26.この先もずっと
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
忍術学園の門が見えてきたとき、肩の力がふっと抜けた。
「やっと、戻ってきましたね」
隣を歩く半助さんが静かに呟く。どこか穏やかで、少し名残惜しいような声だった。一年は組の子どもたちは元気いっぱいに「先生!詩織さん!急いで!」と先を駆け回る。
私も少しだけ走って門をくぐると、いつものように入門票を手にする小松田さんの姿や、見慣れた建物に、懐かしい学園の日常が目の前に広がっていて、思わず笑顔になった。これからまたここで、新しい日常が始まるのだ、そう思うと胸が熱くなる。
学園長は「よう戻ってきよった」と温かく私を出迎えてくれた。
「では改めて、庵で報告をお願いしようかの。土井先生と雪下くんの今後について」
学園長の言葉に私と半助さんは緊張しつつも頷き、一年は組の子どもたちは好奇心旺盛な顔で後を追おうとする。
「お前たちはここまでだ!」と半助さんがピシャリと言うと、「えー!僕たちだって聞きたいのに!」と口を揃える声が響いた。
「お前たちにはまた後でだ。な?」
そう言って半助さんは片目を閉じて可愛らしくウインクをする。彼の口調が、どこか甘やかし気味だったのが気がかりなのか「本当に後で聞けるんですよね!?」と追及するよい子達。
「そうだ。ほら、お前たちは山田先生のところへ行ってこい」と柔らかなため息をつく姿に、自然と笑みが零れていた。
◇
「ふむふむ、それでは改めて、報告を聞こうかのう」
学園長を前にして私と半助さんは正座をしている。
半助さんは一度私を見つめ、小さく頷くときっぱりと口を開いた。
「私たちは……結婚を前提にお付き合いをしております」
その声には一切の迷いがなく、まっすぐな意思が込められているのがわかる。
学園長は驚いたような表情をしたあと、大きくうなずいて笑みを浮かべた。
「そうか、それか…それはめでたいことじゃ!あの半助がのう……ここに来たときはまだまだ若造とばかり思っていたが……ふふふ、歳をとると涙もろくなるもんじゃの」
その言葉を聞きながら、私は自然と顔が熱くなり視線を落とした。
「で、先日、雪下くんがここを去った理由とは?」
「それは……」
学園長の少し声のトーンを下げた言葉に、私は緊張しながら言葉を紡いだ。
半助さんの命に危険が及ぶという矢文を受け取ったこと。
学園を去ることで、みんなに迷惑をかけないようにと思ったこと。
雑渡さんに攫われたが、半助さんと利吉さんのおかげで無事だったこと。
できるだけ冷静に、端的に伝える。学園長は聞き終えると「ふむ」と頷き、静かに考え込む様子を見せた。
「では、土井先生と雪下くんは同室で過ごすのはどうじゃろう。夫婦になるんじゃ、わしもうるさいことは言わん。ちょうど山田先生と土井先生の隣の部屋が空いとったな。そこを使ってはどうかのう?それに同じ部屋なら、曲者が忍び込んでも土井先生がいるし安心じゃ」
「えっ」
半助さんと私は同時に声を上げ、顔を見合わせる。半助さんは困惑した表情をしつつも、口角が上がっている。その姿に自然と笑みが漏れそうになり、私は必死に口元を押さえた。
「い、いいんですか、学園長?」
「私もてっきり、半助さんの長屋で暮らした方がいいのかと……」
私たちの動揺を余所に、学園長はワハハと豪快に笑った。隣にいるヘムへムも満面の笑みだ。
「土井先生、雪下くん、ここはいつだって君たちを応援しておる。これからも仲睦まじく、生徒の手本となるよう努めるのじゃぞ」
「ヘムヘム!」
その言葉に半助さんも私も「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。
彼と視線が交わった瞬間、穏やかな優しさがそこにあって、また顔が熱くなるのを感じた。
◇
その夜、食堂には普段と違う光景が広がっていた。
事務室で吉野先生に謝罪と急に不在にして溜まっていた事務仕事の引継ぎが一段落すると、しんべヱ君と乱太郎君がやって来たのだ。
「詩織さん、こっちです!」
二人に手を引かれ、食堂につづく廊下で、きり丸くんに手を引かれた半助さんと鉢合わせした。三人は「じゃああとは先生たちが先に行ってください!」と私たちの背中を押す。
「え?え?乱太郎君、しんべヱ君、きり丸君?」
「はは、ここは乗せられちゃいましょうか」
笑う半助さんに、私も成り行きに任せ、食堂に足を踏み入れた。
そこには色とりどりの飾りや灯りで彩られた空間には、学園の生徒や教員たちが大勢集まっている。どこか賑やかで、でも暖かな雰囲気が広がるその中で、突然……
「土井先生!詩織さん!結婚おめでとう!」
クラッカーがパンッ驚く間もなく、しんべヱ君たち三人が得意げに説明する。
「先生が詩織さんのことをお嫁さんになる人なんて言うから、急いで用意したんすよ?タダで!今度アルバイト手伝ってもらいますからね!」
「土井先生、詩織さんのこと、ずーっと気になってましたもんね!」
「詩織さんがいないと、中身のない饅頭みたいでしたもんね、先生!」
「お前たち~~っ!」
耳まで真っ赤になる土井先生の様子に、周囲は笑いに包まれる。
私は慌てて食堂のおばちゃんや山本先生のもとへ向かい、謝罪と感謝を伝えた。
「突然、いなくなってしまいご迷惑をおかけしました」
「もう、悩んでるなら相談してくれればよかったのに。水くさいわね」
「そうよ。詩織ちゃん。それに、二人が練り物と酢の物を交換しているのだって知ってたわよ」
「え!?おばちゃん知ってたんですか?」
「当たり前でしょ。私は食堂のおばちゃんよ?」
「そう、ですよね……」
「今まで黙っていたのは、二人の初々しさが微笑ましかったからね」
おばちゃんの言葉に、思わず顔が熱くなる。
その間にも、食堂には生徒や先生方の声や音が響き渡る。
「豆腐料理できましたよー!」
「こっちはパパから届いた南蛮料理でーす!」
「ではここで学園一のスーパースターであるこの平滝夜叉丸が戦輪の腕を披露して「お前は黙っとけ!ここは学園のアイドル、田村三「二人とも邪魔だよ~チョキチョキチョキ~!」わー!タカ丸さんーーっ!」
最後に浜君の笑い声が食堂中に響き渡るのだった。
そんなふうに、みんなと楽しく会話しながら食べていると、賑やかな笑い声が広がる中で、くのたまたちが一人、また一人と私のそばに寄り始める。
「詩織さん!土井先生との馴れ初めを教えてくださいー!」
「え、いや、馴れ初めってそんな……」
ユキちゃん、トモミちゃん、おシゲちゃん達くのたまに詰め寄られて困惑する私に、山田先生が伝子さんの姿で笑いながら口を挟んだ。
「詩織ちゃんはねぇ~、紅葉狩りに行ったときに栞を作ってプレゼントしたのよねぇ??」
「えーーー!!!そんな前から!?」
「いや、えっと……そのときはまだ、そんな…」
「『そのときはまだ』!?ちょっと詩織さんこっちに来て詳しく!事情聴取ですよ!」
上級生やは組の子たちにも囲まれ、次々と馴れ初めを尋ねられる。あたふたするうちに、食堂はますます笑顔と歓声で溢れていった。
◆ ◆ ◆
「で、土井先生は?いつから雪下くんに好意を?」
酒を注いできた安藤先生が私に向かって問いかける。きっと何を言っても親父ギャグや嫌味を言われそうで言いたくないなと思いつつも、やっぱり惚気たくなる私もいるわけで、自然と口を滑らせていた。
「いやぁ、気付いたら生徒と同じくらい大事で、かけがえのない人になっていました」
「……おやおや」
何か言うのかと身構えると安藤先生は目を丸くして、フッと小さく笑った。
「あの頃の面影はもう随分と薄れましたな」
「……安藤先生」
内心、じんわりと感動した。あの嫌味な安藤先生が、私に優しい言葉をかけてくれるなんて。
「でもまあ、夫婦になってからの夫婦喧嘩なんかは覚悟しないといけませんよ?ああ、土井先生は実習でカバーするタイプですからね。どうぞどうぞ。何度でも喧嘩なさってください。実習だと思えばね?けど夫婦喧嘩は犬も食わないって言いますから、くれぐれも生徒には迷惑をかけてはいけませんよ?」
「安藤先生~ッ……お気持ち、ありがとう…ござい、ます」
結局いつもの嫌味を言われ、嬉しいやら悲しいやら。けれどグッと堪えた私を心の中で褒めた。
楽しい時間を過ごし、学級委員である三郎と勘右衛門が「最後に主役から一言お願いします!」と私と詩織さんに声をかけた。
私はコホンと咳払いをして口を開く。
「まさかこんな風に歓迎してもらえるなんて思ってなくて、生徒も先生方もありがとうございます。こんなに祝ってもらえてとても幸せです」
一呼吸つき、次の言葉を発する前に、乱太郎たちが「せぇーの」とかけ声を発した。
「「「土井先生は詩織さんを幸せにしますかー!?」」」
突然のことに、思ったままを口に出していた。
「あたりまえだ!さっきも教えたはずだ!」
「「「詩織さんを泣かせませんかー!?」」」
「あたりまえだ!それも前に教えたはずだ!」
「「「まだ習ってません!!」」」
「授業の範囲じゃない!!」
「「「じゃあ次のテストに出してください!」」」
無邪気な声に食堂が活気に包まれ、笑い声が広がっていく。
隣で詩織さんがふと微笑むと、胸の前で手をキュッと握り唇を開いた。
「これからも、どうぞよろしくお願いします」
その瞬間、食堂中から歓声と拍手が湧き上がった。どこからともなく「二人に乾杯!」という声が響き、生徒たちはそれぞれの飲み物を持ち上げて「カンパーイ!」と声を揃える。
食堂の灯りは夜が深まるほどに温かく、笑顔と優しい会話で満ちていた。
◆ ◆ ◆
宴が終わり、夜空の下。月見亭で私は星を眺めていた。そこへ音もなく半助さんがやってきた。
「こんな時間に冷えますよ」
そう言いながら私の肩に羽織をかけてくれる。
「ありがとうございます。少しだけ星を見ていたくて」
羽織りに彼の手が添えられ、手の重みが肩に確かな存在感を与える。
「……ここが、私の居場所なんだなって」
私がそう言うと、半助さんはしばらく私を見つめ、そして、穏やかに微笑んだ。
「私もです」
静かな声だけれど、それだけで十分だった。
明日から、いつもどおりの、でも当たり前ではない日々が続いていく。
それでも明日の希望を胸に抱えて、半助さんとこの先も、ずっとずっと、どんなことがあっても半助さんと共に歩いていけるという確信が、心の中を優しく満たしていた。
一人になったあの日から、やっと希望という道標を見つけられたのだと。
夜空の星々が優しく私たちを照らしている。
私の手を、大きな手のひらが包み込む。手をこしょばせる彼に、私も指先を遊ばせるのだった。
→
「やっと、戻ってきましたね」
隣を歩く半助さんが静かに呟く。どこか穏やかで、少し名残惜しいような声だった。一年は組の子どもたちは元気いっぱいに「先生!詩織さん!急いで!」と先を駆け回る。
私も少しだけ走って門をくぐると、いつものように入門票を手にする小松田さんの姿や、見慣れた建物に、懐かしい学園の日常が目の前に広がっていて、思わず笑顔になった。これからまたここで、新しい日常が始まるのだ、そう思うと胸が熱くなる。
学園長は「よう戻ってきよった」と温かく私を出迎えてくれた。
「では改めて、庵で報告をお願いしようかの。土井先生と雪下くんの今後について」
学園長の言葉に私と半助さんは緊張しつつも頷き、一年は組の子どもたちは好奇心旺盛な顔で後を追おうとする。
「お前たちはここまでだ!」と半助さんがピシャリと言うと、「えー!僕たちだって聞きたいのに!」と口を揃える声が響いた。
「お前たちにはまた後でだ。な?」
そう言って半助さんは片目を閉じて可愛らしくウインクをする。彼の口調が、どこか甘やかし気味だったのが気がかりなのか「本当に後で聞けるんですよね!?」と追及するよい子達。
「そうだ。ほら、お前たちは山田先生のところへ行ってこい」と柔らかなため息をつく姿に、自然と笑みが零れていた。
◇
「ふむふむ、それでは改めて、報告を聞こうかのう」
学園長を前にして私と半助さんは正座をしている。
半助さんは一度私を見つめ、小さく頷くときっぱりと口を開いた。
「私たちは……結婚を前提にお付き合いをしております」
その声には一切の迷いがなく、まっすぐな意思が込められているのがわかる。
学園長は驚いたような表情をしたあと、大きくうなずいて笑みを浮かべた。
「そうか、それか…それはめでたいことじゃ!あの半助がのう……ここに来たときはまだまだ若造とばかり思っていたが……ふふふ、歳をとると涙もろくなるもんじゃの」
その言葉を聞きながら、私は自然と顔が熱くなり視線を落とした。
「で、先日、雪下くんがここを去った理由とは?」
「それは……」
学園長の少し声のトーンを下げた言葉に、私は緊張しながら言葉を紡いだ。
半助さんの命に危険が及ぶという矢文を受け取ったこと。
学園を去ることで、みんなに迷惑をかけないようにと思ったこと。
雑渡さんに攫われたが、半助さんと利吉さんのおかげで無事だったこと。
できるだけ冷静に、端的に伝える。学園長は聞き終えると「ふむ」と頷き、静かに考え込む様子を見せた。
「では、土井先生と雪下くんは同室で過ごすのはどうじゃろう。夫婦になるんじゃ、わしもうるさいことは言わん。ちょうど山田先生と土井先生の隣の部屋が空いとったな。そこを使ってはどうかのう?それに同じ部屋なら、曲者が忍び込んでも土井先生がいるし安心じゃ」
「えっ」
半助さんと私は同時に声を上げ、顔を見合わせる。半助さんは困惑した表情をしつつも、口角が上がっている。その姿に自然と笑みが漏れそうになり、私は必死に口元を押さえた。
「い、いいんですか、学園長?」
「私もてっきり、半助さんの長屋で暮らした方がいいのかと……」
私たちの動揺を余所に、学園長はワハハと豪快に笑った。隣にいるヘムへムも満面の笑みだ。
「土井先生、雪下くん、ここはいつだって君たちを応援しておる。これからも仲睦まじく、生徒の手本となるよう努めるのじゃぞ」
「ヘムヘム!」
その言葉に半助さんも私も「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。
彼と視線が交わった瞬間、穏やかな優しさがそこにあって、また顔が熱くなるのを感じた。
◇
その夜、食堂には普段と違う光景が広がっていた。
事務室で吉野先生に謝罪と急に不在にして溜まっていた事務仕事の引継ぎが一段落すると、しんべヱ君と乱太郎君がやって来たのだ。
「詩織さん、こっちです!」
二人に手を引かれ、食堂につづく廊下で、きり丸くんに手を引かれた半助さんと鉢合わせした。三人は「じゃああとは先生たちが先に行ってください!」と私たちの背中を押す。
「え?え?乱太郎君、しんべヱ君、きり丸君?」
「はは、ここは乗せられちゃいましょうか」
笑う半助さんに、私も成り行きに任せ、食堂に足を踏み入れた。
そこには色とりどりの飾りや灯りで彩られた空間には、学園の生徒や教員たちが大勢集まっている。どこか賑やかで、でも暖かな雰囲気が広がるその中で、突然……
「土井先生!詩織さん!結婚おめでとう!」
クラッカーがパンッ驚く間もなく、しんべヱ君たち三人が得意げに説明する。
「先生が詩織さんのことをお嫁さんになる人なんて言うから、急いで用意したんすよ?タダで!今度アルバイト手伝ってもらいますからね!」
「土井先生、詩織さんのこと、ずーっと気になってましたもんね!」
「詩織さんがいないと、中身のない饅頭みたいでしたもんね、先生!」
「お前たち~~っ!」
耳まで真っ赤になる土井先生の様子に、周囲は笑いに包まれる。
私は慌てて食堂のおばちゃんや山本先生のもとへ向かい、謝罪と感謝を伝えた。
「突然、いなくなってしまいご迷惑をおかけしました」
「もう、悩んでるなら相談してくれればよかったのに。水くさいわね」
「そうよ。詩織ちゃん。それに、二人が練り物と酢の物を交換しているのだって知ってたわよ」
「え!?おばちゃん知ってたんですか?」
「当たり前でしょ。私は食堂のおばちゃんよ?」
「そう、ですよね……」
「今まで黙っていたのは、二人の初々しさが微笑ましかったからね」
おばちゃんの言葉に、思わず顔が熱くなる。
その間にも、食堂には生徒や先生方の声や音が響き渡る。
「豆腐料理できましたよー!」
「こっちはパパから届いた南蛮料理でーす!」
「ではここで学園一のスーパースターであるこの平滝夜叉丸が戦輪の腕を披露して「お前は黙っとけ!ここは学園のアイドル、田村三「二人とも邪魔だよ~チョキチョキチョキ~!」わー!タカ丸さんーーっ!」
最後に浜君の笑い声が食堂中に響き渡るのだった。
そんなふうに、みんなと楽しく会話しながら食べていると、賑やかな笑い声が広がる中で、くのたまたちが一人、また一人と私のそばに寄り始める。
「詩織さん!土井先生との馴れ初めを教えてくださいー!」
「え、いや、馴れ初めってそんな……」
ユキちゃん、トモミちゃん、おシゲちゃん達くのたまに詰め寄られて困惑する私に、山田先生が伝子さんの姿で笑いながら口を挟んだ。
「詩織ちゃんはねぇ~、紅葉狩りに行ったときに栞を作ってプレゼントしたのよねぇ??」
「えーーー!!!そんな前から!?」
「いや、えっと……そのときはまだ、そんな…」
「『そのときはまだ』!?ちょっと詩織さんこっちに来て詳しく!事情聴取ですよ!」
上級生やは組の子たちにも囲まれ、次々と馴れ初めを尋ねられる。あたふたするうちに、食堂はますます笑顔と歓声で溢れていった。
◆ ◆ ◆
「で、土井先生は?いつから雪下くんに好意を?」
酒を注いできた安藤先生が私に向かって問いかける。きっと何を言っても親父ギャグや嫌味を言われそうで言いたくないなと思いつつも、やっぱり惚気たくなる私もいるわけで、自然と口を滑らせていた。
「いやぁ、気付いたら生徒と同じくらい大事で、かけがえのない人になっていました」
「……おやおや」
何か言うのかと身構えると安藤先生は目を丸くして、フッと小さく笑った。
「あの頃の面影はもう随分と薄れましたな」
「……安藤先生」
内心、じんわりと感動した。あの嫌味な安藤先生が、私に優しい言葉をかけてくれるなんて。
「でもまあ、夫婦になってからの夫婦喧嘩なんかは覚悟しないといけませんよ?ああ、土井先生は実習でカバーするタイプですからね。どうぞどうぞ。何度でも喧嘩なさってください。実習だと思えばね?けど夫婦喧嘩は犬も食わないって言いますから、くれぐれも生徒には迷惑をかけてはいけませんよ?」
「安藤先生~ッ……お気持ち、ありがとう…ござい、ます」
結局いつもの嫌味を言われ、嬉しいやら悲しいやら。けれどグッと堪えた私を心の中で褒めた。
楽しい時間を過ごし、学級委員である三郎と勘右衛門が「最後に主役から一言お願いします!」と私と詩織さんに声をかけた。
私はコホンと咳払いをして口を開く。
「まさかこんな風に歓迎してもらえるなんて思ってなくて、生徒も先生方もありがとうございます。こんなに祝ってもらえてとても幸せです」
一呼吸つき、次の言葉を発する前に、乱太郎たちが「せぇーの」とかけ声を発した。
「「「土井先生は詩織さんを幸せにしますかー!?」」」
突然のことに、思ったままを口に出していた。
「あたりまえだ!さっきも教えたはずだ!」
「「「詩織さんを泣かせませんかー!?」」」
「あたりまえだ!それも前に教えたはずだ!」
「「「まだ習ってません!!」」」
「授業の範囲じゃない!!」
「「「じゃあ次のテストに出してください!」」」
無邪気な声に食堂が活気に包まれ、笑い声が広がっていく。
隣で詩織さんがふと微笑むと、胸の前で手をキュッと握り唇を開いた。
「これからも、どうぞよろしくお願いします」
その瞬間、食堂中から歓声と拍手が湧き上がった。どこからともなく「二人に乾杯!」という声が響き、生徒たちはそれぞれの飲み物を持ち上げて「カンパーイ!」と声を揃える。
食堂の灯りは夜が深まるほどに温かく、笑顔と優しい会話で満ちていた。
◆ ◆ ◆
宴が終わり、夜空の下。月見亭で私は星を眺めていた。そこへ音もなく半助さんがやってきた。
「こんな時間に冷えますよ」
そう言いながら私の肩に羽織をかけてくれる。
「ありがとうございます。少しだけ星を見ていたくて」
羽織りに彼の手が添えられ、手の重みが肩に確かな存在感を与える。
「……ここが、私の居場所なんだなって」
私がそう言うと、半助さんはしばらく私を見つめ、そして、穏やかに微笑んだ。
「私もです」
静かな声だけれど、それだけで十分だった。
明日から、いつもどおりの、でも当たり前ではない日々が続いていく。
それでも明日の希望を胸に抱えて、半助さんとこの先も、ずっとずっと、どんなことがあっても半助さんと共に歩いていけるという確信が、心の中を優しく満たしていた。
一人になったあの日から、やっと希望という道標を見つけられたのだと。
夜空の星々が優しく私たちを照らしている。
私の手を、大きな手のひらが包み込む。手をこしょばせる彼に、私も指先を遊ばせるのだった。
→
