4.ふがいない優しさ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝目が覚めるとまだ空は暗く、身支度のために行燈に火を灯した。裏山の奥らしいのだが、「女性の足だと時間を要する」らしく、私だけ先に行って下準備をする手筈になっていた。トモミちゃんたちくノ一だったら一緒に出発していたのかもしれない、と思うと私も教員補助として忍術を学んだ方がいいのかも…と思った。
荷物をまとめて長屋を出ると、まだ朝日は昇っていなかったが、東の空は明るくなりつつあった。
忍術学園の門を出てすぐ近くに人の気配を感じた。
外出届は昨日のうちに小松田さんに提出していたはず。
視線を横に向けると門扉に土井先生が立っていた。
「おはようございます」
「お…おはよう、ございます」
思ってもみなかった人の登場に、寝惚けている頭は追いつかなくて、目の前の土井先生が包みを手渡すのを考え無しに受け取った。
「食堂のおばちゃんがお弁当を作ってくれたので渡しに来ました。間に合ってよかったです」
土井先生は眠くないのかな?とどうでもいい考えが頭をよぎる。が、私の思考はまだ鈍いまま。
「ありがとう…ございます」
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
土井先生の表情は薄暗闇のなかではよく見えない。
「はい、分かってます」
「行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
一歩踏み出し、二歩目を踏み出そうとして、足を止める。
振り返ると、土井先生の瞳とぶつかった。
「それを言うためにここで待っていてくれたんですか?」
まだ朝陽も顔を出してないというのに。
彼は少し考え、優しい口調で言った。
「誰にも言われないで行くのは寂しくないですか?」
「そうですね。嬉しいです。では行ってきます」
軽く会釈をして背を向ける。
彼の優しさに胸がいっぱいになるのを感じながら、目的地に向かって歩いた。
◇
五年生の実習は問題なく終わる頃、予想していなかったことが起こった。
帰りの山道を歩いていると、近くで合戦があったらしく、残兵がいたのだ。木下先生や五年生は、遠い距離からでもそのことは察知していたようで、まわり道をして戻ることになった。
けもの道を歩いていると、突然残兵が茂みから姿を現した。
「女だ!!女がいるぞ!!」
「どうせこのまま殺られるなら!!」
私の背中を久々知君の腕が包み込む。
「詩織さん、伏せて!」
同時に身体に衝撃がはしり、久々知君が私に覆いかぶさったのだと知る。
尾浜君の万力鎖が空を切り、残兵にあたった。
茂みの奥に逃げていくのを鉢屋君と木下先生が追いかけて行く。
当たりが静けさを取り戻し、久々知君に支えられて起き上がる。地面には何人もの足跡と戦いがあった痕跡が残っていた。
「久々知君、助けてくれてありがとう」
「いえ、気付いておきながら何もしないと油断してました。すみません」
利吉さんに忍術学園へ連れて来てもらわなければ、遅かれ早かれ、ああいう状況になっていたのかと思うと、急に背筋が凍り付いた。
私はたぶん大丈夫。なんとかなる。そんな考えは浅はかだったと思い知る。
あの日私を見つけたのが残兵じゃなくて利吉さんで良かったと。
しばらくして、木下先生たちが戻ってきた。
さっきのヤツらは始末しました。が、ここは早めに離れた方がいいでしょうな。そう木下先生は言った。
立ち上がり、歩こうと足を地面につけたとき__
「いっ!たぁ…」
足先に激痛が走り、久々知君の肩に手をついた。
どうやら足首を捻ってしまったらしい。
草履を脱いで足先を見てみると、赤く腫れている。
「けっこう腫れてるな…こりゃあ新野先生に早く見てもらった方がいいな」
木下先生がそう言うと、久々知君が背中を向けてしゃがんだ。
「私のせいです。私が詩織さんと背負って歩きます」
「…え…で、でも…」
久々知君のせいじゃない。
私がきっと足でまといだから。
そのとき、凛とした声が聞こえたかと思うと、身体が宙に浮いた。
「私が担いで忍術学園まで送りますよ」
「利吉さん!」
「この辺りで情報収集をしていまして、たまたま通りかかったものですから。ちょうど父に用もありますし。ということで、いいですね?詩織さん」
利吉さんが私に視線を向ける。
彼の整った顔にきっと若い女性はときめいてしまうのかも知れない。
「そんなこと言って……もう、担いで歩いてるじゃないですか」
「はは、そうですね」
山道を利吉さんにおんぶされながら歩くのは、なんだか不思議な気分だった。
「あの、重くないですか?」
「このくらいどうってことないですよ」
軽やかなリズムで歩く利吉さん。
結んだ彼の髪が左右に揺れるのを眺めていた。
「利吉さん」
「なんですか、詩織さん」
「あの日、私を見つけてくれてありがとうございます」
耳元に口を近づけて、小さい声で、本当に小さい声で呟いた。聞こえなかったかもしれないと思ったけれど、ちゃんと聞こえていたようだった。
「……どうしたんですか急に」
「ちょっと言いたくなっただけです」
少しだけ恥ずかった。
利吉さんは私よりも若いのに、こうしてすごく頼りになってしまうから。
ちょうどそこに強い風が吹いた。
ビュオオオオと風音が聴覚を鈍らせ、利吉さんの言葉は私の耳には届くことはなかった。
『どこにいたって見つけますよ』
→
荷物をまとめて長屋を出ると、まだ朝日は昇っていなかったが、東の空は明るくなりつつあった。
忍術学園の門を出てすぐ近くに人の気配を感じた。
外出届は昨日のうちに小松田さんに提出していたはず。
視線を横に向けると門扉に土井先生が立っていた。
「おはようございます」
「お…おはよう、ございます」
思ってもみなかった人の登場に、寝惚けている頭は追いつかなくて、目の前の土井先生が包みを手渡すのを考え無しに受け取った。
「食堂のおばちゃんがお弁当を作ってくれたので渡しに来ました。間に合ってよかったです」
土井先生は眠くないのかな?とどうでもいい考えが頭をよぎる。が、私の思考はまだ鈍いまま。
「ありがとう…ございます」
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
土井先生の表情は薄暗闇のなかではよく見えない。
「はい、分かってます」
「行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
一歩踏み出し、二歩目を踏み出そうとして、足を止める。
振り返ると、土井先生の瞳とぶつかった。
「それを言うためにここで待っていてくれたんですか?」
まだ朝陽も顔を出してないというのに。
彼は少し考え、優しい口調で言った。
「誰にも言われないで行くのは寂しくないですか?」
「そうですね。嬉しいです。では行ってきます」
軽く会釈をして背を向ける。
彼の優しさに胸がいっぱいになるのを感じながら、目的地に向かって歩いた。
◇
五年生の実習は問題なく終わる頃、予想していなかったことが起こった。
帰りの山道を歩いていると、近くで合戦があったらしく、残兵がいたのだ。木下先生や五年生は、遠い距離からでもそのことは察知していたようで、まわり道をして戻ることになった。
けもの道を歩いていると、突然残兵が茂みから姿を現した。
「女だ!!女がいるぞ!!」
「どうせこのまま殺られるなら!!」
私の背中を久々知君の腕が包み込む。
「詩織さん、伏せて!」
同時に身体に衝撃がはしり、久々知君が私に覆いかぶさったのだと知る。
尾浜君の万力鎖が空を切り、残兵にあたった。
茂みの奥に逃げていくのを鉢屋君と木下先生が追いかけて行く。
当たりが静けさを取り戻し、久々知君に支えられて起き上がる。地面には何人もの足跡と戦いがあった痕跡が残っていた。
「久々知君、助けてくれてありがとう」
「いえ、気付いておきながら何もしないと油断してました。すみません」
利吉さんに忍術学園へ連れて来てもらわなければ、遅かれ早かれ、ああいう状況になっていたのかと思うと、急に背筋が凍り付いた。
私はたぶん大丈夫。なんとかなる。そんな考えは浅はかだったと思い知る。
あの日私を見つけたのが残兵じゃなくて利吉さんで良かったと。
しばらくして、木下先生たちが戻ってきた。
さっきのヤツらは始末しました。が、ここは早めに離れた方がいいでしょうな。そう木下先生は言った。
立ち上がり、歩こうと足を地面につけたとき__
「いっ!たぁ…」
足先に激痛が走り、久々知君の肩に手をついた。
どうやら足首を捻ってしまったらしい。
草履を脱いで足先を見てみると、赤く腫れている。
「けっこう腫れてるな…こりゃあ新野先生に早く見てもらった方がいいな」
木下先生がそう言うと、久々知君が背中を向けてしゃがんだ。
「私のせいです。私が詩織さんと背負って歩きます」
「…え…で、でも…」
久々知君のせいじゃない。
私がきっと足でまといだから。
そのとき、凛とした声が聞こえたかと思うと、身体が宙に浮いた。
「私が担いで忍術学園まで送りますよ」
「利吉さん!」
「この辺りで情報収集をしていまして、たまたま通りかかったものですから。ちょうど父に用もありますし。ということで、いいですね?詩織さん」
利吉さんが私に視線を向ける。
彼の整った顔にきっと若い女性はときめいてしまうのかも知れない。
「そんなこと言って……もう、担いで歩いてるじゃないですか」
「はは、そうですね」
山道を利吉さんにおんぶされながら歩くのは、なんだか不思議な気分だった。
「あの、重くないですか?」
「このくらいどうってことないですよ」
軽やかなリズムで歩く利吉さん。
結んだ彼の髪が左右に揺れるのを眺めていた。
「利吉さん」
「なんですか、詩織さん」
「あの日、私を見つけてくれてありがとうございます」
耳元に口を近づけて、小さい声で、本当に小さい声で呟いた。聞こえなかったかもしれないと思ったけれど、ちゃんと聞こえていたようだった。
「……どうしたんですか急に」
「ちょっと言いたくなっただけです」
少しだけ恥ずかった。
利吉さんは私よりも若いのに、こうしてすごく頼りになってしまうから。
ちょうどそこに強い風が吹いた。
ビュオオオオと風音が聴覚を鈍らせ、利吉さんの言葉は私の耳には届くことはなかった。
『どこにいたって見つけますよ』
→