21.変わった定食の段
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「こらこら!どうしてお前たちの投げた手裏剣は的と違う方向に飛ぶんだ!?」
もはや一年は組のお約束、とまで言われるほど彼らの手裏剣の腕は凄まじく上達していなかった。けれど逆手にとれば的さえ狙わなければ当たるのだ。ただ実技試験においてそれで合格にはできなかった。
「実践だとは組は優秀のようですが、勉強ができないことにはねえ?」
通りかかった安藤先生の声が、私の胃を刺激する。
ぐ……耐えろ、土井半助。心の中で自分を鼓舞する。
そこに、あさっての方向に飛んだ手裏剣を拾いに来たしんベヱが話し始める。
「先生、知ってました?今日のお昼ははんぺん揚げなんです」
「なに!?」
た、耐えるんだ、土井半助。そ、そうだ、きっと食堂に行けば詩織さんが交換してくれるはずだ。
いやいやそれだと彼女に悪いか?いやいや、私だって彼女の苦手な酢の物を交換してるんだし……。
「きり丸、先生さっきからなに考え込んでるんだろうね?」
「きっとしょうもないことだって」
二人の話し声が聞こえ、思わず声を出す。
「しょうもなくない!はんぺんだぞ?とにかく!今は手裏剣の練習だ!」
そしてみんなが一斉に手裏剣を投げる。
お決まりのように的外れの手裏剣。その一つが私の死角から迫って来たことに直前まで気付かなかった。
「わっ」
「先生、大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
すんでのところで避けられたのは、私の実力なのか運なのか怪我を負わずに済んだ。
「先生、襟元が少し裂けてしまってます」
「ああ、こんなのどうってことないよ。気を抜いていた私にも責任がある。お前達、ちゃんと的を狙うんだぞ?」
「はあーい」
授業を終えて食堂へ行くと、期待していたとおり詩織さんが隣の席を空けて待っていてくれた。
私が座ろうとする前に、兵助が詩織さんに手招きされて隣に腰掛ける。なに?
私のために席を取っていてくれたわけじゃなかったのか、と少しだけ落胆した。
仕方がなしに斜め向かいに座ると、「あ、土井先生。お疲れ様です」と彼女は屈託のない笑顔を向けた。
「それで久々知君、いいかな?」
「ええ、いいですよ」
斜め向かいの詩織さんは、楽しそうに兵助と話している。
「詩織さん、なんの話ですか?」
「ええっと……なんでもないですよ?」
明らかに嘘をついている彼女に思わずジトーっとした眼差しを向ける。それに気付くと詩織さんは慌てて私のお盆に腕を伸ばした。
「あ!お皿交換しますね!」
そう言ってはんぺんの載ったお皿を取り上げる。
兵助に笑みを向けるのが余計つまらない。
「詩織さん、さっきの授業で襟の部分が裂けてしまって…縫うのをお願いできますか?」
「ええ、もちろんです」
内心、兵助に優越感を抱いたもののすぐに教師としてあるまじき行動だったと一人反省した。
詩織さんは「あとで職員室に伺いますね」と言って食堂を後にする。詩織さんの姿が見えなくなってから、私は兵助に尋ねた。
「兵助、さっき詩織さんと何の会話をしていたんだ?」
「えーっと、寄せ豆腐の作り方を教えて欲しいと頼まれたんです」
「寄せ豆腐?」
たしかに冬休みに、私に変装した兵助は詩織さんを騙してデートした罰として、詩織さんは兵助に豆腐の作り方を教えるようお願いしていたと思い出す。
「なんでも、食堂の献立にするそうです」
「たしかに寒いもんな。寄せ豆腐は良さそうだな。でもまさか、二人きりで作るんじゃないよな?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか……八左ヱ門もいますよ。土井先生もご一緒に作りますか?」
「なんだ八左ヱ門もいるなら安心だな。私はテスト問題の作成があるからな」
◇
職員室でテスト問題を作成していると、詩織さんがお茶を持ってやって来た。
「お疲れ様です。土井先生も山田先生も、お茶をどうぞ」
「雪下君、すまないな」
「詩織さん、ありがとうございます」
それぞれの文机に湯呑みを置くと、私のそばに彼女が座った。
「それで、縫い物が必要な衣類はどちらですか?」
「ああ、今着ている服なんですが……ちょっと待ってください」
予備の服を押入れから取り出し、着ていた服を脱ぐ。
そしてそのまま、脱いだ服を彼女に手渡す。
「この部分が手裏剣でザクッと裂けてしまってね」
「ほんとですね。ザクッと」
うおっほん、とわざとらしい山田先生の咳払いが聞こえ、私も詩織さんも山田先生に視線を向けた。
「二人は既にそういう関係かもしれんが、私がいることも忘れんように。特に生徒の前では節度を持つんだぞ?」
「す、すみませんっ!」
「すみません!では半助さん、こちら縫い直しておきますね」
詩織さんが自室に戻り、再び静かな空気が流れた。
「半助」
「はい、なんでしょう。山田先生」
山田先生と視線が重なる。
その眼差しには何か言うのを躊躇う感じが見て取れた。
「わしが口を挟むのもと思ったんだが、いつ祝言をあげるつもりだ?」
「はい???」
思ってもみなかった言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。山田先生は今なんて?祝言?
「なんだ?雪下君とそういう関係を持ったんだろう?ということは、半助が責任を持って雪下君を「ちょちょちょっと待ってください!」……なによ?」
「私は詩織さんとそういう仲ですが、まだ祝言なんて!」
「なに?お前は自分の行動に責任を持たないつもりか?」
「ち、ちがいますよっ、そんなことないですから!もちろん、そうするつもりですよ」
「じゃあ、なにをそんなに躊躇う?」
「じ、自信が…ないんです」
「自信?」
思わず口を滑らせてしまった。
「こんなことを言ったら、おかしいのかもしれませんが……いま幸せな分、この先も幸せが続くのか分からなくて怖いんです」
もっと幸せになってもいいのだろうかと、二の足を踏んでいる。
「半助」
山田先生は低いけれど温情のこもった声色で私を呼んだ。
「もうお主は、過去にとらわれるような奴ではないだろう?半助なら大丈夫だ。きっと雪下くんだって待ち焦がれているに違いない」
「そう、ですよね」
山田先生は私の肩をポンと叩く。
それはまるで深く考えるなと言っているようだった。
◇
その翌日の晩、学園長に呼ばれた私は、庵に向かっていた。
庵に入ると学園長は地図を広げ、その上を指差す。
「この付近で戦が始まるとの噂があってな。土井先生にしばらく様子を窺ってもらいたい。近隣の農村に被害が出るようであれば上級生を向かわせ被害を少なくしたいからのう」
「わかりました」
おそらく二日くらいで戻れるだろうと見立てだった。
すぐに向かう準備を終えて、詩織さんの部屋へ立ち寄る。
彼女はもう寝るのか寝間着に着替えて髪を下ろしていた。
部屋の隅に、めずらしく蝋燭に灯りをつけ文机に筆を置いているのが目に留まる。
「しばらく学園長からの命令でここを離れます」
「そう…なんですね」
驚く彼女の眉が八の字に歪んだ。
寂しいのだろう。私だってものすごく寂しい。
「明後日に帰ってきますから」
そう言って彼女を抱きしめる。小さな彼女の身体にこのまま温もりを感じていたくなる。
もし私が忍者でなかったら、任務がなければ、夜の帷に包まれてお互いを求め合っていたり愛を語り合っていただろう。
「半助さん」
「はい、なんでしょう?」
「明後日の晩ごはんは私が作るので楽しみにしててくださいね?」
「ええ、楽しみにしてます」
詩織さんの言葉に、二日後が楽しみになる。そうだ、休みの日に出かける約束もしていたんだった。なに、二日の辛抱じゃないか。
彼女の唇の柔らかさを確認するように口付けを交わす。
「半助さん、お気を付けて」
「詩織さんも私以外の男に靡かないでくださいよ?」
「ふふ、そんなことあるわけないじゃないですか」
そんな他愛のない話をして、最後にもう一度深い口付けを交わした。
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