5.夜半の月
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「では本日の授業はここまで!」
昼食を告げる鐘の音が響く。
一番後ろで授業に参加していた私は、借りた「忍たまの友」を再びパラパラとめくっていた。
「詩織さーん」
「どうしたの。きり丸君」
みんなが教室から出ていく中、きり丸君が私のもとへやって来た。視線を忍たまの友からきり丸君へと移す。
「今日のアルバイトなんすけど、ちょっと手伝ってくれません?」
「きり丸。あれだけバイト量を増やすなと言っただろう?」
私が答える前に、土井先生がきり丸君に返事をする。
土井先生もよくきり丸君のお手伝いを手伝っていると聞いていた通り、沢山のアルバイトを引き受けているのだろう。
「でも~詩織さんが手伝ってくれると、いーっぱい!売れるんですよね~」
前にお手伝いしたのは、たしか町で団子を売ったのだ。
「だったらきり丸が女装でもしたらどうだ?」
「土井先生!見損ないました!」
「なにがだ?」
「これまであんなに結婚する気はないとか、まだ独身のままでいいなんて言う先生だったのに!詩織さんが綺麗で可愛いからって自分の手元にずっと置いて!これじゃあ詩織さんが事務の仕事もできないし、お給料だって少ないに決まってます!だから私がアルバイトをあっせんしてるんです!」
「おいおい、待て待て・・・・・・なんだかよく分からんことを言ってるが、雪下さんは足を怪我しているんだぞ?昨日説明したのに聞いてなかったのか?」
「へ?」
きり丸君が驚くと同時に私の足元に視線を向けた。
事務服や足袋を履いているから、外見的には分かりにくい。
「そうなんですか?」と心配そうにきり丸君が聞く。
「まだ少しだけね」
「だから安静にしててもらおうと、ここにいるんだが。きり丸、さっき私のことを見損なったと言ったな?」
「い、い、言ってません!じゃ…じゃあ詩織さん、足の怪我が治ったらお手伝いお願いできますかあ?」
「うん!いいよ!」
「だからバイト量を増やすなと言ってるだろ!」
きり丸君と土井先生の掛け合いが面白くて、私はふふっと頬が緩んだ。
◇
「土井先生って、きり丸君には何だかお兄ちゃんみたいな感じですよね」
午後、職員室で窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、私は手伝いの合間にふと土井先生にそう言ってみた。部屋の外からは、元気な生徒たちの声が風に乗って響いている。
土井先生は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。その微笑みに、なんだか私の心もほっと緩んでいくのを感じる。
「そうですか?」
土井先生の声はいつも通り落ち着いていて、その優しさがじんわりと心に染み渡っていく。こんな風に会話ができる時間がとても心地良くて、私は無意識に微笑んでいた。
「はい。なんだか、きり丸君も土井先生のこと、頼れるお兄ちゃんみたいに思っているんじゃないかなって感じました」
土井先生は肩をすくめて、少し苦笑しながら返事をしてくれる。
「お世話役みたいなものですけどね。あ、さっききり丸の言ってたことなんですけど、私的に雪下さんを側に連れているわけじゃないですからね?」
「ええ、わかってますよ。利吉さんのお目付け役ですもんね?」
「そうです。私に雪下さんは勿体ないですよ」
ハハハと笑う土井先生の姿に、社交辞令なのだと理解した私は、同じように微笑んで素直に受け止めた。
外では秋の風が木々を揺らして、窓越しに見える青空が広がっている。少し涼しい風が窓から入ってきて、ほんのり冷たさを感じる。
「でも、お似合いですよ。兄弟みたいな雰囲気があって、きり丸君もそれを頼りにしているんだと思います」
「そういえば、雪下さんには兄弟がいらっしゃったんでしたっけ?」
彼が優しい声で問いかけてくる。心地よい風が静かに吹き抜ける中、私は昔のことを思い出し、懐かしさが胸に広がるのを感じた。
「はい。兄と弟がいて、よく相撲を取ったり、棒術の稽古を一緒にしていました」
「だから雪下さんは子どもたちへの接し方が上手いんですね」
「え?そんなふうに言われたのは初めてです。でも嬉しいです」
外の木々の葉が風に揺れる音が耳に心地良い。穏やかな空気が間に流れ、土井先生の優しい笑顔が、まるで日差しのように心を温めてくれた。いつもより少しだけ近く感じられる彼の存在に、私の胸は自然と温かくなり、ほっとした気持ちが広がっていくのを感じていた。
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