17.そんなもん
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翌朝、朝靄の中、私と半助さんときり丸君の三人で山道を歩いていた。お寺から初日の出を拝むのだ。
「詩織さん、大丈夫ですか?」
「ええ」
「足が疲れたらいつでも、おぶりますから」
「じゃあ俺お願いしまぁーす」
すかさず、きり丸君が手を挙げる。
「きり丸は慣れてるだろ?」
「え〜!」
「きり丸君、あと少しだから、ね?」
なんとか励ましてお寺へと向かっていく。
山はそこまで険しくなかった。
あと少しでお寺に着くというところで、半助さんがため息を吐いて立ち止まった。
「すみませんが、詩織さん達は先を歩いててください」
そう言うと、半助さんはシュッと木の上に登り姿を消した。
「どうしたのかしら」
「誰かが俺たちをの後ろを付けてたんじゃないですか?きっとそれを確認しに行ったんだと思いますよ」
「え?」
以前、五年生の実習のときも思ったけれど、忍者ってそういう気配が敏感なのだろうか。
そして半助さんは大丈夫なのだろうかと不安が押し寄せてきた。
「まあ、土井先生なら大丈夫ですよ。それよりお賽銭って気持ちだけでいいんですよね?気持ちだけで」
「じゃあ私がきり丸君の分も投げるから、きり丸君は気持ちを投げてね」
「えーいいんすかぁ?」
「ふふ、仕方ないなぁ」
きり丸君は半助さんがこうして居なくなることに慣れているのか、不安な私に気を遣っているのか、明るく振舞ってくれている気がした。
けれど、慣れない私にとって半助さんが無事に戻ってくるのか胸が締め付けられそうなくらい怖かった。
少しして、きり丸君の言ったとおり、半助さんは傷一つなく戻ってきた。彼はいつものように爽やかな笑顔を向ける。
「すみませんでした。急ぎましょうか」
突然身体が浮いたかと思うと、次の瞬間には木々の間を飛んでいた。
え?えええー?
木の枝と枝を上手い具合に跳ぶ半助さんの着物をキュッと握りしめる。
落ちたら、絶対死ぬ…!
下の方からきり丸君の声が響く。
「先生〜!俺だけ置いてかないでよお」
「きり丸の走る早さなら日の出に間に合うぞ!」
「も〜!せんせえ〜!」
お寺にたどり着き、やっと半助さんの腕から解放され、地に足をつけると妙な安心感が体を包んだ。やっぱり土の感触っていい。木々の間を枝から枝へなんて、人生でもう味わうことはないんだろうな。
「驚かせてすみませんでした」
「でも楽しかったです。あんなにシュッシュッと飛んでしまうなんて。やっぱり忍者なんだなぁって」
ははは、と笑うと半助さんは照れた様子で視線を山の向こうへ向けた。そこは山の端から朝日が溢れ始めている。
「もー!二人とも俺を置いてけぼりにしてー!」
きり丸君はたどり着くと膝に手を当てて、呼吸を整えた。
「すまんすまん」
「ごめんね、きり丸君。でも間に合ったね」
ちょうどその時、向こう側の山から朝日が姿を現した。
冬の澄んだ空気の中、真っ直ぐにその柔らかな日差しは温かみがあって、まるで見守られているかのようだ。
「うわあ!綺麗な日の出!」
朝日が御堂を照らす。
ちゃりん、と私と半助さんがお賽銭を投げる音が辺りに響いた。
手を合わせ目を閉じるその時まで、私は願い事を考えていなかった。瞼を瞑ったまま、隣にいる半助さんを自然と思い浮かべていた。
ずっと、この先も、
どうか彼が幸せでありますように。
参拝を済ませ山を下り、街道沿いのうどん屋で朝ごはんを食べた私たちは長屋へと戻った。
「うちの家の前になんか置いてありますよ?」
きり丸君が先に気付いて駆け寄る。
「まさかお宝?」と言いながら、置かれていた風呂敷を手に取った。
「これ、詩織さん宛みたいっす」
「私?」
私がここにいることを知ってる人なんて、たかが知れてるはずだ。誰だろうと思い浮かぶのは、私に好意があるという久々知君だったけれど、その線は薄いだろうと直感を抱いた。
部屋の中に運び、風呂敷を解く。
そこには団子と手紙が二通入っていた。
手紙の一つは「詩織さんへ」と書かれていて、
もう一方は「果たし状」と書かれていた。
「どうやら尊奈門さんからみたいっすね、先生」
「〜〜ったく、彼は暇のか?さっきだって山の中で決闘しようとしたり」
「さっきのは尊奈門さんだったんですね。お怪我は?」
「詩織さん、大丈夫ですよ。土井先生、いつも黒板消しやチョークで倒してるんで」
きり丸君の言葉に安堵するも、『いつも』ということに胸が少しばかり傷む私がいた。
◇
尊奈門さんからの手紙は、いわゆるラブレターだった。
一目見た瞬間恋に落ちました、とか
まるで荒野に咲く一輪の花のようだ、とか
貴女のような方に土井半助は相応しくない、とか
これからも会いに行きます、とか
歯痒い単語が所狭しと並ぶ内容に、覗き込んで見てきたきり丸君が「土井先生も同じように言ったらどうすか?」と茶化す。
「詩織さん、あまり尊奈門君の言葉は真に受けないでくださいね?」
「ええ、分かってます」
「土井先生も尊奈門さんと同じくらいオープンに気持ちを伝えたらそんな心配なくなりますって」
「〜〜きり丸!」
「だー!もうなにも叩くことないじゃないですかあ、ほんとのことじゃん!言うだけならタダなんですから言えばいいんですよケチ!」
「お前なぁ〜」
その光景を見つめながら、ふふと声が洩れた。
「半助さんには少し難易度が高いんですよね?」
「詩織さんまでそんなことを言うんですか?」
「ふふっ…ついおかしくって」
私も彼も、きり丸君の前だというのに、そんな雰囲気を漂わせて、けれどきり丸君は飄々と「たく、素直じゃないんすから先生は」と、私たちの関係を肯定してくれているようだった。
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