第二章「ランク戦」

第十三話
──今日は俺の相手、よろしくね。
と、知逢に良い笑顔で言われた俺は、ひやりと嫌な汗をかきながら訓練ブースへと引き釣りこまれた。

それから「フェアじゃないから。」と、知逢も俺と同じ訓練用の服に着替えてくれたとはいえ、

とはいえ……!!!!

「はぁ………はぁ………………いや……強すぎ。」

真っ白な床へ大の字になりながら息を荒らげる俺は、絶望を滲ませた声で呟いた。
遠くの方で知逢がワハハハー!と高笑いしてる声が聞こえてくる。
なんでも、久々にヨワヨワな相手に出会えて嬉しいらしい。
かく言う俺は、既に何十回と知逢に全く触れもせずに白旗を挙げ続け、最早立つことすらままならない。
そうして荒い呼吸をしながら、ひとつの悪態を心の中で付く。

……Cランクってやっぱ強いじゃねぇか。

「は〜面白……っと大丈夫〜?俺、これでも手加減してるんだよ〜?」

コイツ…………っ!!

カチンとどっかで音が鳴った気がする。
思ったより煽り耐性の無かった俺は、こめかみに血管を浮かせ遠くから聞こえた知逢の声に、息も整わないままガバりと起き上がった。

「……っもう1回!!!」

「ハハ!……そう来なくっちゃねぇ。」

知逢はそう言うと、楽しそうににんまりと笑う。

「今日はさ、俺に指一本でも触れられたら、勝ちって事にしてあげるよ。」

「は?指一本?………………やってやるよ。」

本当は勢いのまま言い切りたかったが、悔しい事に一回意味をちゃんと考えて、言葉に詰まってしまった。
だって、いくらハードルを落としたとはいえ、今まで手足をばたつかすことはできても、俺の体自体はこの場から全く、ビクともしなかったのだから。

そもそも戦い慣れていない俺なんて、足場のないこの空間じゃ特に、異能力勝負をしかけても勝つなんて到底無理だ。

……よく考えたら俺の能力って、飛ぶ以外無いよな。

「ふ〜ん…じゃあ、行くよ」

「!……来いよ!」

知逢の動作に全意識を集中させる。

──こうなったら、向こうが異能力使う前に飛びあがって、一気に距離を詰めるやる……!!

知逢が使う力は、あらゆる磁力を操って人の動きを封じたりどっかにぶっ飛ばしたりできるものだ。
彼の指パッチンでどこからとなく力が働き、体が磁石になったみたいに床にベッタリ吸い寄せられて動けなくなってしまうのは、最早感動モノだ。
しかも、俺はまだ戦い方を知らないから何度も後手後手で相手の出方を待って能力を使う為、さっきからずっと何も出来ずに床から動けなくなってしまっていた。
…………要は現状、指パッチンされたら終わり、みたいな感じだ。

多分だが、磁力に対して俺の跳躍ってめっちゃ相性良くない、よな。
……いや、条件悪い時の方が多いか、俺の力。

(──!!今だ……!!)

知逢が指を動かそうとしたのを感じとり、それよりも早くビュンッと素早く床を蹴る。

(まじ?!!)

今まで1度も床から離れなかった体が、案外あっさりふわっと浮かび上がっていく。
こんな事なら相手の動きを待たずに、先手必勝で飛んどけば良かった。
何故かもう心の中で勝った気になって悠長にしていたら、知逢の鋭い視線がキッと飛び上がった俺の方に向かってきた。

(ヒィッ!)

慌てて壁を蹴り、何とか触ろうと空中で知逢の方へ体を走らせる。

パチンッ!

とうとう知逢の指パッチンの音が聞こえてきた。

(あ、やば、これ落ちるんじゃ──?!!)

磁力で床に叩きつけられる覚悟をしつつ、どうしても反射で避ける仕草をしてしまいながら、ぎゅっと目をつぶる。

……………………しかし、

「あれ?」

落ちない……??
今、鳴ったよな?

一瞬の疑問符が浮かんだつかの間、

パチン!

と再び聞こえてきた音を合図に、今度はしっかりギュンと床に引き寄せられてしまった。
ベチャッと鈍臭い音が部屋に響く。

「いってぇ!」

「はい、俺の勝ち〜〜!」

打ち付けた腰の痛みと能力の使用による疲労で、俺はしばらく床に寝転がりながらはぁはぁと息を整えた。

「はっ……くっそ……出だしは良かったのに……!」

ワハハ!と高笑いが聞こえてきて、ムッと首を巡らす。
…………おいおいコイツ、表情もいちいちムカつくぜ。
まあ、返す言葉もねぇけど。

楽しそうな知逢の顔に余計ムカついてきたので、俺は視線を再び天井に戻した。
そして、先程何故か落ちずにいれた1回の可能性にかけて、思考をめぐらすことにする。

指を鳴らしていたのは確実だったはずに、なんで落ちなかっんだろう……?

「何か、理由が────」

そこまで考えて、俺はハッと目を見開く。

もしかして、俺が避けたから……?

指パッチンで狙いを定めないと異能力が当たらないとかだとしたら、あの時避けた事が幸をそうしたのかも。
もしそれが当たっていれば、狙いが定まらないよう知逢の指パッチンより早く動き続ければ、床に落ちる事が無くなるんじゃないか?

……これは、突破口を見つけてしまったかもしれない。

イタズラを思いついた時のような感覚に段々楽しくなってきた俺は、疲れた体を叱咤しよろよろと立ち上がる。

「………もう1回。」

「………………いいねぇ。」

あえて俺は仕返しのようにニヤリと意地悪な笑みを浮かべて、面白そうに舌なめずりをする知逢にもう一度対戦を申し込む。

呼吸の仕方、目線の移動、重心の移動……相手の動き全てに神経を研ぎ澄ませろ。

きっと早く動き出しすぎれば読まれてしまうから、なるべく意表を突く感じで……。

ピクリと腕が動いたのを、俺は見逃さなかった。
知逢の動きを読み、思い切りばっと飛び上がる。

パチンッ!

およそ音が鳴ったと同時くらいに、俺は素早く跳ね上がった。

(──よっしゃ!)

狙いを定めて力を使っているという推測は見事的中していたようで、俺は床に落ちる事無く跳躍に成功する事が出来た。

(このまま逃げ続ける……!)

次の指パッチンを警戒しながら、直ぐにサイドの壁を蹴って先手必勝を試みる。

──しかし、そんな俺の打開策は直ぐに呆気なく打ち破られた。

パチンッ パチンッ

「うわぁ!」

知逢の伸ばした腕の方向から離れた所目掛けて飛んだ筈なのに、ズンと重さがかかって俺はバランスを崩す。

あいつ、両手で……!

ガッツリ攻撃を受けてしまい、俺の足は再び床にベチャッとくっついてしまった。

「まだまだ甘いなぁ〜理紅君は。」

そう両手を伸ばす知逢は、俺の作戦をしっかりと読んでいたようだ。

しっかりと狙われた足は最早床から数ミリ離すことすら厳しい。

「……」

折角見つけた打開策が意図も簡単に振り払われてしまって、俺はギリと歯を食いしばる。
……考えろ。
ここまでだって散々磁力を受け、床にベッタリくっついて動けなくなってきたんだ。
何かあるはず……。
と、経験値の無い頭で色々考えみても、足を狙われてしまったら何も出来ないじゃん。と言う所に辿り着いてしまう。
いっそ異能力使うと見せかけて走り抜ける、とか言うバスケとかで使うような簡単なフェイクくらいしかやりようがなくないか?

……俺、異能力使う意味ないんじゃ…

パチン!

「ぐッ…」

足裏に先程よりも強い力がかかって、立ってられなくなりとうとうガクンと床にを手をつく。
考えながらちょっと絶望しかけてたら、さらに追い討ち打たれた。酷い。

「もう動けないねぇ。」

四つん這い状態のまま目だけで知逢を見上げると、光る目が楽しそうに弧を描いていた。
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