23.守りの要
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薄暗い部屋に、気持ちばかりに置かれた薄手の毛布に包まっていた。
逃げ出す術がないか辺りを見渡すけれど、鉄格子の牢屋には内側から開ける扉は一つも見当たらない。
持っていた荷物は全て没収されてしまった。
連れ去られる途中、持っていた簪で雑渡さんに向かって簪を刺した。けれど彼の手甲が防いだ。衝撃で簪の先が折れ、落としてしまった。あのとき簪を落とさなければ、牢屋の錠を開けられたかもしれないのに。
牢屋から出たずっと奥の方に明かりが零れているのが見える。
人がいるのが分かり、耳を澄ましてみると、雑渡さんと尊奈門くんの会話が次第に聞こえてきた。
「組頭!どうして、詩織さんが牢に入れられてるんですか」
「牢っていうのは逃げないために入れるものだよ」
「詩織さんは逃げません!」
「……逃げないのは知っている。だが、それでも檻に入れるのは、手中に収めておくためだ。それであの娘を手に入れたわけだが忍術学園になにか動きは?」
「いえ、今のところ何も。でも組頭が詩織さんを連れてくるなんて驚きました。あ!まさか組頭まで詩織さんを!?」
「馬鹿を言うな、尊奈門。あの娘に触れる気などない。ただし、土井殿には深手となるだろうな」
そんな会話が聞こえ、胸の奥がギュッと締め付けられた。
私がここに連れてこられたのは尊奈門くんの一方的な好意が原因だと思っていた。
でも、それは違ったの?
半助さんの名前が聞こえたことで、雑渡さんの真意が読めず、不安が胸の中に広がっていく。
「あの娘は、土井殿にとって大切な人物、つまり将棋でいう金将だ」
「金将?斜め後ろには進めないあの駒ですか?そんなにすごい駒ですか?」
「なにを言ってる。金があるからこそ玉は安心して動ける。そして玉に最も近い位置にいる金が崩れれば、玉は無防備になる……その一手で何が起きるか想像もつかんか。もちろん学園長である大川平次渦正殿も勘は鋭いが、兵法に精通し、体力気力ともに若さで勝る土井殿が忍術学園の中枢とも言える。つまり奴は将棋に言い換えれば玉だ」
耳を澄まして聞こえてきた会話に、あの日の半助さんとの会話が蘇る。
『王将を守るのに矢倉囲いというのがあるんですが、初心者がまず覚える戦法です』
『じゃあ、この金は守りの要…みたいなものですか?』
あの時は、将棋の駒の意味を楽しげに学んでいただけのはずだった。
「土井半助が、玉……」
「そして大抵、玉には守りがついている」
「その守りが詩織さんだというんですか?」
「ふん、笑わせる。だから言っただろ尊奈門。中途半端に愛だの恋だの抱いたところで弱点にしかならないと」
「……それで詩織さんを連れてきたんですか?」
「あの土井殿がどのくらい本気で来るのか興味がある……とはいえ、あまり忍術学園を刺激しすぎると面倒だ」
「土井半助、来ますかね」
「おそらく奴は来る。もう近くまで来てるだろうね」
近くまで来ている。その一言で、心臓が高鳴った。
手のひらをギュッと握りしめ、爪が皮膚を刺すのを感じる。
半助さんが来るはずない。
だって、私はあんな最低な別れ方をしてしまったのだから。
勝手にいなくなって、学園の誰にも私のことなんて。
――そう思いかけた時だった。
突然、音もなく雑渡さんが目の前に現れた。
鉄格子を挟んでこちらを覗き込んでいる。
顔は口布に隠れているけれど、その嘲るような空気ははっきりと伝わった。
「気がついたかい、お嬢さん」
「私をこんなところに連れてきて、どうする気ですか?」
「端的に言うと、土井殿をタソガレドキに迎え入れたい」
「え?」
「私は土井殿の才能を高く評価している。だが奴は忍術学園に恩義があるのか毎回断ってばかり。だからお嬢さんを利用させてもらう 」
「私がいなくなったところで、半助さんは……ここには来ません」
誰もここに来るはずがない。
けれど目の前の雑渡さんは、当たり前のように彼らが私を助けに来るような口ぶりだ。
震える声で告げた私の言葉を聞いても、雑渡さんはただ薄く笑っただけだった。
「いいねえ、餌っていうのは自分が餌だとも思わない。実に滑稽だ」
その笑みが、言い表しようのない恐怖を私の体中に与える。鳥肌が立つ感触に、目の前の彼の底知れぬ憎悪を抱いた。
「さて、お嬢さんがどのくらい苦しんだら、土井殿はこっち側に来るかな?」
「……半助さんが来るはずがないです」
「まあいい。お嬢さんの予想が外れて土井殿が目の前に来たとき、奴は鬼と化しているかな」
その一言を最後に、雑渡さんは音もなく立ち去った。
体の奥が凍るような感覚を振り払おうとするけれど、胸の鼓動は激しさを増していくばかり。
身体に巻き付けていた毛布を握り締めても、雑渡さんの凍てつくような眼光が頭から離れることがなかった。
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