17.そんなもん
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「こんにちは〜!遊びに来ちゃいましたー!」
「先生、お久しぶりです!」
翌日には乱太郎君やしんベヱ君がやって来て、きり丸君はアルバイトを終えると遊びに行ってしまった。
手持ち無沙汰になった私は、半助さんの書物を暇つぶしにぱらぱらと眺めていた。
さすが忍術学園の教科担当というだけあって兵法に関するものや、論語など教養に関する書物が数冊置かれていた。
その中の論語の一文に目が留まった。
「詩織さん、読書ですか?」
「ええ、面白そうだなと思って眺めていました」
「なにか目に留まるものがありましたか?」
「ここの部分が、なんとなく半助さんっぽいなって」
目に留まった部分を指で示した。
──子曰、怨みに報いるに徳を以てす──
「この句は、論語と老子では解釈が違うんです」
「え?そうなんですか?てっきり、怨んだ相手にも恩恵を与えることなのかと思っていました」
「それは老子の解釈ですね。論語だと、怨みのあるものには正しさで報いる…つまり、全てを恩恵で返すという訳ではない解釈なんです」
「へぇ…だとしたら、私は老子の考え方が好きです」
「私もそう思います」
だからきっと、半助さんは尊奈門さんに勝負を挑まれても無碍にはしないのだろう、と彼の横顔を見つめながらそう思った。
「そういえば、きり丸君たちの前で『半助さん』って呼んじゃってましたけど、良かったですか?」
冬休みが明けたらまた日常が戻ってくる。
土井先生、と呼んでいた方がいいのか、はたまた半助さんと呼んだ方がいいのか、ふいに疑問が湧いた。
「う〜ん…私たちのことは先生方や上級生たちは知ってるだろうけど、う〜ん……もちろん嫌ではないですよ?」
眉を八の字にさせ、頬をかく姿が全てを物語っている。
名前で呼んで欲しいけど気恥しいといったところだろうか。
「では二人きりのときに、名前で呼ぶというのはどうでしょう?半助さん」
視線が絡み合い、自然と距離が近付く。
瞼を瞑り、唇に触れるぬくもりを感ていじた。
自分でも驚くほど、自然と彼からの行為を受け入れている私がいる。そして知らず知らずのうちに「もっと」と欲しがっている。半助さんはそのくらいずるい存在だった。
「本当に詩織さんには敵いません」
「え?」
「こうしているだけで、どんどん貴女を求めて欲張りになりそうです」
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、
好きよりも愛してるよりも、大きい気持ちを何て言い表せばいいのか言葉が見つからないまま、絡めた指先を見つめていた。
「半助さん、」
その先の言葉を考えないまま、彼の名を呼ぶ。
「はい、なんでしょう」
「……ふふ、呼んでみただけです」
ずっと、これからも、この先もずっと、
「半助さん、半助さん」と彼の名を呼んでいたい。
そんな気持ちをどう言葉に伝えたらいいのだろう。
この気持ちをなんて言うのだろう。
「詩織さん、」
「はい、なんですか?」
「……私も、呼んでみただけです」
どちらからともなく笑みがこぼれる。
あたたかく、幸せな時間だった。
この時間を切り取って、いつでも想い出の中で触れられることができたらいいのにな、と一瞬そんな考えが浮かんで消えた。
考えないようにしていた「いつか」が妙にリアルに感じてしまった。
「半助さん」
「はい」
穏やかな表情を向ける彼は、きっと私がまた「呼んでみただけです」と言うと予想していそうな眼差しだった。
「学園に戻ったら……二人きりのときは、月見亭じゃなくて…私の部屋にいらしてください」
「……」
「半助さん?」
半助さんは言葉を発しないまま、私をぎゅっと力強く抱き締めた。まるで私の心の中を見透かしているかのように、不安に感じていた気持ちごと彼のぬくもりに包まれる。
本当にずるい人だ。
言葉を見つけようとする私に、こうして行動で指し示してくれる彼が。
「そんなこと言ったら、学園でも止まらなくなっちゃうじゃないですか」
「それは……それこそ三禁に触れるんじゃないですか?」
「ぐっ……たしかに…でも、たまには…ね?」
懇願する彼の姿たまらなく可愛らしく見える。
忍者として教師として、いつも凛々しくてカッコイイ彼とは違う、私にだけに見せる一面だ。
「ふふ、そうですね。たまには、ですよ?」
「はい、もちろん」
きり丸君たちが戻ってくるまで、そんなふうに穏やかな時間を過ごしていた。
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