第二章「ランク戦」

第十二話
11時15分。

俺は今、あの後起きてきた知逢に事情を話し、それなら11時頃に寮を出たとこの神社で待ち合わせようと言うことになったので、神社に来ている。
ちょっとのんびり出てきちゃったけど、知逢の姿はまだ無いようだ。
昨日は夕方だったから古びた神社はものすごく暗いイメージだったが、日が高いうちに来ると木漏れ日で照らされ、夜は少々不気味に見えていた建物は今はえらく神秘的に見えた。

「遅くないか……?」

そうつぶやきながら、流れゆく雲を何となく目で追っていると、

「ゥニ゛ャー」

突如足元から、聞き覚えのあるちょっと汚い鳴き声が聞こえた。

「うおっ……って番長!!」

番長は昨日と同じようにこちらを見つめながら、ボテっとした体を畳んで行儀よく座っていた。

昨日ぶりだか、再会の喜びが凄い。

俺はしゃがんでそっとその頭を撫でる。

「昨日はサンキューな。」

お礼を言いつつ撫でる俺の手を嫌がること無く受け入れた番長は、気持ちよさそうに目をつぶっている。大変キュートだ。

しかし、そう思ったのもつかの間、突然ふいっと横を向いてタッタッタッと茂みの方へ消えて行ってしまった。
俺の、撫でていた手だけが残る。
猫は気まぐれって本当なんだな。

「ごめんお待たせ〜。」

寂しい気持ちで番長を見送っていると、今度は反対から声をかけられた。

「……?!」

振り返ると、そこには黒マスクに大きめの丸いサングラスにキャップと言うめちゃめちゃフル防備の人が立っている。

まるで不審者。

とはいえ、慣れてくると顔が一切見えずとにかくめっちゃ怪しげな割に、雰囲気は何となくオシャレなような気もしなくもなくもないような……ちょっと独特な格好だ。

「あ、驚かせた?俺花粉症でさ…」

女の子のようなくっきり二重の大きめなタレ目が、サングラスの奥に覗いている。

……花粉症、辛いよな。……俺は違うけどさ。

「ま、まあちょっとビビったけど、対策は大事だしな。外出て大丈夫か?」

「あ、平気平気!どうせ今日訓練場に行くつもりだったからさ!」

そう言うと、見た目に反して元気そうな知逢は行こう!とずんずん歩き始めた。
置いてかれないように慌てて俺も後に続く。

「理紅は、定期的に模擬戦ある事って、知ってる?」

隣を歩く知逢が、唐突に話し出した。
例にたがわず全く知らされてない俺が首を振ると、だよね〜と前へ向き直る。

「ルークファクト内で個人のランクを決める為に、定期的に模擬戦をやってるんだよ。」

「ラ、ランク?」

「うん、下からE~SSってランクがつけられて、高いほど受けられる任務とか報酬とかが多くて、色々凄い。」

「へ〜ぇ?……ちなみに知逢君はどのくらいか聞いていい?」

「知逢でいいよ!俺はねぇ〜、Cだからまだまだ!」

「えっC?!って充分凄くないか?」

「いやいや、8番隊の中では俺が1番下だからね」

知逢はそう言って照れたようにへへっと笑った。
Eまである中のCでもいちばんした?????
俺一体どうなっちゃうのよ。

「じゃあ、ひのくんてどのくらい?」

そしたら、ひのくんもめちゃめちゃ強いんじゃないか?
と期待したが、俺がそう聞くと意外にも知逢は眉を寄せて、予想外の返答を返した。

「氷緑君は毎回模擬戦不参加だから、ランク外だよ。」

「え?不参加とかあんの?」

驚いてそう聞くと、知逢は首を振った。

「人に会いたくないってつまんない理由でずーっとサボってる。でも、飛鳥さんも何故か見逃してるから、俺もよく分かんない!」

氷緑君だけ特別扱いでずるいよね〜と知逢は口を尖らした。

「……」

任務の時とかはそんな感じ全然しなかったけどなぁ、集団が苦手なんかな。
サボりというワードがあんまりしっくり来なくて俺は少し黙り込む。

模擬戦の話はそれ以上広がらず、代わりに、同室の色(シキ)って子から大事に取っておいたプリンを食べられたとか、登武(トウム)って人に大食い競走で負けただとか、かなり取り留めのない話が続き、ついに知逢が口を止めたのは駅の裏側にひっそりと現れた小さな喫茶店の前だった。

「……ここが訓練場?」

明らかにお店感が出ているが、知逢はニヤリと笑って(とはいえほぼ目元しか見えてないが。)、

「ふっふっふ、びっくりして腰抜かすなよ。」

と愉快そうに入店してしまった。
頭に疑問符が浮かび上がるが、俺も後に続いて入店する。

「…いらっしゃい。」

中へ入るとコーヒー豆の香りが漂ってきた。
カウンターにキュッキュッとグラスを拭いているバーテン姿の男性がおり、ムキムキな彼は俺たちを認めるとかなり低めの声で声をかけてくれた。

アンティークな雰囲気の店内を、物珍しくてまじまじと観察している俺に構わず、知逢が店員さんに何やら話しかけた。

「チロル下さい!」

「……かしこまりました。」

………チロル??
チョコって事か??わざわざ喫茶店で??
理解に苦しむやり取りから一体何が出てくるのか凝視していれば、

「こっち。」

知逢が俺にそう告げて店員さんに断りもせず、カーテンのかかっている方へと歩き始める。
促されるまま着いていくと、知逢は全く躊躇う様子なくカーテンを開き奥へ消えてしまった。

「?!」

大丈夫か?これ。
と、チラリと店員さんを伺うと、こちらの事は全く意に介さない様子でグラスを拭き続けている。

勝手に入れって事でいいのか……?

おどおどとしながらもついぞ俺も意を決して、カーテンの奥へ足を踏み入れた。

「──なにこれ!?」

カーテンの奥には地下へ続く階段があった。
さっきまであんなにおしゃべりだった知逢は、今は俺にはお構い無しに無言で階段をどんどん下りている。

「ちょっ、早い」

俺もビビりながらも、走早に後に続く。

────────バタン。

「え!?」

下りたら入り口しまったんだけど?!
確かカーテンだったよな……??!

「お、おい知逢ー!これど、どこに続いてんの?!」

声が反響する通路に大きめの声で知逢に問う。
その声が聞こえたようで振り返った知逢が、やっと足を止めてくれた。

「ああ、ごめん。ここにくるとつい興奮しちゃって、黙りこむの癖なんだよねぇ。この下に訓練場があるんだよ。」

「えっ地下にあるのか?」

俺に気づいた知逢は追いつくのを待ってくれた。

「そうそう、見てて。面白い事が起こるから…」

そう言って降り続ける階段の先に、段々と明るい出口が見えている。
それをめざし、ゴクリと唾をのみながら進むと、

ビィィィ……

一瞬レーザーみたいなものが俺の体を通った。
と思ったら、

「っ……なっ…にこれ…」

一瞬眩しさで目が眩んだが、目が馴染んでくると、そこにはものすごい広さの近未来的な空間が現れた。

人も結構多いし、天井は地下とは思えないくらい高い。

「どう?びっくりした??ここがオッドの為の訓練場。これはルークファクトが秘密裏に造ったものだから、普通の警察官にも知られてないんだよ。」

「す、すげぇ……」

知逢が説明をくれるが、感嘆の声しか出ない。
にっこり笑う知逢は、楽しそうだ。

「じゃあさっきの喫茶店の言葉はもしかして、特別なやつ?」

「……そうだよ!なんか漫画みたいでしょ〜。」

一瞬変な間があった気もするが、「あの瞬間がたまらないんだよねぇ〜」と言う彼はウキウキとしている。

「ちなみに、さっきのレーザーで俺達はバーチャルの体に変換されてるから、怪我してもここから出たら元通りに戻るようになってるの。だから、ここでならどんなに異能力使っても大丈夫!」

「え!つまり反動来ないってこと?」

バーチャルの体とか意味不明な事柄を全てすっ飛ばして、俺は前のめりになる。

「おおう、そうだった。うん、持ってる能力値は変わらないからここで使える力が急に増えることは無いんだけど、ここで仮に限界まで使ってたとしても反動は来ないよ。」

「へぇえ!すげぇ!!」

仕組みとかなんかよく分かんねぇけど、バーチャルってすげぇ!
反動か無いと知って喜ぶ俺を他所に、知逢はスタスタとインフォメーションと書いてあるカウンターの方へと歩き始めた。

結構マイペース。

カウンターには、今朝華純が着ていたような軍服っぽいかっちりした格好のお姉さんやお兄さんが、とてつもないスピードでカチカチとパソコンを操作していた。
知逢は近くまで行くとお姉さん達に声を掛けるかと思いきや、カウンターに数十台くっついていた小さい端末の方へ向かい、それを操作し始めた。
俺が何だかよく分からずちょっと離れた位置で眺めていると、

「!?」

知逢の服装が花粉症対策から、紺色ベースの動きやすそうなかっこいい服に変化した。
なんて言うか、近未来的な感じの戦闘服みたいな。
あんぐりと口を開けたまま、呆気に取られていれば、

「見てみてこれ俺の専用戦闘服!かっこいいでしょ〜。理紅のもおいおい作って貰うけど、今日はとりあえず訓練用の服に変えとこう。」

こっちを向いた知逢が一度くるんと回って衣装を披露し、再び戻って端末をいじる。
その様子に、専用の衣装というのがあるんだな。とこっそり空想に飛んでいると、今度はパッと俺の服が動きやすそうな服に変わった。

「おおお!!」

思わずはしゃぎながら、服を細部まで確認する。
黒基調の服は知逢に比べればシンプルだが、やっぱりちょっとSFチックなデザイン。
訓練用なのに中々かっこいい……!!
それこそ少年漫画みたいだ、と興奮しながら一瞬で変わった服を舐めまわし続けていると、「準備完了だね。」といつの間にか近くまで来ていた知逢がニッコリと笑う。

「……それじゃ今日は俺の相手、よろしくね。」

え。と声をあげれば、
知逢は『訓練ブースと』書かれた方を指さしながら、とびきり可愛い笑顔をこちらに向けて、まるで「何か?」と言わんばかりに小首を傾げた。
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