第一章「オッド」

第八話 
「2人ともおかえりなさい!任務お疲れ様。」

何とか無事に任務を終えて8番隊の寮に戻って来た俺たちを、香深かふかが笑顔で迎えてくれた。

俺たちが必死こいて捕まえたオッドの連行を見送った後、拭えない笹凪ささなぎさんへの恐怖でしばらく緊張していた俺であったが、氷緑ひのりが笹凪さんはいつもああだよ。と平然としていたので何とか落ち着きを取り戻し、 更にはすっかり日が落ちた時間帯の森が幽暗としすぎてそちらの方が断然怖かったので、寮に着いた頃にはそんな事はほぼ忘れ去り、今じゃ夜の森と寂れた境内のが夢に出てきそうなレベルで恐い。

「──さて、2人での初任務はどうだった?」

追い出される前と同じように3人で再びテーブルを囲み、任務の報告会が始まった。
ようやくひと所に落ち着く事が出来て、俺の中の安堵が半端ない。
そんな気が緩みまくっている俺を他所に、氷緑が静かに口を開いた。

「…笹凪さんに引き渡した。」

結論だけ簡潔に述べた氷緑に、「相変わらず無愛想なんだから…」と香深が苦笑いを浮かべた。
その様子に、俺も何か言わなきゃと気を引き締め直すと、

「……まぁ、上手くいったみたいで何よりだよ。」

俺が何か言うより先に、ふっと香深の表情が柔らかいものに変わり、優しい声が場をなだめた。
その言葉に照れ隠しなのか、氷緑はふいと視線を逸らしまう。

……なんだかそこには、凄い信頼関係があるように見えた。

そんな二人のやりとりに入れずぽかんと眺めていると、今度は香深がこちらに顔を向けた。

「ちなみに理紅りく、ターゲットを引き渡したのはどっち?」

「え?……俺だけど」

答えながら、ターゲットの引き渡しが新人の俺ではいけなかったのかと一瞬戸惑う。
しかしそんな戸惑いも杞憂だったようで、うんうんと直ぐに俺の言葉を聞いた香深は嬉しそうに頷いた。

「良かった、ちゃんと協力も出来たみたいだね。氷緑も、約束を守ってくれてありがとう。」

「……任務を遂行しただけ。」

相変わらず視線を外しながら、氷緑はぼそっと呟いた。

約束……??

と、覚えのない話に俺が首を傾げていると、何故かバツが悪そうな氷緑がごそごそとポケットを探り初め、そっとテーブルに何かを置いた。

「これ、犯人が所持してた。」

そう端的に説明されたそれは、俺が拾ったピアスだった。

氷緑はいつの間に両方とも回収していたようで、部屋の中で緑色に輝くそれは2つ、コロンと転がっている。

……そういえば、俺が拾ったピアス、捕まった男の耳にも同じのがついてたんだよな──

「あ!」

さっきまでの記憶を思い返していた俺は、屋上で男が商店街に向かって手をかざしていた場面を思い出し、つい声をあげた。
テーブルの上へと目を向けていた二人の目が、パッとこちらへ向く。

「何かあった?」

急に声を上げた俺に反して、香深は話しやすくするためか穏やかに尋ねてくれた。

「いや…そういえばあの男が能力を使う時、このピアスも光ってたような気がして…」

別に大した事じゃないかもしれないが、俺は念の為自分の目で見た事を素直に伝えた。

「……やっぱり。」

すると、俺の言葉を聞いた氷緑が確信を得たように呟く。
その反応に俺は頭をひねった。

「やっぱり?」

「……どうやら、理紅が見つけたこれは、オッドピットみたいだね。」

香深もピアスをまじまじと見ながら、頷いた。

「…………オッドピッドって??」

俺は全く事情が分からなくて、首を傾げ続ける。
そして、そんな状況が読めていない俺に気づいた香深が、「ああ、ごめんごめん」と俺の方へ顔を上げた。

「オッドピットっていうのはね、能力値を増幅させたり減少させたり出来る種の事なんだけど……えーっと、要は能力をコントロール出来ないオッドの為の、プロテインみたいな物って言ったら分かりやすいかな。」

疑問符を浮かべる俺に、香深が丁寧に説明してくれる。
が、急に出てきたプロテインという表現が独特すぎて、プロテインが頭の大部分を支配しだした。

「……だけど、最近これを悪用する人が増えてきていて、誰の仕業か一般人にも一時的に能力が使用出来るように、改良までされているみたいなんだよね。だから、今はこのオッドピットの使用や売買は全面的に禁止されていて、僕らはこれを見つけ次第回収しなきゃいけない。」

「…そのプロ……オッドピットってどうやって見つけるんだ?」

一瞬プロテインに脳をもってかれそうになったが、何とか軌道修正させ、俺は改めてピアスを眺めた。
見た目だけでは、とてもこれがそんな力を持ってるようには全然思えない。
そういえば、氷緑にこのピアスを見せた時、確かアレキサンドライトって言う宝石だって言ってたようなと記憶を辿る。

「実はね、残念な事に殆ど見分けがつかないんだ。というか、物質に直接混ざってしまってるから、1度その物体自体を解析してみないと分からなくて見かけだけでどっち、とも言えないんだよね。ただ、異能力を使用した時の発光だけは抑えられないから、不自然に光っていたりすれば確実になるかな。」

なるほど、だからあの時力を使おうとしていた男と一緒に光ってたのか。
俺がようやく納得し頷いていると、そのピアスを静観していた氷緑がスっとそれを回収し、そっと口を開いた。

「……ろうに渡してくる。」

「了解、まとめて報告書に書いておくね。朗は多分いつものとこにいるよ。」

素直に承諾した香深がそう言うと、わかった。と一言置いてさっさとリビングを出ていってしまった。
残された俺は朗って誰だとなりながら、氷緑の背を無意識化で見送る。

……というかそれって、普通にこんな異次元すぎる力を、俺達が知らない所で取り引きしてる人間達いるって事だよな。

と、次いで唐突に襲ってきた社会の闇を感じていると、

「さてさて、オッドピットとか任務の事はまたおいおい説明するとして、夕飯まで時間もないし……とりあえず理紅の部屋まで案内しようか。」

聞こえてきた声に、ドアの方を見て思案していた俺はパッと香深の方へ向き直った。
自分の部屋……!!
俺の中の社会の闇は、一瞬にして消え去った。

了解!と元気よく返事をすると、香深は楽しそうに微笑んだ。

▲ ▽ ▲ ▽

………………。
…………………………。

さて、俺はここでこれからどう生活していくのか。
初っ端から任務行かされたけど俺は、本当にここでやっていけるのか……?
しかも強者揃いと聞いたこの隊で?

…………………………。
……………………………………………………。

でも、もうここまで来てやっぱ辞めますって戻れないもんなぁ。
ひの君とも、仲良く出来っかな。
しばらく……というかこれから先、ほぼここで起きてここで寝るんだから、隊の人達と良い関係が築けたらいいんだけど。

…………………………。
……………………………………………………。


と、座りながら何にもならない自問自答を繰り返し、俺はぼーっと高い天井を眺めていた。

部屋案内を前に「じゃあここ片付けるから、ちょっと待ってね。」と言った香深は今、机に積み上がった書類をトントンとまとめながら移動する準備してくれている。
先に動き出す訳にも行かない俺は、その作業が終わるのを大人しく待っていた。
時折、これはまた後でやろう…と呟く声が聞こえて、ちょっと和む。

香深は、俺が何も知らない事を知っているのか、無知な俺を咎める事もせず一つずつ丁寧に教えてくれるので、まだ出会って1日も経ってないのに彼の隣にいると猛烈に安心出来た。

「ちなみに、飛鳥あすかさんとはまだ会った事ないんだよね?」

準備が終わるのを待ちながら天井のシーリングファンの回転をじーっと眺め続けていると、不意に香深から質問が投げかけられる。

「ああ、ひのくんにも同じ事聞かれたんだけど、俺まだ本部では団長としか会ったことないんだよね。」

……………
…………………

あれ、返ってこないな。
ダラダラとシーリングファンを眺めていた俺は、俺の応えと同時に書類を片付けていた音もピタリと止まってしまった事を不思議に思って、目を向ける。
香深は、思いがけずキョトンとした顔をして固まっていた。
おいおい、香深は色々知ってるんじゃなかったのか、さっきまでの俺よ。

……てか、団長にしか会ってない俺ってやっぱ、相当やばいのか???

と固まっている香深に若干焦りはじめていると、

「……フッ…あははっひのくん…フフフッ…ひのくんね。」

突然彼は吹き出した。
楽しそうに笑っている香深に、今度は俺がキョトンとしてしまう。

「フー…ごめんごめん、まさかそんなに仲良くなってるなんて思わなくて。」

涙を拭うと、そう言いながら香深は深呼吸した。
……どうやら、俺の"ひのくん"呼びがおもろかったらしい。
香深の仲良しという言葉を聞いた俺は、慌てて訂正する。

「い、いや、何か咄嗟に出たのが定着しちゃっただけで……ちゃんと仲良くなれたかは分かんねぇから!」

焦ってる時だったからつい勝手に口から出てた呼び方だけど、そういや結局本人からは特に何も言われなかったな。
そこで俺は、はたと考える。

「え、まさか、年上だったりする?」

楽しそうにニコニコしている香深をよそに、俺はもしかして先輩だったのかもと冷や汗が流れ始めた。
それに香深が、またもフフフと笑いながら緩く首を振った。

「大丈夫、理紅と同じ歳だよ。……氷緑ってさ、いつもあんな感じであまり人と会話しようとしないし全部1人で解決しようとするから、結構初対面の人とかに敬遠される事も多くってね。今日の理紅との初任務もちゃんとできたかちょっと心配してたんだけど……フフッ問題なかったみたい。」

さっきもそう感じたが、嬉しそうにそう言う香深からはすごく氷緑を大切に思ってる事が伺える。
氷緑に対して懸念材料が全く無い訳じゃないし、何なら彼の方は俺と仲良くなろうとは微塵も思ってないかもしれないが、今の俺は香深が言うような嫌悪を氷緑に感じてはいなかった。

……というか、むしろ──

「……むしろ2人になったら、意外とよく喋るなって思ったくらいだったけどな。」

俺がポツリとそうこぼすと、香深が少し驚いた顔をした後で「良かった」とフッと柔らかく微笑んだ。
なんだか穏やかな空気が流れ、いつの間にやら俺がここでやっていけるのかと言う不安感も、どこかに吹っ飛んでいた。
すると、香深が切り替えるように軽くパンと手を合わせた。

「…さて!夕飯になる前に案内しとかないとね、行こうか。」

片付けが終わったようで、机の上はすっかり綺麗になっていた。
俺も立ち上がって頷く。

「おう!」
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