水戸洋平
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教室で水戸くんを見かけても彼と目が合うことがなくなった。それだけのことなのに、どこか寂しいと思っている自分がいる。
「え、今日も水戸くん休みですか?」
「んーまあ友達の応援が忙しいみたいだね。そんなに気になるならバスケ部のぞいてみたら?」
店長の叔父が二シシと笑う。バイト先に来るのは私がいない日や時間帯を狙って来ているらしい。別に水戸くんに嫌なことしたつもりはないんだけどな。たまたま、彼の乱闘現場に居合わせてしまったというくらいで。確かに怖かったけれど水戸くん自体に怖いとかは思っていない。
20時になりバイトを終えた私は帰路についた。その途中、目の前に見覚えのある人物がいた。
「おうミッチー!来たぞ!ん?なんか教室と雰囲気が違わないか?」
私の自転車を三井さんが持っていて、その荷台に桜木くんがいたのだ。桜木くんは私に近寄ると不思議な物を見る様子で「ン~?」と唸る。
「ったく桜木、何してんだ」
三井さんが彼の膝裏を軽く蹴った。額に絆創膏が貼られているのに気付く。あの時の怪我がまだ残っているのだろうか。
「あー、この前はすまねえな。大会に遅れずに済んだ」
ぶっきらぼうな口調で三井さんはそう言った。彼と喋ったのは初めてのはずなのに、どうしてか懐かしいような感覚だった。
「それよりどうしてここが……」
私のバイト先を知っているのは水戸くんだけのはずなのに。
「洋平に名無しさんの居場所を聞いたら教えてくれたのだ」
「まったく水戸のやつ、バイト先でこんな可愛い子と二人っきりになりやがって……って今のは違くて!」
三井さんが顔を真っ赤にさせるから、思わず私も頬が熱くなった。三井さんが私を好きになるとかあり得ないって。
「お?お?なんだミッチーそうかそうか。自転車も返したし、オレはお邪魔だな!じゃあなミッチー!また部活でな!」
「あ!おい!桜木!」
三井さんの呼びかけも虚しく、桜木くんは夜の街並みに消えて行った。残された私たちは、お互いに目が合うと溜まらず地面を見つめた。さっきの三井さんの言葉に、緊張をしてしまっているのだ。ああ、この人も心臓に悪いかも知れない。沈黙を破ったのは三井さんだった。
「もう暗くて危ねえから家まで送ってく」
「あ……ありがとうございます」
自転車を三井さんが押して、私が隣を歩く。歩き始めると少しだけ緊張が解けた気がしたのか、喋らないと余計に気まずいと思ったのか、私から話しかけていた。
「練習おつかれさまです。晴子ちゃんからバスケ部の話は聞いてるんですけど、あまり分かってなくて」
「サンキュ。じゃあ今度体育館に来てくれれば良いさ。桜木のギャラリーが多くて困るけど、アンタなら大歓迎だぜ」
何て返そうか考えていると、またもや三井さんが慌てふためく。
「や、い、今のはそういう意味じゃなくてだな!」
「はは……じゃあ、どういう意味ですか」
顔を赤らめて否定する姿がおかしくて、思わず尋ねてしまう。私は三井さんに対してどんな感情を抱いているのか考えてもいないのに。
「仕方ねえだろ。女とこういう会話したことねえんだから」
「三井さん、彼女いたことないんですか?」
「ったりめえだろ。今まで野郎とばかりバスケか喧嘩しかしてねえんだから」
「なるほど」
「なるほどってなぁ……そういうアンタはどうなんだよ。その、水戸とは……付き合ってるのか?」
「付き合ってるわけないじゃないですか」
「じゃあ、オレと付き合わねえか?」
「え?」
思わず足を止めて振り向く。三井さんは相変わらず赤面していた。
「初めて体育館で会ったときから気になってた。この間会ったときは奇跡だと思ったんだ」
三井さんは不良だったけれど、それでも根はスポーツ少年なのだろう。直球勝負する姿に胸が勝手にときめいてしまう。というか、初めて体育館で会った時は地味な格好だったはずだ。一目惚れするような見てくれではないはずだ。そもそも今の格好だって可愛くはないはず。
「お気持ちは嬉しいんですけど……」
「やっぱり水戸が好きなのか?」
「そ、そういうわけじゃなくて……私は三井さんのことをあまり知らないから……」
「じゃあバイトの日はオレが毎回送ってやる」
「え?」
脳裏に水戸くんの姿が浮かぶのは必然だった。どうしてかなんて心のどこかで分かりきっていて、でも水戸くんが私をどう思っているのか考えると胸が苦しくなる。バイト終わりに水戸くんに家まで送ってもらうのは叔父さんが決めたから。それがずっと続くと思っていた。でも水戸くんは私とシフトが被らない時間帯に変えてしまった。そして目の前の三井さんは自ら送ると言っている。
「ちなみに断られてもオレが勝手に送るからな」
その日、家に着くまで三井さんはバスケ部の話をずっとしていた。その横顔は水戸くんが桜木くんの話をするように、とても輝いて見えた。家に着いて去り際、三井さんは水戸くんと同じように「じゃあ明日な」と手を振って帰っていく。その後ろ姿を見ながら、「お嬢様だな」と揶揄う水戸くんの声が思い出された。
◇
眠りにつく前に脳裏に名無しさんの姿が浮かぶようになったのはいつからだろう。
目立たないと思っていた子がバイト先で垢抜けていて、それを知っているのが自分だけという優越感に浸っていた。彼女は彼女自身が思っているよりも綺麗で可愛い。晴子ちゃんのような無鉄砲さはないけれど、人知れず誰かの役に立とうと気配りが上手だ。
翔陽との試合当日に、花道と三井サンが不良達に囲まれている現場に居合わせてしまったあと、名無しさんとも鉢合わせてしまうなんてな。オレがぶっ倒した野郎どもを見て驚いた彼女の表情に、どうしようもないほど怖くなった。名無しさんがオレを怖いと思っているんだと。
休み時間に屋上に上がり昼飯を食っていると、三井サンがやってきた。俺に用事があって来たという雰囲気だ。
「水戸ありがとよ」
「俺、なんかしましたっけ?」
「あの子にチャリを返してきた」
「え?あれって花道が行くんじゃ……」
昨日花道に自転車は誰のかと聞かれて、見覚えのある自転車の鍵につけられたキーホルダーに、名無しさんのバイト先を教えた。てっきり花道だけで行くと思っていた。それに今の花道なら晴子ちゃん以外の女の子に惚れることはないと思ってたから。
「オレが一緒に行ったら悪りぃかよ。しかもだ。あの子に告ってきた。今度からバイト帰りはオレが送る」
何かを宣戦布告するように三井サンが言う。やっぱりスポーツマンな性格だなと思ってしまう。俺にはない部分だ。
「そうなんすね。で、なんで俺なんかに?」
「は?お前だってあの子のこと好きだろ?」
「どうすかねえ。俺そういうこと疎いんで」
はぐらかしてみるけれど、三井サンは納得していなかった。やっぱりこの人は苦手だ。
「じゃあオレが取っちまってもいいんだな」
「それは名無しさんも三井サンのことが好きならって話ですけど」
「フッ、これから好きにさせてやるんだよ」
「へえ」
「だから水戸も協力しろよな」
「嫌っす」
屋上を出る俺に、背後で三井サンが何か言っていたが聞かなかった。教室に戻ると丁度チャイムが鳴った。視線を少し動かせば彼女が見える。今朝から彼女はバイトの時のように眼鏡を外して、ポニーテールで登校してきた。当然、クラスで注目の的となり、彼女をジロジロ見る男の目線に朝から嫌気が差していた。前より可愛くなったって?前から可愛いだろうが。目立たなかっただけで。下心丸出しの男達に話しかける姿を朝から何度も見ている自分にも嫌気がさしてくる。嫌なら見なければいい。なのにやはり心配してしまう。変な男に話しかけられてねえかって。でも、やっぱり気に入らないのは三井サンは名無しさんのバイト姿を見る前に一目惚れしてたってことだ。すげぇな。関心してしまう自分と苛立つ自分がいる。なによりもう名無しさんに告ったってことがモヤモヤして仕方が無い。三井サンの言い方的には告白をオッケーしていないようだけど、かといって振ったわけでもなさそうだし。まあ名無しさんの性格からそんなことはしなさそうだけど。
ホームルームを終えてざわついた校舎内を歩いていると、晴子ちゃんが三井さんと何かを話している姿を見かけた。三井さんが体育館に向かっていったあと、晴子ちゃんの背中を軽く叩いた。
「よぉ、晴子ちゃん。三井サンと何の話?」
「洋平君。実は伝言を頼まれてて。名無しちゃんは今日は一緒に帰れないって伝えて欲しいって。ふふ、あの子もけっこうやるわよね。でも良かった。流川くんじゃなくて……いやいや流川くんはみんなの流川くんなんだから!あ、今日は部活は観に行くの?」
「いや、今日はバイト。晴子ちゃん、花道のこと応援してやってくれ」
バイト先に向かうと名無しさんはすでにルームの片付けに入っているようだった。店長が「洋平が来ないの名無しちゃんが気にしてたぞ」と笑う。俺も愛想笑いをして更衣室に入った。この店では更衣室は男女一緒で、どちらが入っているかドアに表示しておくだけ。あー。だめだ。ここで着替えてたと頭が勝手に妄想しちまう。着替えを終えて憩いよくロッカーを閉める音で煩悩を掻き消した。
「片付けいってきまーす」
階段を上がった先の扉が開かれた部屋に入ると、テーブルを拭く彼女の後ろ姿があった。全くこういうところが無防備なんだと心配になる。
「おつかれ」
「み、水戸くん!」
「はは、そんなに驚かなくても」
「いやえっと……」
照れるように彼女は視線を下げる。拭いたマイクやカタログとリモコンを元の位置に戻す。制服の黒いミニスカートからのぞく彼女の華奢な脚が嫌でも目についた。
「ほら戻ろうぜ」
厨房に戻ると夕方からの客で名無しさんと会話するタイミングはなくなっていた。
そしてバイトが終わり俺は彼女が支度が終えるのを待っていると三井サンが来た。
「本当に来たんすね」
「当たり前だろ」
自信満々に制服姿でスポーツバッグを背負う姿はまさにスポーツマンで、きっと「当たり前だろ、彼氏なんだから」くらいのつもりでいる。晴子ちゃんの伝言も無意味だったな。そこに支度を終えた名無しさんが出てきて、俺の視界の先を見て表情が硬くなった。
「迎えに来た。帰ろうぜ」
「先輩。名無しさんは今日一緒に帰れませんって言ってませんでしたっけ?」
「あ?別にテメェの女ってわけでもないだろ」
「まあ、そうっすね。じゃあ名無しさんが決めるってことで。俺は先に上がらせてもらいますね~」
二人に向かって手を振り店を出る。これで良かったんだと言い聞かせる。だって俺にはあんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけることができない。男らしくねえ。だから何ともないふりをするしかない。信号で引っかかっていると名無しさんの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。振り向くと肩で息をしている彼女がいた。
「先に帰らないでよ」
「三井サンは?」
「ごめんなさいって言ってきちゃった」
「……」
「水戸くん?」
「あ、いや、なんでもねえよ」
信号が青になってすぐ俺は名無しさんの腕を掴み走った。あの三井サンが一回言われただけで折れるわけがない。このままさっさと送り届ければいいのにまだ一緒にいたい。
「なあちょっと寄り道してってもいいか?」
公園の東屋に入った俺たちは、見つからないように身を低くしていた。しばらく静寂が続き彼女が吹き出した。
「あーびっくりした」
「すまねえ。変なことさせちまって」
「ううん。嬉しかった」
胸が飛び跳ねるのが分かった。嫌でも期待している自分の頬を思いっきり抓りたい気持ちに駆られる。
「そういうの、男は勘違いしちまうから良くないぜ?」
「……勘違い……していいよ」
「は?」
「私、水戸くんといたい……もっと一緒にいたいの……急に素っ気なくされるのは悲しいよ」
本当にこの子はとんでもなく小悪魔だ。俺の好意にすら気付いてないかもしれない。いやなんというか、晴子ちゃんが花道にかまってるようなそんな感じ。
「あーーーーーー・・・わりぃ、もう素っ気なくしない」
「うん。お嬢様扱いしないで」
「……わかった。あとは?」
「やっぱり帰りは水戸くんと一緒がいい」
彼女の言葉をすべて承諾し、俺はつくづくお人好しだなと思わずにはいられなかった。
「え、今日も水戸くん休みですか?」
「んーまあ友達の応援が忙しいみたいだね。そんなに気になるならバスケ部のぞいてみたら?」
店長の叔父が二シシと笑う。バイト先に来るのは私がいない日や時間帯を狙って来ているらしい。別に水戸くんに嫌なことしたつもりはないんだけどな。たまたま、彼の乱闘現場に居合わせてしまったというくらいで。確かに怖かったけれど水戸くん自体に怖いとかは思っていない。
20時になりバイトを終えた私は帰路についた。その途中、目の前に見覚えのある人物がいた。
「おうミッチー!来たぞ!ん?なんか教室と雰囲気が違わないか?」
私の自転車を三井さんが持っていて、その荷台に桜木くんがいたのだ。桜木くんは私に近寄ると不思議な物を見る様子で「ン~?」と唸る。
「ったく桜木、何してんだ」
三井さんが彼の膝裏を軽く蹴った。額に絆創膏が貼られているのに気付く。あの時の怪我がまだ残っているのだろうか。
「あー、この前はすまねえな。大会に遅れずに済んだ」
ぶっきらぼうな口調で三井さんはそう言った。彼と喋ったのは初めてのはずなのに、どうしてか懐かしいような感覚だった。
「それよりどうしてここが……」
私のバイト先を知っているのは水戸くんだけのはずなのに。
「洋平に名無しさんの居場所を聞いたら教えてくれたのだ」
「まったく水戸のやつ、バイト先でこんな可愛い子と二人っきりになりやがって……って今のは違くて!」
三井さんが顔を真っ赤にさせるから、思わず私も頬が熱くなった。三井さんが私を好きになるとかあり得ないって。
「お?お?なんだミッチーそうかそうか。自転車も返したし、オレはお邪魔だな!じゃあなミッチー!また部活でな!」
「あ!おい!桜木!」
三井さんの呼びかけも虚しく、桜木くんは夜の街並みに消えて行った。残された私たちは、お互いに目が合うと溜まらず地面を見つめた。さっきの三井さんの言葉に、緊張をしてしまっているのだ。ああ、この人も心臓に悪いかも知れない。沈黙を破ったのは三井さんだった。
「もう暗くて危ねえから家まで送ってく」
「あ……ありがとうございます」
自転車を三井さんが押して、私が隣を歩く。歩き始めると少しだけ緊張が解けた気がしたのか、喋らないと余計に気まずいと思ったのか、私から話しかけていた。
「練習おつかれさまです。晴子ちゃんからバスケ部の話は聞いてるんですけど、あまり分かってなくて」
「サンキュ。じゃあ今度体育館に来てくれれば良いさ。桜木のギャラリーが多くて困るけど、アンタなら大歓迎だぜ」
何て返そうか考えていると、またもや三井さんが慌てふためく。
「や、い、今のはそういう意味じゃなくてだな!」
「はは……じゃあ、どういう意味ですか」
顔を赤らめて否定する姿がおかしくて、思わず尋ねてしまう。私は三井さんに対してどんな感情を抱いているのか考えてもいないのに。
「仕方ねえだろ。女とこういう会話したことねえんだから」
「三井さん、彼女いたことないんですか?」
「ったりめえだろ。今まで野郎とばかりバスケか喧嘩しかしてねえんだから」
「なるほど」
「なるほどってなぁ……そういうアンタはどうなんだよ。その、水戸とは……付き合ってるのか?」
「付き合ってるわけないじゃないですか」
「じゃあ、オレと付き合わねえか?」
「え?」
思わず足を止めて振り向く。三井さんは相変わらず赤面していた。
「初めて体育館で会ったときから気になってた。この間会ったときは奇跡だと思ったんだ」
三井さんは不良だったけれど、それでも根はスポーツ少年なのだろう。直球勝負する姿に胸が勝手にときめいてしまう。というか、初めて体育館で会った時は地味な格好だったはずだ。一目惚れするような見てくれではないはずだ。そもそも今の格好だって可愛くはないはず。
「お気持ちは嬉しいんですけど……」
「やっぱり水戸が好きなのか?」
「そ、そういうわけじゃなくて……私は三井さんのことをあまり知らないから……」
「じゃあバイトの日はオレが毎回送ってやる」
「え?」
脳裏に水戸くんの姿が浮かぶのは必然だった。どうしてかなんて心のどこかで分かりきっていて、でも水戸くんが私をどう思っているのか考えると胸が苦しくなる。バイト終わりに水戸くんに家まで送ってもらうのは叔父さんが決めたから。それがずっと続くと思っていた。でも水戸くんは私とシフトが被らない時間帯に変えてしまった。そして目の前の三井さんは自ら送ると言っている。
「ちなみに断られてもオレが勝手に送るからな」
その日、家に着くまで三井さんはバスケ部の話をずっとしていた。その横顔は水戸くんが桜木くんの話をするように、とても輝いて見えた。家に着いて去り際、三井さんは水戸くんと同じように「じゃあ明日な」と手を振って帰っていく。その後ろ姿を見ながら、「お嬢様だな」と揶揄う水戸くんの声が思い出された。
◇
眠りにつく前に脳裏に名無しさんの姿が浮かぶようになったのはいつからだろう。
目立たないと思っていた子がバイト先で垢抜けていて、それを知っているのが自分だけという優越感に浸っていた。彼女は彼女自身が思っているよりも綺麗で可愛い。晴子ちゃんのような無鉄砲さはないけれど、人知れず誰かの役に立とうと気配りが上手だ。
翔陽との試合当日に、花道と三井サンが不良達に囲まれている現場に居合わせてしまったあと、名無しさんとも鉢合わせてしまうなんてな。オレがぶっ倒した野郎どもを見て驚いた彼女の表情に、どうしようもないほど怖くなった。名無しさんがオレを怖いと思っているんだと。
休み時間に屋上に上がり昼飯を食っていると、三井サンがやってきた。俺に用事があって来たという雰囲気だ。
「水戸ありがとよ」
「俺、なんかしましたっけ?」
「あの子にチャリを返してきた」
「え?あれって花道が行くんじゃ……」
昨日花道に自転車は誰のかと聞かれて、見覚えのある自転車の鍵につけられたキーホルダーに、名無しさんのバイト先を教えた。てっきり花道だけで行くと思っていた。それに今の花道なら晴子ちゃん以外の女の子に惚れることはないと思ってたから。
「オレが一緒に行ったら悪りぃかよ。しかもだ。あの子に告ってきた。今度からバイト帰りはオレが送る」
何かを宣戦布告するように三井サンが言う。やっぱりスポーツマンな性格だなと思ってしまう。俺にはない部分だ。
「そうなんすね。で、なんで俺なんかに?」
「は?お前だってあの子のこと好きだろ?」
「どうすかねえ。俺そういうこと疎いんで」
はぐらかしてみるけれど、三井サンは納得していなかった。やっぱりこの人は苦手だ。
「じゃあオレが取っちまってもいいんだな」
「それは名無しさんも三井サンのことが好きならって話ですけど」
「フッ、これから好きにさせてやるんだよ」
「へえ」
「だから水戸も協力しろよな」
「嫌っす」
屋上を出る俺に、背後で三井サンが何か言っていたが聞かなかった。教室に戻ると丁度チャイムが鳴った。視線を少し動かせば彼女が見える。今朝から彼女はバイトの時のように眼鏡を外して、ポニーテールで登校してきた。当然、クラスで注目の的となり、彼女をジロジロ見る男の目線に朝から嫌気が差していた。前より可愛くなったって?前から可愛いだろうが。目立たなかっただけで。下心丸出しの男達に話しかける姿を朝から何度も見ている自分にも嫌気がさしてくる。嫌なら見なければいい。なのにやはり心配してしまう。変な男に話しかけられてねえかって。でも、やっぱり気に入らないのは三井サンは名無しさんのバイト姿を見る前に一目惚れしてたってことだ。すげぇな。関心してしまう自分と苛立つ自分がいる。なによりもう名無しさんに告ったってことがモヤモヤして仕方が無い。三井サンの言い方的には告白をオッケーしていないようだけど、かといって振ったわけでもなさそうだし。まあ名無しさんの性格からそんなことはしなさそうだけど。
ホームルームを終えてざわついた校舎内を歩いていると、晴子ちゃんが三井さんと何かを話している姿を見かけた。三井さんが体育館に向かっていったあと、晴子ちゃんの背中を軽く叩いた。
「よぉ、晴子ちゃん。三井サンと何の話?」
「洋平君。実は伝言を頼まれてて。名無しちゃんは今日は一緒に帰れないって伝えて欲しいって。ふふ、あの子もけっこうやるわよね。でも良かった。流川くんじゃなくて……いやいや流川くんはみんなの流川くんなんだから!あ、今日は部活は観に行くの?」
「いや、今日はバイト。晴子ちゃん、花道のこと応援してやってくれ」
バイト先に向かうと名無しさんはすでにルームの片付けに入っているようだった。店長が「洋平が来ないの名無しちゃんが気にしてたぞ」と笑う。俺も愛想笑いをして更衣室に入った。この店では更衣室は男女一緒で、どちらが入っているかドアに表示しておくだけ。あー。だめだ。ここで着替えてたと頭が勝手に妄想しちまう。着替えを終えて憩いよくロッカーを閉める音で煩悩を掻き消した。
「片付けいってきまーす」
階段を上がった先の扉が開かれた部屋に入ると、テーブルを拭く彼女の後ろ姿があった。全くこういうところが無防備なんだと心配になる。
「おつかれ」
「み、水戸くん!」
「はは、そんなに驚かなくても」
「いやえっと……」
照れるように彼女は視線を下げる。拭いたマイクやカタログとリモコンを元の位置に戻す。制服の黒いミニスカートからのぞく彼女の華奢な脚が嫌でも目についた。
「ほら戻ろうぜ」
厨房に戻ると夕方からの客で名無しさんと会話するタイミングはなくなっていた。
そしてバイトが終わり俺は彼女が支度が終えるのを待っていると三井サンが来た。
「本当に来たんすね」
「当たり前だろ」
自信満々に制服姿でスポーツバッグを背負う姿はまさにスポーツマンで、きっと「当たり前だろ、彼氏なんだから」くらいのつもりでいる。晴子ちゃんの伝言も無意味だったな。そこに支度を終えた名無しさんが出てきて、俺の視界の先を見て表情が硬くなった。
「迎えに来た。帰ろうぜ」
「先輩。名無しさんは今日一緒に帰れませんって言ってませんでしたっけ?」
「あ?別にテメェの女ってわけでもないだろ」
「まあ、そうっすね。じゃあ名無しさんが決めるってことで。俺は先に上がらせてもらいますね~」
二人に向かって手を振り店を出る。これで良かったんだと言い聞かせる。だって俺にはあんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけることができない。男らしくねえ。だから何ともないふりをするしかない。信号で引っかかっていると名無しさんの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。振り向くと肩で息をしている彼女がいた。
「先に帰らないでよ」
「三井サンは?」
「ごめんなさいって言ってきちゃった」
「……」
「水戸くん?」
「あ、いや、なんでもねえよ」
信号が青になってすぐ俺は名無しさんの腕を掴み走った。あの三井サンが一回言われただけで折れるわけがない。このままさっさと送り届ければいいのにまだ一緒にいたい。
「なあちょっと寄り道してってもいいか?」
公園の東屋に入った俺たちは、見つからないように身を低くしていた。しばらく静寂が続き彼女が吹き出した。
「あーびっくりした」
「すまねえ。変なことさせちまって」
「ううん。嬉しかった」
胸が飛び跳ねるのが分かった。嫌でも期待している自分の頬を思いっきり抓りたい気持ちに駆られる。
「そういうの、男は勘違いしちまうから良くないぜ?」
「……勘違い……していいよ」
「は?」
「私、水戸くんといたい……もっと一緒にいたいの……急に素っ気なくされるのは悲しいよ」
本当にこの子はとんでもなく小悪魔だ。俺の好意にすら気付いてないかもしれない。いやなんというか、晴子ちゃんが花道にかまってるようなそんな感じ。
「あーーーーーー・・・わりぃ、もう素っ気なくしない」
「うん。お嬢様扱いしないで」
「……わかった。あとは?」
「やっぱり帰りは水戸くんと一緒がいい」
彼女の言葉をすべて承諾し、俺はつくづくお人好しだなと思わずにはいられなかった。
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