21.変わった定食の段
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合戦の状況は聞いていたほど深刻では無さそうだった。
これなら村人たちまで影響が出ることはなさそうだ。
木の枝に座りながら筆を走らせていると、ふと思い出す。
――しまった。
服に隠していた尊奈門くんの詩織さんへの手紙を処分するのを怠っていたこと。
彼女が裁縫するときに見つけてしまったら、と思ったが、彼からの手紙には彼女が心踊りそうな言葉はなかったはずだ、と。
それでも、時として襲う喪失感のようなものを恐れていた。
心のどこかで、私のせいで周りが不幸になるんじゃないか。自分のせいで大事なものがなくなってしまうんじゃないか、と。
◇
丸二日、彼女に会えないのは流石に堪えた。
早く忍術学園に戻って、彼女を抱きしめたくなる。
忍術学園までの道を歩きながら、山田先生の言葉が蘇った。
『いつ祝言をあげるんだ?』
そろそろ腰を据えねばならない。
いつまでも詩織さんとの関係を曖昧にできない。
そう分かっているものの、大事なものを失う怖さが足を引っ張っていた。
『待つのは慣れてますから』
詩織さんの言葉は胸の奥を温かくさせる。
どうしても本音を言えない私を、彼女は優しく覆ってくれる。彼女の優しさに答えたい。そう思いつつも、やはり、躊躇ってしまう私がいた。
◇
忍術学園にたどり着いたのは日が沈み、空が茜色に染まる頃だった。
学園長への報告を済ませ、夕食を食べに食堂へ向かう。今日は詩織さんが当番だから、もうじき会えると思うと足取りは軽い。
けれど食堂にいたのは、詩織さんではなく食堂がおばちゃんだった。
「土井先生、おかえりなさい。詩織ちゃんならもう少しで帰ってくると思うわよ?」
どうやら彼女は町まで買い物に出かけたようなのだ。
「はい、これご飯」
そう言って手渡されたのは、鯖の竜田揚げ定食で、練り物がないことに一安心した。
食べ始めて少し経った頃、入口から叫び声が食堂に響き渡った。
「ええ!?今日の献立に載ってませんでしたよ!?」
振り返ると、野村先生が絶望し切った表情で佇んでいた。
「あらそうなの?詩織ちゃん、間違えちゃったのかしら?」
「だってほら、献立表をみると、らっきょ漬けじゃなくて、ひじき煮って書いてありますよ」
「あらほんとだわ。でもひじき煮なんて作ってもなかったわね。きっと忘れてたのよ。で、野村先生、食べるんですか?食べないんですか?」
おばちゃんの剣幕に気圧された野村先生は、渋々お盆を持ってテーブルについた。
「もちろん食べますよっ」
そんなやり取りを聞き、やはり忍術学園一最恐のおばちゃんだなと思いながら、詩織さんにあとで話の種にしようと考えていた。
食べ終えたあと、詩織さんの部屋へ向かった。
声をかけたが返事がなく、気配もない。お風呂に行ったのだろうか。
かくいう私も、二日間の汚れを洗い流すためお風呂を済ませ、先に自室で溜まっていた授業準備をすることにした。
「失礼しまあす」
「どうしたんだい、小松田くん」
山田先生と事務作業をしていると、小松田くんが訪ねてきた。
「土井先生、詩織さん知りませんか?」
「探してるのかい?」
「はい。町へ買い物に行ってまだ帰って来ないので」
「え!?」
急に鼓動が加速する。嫌な予感がした。
「外出届は?」
「それはわしが許した。町に買い物に行くと言うのでな。もう店もとっくに閉まってる頃だ。部屋にもいなかったのか?」
「ええ、部屋にもいませんでした」
小松田くん言葉に、身体中に緊張が張りつめる。
「あのう…それってつまり…詩織さんは何か事件に巻き込まれたってことですか?」
「それは分からん。だがその考えも有り得る。とにかく学園長に……おい半助?…半助!」
山田先生の大きな声に意識を目の前に戻す。
「お前がしっかりせんで、どうするんだ」
「す、すみません」
冷たい汗が背を流れる。詩織さんの姿が目に浮かんでは消え、胸の奥がざわついたまま治まらない。
ただ、とても現実味を感じないことだけがリアルに感じた。
やがて学園長の庵に教師陣が集まっていた。
部屋に漂う空気は静かで重い。
学園長の質問に、食堂のおばちゃんが答える。
「雪下くんが忍術学園を出たのは日没前なんじゃな?」
「ええ、一緒に夕食の準備をしてましたから」
「なにか変わったことは?」
「いいえ?なにも。あ、そうそう思い出した。今日はやっぱりひじき煮だったわ。でも大木先生の所から貰ったらっきょがあるから、らっきょ漬けにしましょうって詩織ちゃんが言ったのよ」
野村先生がふむふむ、とメガネを上げる。
「それでらっきょ漬けが…でもなにか関係が?」
「う〜ん、どうじゃろうな……土井先生はどう思う?」
「………」
「土井先生?……土井先生?……こらっ半助!!」
学園長が声を張り上げ、私は再び目の前の現実に向き直す。
「あ、はっ……はい!」
「ったく、お主がそんなんでどうする。もしかしたらドクタケや山賊に襲われた可能性もあるんじゃぞ?」
その言葉に、鼓動がさらに速まった。手のひらに汗が滲む。
けれど、彼女のことが気掛かりで、なにも解決策が見い出せなかった。
大丈夫、きっと大丈夫。そう願いながらも、胸の奥に広がる不安だけがひどく現実的だった。
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