第一章「オッド」
第七話
「離せぇ!!このクソガキ!!!!離せっつってんだろ!!!」
「…………黙れよ。」
と、凄んだものの。
捕まえた後の事を全く考えてなかった俺は、こっからこいつをどう対処すればいいのか知らなかった。
普通に考えて保護したあとの事ちゃんと確認しとくんだった。何をしているんだ俺は。
バタバタと暴れる男も怒鳴りまくってるし、このままでは下の商店街の人にこの騒ぎが気づかれてしまう。
は、早く来てくれ…!
と頼みの綱である氷緑 に思いを馳せた。
その時、
「おお!すごいな新人君1人で頑張ってるぞ。」
後方から全然知らない声が振ってきた。
え?と思って抑えた男と尚も攻防しながらそちらを頑張って振り向くが、やっぱり全然知らない男の人が悠々と真後ろに立っていた。
「え、ど、どなた?!」
俺は必死に言葉を紡ぐ。
漢らしく程よく筋肉の付いた黒髪短髪の男は、隣に来るとしゃがんで俺と目線を合わせ爽やかな笑顔を向けた。
「俺は、ルークファクト看護部隊所属の笹凪 洸成 。よろしく!」
と、こんな状況を前にしても悠長に自己紹介をしてきた。
な、なんだコイツ……?!
と、大いに困惑しながらそれどころではない俺が、ど、どうも。と曖昧な返事を返していると、
「…理紅 、もうそいつ解放していいよ。」
名前を呼んだその声は、今日1日作戦を共にした氷緑だった。
「ひのくん……!!」
来てくれた事にかなりの安心感を覚えながら、俺はようやくターゲットを抑えていた手を緩める。
あまりの安堵に名前の最後付け忘れたけど……まあ怒って無さそうだからいいか。
気づけばいつの間にやらターゲットの足も氷で固まっていて、男は起き上がることが完全に出来なくなっていた。
そして、喚いていた男は体の自由が効かない事に気づくと、更に威勢がよくなる。
「早くこの手足のも外せ!!テメェら一体何なんだよ!!俺が何したって言うんだ!!!」
よくある刑事ドラマのセリフを本当に聞くことになるとは。
暴れまくる男に、先程笹凪 と名乗っていた男が困ったように視線を投げた。
「残念だが、盗む事はちゃんと犯罪なんだ。これはオッドの世界でも人間の世界でも一緒のきまりだ。貴方も知ってるだろう?」
笹凪さんが逆上してる男の前にしゃがみこみ、淡々と説明している。
それでも男は全く聞く耳を持たず、クソックソッと言いながら氷を割ろうと床に叩き付け始めた。
最早聞く気のないこの人と真面目に話をするのは無理なんじゃなかろうか。
と思いつつも、俺はただ空気になって立っている事しか出来ない。
氷緑はと言うと……少し離れた所で興味無さそうに天を仰いでいた。
「……今の貴方じゃその氷は壊れないぞ。」
静かな声がして笹凪さんの方へ視線を戻すと、可哀想な人を見るような目で呑気に暴れる男を眺めている。
しばらくその姿を静観していると、そのうちガンガン手にくっついた氷を地面に打ち付けていた男は、観念したのか次第に大人しくなっていった。
しかし、あんなに暴れていた男はそれからピタリと大人しくなって、一体どうしたのだろうかと不思議に思っていると、男は何故か酷く怯えた顔で笹凪さんの方を見上げた。
「も、もしかしてお前ら、警察……なのか?」
震える声で男がそう言うと、笹凪さんは一瞬驚いたように目を見開き、清々しい程純粋で爽やかな笑顔を作った。
「すごいな、よく分かったね。俺たちは特殊な能力を使うオッドのための警察だ。人間では捌けない領域を俺たちが代わりに捌いている。……貴方は、バッチリ破ってしまったけどね。」
突然生気を失って大人しくなってしまった男がまるで見えていないかのように快活に話す笹凪とは対照的に、言われた男は怯えて更にガタガタ震え出す。
この笹凪って人、なんか無駄に明るくて……少し不気味だ。
笹凪に唆された顔面蒼白の男は、今度は首を横にぶんぶん振り乱した。
「ち、違うんだ!俺は、俺はやりたくてやったんじゃない…!!もうしない、許してくれ!」
ひっそりと移動した先、氷緑の横で遠巻きに様子を見ながら、流石に警察と聞いてからいきなり態度が豹変してしまった男に少しの違和感を覚え始める。
それにしても、怯えすぎじゃないか……?
さっきまであんなになりふり構わず暴力的だったのに。
「……笹凪さんってやばい人なの?」
俺は隣で立つ氷緑に、こっそり耳打ちした。
「……さぁ。」
と答えるその目は、ターゲットを追跡してる時と比べてより覇気がなく、つまらなそうだ。
まあ、答えてくれただけマシか。
俺がそんなような事をちらちらと考えていると、ここまで直ぐにレスポンスをしていた笹凪さんが、許しを乞い始めた男に対し急に俯いて静になった。
なんだ…?
この何も起こってない筈なのに妙に不穏な空気は。
しばらく男の懇願だけが屋上に響いた。
俺は、ゴクリと唾を飲み込む。
男も急に笹凪が何も言わなくなった事に気づいたのか、ハッとして口を閉じる。
恐い沈黙だった。
少しすると、笹凪がゆっくりと顔を上げた。
そして、先程までの不穏な空気がまるで嘘のようにパッと元通りの明るい雰囲気で、
「うんうん、そうだよな。貴方は好きでやったんじゃないのかもしれない。この後ちゃあんと説明してくれたら、もしかしたら刑も軽くなるかもしれないしさ。そこまで怯えて震えるなんて、何か事情があったんだよな。」
そう言うと立ち上がり、氷漬けにされている男の体をそっと起こした。
起こされて座る形になった男は、救済の見える言葉に驚いていたが次第に震えていた体も落ち着き、今度は縋るように言葉を発した。
「そ、そうだよ…!俺は何も悪くない!全部話すから!!だから早く自由にさせてくれ!お願いだよ!!」
救われたと、男は思ったのだろう。
笹凪は笑顔を崩さなかったが、この瞬間俺は再びさっき感じた不穏な空気を感じ取り、小さく息を飲んだ。
「──ああ、してやるさ。」
笹凪がそう言った直後だった。
「!?……なん…で……」
笹凪さんはトンっと男の首の後ろを手刀で叩き、有無を言わせずあっという間に男を気絶させてしまった。
突然動かなくなった男を前に俺は声も出せずに棒立ちしていると、笹凪は氷緑の方に顔を向け先程と変わらず明るい調子でもう自由にしてあげていいぞと声をかけた。
解放された男は、ぐったりと動かない。
「じゃあ2人とも、おつかれ!」
すっかり大人しくなってしまった男を担ぎながら、こちらにもう一度純粋無垢な笑顔を向けた笹凪の背を、俺は何故かゾッとしながら見送った。
「離せぇ!!このクソガキ!!!!離せっつってんだろ!!!」
「…………黙れよ。」
と、凄んだものの。
捕まえた後の事を全く考えてなかった俺は、こっからこいつをどう対処すればいいのか知らなかった。
普通に考えて保護したあとの事ちゃんと確認しとくんだった。何をしているんだ俺は。
バタバタと暴れる男も怒鳴りまくってるし、このままでは下の商店街の人にこの騒ぎが気づかれてしまう。
は、早く来てくれ…!
と頼みの綱である
その時、
「おお!すごいな新人君1人で頑張ってるぞ。」
後方から全然知らない声が振ってきた。
え?と思って抑えた男と尚も攻防しながらそちらを頑張って振り向くが、やっぱり全然知らない男の人が悠々と真後ろに立っていた。
「え、ど、どなた?!」
俺は必死に言葉を紡ぐ。
漢らしく程よく筋肉の付いた黒髪短髪の男は、隣に来るとしゃがんで俺と目線を合わせ爽やかな笑顔を向けた。
「俺は、ルークファクト看護部隊所属の
と、こんな状況を前にしても悠長に自己紹介をしてきた。
な、なんだコイツ……?!
と、大いに困惑しながらそれどころではない俺が、ど、どうも。と曖昧な返事を返していると、
「…
名前を呼んだその声は、今日1日作戦を共にした氷緑だった。
「ひのくん……!!」
来てくれた事にかなりの安心感を覚えながら、俺はようやくターゲットを抑えていた手を緩める。
あまりの安堵に名前の最後付け忘れたけど……まあ怒って無さそうだからいいか。
気づけばいつの間にやらターゲットの足も氷で固まっていて、男は起き上がることが完全に出来なくなっていた。
そして、喚いていた男は体の自由が効かない事に気づくと、更に威勢がよくなる。
「早くこの手足のも外せ!!テメェら一体何なんだよ!!俺が何したって言うんだ!!!」
よくある刑事ドラマのセリフを本当に聞くことになるとは。
暴れまくる男に、先程
「残念だが、盗む事はちゃんと犯罪なんだ。これはオッドの世界でも人間の世界でも一緒のきまりだ。貴方も知ってるだろう?」
笹凪さんが逆上してる男の前にしゃがみこみ、淡々と説明している。
それでも男は全く聞く耳を持たず、クソックソッと言いながら氷を割ろうと床に叩き付け始めた。
最早聞く気のないこの人と真面目に話をするのは無理なんじゃなかろうか。
と思いつつも、俺はただ空気になって立っている事しか出来ない。
氷緑はと言うと……少し離れた所で興味無さそうに天を仰いでいた。
「……今の貴方じゃその氷は壊れないぞ。」
静かな声がして笹凪さんの方へ視線を戻すと、可哀想な人を見るような目で呑気に暴れる男を眺めている。
しばらくその姿を静観していると、そのうちガンガン手にくっついた氷を地面に打ち付けていた男は、観念したのか次第に大人しくなっていった。
しかし、あんなに暴れていた男はそれからピタリと大人しくなって、一体どうしたのだろうかと不思議に思っていると、男は何故か酷く怯えた顔で笹凪さんの方を見上げた。
「も、もしかしてお前ら、警察……なのか?」
震える声で男がそう言うと、笹凪さんは一瞬驚いたように目を見開き、清々しい程純粋で爽やかな笑顔を作った。
「すごいな、よく分かったね。俺たちは特殊な能力を使うオッドのための警察だ。人間では捌けない領域を俺たちが代わりに捌いている。……貴方は、バッチリ破ってしまったけどね。」
突然生気を失って大人しくなってしまった男がまるで見えていないかのように快活に話す笹凪とは対照的に、言われた男は怯えて更にガタガタ震え出す。
この笹凪って人、なんか無駄に明るくて……少し不気味だ。
笹凪に唆された顔面蒼白の男は、今度は首を横にぶんぶん振り乱した。
「ち、違うんだ!俺は、俺はやりたくてやったんじゃない…!!もうしない、許してくれ!」
ひっそりと移動した先、氷緑の横で遠巻きに様子を見ながら、流石に警察と聞いてからいきなり態度が豹変してしまった男に少しの違和感を覚え始める。
それにしても、怯えすぎじゃないか……?
さっきまであんなになりふり構わず暴力的だったのに。
「……笹凪さんってやばい人なの?」
俺は隣で立つ氷緑に、こっそり耳打ちした。
「……さぁ。」
と答えるその目は、ターゲットを追跡してる時と比べてより覇気がなく、つまらなそうだ。
まあ、答えてくれただけマシか。
俺がそんなような事をちらちらと考えていると、ここまで直ぐにレスポンスをしていた笹凪さんが、許しを乞い始めた男に対し急に俯いて静になった。
なんだ…?
この何も起こってない筈なのに妙に不穏な空気は。
しばらく男の懇願だけが屋上に響いた。
俺は、ゴクリと唾を飲み込む。
男も急に笹凪が何も言わなくなった事に気づいたのか、ハッとして口を閉じる。
恐い沈黙だった。
少しすると、笹凪がゆっくりと顔を上げた。
そして、先程までの不穏な空気がまるで嘘のようにパッと元通りの明るい雰囲気で、
「うんうん、そうだよな。貴方は好きでやったんじゃないのかもしれない。この後ちゃあんと説明してくれたら、もしかしたら刑も軽くなるかもしれないしさ。そこまで怯えて震えるなんて、何か事情があったんだよな。」
そう言うと立ち上がり、氷漬けにされている男の体をそっと起こした。
起こされて座る形になった男は、救済の見える言葉に驚いていたが次第に震えていた体も落ち着き、今度は縋るように言葉を発した。
「そ、そうだよ…!俺は何も悪くない!全部話すから!!だから早く自由にさせてくれ!お願いだよ!!」
救われたと、男は思ったのだろう。
笹凪は笑顔を崩さなかったが、この瞬間俺は再びさっき感じた不穏な空気を感じ取り、小さく息を飲んだ。
「──ああ、してやるさ。」
笹凪がそう言った直後だった。
「!?……なん…で……」
笹凪さんはトンっと男の首の後ろを手刀で叩き、有無を言わせずあっという間に男を気絶させてしまった。
突然動かなくなった男を前に俺は声も出せずに棒立ちしていると、笹凪は氷緑の方に顔を向け先程と変わらず明るい調子でもう自由にしてあげていいぞと声をかけた。
解放された男は、ぐったりと動かない。
「じゃあ2人とも、おつかれ!」
すっかり大人しくなってしまった男を担ぎながら、こちらにもう一度純粋無垢な笑顔を向けた笹凪の背を、俺は何故かゾッとしながら見送った。