第二章「ランク戦」

第十四話
………ニッコリと笑うその表情、まるで特撮モノの話に出てくる悪役みたいだ。
四つん這いのまま、俺は無言で下へ首をもたげる。

……さて、どうしたものか。

「流石にもう降参〜?」

為す術ない状況に、少しからかいを含んだ声がとんでくる。
圧倒的強さの前に、俺ってめっちゃ弱いかもしれないと段々気が落ちてきた。

床の方向にかかっている力が強すぎて歩くことは無理そうだが、床に付いた自分の膝をずるずると腕の力を使ってなんとか起こし、体を丸めてしゃがむ体勢をとる。
──あ、足が磁力によって地面にベッタリくっつくから、しゃがむ体勢はいつもより楽だな……。

………………………………。

「もうへばったの〜??」

知逢のバカにしたような、期待外れだったのかちょっと残念そうな声が聞こえてくる。

しかし、
体勢を変えたことであることを思いついてしまった俺は、すぅっと小さく息を吸いこんだ。
そのまましゃがんだ体勢で、知逢に気づかれないようあえて不自由な両足に集中し、そこへありったけの力を溜め始める。

「おーい?」

今まで挑発に乗りつづけてた俺が急に黙りこくったことへ段々と不信感を抱き出したようで、知逢が遠くから呼びかけてきた。

だが、その間も知逢そっちのけで俺は集中し続ける。
今は返事を返せる余裕が無い。

気の所為かもしれないが、意識を"溜めること"に集中してるお陰か、昨日より足に能力が行き渡っている気がする。
そして更に、磁力によって下に行こうとする力の効果が助けになり、それを頼ればより一層体全体が上へ飛び上がろうと準備を始めていく。

いっつも、上に行くことばかり考えてたけど。

知逢の今俺に着せている磁力"引き寄せる力"は、強力だが全く離れられ無いことも無い。
しかも今回は、床にくっついている部分が背中で受けて大の字で寝転がってた時よりも大分少ない。
つまり、跳躍の能力を最大限に使えば一時的にその力で床から離れることが可能かもしれない。
若しくは、力が働いている範囲を出る事が出来たら、この磁力から解放される可能性もある。

その上ヨーヨーを横に飛ばす時とかそういうのみたいな感じで低めに速く飛べば、ワンチャン正面の離れた所に立つ知逢の元へ一瞬で到達出来るかも。
……まあ、速さも飛ぶ方向も全部自分のコントロール次第だけど。

──成功するかは一か八か。またバレたら対策を立てられてしまうから、1回きりの一瞬の勝負だ。

「すぅ……はぁ…………」

今持てる力を十分に貯めた俺は、一度大きく深呼吸をする。

「理紅〜〜??もう降参でいい〜〜?」

ようやく痺れを切らしてちょっと油断し始めた知逢の様子に、俺は顔を上げた。

「え!?」と上がった声と共に、目を光らせた俺の視線は、驚いた顔をした男の姿を捉える。

その瞬間、

────ヒュッ

目いっぱい手を伸ばし、知逢の眼前に向かって跳ぶ。
しかし、迫ってきた彼の姿を認識できたのは一瞬で、またすぐに俺の体は磁力によって元の場所へと引き戻ってしまう。

────だが、

「…………ッ!?」

体が戻される直前、反射的に引こうとした知逢の腕より、俺の伸ばした手が彼の体をかすめる方が、わずかに速かった。

「お……わぁぁあああああああ……………………!!!」

すごい勢いで戻って行った自分の体は、やはり着地が上手いこと行かず、「ぐぇっ。」とカエルの潰れたような音とともに、支えきれなかった俺の体はゴロゴロと転がっていった。

「いってぇ〜……」

はぁはぁと息を整えれば、いつの間にか足にかかっていた磁力が消えているのを感じ、グイと体を起こす。
座ったまま全然整わぬ呼吸に肩を上下させ、目だけを動かして知逢を見やると、こちらを凝視した知逢は未だ呆気に取られているようだった。

「はぁ、はぁ…………っこれ、俺の…勝ちだよな?」

何も言わない知逢に、みっともなく着地したことを隠すようちょっぴり得意げに顔をあげてみれば、しばらく硬直していた知逢の顔が徐々にぱあと輝いていった。

「……す、すげぇ!!どうやったの今?!瞬間移動?!めっちゃ速かったんだけど!!」

先程見せていた悪者のような笑みは何処へやら、わあっと盛り上がっている知逢は、まるで少年のような純粋な笑顔を向けた。
単純な俺はそれだけで、"知逢が力を加減してた"とか"実践じゃこうはいかない"とか、色々な問題をどっかに放って、まーあいい気になってしまう。

「……だ、だろ?」

憧れの眼差しを向けられ、俺は調子にのった。

「もう1回やって!!!」

「……任せろ!」

そうして知逢にのせられた俺は、その後も何度も知逢へ挑むことになるのだが勝てたのはその1回のみで、結局対応策を考えた知逢に、コテンパンにやらてしまうのだった。
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