25.きみがため
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朝、目を覚ますと、詩織さんのあどけない寝顔がすぐそばに見えて、胸がじんわりとあたたかくなった。彼女がまぶたをゆっくりと開き、こちらを見つめる。互いに微笑み合い、自然と手を取り合うようにして準備を整えた。
利吉くんの姿はまだないが、途中で合流するだろうと思い、私たちも忍術学園に向かうことにした。山道は険しく、足元もでこぼこしている。ふと詩織さんが足を取られそうになったのを見て、反射的に手を差し伸べる。
握った手の温もりに、彼女が「ふふっ」と小さく笑った。
「思い出しました。前に杭瀬村へ行くときも、こうして手を繋いでいただきましたよね」
「ああ、そうでしたね」
「あの時は、ただただ半助さんに嫌われていないんだって、それだけで胸がいっぱいになっていて…なんだか懐かしいです」
詩織さんの柔らかな笑みに、私も目を細める。ふいに、握る手に少し力を込めながら答えた。
「私はもう、こうしていないと満足できませんよ?」
ふふ、と照れくさそうに笑う彼女の仕草が可愛らしくて、どうにも心が落ち着かない。
「授業のとき、大変ですね?」
その言葉に、思わず言葉を詰まらせた。
「あ、それは……まぁ、その……」
言い訳を考える間にも詩織さんの笑顔がどこか意地悪そうに輝く。その様子に、自然と口元が綻んでしまうのを止められなかった。
◇
川を越えたところで、道の向こう側から山田先生、利吉、それに一年は組のみんなが走ってくるのが見えた。私たちに気付くと、は組の良い子たちが声を上げて手を振る。
「「「せんせー! 詩織さーん!!」」」
その姿に詩織さんがふふっと微笑んだ。子どもたちは私たちを取り囲み、それぞれが思い思いに言葉を発する。
「おいおい、一度に喋ったら詩織さんが困っちゃうだろ?」
私は微笑みながら、乱太郎、きり丸、団蔵、しんべヱなど、一人一人の言葉を拾い上げて返していく。
「乱太郎、詩織さんは大きな怪我はしていないよ。きり丸、団蔵、昨日も言ったがお前たちのせいじゃない。しんべヱ、今日の朝食は焼き鮭だったんだな。庄左衛門、タソガレドキはもう出城にはいない。虎若……」
まるで聖徳太子のように次々と言葉を返す私を、詩織さんが感心したように見つめているのが目に入った。彼女は、こっそり山田先生と利吉くんの元に移動しながら、ふと私に目配せする。その会話に耳をすませた。
「山田先生、利吉さん。ご心配おかけしました」
「雪下くんが無事でなにより、なにより」
「詩織さん、もう無茶はなさらないでください」
「ええ、すみませんでした」
山田先生が感慨深そうに深く息を吐いた。
「半助と雪下くんの表情を見れば、もう分かっとるな利吉」
眉を寄せて気まずそうな視線を山田先生に向ける利吉くん。
「わかってますよ……父上に言われなくても。詩織さん、土井先生……いや、お兄ちゃんをよろしくお願いします」
「ふっ」と山田先生が吹き出す。
「あ、父上は聞き耳を立てないでくださいっ!」
利吉くんの叫び声に釣られて、よい子たちが利吉さんを取り囲む。
「「「利吉さーん!なんの話をしてるんですかー?」」」
「だあー!君たちまでやって来る!私だって詩織さんと離したいんだよ?」
「「「今は土井先生に譲ってあげてください~!」」」
子どもたちの言葉に思わずうるっときてしまった。みんな…そんなに私たちのことを…なんて良い子たちなんだ。しかし、その感動も束の間。
「なんでだ!私はこのあと別の任務が……!」
「「「そういえば何でですか?土井先生?」」」
心の中で感動していた矢先、全く理解していない様子の子どもたちに思わず吹き出してしまった。
「はは、だって詩織さんは私のお嫁さんになる人だもの。ですよね、詩織さん?」
突然飛び火がかかった彼女の顔が紅潮していく。その様子が実に可愛らしい。
「ええ、そうです」
「「「えええええええ!?」」」
どよめく子どもたちを見渡しながら、私は軽く肩をすくめてみせた。
「なんだお前たち、私たちの関係に気付いてなかったのかあ?それになんだ、今の叫び声は。忍者たるもの常に冷静であるべし。教えたはずだ!そしたら忍術学園まで走って帰るぞー!」
「「「えええええええ!?なにが『そしたら』なんですか~!」」」
詩織さんの眼差しに気付いた私は、すぐに彼女を安心させるように言葉をかける。
「詩織さんは私がおぶりますよ?」
背を向けて屈むと、詩織さんは手をいったん置いてすぐに離した。
「いえ。私も走れるところまで走ります。なんか楽しそうなので」
「「「詩織さん、行こー!!」」」
「あ!こら君たち!私も!」
よい子たちに手を引かれながら、裾を少し上げて詩織さんは駆けていく。そこに利吉くんも追いかける。
彼らの後ろ姿を見守りながら、私と山田先生で後方を走った。
「半助」
山田先生が静かに私を呼ぶ。
「顔つきが変わったな」
「そんな風に言ってもらえると嬉しいです」
初めて山田先生に会った時のことを思い出す。抜け忍として追われて怪我を負っていた私を、助けるばかりか手当てしてくれて、忍術学園の教師という居場所まで与えてくれた。まだ十九だった私にとって、人とは、忍者とは、教師とは、を教えてくれた父とも呼べる大きな存在で、それは今も変わらない。隣を走る山田先生からは、そんな当時を懐かしむような雰囲気が流れていた。
子どもたちの笑い声と、それを煽るような利吉くんの声がどこまでも響いていく。
詩織さんは振り向くと、嬉しそうな目で私を見つめた。その眼差しが、何よりも暖かかった。
ああ、これからも守っていくんだ、彼女も、この子たちも、そしてこの場所も――
どこか、胸に宿った新たな誓いを感じながら、私は彼らを追いかけていた。
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