第一章「オッド」

第十話
そのまま氷緑ひのりの後に続いて階段を降りていくと、共同スペースであるリビングの扉の前に立った氷緑が、一度ドアノブへ掛けようと伸ばした手をスっと引っ込め、そして何故か扉の前からどき、こちらに視線だけでで先に入れと促してきた。

「……?」

なんで自分で開けないのか疑問に思いながらも、素直に指示通り前へ進み、ガチャリと俺はゆっくり扉を開けた。

──パン!

大きく高らかに響いた音と共に、パラパラとふりかかるカラフルな紙吹雪。

「入隊おめでとーう!!!」

突然かけられた元気な声に驚いた俺は、ドアノブを持ったままフリーズした。
目の前にはクラッカーを片手に持った、知らないツインテールの女性が笑顔で立っている。

「あははっ!驚いた?……って、え!?待って、新入り君男じゃん!?」

明るい声と共にギョッと目を見開いたその女性は、「ちょっとすずちゃん!!新入り男!!!」とただ事じゃないと言わんばかりにリビングの奥に向かって叫んだ。
秒単位で色々起きるこの状況に固まっていれば、後ろに構えていた氷緑が何も言わずに横を通り過ぎて行った。
……俺に扉を開けさせたのは、これを予想したからだな。
と、じとっとした目で彼の背を追っていると、

「え‪”‬?!嘘!?!」

まるで世紀の大発見でもあったかのような勢いで鈴と呼ばれていた別の女の人が顔を出し、慌てた様子でツインテールの人の横に立って、品定めのように俺の事を上から下までまじまじと観察し始めた。

……立ち並ぶ二人は、中々の美形である。
クラッカーを持っていたツインテールの人は、目がぱっちりとしていて短パンから見える足はモデルなんじゃないかって位長く、全体的なスタイルが良すぎる。
逆に鈴と呼ばれた女の子は、色が白く儚げで一見お人形さんのような美少女って雰囲気だが、片目にしている黒い眼帯が厳つさを醸し出していて、そのコントラストが……何か凄い。
つまり、どう言う事かと言うと……そうだな……

女性二人に真っ向から品定めされるの、きつい。

グイグイ来る女の子があんまり得意ではない俺は、キャッキャと迫ってくる2人に、身も心も為す術なくズリと後ずさる。

「こらこら、新入りの子困ってるでしょ。」

すると、何も言い返せずたじたじになっている俺を見かねたのか、横から新たに凛とした制止の声がかかった。
迫っていた2人がえーと言いつつ引きさがってくれて、助かったと俺は安堵しつつ声の主を見る。
……が、

『え。』

思わず掠れた声が出るくらい、俺は驚愕した。
そこには、今まで見た事ない位一段と美しい女性が立っていたのだ。
身長がスラッと高く、可憐さも大人っぽさも兼ね備えている顔立ちは所謂……"かわいい"としか言いようがない。長いまつ毛がくるんと綺麗にカールしていて、腰くらいある髪が動きに合わせてサラサラと揺らめく。
文句を垂れる二人と楽しそうに笑い合うその様は、息を飲むほどたおやかである。

控えめに言って、神レベルに美しい。

と言うか、この隊美女しかいねぇのか?
そう思わせる異様な空間に、俺は最早そこから一言も発せず立ちつくす。

「新入り君が男って聞いてたらもっとオシャレして来たのに〜!誰も教えてくれなかったんだけど!!」

「えぇ?美桜みおが頑張るのって、いつも初日だけじゃない?それって意味ある?」

「なぁに言ってんの鈴ちゃん!!第一印象が大事なんでしょ!!」

「もうそんな心配しなくても、二人ともそのままで十分素敵よ?」

「「華純かすみに言われたくなーい!」」

────────俺は、どうすればいい?

可愛い三人の会話を何か申し訳ない気持ちで眺めながら、早急にこの亜空間から脱出する算段を必死に考えていると、「はいはい、夕飯食べるよー」と美女達をかき分けてぬっと背の高い男性が出てきた。

今度こそ助かったと思ったつかの間、ヒュッと俺の喉が鳴る。

美人の間から、王子様みたいな気品の男の人が現れたんだけど。
あれ、俺転生したっけ……?

状況に追い付けず、俺の脳はキャパオーバー気味だ。
王子様のようなキラキラを放つその人は、こちらに気づくと爽やかに微笑んだ。

「やあ、はじめまして、君が壱条 理紅いちじょう りく君だね。俺はこの8番隊の監視役、湯川 飛鳥ゆかわ あすかです。どうぞよろしく。」

ああ、この人が……香深かふかや氷緑が言ってた飛鳥さん。
差し伸べられた手に若干放心しつつ「よろしくお願いします…」と、おずおずと手を差し出す。

次いでさっきまで騒いでたツインテールの人が遮るように割って入ってきて、はいはーいと手を挙げた。

「あたしは美桜みお!分からない事があればいつでもこの美桜先輩が教えてあげる。よろしくね、理紅君!」

元気な声でそういうと俺の手を取ってぶんぶんと振り回した。顔が引きつった俺は、されるがまま挨拶を返す。
結構ちゃんと、腕が痛い。
すると、今度は鈴と呼ばれていた子がはいはーいと手を挙げる。

小戸森 鈴こともり すずです!私は元ここの隊員だけど、今は看護部隊に所属してます。心配性なのでたまーに顔を出します、仲良くしてね!」

儚げな雰囲気とは裏腹に、なんだか元気な感じな彼女も俺の手を取る。思ったよりガシッと掴まれて、これはこれでちょっと痛い。
……二人とも、思っていた女の子の力じゃない事は確かだ。

「入隊早々騒がしくてごめんなさいね、私は黒百合 華純くろゆり かすみ。男の子の方が言いやすいかもしれないけど…困った事とか嫌な事とかあったら、この隊では最年長なので遠慮なく言ってくださいね。」

見た目も上品だけどこの人は中身も上品なんだ。
俺のキャパオーバー気味の脳はもうそんな事しか考えられない。
きっと、芸能人とかに会ったらこんな気持ちになるんだろうな。
華純さんにも軽く挨拶を返すと、やり取りを見守っていた飛鳥さんが空いてる所座っていいよ。と王子さながらな仕草で席の方へ促してくれた。
飛鳥さんと共に美人三人が、ワイワイと騒ぎながらキッチンへと消えていく。

「……つかれた……」

ようやく亜空間から解放された俺は、既に疲弊しながらふぅと一息ついて、空いてる席を探そうとテーブルを見渡した。

──『疑問なんだけど、夕飯皆で食うの?』
──『前に飛鳥さんがそうしろって言ったからね。』

商店街での氷緑との会話を思い出す。
確かに今までどこに居たんだってくらい、この共同スペースに人が増えていた。

……8番隊には強者が多いとは聞いていたけど、まさかそう言う意味だったとは。

「俺、とんでもない所来ちゃったな…」

オッドって皆こんな感じなんだろうか…。
いよいよ全く落ち着かなくなった俺は、とりあえず先に座っていた氷緑の隣にそっと腰掛けた。
チラリとこちらに視線を寄越す彼は、涼しい顔をしている。

「……おつかれ。」

俺がそれだけ疲れた顔をしていたのか、席に着いて早々そう労いの言葉をくれた。

「…………おう。」

それだけ言ってそれきり何も言及して来ない氷緑の無干渉さが、今はものすごく俺の気持ちを落ち着かせてくれた。

その後も、俺は怒涛の夕飯を過ごした。
なんだか外人みたいな人がいたり、真っ白の子がいたり、とんでもない美形な男の人がいたり……色々すごかった。
寿司だけ無心で頬張ってたから名前とか最早覚えてない。
任務で疲れた上、更にどっと疲れた。
と言うか意外と隊員いるんだな。夕飯までほぼ誰にも会ってなかったけど、一体どこに潜んでたんだ。

先程香深に教えて貰った大浴場から帰って来た俺は、部屋に帰って来るなり2段ベッドのハシゴをかけ登り布団にダイブした。

「……お。思ったより柔らかい。」

硬そうな見た目に反して柔らかい布団に感動する。
干してたのかお日様の匂いがして気持ち良い。

「あ〜…落ち着く……」

風呂上がりも早々に、段々とウトウトし始めた頃。

────ズキン。

「…ィっ!!」

一人になった途端、再びあの頭痛が襲ってきた。
今度は動悸はそこまでせず、秒針の音も聞こえてこないが……ただ、代わりに足がとんでもなく重かった。

ガチャ…

息を殺しながら痛みに耐えていると、微かに部屋のドアが開いた音がする。
氷緑が帰ってきたのか…?
別に何が悪いわけじゃないのに、俺は何故かバレるのを恐れて寝たフリをキメた。

シーン。

頭と脚の痛さに耐え、耳だけで部屋の状況を伺う。
特に何の音もせず、人の居る気配すらない。
どっか行った……?

──ズキズキズキズキ

「……っ……」

やばい…足取れそう。
時折ぐわんと脈を打つ両足に嫌な汗が吹き出す。

──これは、まずい。

いよいよ強くなってきた痛みに、早く寝てしまえと必死に念じていると、

「……どうしたの?」

突然かけられた声にハッとして蹲っていた顔を上げる。
すると、柵越しにこちらの様子を伺う氷緑と目が合った。

……普通に居た。

「いや……ッな……ッッはっ……」

荒い呼吸を続けろくに受け答えができない俺に、氷緑はただ事じゃないと思ったのか少し目を見開くと、「ちょっと待ってて」とどこかへ行ってしまった。

しばらく、中々治まらない痛みに喘いでいると、バタバタと音がしてふっと影がかかり、誰かの気配を感じて目を開ける。

「壱条君、どうしたの?!」

駆けつけて来たのか焦った声が聞こえた。
ちらりと見ると、美少じ……鈴がいた。
そういや看護部隊所属とか言ってたっけ。
姿は見えないが、きっと氷緑が呼んできてくれたのだろう。

「足が…痛くて……」

早く解放して欲しくて力を振り絞って訴えると、鈴は手に持っていたカルテみたいなものをちらりと見た。

「……分かった。壱条君、仰向けになれるかな?」

俺はこくこくと頷きながら、横抱きにしていた体を言われた通り仰向けにする。
鈴は何やら小さくて薄い紙を取り出して、手を伸ばし投げ出された俺の足の上にかざした。
するとその紙はポウと淡く光りだし、それに連動するようにじわじわと俺の足も光に包まれていく。

「…この痛みはね、能力使い慣れてない人とか能力値が低い人に稀に出る症状で、特に肉体を使う人は普段使わない筋肉とかを無理に使うから体が耐えきれなくて後々反動で痛み出すの。壱条君は、特に足を使う能力だからそこに反動が来てるみたい。」

反動…?じゃあさっきの動悸もそのせいだったんかな。
光に包まれている足と、同時に主張の激しかった頭痛も段々と楽になっていく。
張り詰めていた力が抜けて、鈴の声が子守唄のようにふわふわと降り注いでくる。

「ま、反動があったって事は能力値に伸び代があるって事だから、きっと次はもっと楽に能力が使えるようになってるはず。………って今説明しても記憶に残らないかもね。今日は疲れただろうし、ゆっくりおやすみ、壱条君。」

急激に襲ってくる眠気に耐えられず、鈴の声に返事すら出来ずに、俺は今日2度目の意識を手放した。
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