17.そんなもん
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今日は大晦日。
きり丸君は夜通し町で甘酒売りをする予定だったけれど、日中に半助さんも手伝って早めに切り上げて、今晩は三人で過ごす。
そして早朝に近くのお寺まで初詣に行って、初日の出を見ようと約束した。きり丸君は「夜のほうが売れるんすよねぇ」と少しばかり嘆いていたけれど。
私は長屋で一人、夕飯の支度をしていると、
突然、誰かが勢いよく入ってきた。
「土井半助!今年の屈辱は今年のうちに晴らさせてもらう!」
驚いて振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。年の頃は利吉さんと同じくらいだろうか。力強い眼差しをした彼は、着物姿で苦無を片手に構えている。
私に気付くと驚いた様子で「ここは土井半助の家じゃないのか!?」と尋ねてきた。
「ええ…、土井の家です」
思わず勢いにのせられ答えてしまったことを、私はすぐに後悔した。
だって、彼は苦無を持っている。忍者としか考えられない。突然の出来事に一気に心拍数が跳ね上がっていく。
「やはりそうか…え?ていうことは貴女は土井の女!?奴に女がいたなんて聞いてないぞ…しかもこんなに美人…土井の奴めぇえええ」
悔しがるように彼は嘆く。
感情をダダ漏れにする彼に忍者なのかと疑ってしまいそうになったけれど、半助さんに対して相当な因縁を抱いているということだけは感じられた。
けれど、だからといって、ここで好き勝手にされても困る。というか、彼は誰?
「あの…どなた、ですか?」
「私は諸泉尊奈門と言います。ところで奴はどこに?」
「今は……出かけています」
「そうですか…では戻ってくるまで待たせてもらいます」
先ほどとは打って変わって、律儀に名乗り会釈をした彼は、これまた律儀に「お邪魔します」と部屋に上がろうと背を向けた。
この人がどんな人か確かめるよりも、私は戸締まり用の突っ掛け棒を掴み、振り上げていた。
◇
「それで、尊奈門君が寝ているんですね」
「すみません…半助さんのお知り合いとは思いつつも」
帰宅した半助さんときり丸君に事情を説明した。
彼を野放しにしていたら、部屋の中に罠を仕掛けられるのではないかと思い、咄嗟に棒を振り上げていた。
幸いなことに彼は私が棒術も使えない一般人だと思って気を抜いていたのか、彼はそのまま気絶してしまったのだ。
けれど、そのまま道端に放り出すことも出来ず、こうして私の布団に彼を寝かせている。棒術で誰かをやっつけるのは初めてのことで、棒を振り下ろしてから手が震えだしていた。
半助さんは罰が悪そうに「私のせいですみません」と謝った。どうして謝るんですか?と問うと、きり丸君が説明わしてくれた。
以前、半助さんは黒板消しやチョークで彼を倒したのだけれど、忍具以外のもので倒されてしまったことが余程悔しかったらしく、それからというもの事ある毎に勝負を挑んでくるそうなのだ。
「それって、ただの逆恨みじゃないですか?」
「まぁ…彼が悔しがる気持ちは分かるけどね」
それ以上言わない彼に、彼自身も尊奈門さんの気持ちを理解できるからこそ、挑んでくる勝負を真正面から授業備品で受け止めるのだろう。
「詩織さんが気にすることじゃないですよ。怪我はありませんでしたか?」
半助さんが私の手のひらを掴む。
甘酒売りをしていた彼の指は乾燥して少し白んでいた。
「大丈夫ですよ。尊奈門さんが起きたら謝らないと」
「えー!詩織さんは正当防衛をしただけじゃないすか」
「きり丸の言う通りです。詩織さんは悪くないんですから」
そうこうしていると、尊奈門さんが目を覚ました。
天井を見つめる空ろだった眼差しは、瞬きを数回するとハッと上体を起こした。
「土井半助!」
「尊奈門君、落ち着いて…」と半助さんがなだめる。
尊奈門さんは懐に腕を伸ばすが、入れていたはずの忍具がないことに気付き慌て始めた。
「すみませんが、持っていた武器は全て取り除かせていただきました」
起きて暴れられても困るので、気絶しているうちに確認しておいたのだ。意識のない彼の服の中を確認することは少し抵抗があったけれど、念の為だった。
「土井の女…そうだ、貴女のお名前は?」
尊奈門さんが私に向かって尋ねる。
「えっと…詩織です」
そして私はまた考えなしに答えたことを後悔した。
「詩織さん…見た目だけでなく名前まで美しい…こんな綺麗な人が土井の女なわけがない!詩織さん、忍者同士の勝負に武器を使わない臆病者の土井なんかじゃなく、私と付き合いませんか?」
「「「え!?」」」
いきなりの告白に、私と半助さんも口をぽかんと開けるしかなかった。まさに言葉を無くすを体現してしまった。
「えっと…私は半助さんと…」
付き合ってる、と言いかけたとき、外から聞こえたカラスの鳴き声が遮った。
ちゃんと言葉にするのは初めてで、一瞬躊躇ってしまった。
「おっと、そろそろ組頭のもとに戻らなければ…土井半助!今日は仕方なく負けといてやる!ありがたく思え!詩織さん、今度会ったら私が土井よりもいい男だということを証明してみせますから!」
そのまま尊奈門さんは長屋を飛び出すと走って行ってしまった。もう見えなくなった道の先を眺めながら、思わず呟いた。
「……嵐のような人でしたね」
半助さんが深い溜息混じりに言葉を返す。
「変なことに巻き込んでしまいすみません」
→
きり丸君は夜通し町で甘酒売りをする予定だったけれど、日中に半助さんも手伝って早めに切り上げて、今晩は三人で過ごす。
そして早朝に近くのお寺まで初詣に行って、初日の出を見ようと約束した。きり丸君は「夜のほうが売れるんすよねぇ」と少しばかり嘆いていたけれど。
私は長屋で一人、夕飯の支度をしていると、
突然、誰かが勢いよく入ってきた。
「土井半助!今年の屈辱は今年のうちに晴らさせてもらう!」
驚いて振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。年の頃は利吉さんと同じくらいだろうか。力強い眼差しをした彼は、着物姿で苦無を片手に構えている。
私に気付くと驚いた様子で「ここは土井半助の家じゃないのか!?」と尋ねてきた。
「ええ…、土井の家です」
思わず勢いにのせられ答えてしまったことを、私はすぐに後悔した。
だって、彼は苦無を持っている。忍者としか考えられない。突然の出来事に一気に心拍数が跳ね上がっていく。
「やはりそうか…え?ていうことは貴女は土井の女!?奴に女がいたなんて聞いてないぞ…しかもこんなに美人…土井の奴めぇえええ」
悔しがるように彼は嘆く。
感情をダダ漏れにする彼に忍者なのかと疑ってしまいそうになったけれど、半助さんに対して相当な因縁を抱いているということだけは感じられた。
けれど、だからといって、ここで好き勝手にされても困る。というか、彼は誰?
「あの…どなた、ですか?」
「私は諸泉尊奈門と言います。ところで奴はどこに?」
「今は……出かけています」
「そうですか…では戻ってくるまで待たせてもらいます」
先ほどとは打って変わって、律儀に名乗り会釈をした彼は、これまた律儀に「お邪魔します」と部屋に上がろうと背を向けた。
この人がどんな人か確かめるよりも、私は戸締まり用の突っ掛け棒を掴み、振り上げていた。
◇
「それで、尊奈門君が寝ているんですね」
「すみません…半助さんのお知り合いとは思いつつも」
帰宅した半助さんときり丸君に事情を説明した。
彼を野放しにしていたら、部屋の中に罠を仕掛けられるのではないかと思い、咄嗟に棒を振り上げていた。
幸いなことに彼は私が棒術も使えない一般人だと思って気を抜いていたのか、彼はそのまま気絶してしまったのだ。
けれど、そのまま道端に放り出すことも出来ず、こうして私の布団に彼を寝かせている。棒術で誰かをやっつけるのは初めてのことで、棒を振り下ろしてから手が震えだしていた。
半助さんは罰が悪そうに「私のせいですみません」と謝った。どうして謝るんですか?と問うと、きり丸君が説明わしてくれた。
以前、半助さんは黒板消しやチョークで彼を倒したのだけれど、忍具以外のもので倒されてしまったことが余程悔しかったらしく、それからというもの事ある毎に勝負を挑んでくるそうなのだ。
「それって、ただの逆恨みじゃないですか?」
「まぁ…彼が悔しがる気持ちは分かるけどね」
それ以上言わない彼に、彼自身も尊奈門さんの気持ちを理解できるからこそ、挑んでくる勝負を真正面から授業備品で受け止めるのだろう。
「詩織さんが気にすることじゃないですよ。怪我はありませんでしたか?」
半助さんが私の手のひらを掴む。
甘酒売りをしていた彼の指は乾燥して少し白んでいた。
「大丈夫ですよ。尊奈門さんが起きたら謝らないと」
「えー!詩織さんは正当防衛をしただけじゃないすか」
「きり丸の言う通りです。詩織さんは悪くないんですから」
そうこうしていると、尊奈門さんが目を覚ました。
天井を見つめる空ろだった眼差しは、瞬きを数回するとハッと上体を起こした。
「土井半助!」
「尊奈門君、落ち着いて…」と半助さんがなだめる。
尊奈門さんは懐に腕を伸ばすが、入れていたはずの忍具がないことに気付き慌て始めた。
「すみませんが、持っていた武器は全て取り除かせていただきました」
起きて暴れられても困るので、気絶しているうちに確認しておいたのだ。意識のない彼の服の中を確認することは少し抵抗があったけれど、念の為だった。
「土井の女…そうだ、貴女のお名前は?」
尊奈門さんが私に向かって尋ねる。
「えっと…詩織です」
そして私はまた考えなしに答えたことを後悔した。
「詩織さん…見た目だけでなく名前まで美しい…こんな綺麗な人が土井の女なわけがない!詩織さん、忍者同士の勝負に武器を使わない臆病者の土井なんかじゃなく、私と付き合いませんか?」
「「「え!?」」」
いきなりの告白に、私と半助さんも口をぽかんと開けるしかなかった。まさに言葉を無くすを体現してしまった。
「えっと…私は半助さんと…」
付き合ってる、と言いかけたとき、外から聞こえたカラスの鳴き声が遮った。
ちゃんと言葉にするのは初めてで、一瞬躊躇ってしまった。
「おっと、そろそろ組頭のもとに戻らなければ…土井半助!今日は仕方なく負けといてやる!ありがたく思え!詩織さん、今度会ったら私が土井よりもいい男だということを証明してみせますから!」
そのまま尊奈門さんは長屋を飛び出すと走って行ってしまった。もう見えなくなった道の先を眺めながら、思わず呟いた。
「……嵐のような人でしたね」
半助さんが深い溜息混じりに言葉を返す。
「変なことに巻き込んでしまいすみません」
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