな学がイライラと腕を組む。

「零、例のワンちゃんからの報告、なんか聞いてるか?」

眉間にシワのよった学を全く意に介さない様子で、瑛心は壁に寄りかかっている零に視線を向けた。
突如話を振られたにもかかわらず、零は全く驚いた風も無く冷静に口を開いた。

「……数日前から不審な夜会が開かれているそうだ。なんでも、願いの叶う石が高値で取引されているだとか。」

いかにも胡散臭い話に怪訝そうな顔をしたのは、飛鳥だ。

「願いの叶う石……?」

「んなアヤシイ話を本気にしてるやつがいるっつーことは、本当になんか起きんだろ。ってこたァ、そんな話を実現出来るやつもいるってこった。」

「…っおい、まさか」

何かを察したのか、学が顔を強ばらせる。

「──5年ぶりだな、ヤツらが動き出したのは。」

そう言ってニヤリと笑った瑛心とは対象に、目を見開いた学は心底嫌そうに、チッと舌打ちをした。

「主要人物は大方潰しただろうが。何故再起している。」

目には酷く憎悪の感情が浮かび、ヤツらと聞いてから余計に苛立った様子の学の声には、影がかかっていた。
そんな彼を、瑛心は可笑しそうに「ハハッ!」と笑う。

「……物騒な面してんなよ、ガッくんよぉ。あん時行方をくらましたヤツらがいただろ?そいつらがガスマスクの野郎なんて新顔連れて、5年もかけて策立てて来てんだろ。」

「来てんだろ、じゃねぇ!あの時雪野さんが敵の頭の連中を片っ端から調べあげたのは、アイツらを再起不可能にする為だろうが!!」

奮起する学の声が大きくなるのに対し、瑛心は能天気に頭の後ろで組んでいた手を解き、机の上に頬杖を着き何かを諦めたように学を見上げながら再度ハッと笑った。

「おいおい躍起になって、馬鹿かよ。……最初から、雪野さんと俺らじゃ無理な話だったんだ。」

「何…?」

そう言って、つまらなそうに視線を外した瑛心に、学の眉毛がピクリと動く。

「──捕まったヤツらはな、片山やら保谷のお陰さんで殆どがとっくに釈放されたンだとよ。」

「なっ……?!」

低くそう呟いた瑛心の言葉に、声を失った学と隣に立っている飛鳥も目を見開いた。

「そうか…オッドピッド悪用の倍増も、爆破事件の被害者の行方や謎の夜会の事も、もし彼らの仕業だとしたら…」

視線を外したままの瑛心は、ちらりと飛鳥を見やる。

「ああ。……また、”とんでも人体実験をしている”かもしれないっつー事だな。」

人体実験と口にした途端、学が顔を歪めついに声を荒らげた。

「アイツら何で釈放されているんだ!敵に加担した犯罪者だぞ!!」

バンッと机を叩く音が部屋に響いた。

「まあまあ落ち着け。お前さんの気持ちもよぉく分かってンよ。でもよ、世の中お金で全て解決出来ちゃうのが、この世界の現実ってやつだ。」

瑛心になだめられ、荒げていた呼吸を徐々に落ち着かせた学は、それでも納得いかないという顔をして悔しそうに唇をかみ締めている。
椅子に座りながらその様子を少しの間眺めた瑛心は、突然長い足をタンとしっかり床につけなおした。
そして重そうにゆっくりと立ち上がり、学の方へ向き直るときっちり締められた彼のネクタイをいきなりグイッと引っ張り、自分の方へと顔を引き寄せた。
苦しそうに顔が歪んだ学と、目が合う。

「────坊やの事はよく分かってる。だからこそ、お前にしか頼めない。」

「…………ッ!!」

至近距離で目を合わせ静かに訴えている瑛心の瞳は、学と同じ度合いで鬱積していた。
少なくとも瑛心は自分と同じように感じている、と眼前で知らされた学はようやく脱力して顔を逸らし「悪い、取り乱した。」と大人しく頷いた。
ぱっとネクタイを離した瑛心は、満足したのか再びドサッと椅子に腰掛ける。

「って事でよ、他の隊長にも話そうかとも思ったんだけど、いつまたここが乗っ取られるかもわかんねぇし、内部状況を和泉と紫くんに調べてもらうことにすっから、とりあえずは内密に。頼むな。」

「「「御意。」」」

能天気にニコニコとそう言って瑛心は、3人の返事と共に「そんじゃ、かいさーん」とヒラヒラ手を振った。


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