理想と現実

翌日、喫茶店『リコリコ』、二階・・・

「………」

翌日、リコリコの二階のイートインスペースのテーブルに座りながら、たきなは昨日の千景の言葉を思い起こす。

「……郡さんの言う通りだ………私はあの時、『画像データの消去が目的で、殺す意図はない』と考えて、沙保里さんを囮にした。でももし、彼女が彼らの脅しに抵抗していたら………」

口にしながら、たきなは考える。

「画像データについて、吐かせるために痛め付ける可能性が高い。最悪の場合、吐かせた後に口封じに殺される可能性もあった………」

その最悪の事態を想定した瞬間、たきなの頭から血が引き、膝の上で作っていた拳が強く握られる。

「そうなる前に制圧できる自信があった。でも、彼女は『何をされるかわからない』恐怖に震えていた……こんなのでは、護衛対象を護ったとは……言えない……っ!!」

悔しそうにしながらそう言うなか、

「たきな。珈琲を淹れたから一緒に飲も?」

珈琲を淹れたカップ二つを乗せたお盆を持ちながら、千束がそう言いながら上がってくる。

「……ありがとうございます。」

「よっと、昨日はキツく言われちゃったねぇ……あのキツさはフキを思い出すなぁ…」

「…貴女も怒ってますか?」

「なんで!?とは思ったよ。でも、間違えるのが人間だからねぇ……大事なのは、同じ事を繰り返さない事だと思うんだ……」

「………」

深く反省しながらそう尋ねるたきなに対し、千束は優しい笑顔でそう言う。

「それは私も同感ね。」

「「!?」」

そんななか、いつの間にか上がってきていた梨紗がそう言いながら、お盆に乗せたケーキを一皿ずつ千束とたきなの前に置く。

「え!?」

「あの……梨紗さん、これは?」

そのケーキを見て千束がそう困惑の声を上げるなか、たきなはそう尋ねる。

「マスターから許可を貰って試しに作ってみた新作。メニューに加えるかどうかは皆や今日のお客さんの反応を見てからだけど。」

「へぇ~!なんか綺麗!!」

対する梨紗がそう答えるなか、千束はそのケーキの見た目に目を輝かせながらそう言う。

上から見ると菱形の形をしている新作ケーキは抹茶のスポンジケーキの上になめらかなクリーム、更にその上にあるイチゴジャムの上の端には桜を模した小さな菓子が乗っかっている。

「名付けて『菱桜ひしおうケーキ』。今は春だからね。」

「なるほど……」

「折角だから食べよう!たきな!!」

「は、はい……いただきます。」

「いただきます!!」

「召し上がれ。」

そうして二人は梨紗が作った『菱桜ケーキ』を食べ始める。

「美味しいぃーっ!!」

「確かに……上のイチゴジャムの酸味と真ん中のクリームのなめらかな甘味、それに抹茶の深みが凄いバランスで合わさってます……」

直後、二人は思わず目を見開きながらそう感想を述べる。

「更に驚きなのはこの飾りの桜……」

たきなはそう言いながら、桜を模した菓子にフォークを軽く突き立てる。

すると菓子はあっさりと切れ、たきなは切った端を刺して自分の顔の前まで持っていく。

「一般的な砂糖菓子かと思ってましたが、この柔らかさは一体……」

「それは砂糖菓子じゃなくて『練り切り』よ。」

「練り切り?」

梨紗が言った『練り切り』という単語に千束はそう言いながら首を傾げる。

「白あんに山芋や小麦粉を『繋ぎ』として加えて練り上げた『練り切り餡』を細工して作った和菓子よ。固い砂糖菓子と違って食べやすい上に『和洋折衷』がコンセプトのこの店にぴったりだと思ってね……」

「へぇ~!」

「なるほど……」

「さて、練り切りについてはこのくらいにして……たきな。」

「っ!はいっ!」

「前回と今回、貴女は人質がいるにも関わらず発砲。どちらも救出には成功しているものの、主目的からみれば失敗……これはわかっているわね?」

「……はい……」

真剣な表情でそう言う梨紗に対し、たきなは少しだけ暗い表情でそう言う。

「前回は『捕縛しろ』という命令に対して全員射殺。今回は護衛任務であるにも関わらず、対象を囮にして危険に晒した。腕に自信があるからの選択なのだろうけど、手段が『敵勢力の排除』しかない。だからこれから学びなさい。」

「……はい…」

真剣な表情でそう言う梨紗に対し、たきなは俯きながらそう言った。
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