第一章「オッド」

第五話 
時刻は17:15。
夕飯の買い出しという穏やかな任務から一変、17:00~17:30の間に財布やら商品やらを盗んで回ってるというオッドの捕獲を任された俺たちは、肉屋の前から場所を変え人気のない路地裏に入った。

「それで、これからどうすればいいんだ?」

見えない敵と戦うのだって初めてだし、地味に既に財布を盗まれているのでそれを囮に使う事も出来ず、俺は頭を捻った。
氷緑ひのりはといえば、さっきまでのだるそうな表情は引きずったまま腕を組んで壁にもたれかかっている。

「………多発しているなら次に盗られるところを狙う。」

「どうやって??」

「観察して。」

「……すっごい原始的。」

そんなん見てて分かるんだろうか。
と思いつつ他の名案はないか考えていると、氷緑が再び携帯を開き何やら打ち込み始めた。

「なんか来た?」

「……ちょっと通り見張ってて。」

画面を見ながら氷緑がそういうので、俺は素直に従う。
通りは未だ人が行き交っており、ここからじゃどこかで何か異変があっても分からないだろう。
しかも道は割と広さがある為奥までは中々はっきり見えない。

………?
今何か光ったような……?

疲れて来たので路地裏でしゃがみ込んでぼうっと人の波を眺めていたら、人に蹴られる度角度によってキラキラと光を反射させている何かが落ちている。
何となく俺は気になってしまって、それがなんなのか確認しに立ち上がった。
人の流れを見ながら、尚且つ見失わないように注意しつつそれに近づく。

「……ピアス?」

キラキラと輝いていたのは、ピアスだった。
めちゃめちゃ小さいので、きっと落とした持ち主も気づかなかったのだろう。
このままここに放置しててもきっと踏まれたり蹴られたりして粉々になってしまいそうだし、折角綺麗なので路地裏に避難させておこうと、そのピアスを拾って氷緑の所へ戻った。

「…何かあった?」

ようやく打ち込みを終えた氷緑がこちらに尋ねた。
俺は拾って来たピアスを見せる。

「めっちゃ光ってたから何かと思ったらピアスだった。」

氷緑はそれを見るとへぇ。と短い返事をするとそのピアスをそっと手に取った。そして少しの間じっと眺めると、

「……アレキサンドライトだ。」

とピアスを見つめながら氷緑が呟いた。

「何?」

「宝石の名前。昼と夜で色が変わる。」

氷緑はそういうと日向に手を伸ばした。
すると、確かに路地裏の日陰で赤みがかっていたピアスは、よく見ていれば日に当たった部分から綺麗な緑色っぽく変色して見える。

「ほんとだ……!すげぇ!!」

本当に色の変わったピアスを見た俺はテンションがあがった。
はい。と再び渡されたそれを受け取ると、何回かその変色を楽しんだ。

「あと、さっき盗られた巾着だけど…」

楽しむ俺を横目に氷緑は、本題に話を戻した。うっかりテンションがあがって任務の事を忘れかけていた俺は我に返る。

「あ、はい。」

「GPSついてた。」

「……?」

これねと氷緑の携帯を渡され、はてなマークを浮かべながらも確認してみると、地図上に赤い点が少しずつ移動している。

「え、これって……つまり犯人?」

「そう。」

あっけらかんとそういう氷緑に、俺の脳内にますますはてなマークが浮かぶ。

「じゃあもう確保じゃん?」

俺が頭を捻りながらそういうと、氷緑には呆れたように首を振られた。

「……まぁね、相手が普通の人間ならね。」

そう氷緑が明記した丁度その時、俺の手の中で少しずつ進んでいたGPSの赤い点が突然パッと姿を消した。

「え。」

と同時に少し離れた別の場所にパッと現れ、また動き出す。
俺は目を疑った。
氷緑にも能力を見せてもらったり自分だってさっきまで使っていたのに。
……この時、明らかに普通の人間ではない動きにようやく俺は、異能力者の存在をしっかり認識した。

「……これでほぼオッドが確定したと思っていい。事態が大きくなる前に保護する。」

氷緑の声が静かに降ってくる。

「保護って……」

対オッドの対策なんて今日入ったばかりの俺には皆目検討がつかないんだが。

「俺はどうすればいい?」

経験値もきっと段違いなんだろう氷緑に期待を込め、俺は尋ねた。

「「……」」

今日何度目かの無言の時間が生まれた。
そしてすっと目を逸らすと、彼は何も言わずさっと横を通り過ぎていった。

「………え、作戦は?!」

驚いて振り返る俺を置いて、氷緑は夕方の賑わう人混みに溶けて行ってしまう。

「まじかぁ……」

本当に大丈夫なんだろうかと、不安になりながら俺も慌ててその後を追った。


──閑話休題──


なんやかんやで追いかけていたGPSの印は、あれから能力によっての大きな移動もなく割とすんなり追いつくことができた。
ターゲットを見失わないように静かに後を着けていると、今まで足早に歩いていたそいつが突然ピタッと足を止めた。
追っていた俺たちの足も止まる。

「おい、止まったぞ。」

店が並んでいた景色はいつの間にか住宅ばかりになっており、まるでストーカーみたいに電信柱からコソコソ覗いている俺は、小声で後ろの氷緑に話しかける。
一方で、一応電柱の影にはなっているが全く隠れる気のない棒立ちの氷緑は、俺の声を聞き立ち止まったターゲットをやる気無さそうにチラと伺うと、

「……離れるよ。」

そう言って後ろの家の塀を伝ってベランダの柵の上に音もなく飛び乗った。そこは2階だぞ。
そして、いきなり動き出した相方を呆然と眺めていた俺に向け、氷緑は早くと視線で急かしてくる。

俺は、もう一度ちらっと横目でターゲットの様子を伺った。そいつはまだ何か探しているのか動く気配はなく、こちらに背を向けたまま鞄の中をゴソゴソしている。

正直隠れるなら……今しかない。

今日までこんなアクロバティックな動きしたこと無いんだが、このままこそこそしてるのを見つかっしまっても面倒な事になる。
意を決した俺は落ち着かせるようにひとつ深呼吸し、氷緑のいるベランダに狙いをつけると、少し後ずさって後ろ足を思い切り蹴りあげた。

あそこまで行けるくらい高く……!!

ひゅっと息を吸いながら、不思議な力が勢い良く全身へ巡っていくのを感じる。

「……………………あ。」

しかし、能力初心者な俺の体は、張り切りすぎて思っていたよりもはるか高く舞い上がってしまった。
……つまり、普通に屋根の上までぶっ飛んだ。

ドスン。

更には着地も若干ミスって鈍い音が鳴った。
最早これで大声をあげなかっただけ、褒めてもらいたい。

とは言え盛大も盛大にやらかしたので、ターゲットやらこの家の住民に見つかったかもと冷や汗を垂らしながら、大の字でしばらくじっと固まる事しか出来なかった。
……これは、怒られるか。
恐くて様子も見れず寝転がったまま、家に帰れと怒鳴る氷緑や香深かふかを想像して、無駄に胃を痛めた。

「……何してんの。」

そんな事をしていたら、ついぞ反対側から無機質な声が掛かりビクリと肩を揺らす。
ぎこちなく首をそちらに向けると、先ほどまでベランダにいた筈の氷緑が、静かにこちらを見下ろしていた。

「いや、別に……ターゲットは?」

大の字で寝ておきながら俺が取り繕ってそういうと、氷緑は地面の方を覗いた。
どうやら、怒ってはないようだ。

「俺達が来た道戻ってる。」

「そうかぁ〜…………」

ターゲットを追っているのか商店街の方を見つめる氷緑の言葉に、ターゲットにバレてなくて良かったと一瞬安堵しそうになって、俺はバッと体を起こす。

「戻ってる?!」

慌てて立ち上がり氷緑の見ている視線を確認すると、ターゲットは本当に来た道を早足で戻っていた。
しかし、隣に立つ氷緑は全く焦った様子無く、ただ小さくなっていくターゲットを見つめながら涼しい顔をしている。

「あいつ……さっき、何か探してたよね。」

そして何かを思い出すように、氷緑はターゲットの方へ視線を向けたまま口を開いた。
言われてみれば、確かにさっき鞄の中をごそごそとしていたな。

「……え?まさか商店街に忘れ物でもしたっての?」

「……へぇ。」

俺の疑問に肯定も否定もせずに、氷緑は興味なさげに短く返事をする。
俺は、一体何なんだと少しムッとしつつ、

「何だよ。早くしないと暗くなるぞ。」

薄暗くなった空を見ながら、追いかけようとしない氷緑を急かす。
しかし氷緑は、一瞬少しおかしそうにこちらをちらっと見た。

「オッドの任務なんて、暗くなってからが本番でしょ。」

刹那、垣間見えた楽しそうな氷緑に、何だか気が抜けて俺の怒りの気持ちが薄らいでしまった。
どうにも、掴めない奴だ。

「拾ったピアス、まだ持ってる?」

「え?」

いきなり別の話を持ち出され、わけもわからずとりあえず持ってるけど。と答え、路地裏に置いて来る事をすっかり忘れた例のピアスを、ポケットから取り出して氷緑に差し出す。

それを手に取った氷緑は、先ほどと同じようにそのピアスを掲げその輝きを確認すると、はい。と再度割とぞんざいに俺に渡してきた。

「何か分かったのか?」

現状態で何も合点がいかない俺は首をかしげる。
相変わらず表情の変わらない氷緑はつぶやいた。

「…これを見つけたの、ラッキーだったかも。」

全然ラッキーって顔じゃないけどな。
とか思いつつも、どうやら何か作戦を立てているようなのは分かったので黙っておく。

「あとは、何のオッドなのか調べるか。」

そして、ボソッとそう呟くと氷緑は急に隣の家の屋根へと飛び移った。
突然の常人離れした動きにやっぱり俺が怯えを隠せないでいると、呆れたように早く来いとこちらに視線を投げられた。

「……俺、今日が初任務なんだよな。」

氷緑のスパルタ教育に、これからこれが日常になるんだという何とも言えない不安と、何故か多少の昂揚感を覚えながら、俺は引きつった顔で淡く瞳を光らせた。
5/10ページ
スキ