21.変わった定食の段
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「詩織さんが行方不明って本当ですか!?」
庵の障子が突然開き、六年生、五年生が姿を現す。
「お前たち、聞いておったのか」
学園長が低い声で問いかけるも、彼らは真剣な面持ちで口々に叫ぶ。
「僕たちも協力させてください!」
「詩織さんを無事に見つけるためなら、なんでもやります!」
学園長は小さくため息をつくと、問いかけた。
「では……最近の雪下くんで何か気になった点などはあるか?」
学園長の問に、留三郎が手を挙げる。
「あっ……一昨日、用具倉庫に置いてある柿渋を借りていました」
「柿渋?防水加工に使うあれか?」
「てっきり傘の修復かと思ったのですが、壊れている傘はなかったので」
沈黙を迎え、学園長が口を開く。
「半助はなにか知っとらんか?」
「私はこの二日間、学園長からの依頼で出かけていましたから何も」
「行く前に喧嘩はせんかったか?」
「喧嘩なんて、今まで一度もしたことありませんよ」
一歩も進まないまま、職員会議は終わった。
自室に戻ると、乱太郎たちが心配そうに顔を出した。
子ども達に心配をかけさせまいと、無理矢理にでも笑顔を作る。
「詩織さん、行方不明なんですか?」
「……大丈夫だ。すぐ戻ってくる」
「先生、しんベヱが思い出したことがあるって」
「なんだ?」
「今日の磯辺揚げ、ちくわから長芋に変わったんです。献立表には磯辺揚げしか書いてないけど」
小さな違和感にふと、私は気付いた。
先ほど食べた夕食を頭の中で確認し、目の前のしんべヱの記憶と答え合わせをする。
「しんベヱ、今日の夕食は?」
「鯖の竜田揚げと、寄せ豆腐とらっきょ漬けと、磯辺揚げです!」
「……っ」
「どうしたんですか、土井先生?」
「確かに長芋だったな?」
「はいもちろん!」
思い浮かべた考えを整理する。
いや、そんな、まさか。
◇
もしかしたら、いるかもしれないと月見亭に足が向いていた。
そこは静かで誰もいない。
落ち着かせるために空を仰いだけれど、月の姿は見えなかった。
……今日は朔の日か。
闇だけが、空一面に重たく広がる。
「……詩織さん」
見えない月に、今いない彼女の姿が重なる。
夜空に言葉を吐いたところで、答える者はいない。ただひたすらに闇が押し寄せるばかり。
そのとき、背後から殺気を感じ咄嗟に振り返る。
振り返った先には、尊奈門くんが短刀を手にしていた。
「なぜお前がここにいる? 詩織さんはどこだ!?」
「尊奈門くん、どうしてここに? 詩織さんって何の話だ!?」
自分でも動揺しているのが分かった。
彼の手に持つものが短刀で、詩織さんの名を呼ぶ彼に。
まさか詩織さんを襲うとしたのか?
焦りと混乱で思考が鈍る。
「……どうやら逃げたか」
上を向くと雑渡昆奈門の姿があった。
逃げられた? なにがどうなっている?
「これはどういう……詩織さんのこと、知っているのか?」
私の問いに答えることもなく、雑渡は尊奈門くんに目配せをした。
「土井半助!覚悟ー!」
目の前に迫る尊奈門くんの動きがやけにスローモーションに見える。それよりも、詩織さんは何処にいるかとか、なにかあったんじゃないかとか、私の目の前から居なくなってしまったことばかり脳裏に浮かんで、反応が遅れてしまった私は、ただただ彼の攻撃を真正面から受けていた。
「…ッぐ!」
尊奈門くんの短刀が肩を掠る。鋭い痛みが身体に走る。
意識が飛びそうになり、咄嗟に傷口を抑えた。
「あ、当たった…!当たったぞ!組頭!見ましたか!あれ?組頭?」
「何をしている尊奈門。あの娘を探しに行くぞ」
「あ!待ってくださいよ! 土井半助!これで詩織さんは俺のものだからな!」
意識が朦朧とする中、耳に届く彼らの声が木霊する。
二人が夜の闇に消えるのを手を伸ばしたが捕まえられるはずもなく、手のひらは空を握った。
「半助!」
山田先生の声が聞こえ、私は意識を手放した。
◇
瞼を開くと、自室で横になっていた。
蝋燭が灯っているのを見てまだ夜なのだと分かる。
「気がついたか」
傍らに山田先生と学園長がいた。
「山田先生……さきほどはすみませんでした」
「いや、いい。それよりタソガレドキの目的がまるで分からん」
「尊奈門くんは、詩織さんに想いを寄せているんです」
「うーん、それは以前からそうだったが、じゃあなぜ今夜は短刀まで持ってきたんだ?有無を言わさず連れて行くつもりだったのか?」
今までの彼ならそんなことはしないと思っていた。
それは私の思い上がりだったんだろうか。
「雪下君はそれを知っていたのか?」
山田先生の言葉に、さきほどの違和感が音を立てて合わさっていく。
「山田先生、今日の夕ご飯は詩織さんが考えたそうです」
「なに?」
「鯖の竜田揚げ、寄せ豆腐、長芋の磯辺揚げ……そして、らっきょ漬け。頭文字だけ読むと『さよなら』になるんです」
「まさか」
「私も偶然だと思いたいですよ。でも、献立がひじき煮がらっきょ漬けに変えています。それにしんべヱが詩織さんにお願いした磯辺揚げは長芋じゃなくて竹輪だったそうですから、恐らくそういう意図があったんだと思います」
その時、山本シナ先生が姿を現した。
「詩織さんの部屋から、こんなものが見つかりました」
山本先生の手には矢文が握られていた。
──詩織さんへ
このまま忍術学園にいれば土井の命はないと思ってください。朔の日に迎えに行きます。私は本気です。
「まさか、これを読んで…」
日常生活で突然矢文が飛んできたら、詩織さんは驚きと恐怖を抱くことは容易に想像できた。
そして文面を読んで思ったはずだ。
これ以上ここにいたら迷惑がかかると。
それで詩織さんは誰にも言わずに。
いや、知ってたはずだ。
自分さえいなくなればと、周囲を優先してしまう彼女の優しさを。
幸せはいつかなくなるものだと思っていることを。
どうして、
どうして、
私の思いは声になることも無く、ただただ虚無感が覆い尽くしていた。
→