16.かんざし
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「きり丸〜、そろそろ土井先生のとこに戻らなくていいの?」
「ん?あ〜、そうしよっかなぁ」
乱太郎んちに来て三日目を迎えていた。さすがに年越しまで一緒に過ごすのは悪いと思ったのだ。
「今頃、土井先生は詩織さんと一緒かあ〜。ねぇ、きりちゃん、ほんっとにあの二人は付き合ってないの?」
「付き合ってないって俺には言ってくるぜ?」
「けど二人の顔見てたら、すぐ分かるのに」
「いーんじゃねえのべつに。先生たちが隠したがってるんだから」
「それはそうだけど。なんかきり丸の言い方トゲがない?」
「なんもねえって。むしろやーっと先生に特別な人ができて良かったあって思ってるって」
そんな会話を一通りして、土井先生の長屋へ街道を歩いていた。道端に小銭が落ちていないか視線を下に向け歩きながら、頭の中は色んなことを考えていた。
期末テスト前から、土井先生が詩織さんを意識していたことには気付いていた。違和感だけなら、紅葉狩りのときだって。俺たちが隠れて着いて来たことに気付いていなかったんだから。
冬休み前に仲直りした二人は、付き合ってるとは言わないものの、俺から見れば土井先生の普段とは違う柔らかい笑顔にどんな感情を抱いているのかすぐに分かる。
そして詩織さんが先生に向ける眼差しも。
せめて、今の二人に幸せな時間をあげたい。
そう思って家を出た。
『いつでも帰ってきていいんだからね?』
詩織さんの言葉が何度も思い出され、そのたびに、湯たんぽのように何度も胸の中を温かくさせた。
長屋に戻ると、静かな空間の中、詩織さんは背を向けて座っていた。そして土井先生が詩織さんの膝に頭を置くようにして横になっている。
二人の後ろ姿を見ていると、ふと、遠い昔の記憶が頭をよぎった。
まだ家族がいた頃、母が父の頭を膝に乗せて微笑んでいた光景だ。
(なんだろうな……似てる、気がする)
母がゆっくりと振り返る――そんな錯覚を覚えたが、そこにいたのは詩織さんだった。
「あら、きり丸君。おかえりなさい」
にこやかに笑う詩織さんに現実へと引き戻される。
気付いた土井先生が「いやぁ、よく眠ってしまいました」と照れた様子で起き上がる。
二人の雰囲気は、三日前よりもさらに穏やかになっているようだった。その変化に少し驚きながらも、どこか安心した。
「きり丸君」
詩織さんが俺を呼ぶ。
膝を軽く叩くと「ここで横になる?」といたずらっぽい口調で聞いてきた。
「やった〜。歩き疲れてヘトヘトなんすよ」
躊躇いもなく俺は草履を脱いで、詩織さんの膝を枕にして横になった。そこにはまだ土井先生のぬくもりが若干残っている。
少しだけ気恥ずかしい。でも、乱太郎たちがいないこの状況なら不思議と気楽に感じられた。
ふと視線を感じて顔を上げると、土井先生がこちらを見て静かに笑っていた。
「なんすか土井先生」
「いや?きり丸にしては珍しいと思ってね」
「そういう土井先生だって同じじゃないですか」
「ははは、まあそうだな」
そんな軽いやり取りを交わしていると、詩織さんが思いついたように言った。
「そんなに好評なら、乱太郎君やしんベヱ君たちにも膝枕してみようかしら」
「「それはだめ!」です」
土井先生と俺が揃って声を上げた。詩織さんは目を丸くした後、クスリと笑った。
「ふふふ、分かりました。ここにいるときだけですね?」
◇
その夜、布団を敷いて寝るとき、俺は真ん中ではなく端に寝た。二人が俺が眠ったと思ったのか、小声で話を始めるのを耳を澄まして聞いていた。
「きり丸君、可愛かったですね」
「きっと詩織さんが母親に重なったんじゃないでしょうか」
「そうだと嬉しいです。きり丸君のためならなんだって出来ちゃいそうです」
「だからと言って何でもアルバイトをOKしてはだめですからね?」
「ふふふ、なんだか半助さんがお母さんみたいですね」
「そんなこと言うのはこの口ですか?」
「ふふっ……っ」
「ではおやすみなさい」
「……もうっ…」
一瞬二人の会話が途切れて、土井先生の言葉に詩織さんが遅れて返した。その声色は少し恥ずかしそうに聞こえた。
土井先生と詩織さんがいれば大丈夫。
二人が幸せなら、それでいい。
そう思いながら眠りについた。
→
「ん?あ〜、そうしよっかなぁ」
乱太郎んちに来て三日目を迎えていた。さすがに年越しまで一緒に過ごすのは悪いと思ったのだ。
「今頃、土井先生は詩織さんと一緒かあ〜。ねぇ、きりちゃん、ほんっとにあの二人は付き合ってないの?」
「付き合ってないって俺には言ってくるぜ?」
「けど二人の顔見てたら、すぐ分かるのに」
「いーんじゃねえのべつに。先生たちが隠したがってるんだから」
「それはそうだけど。なんかきり丸の言い方トゲがない?」
「なんもねえって。むしろやーっと先生に特別な人ができて良かったあって思ってるって」
そんな会話を一通りして、土井先生の長屋へ街道を歩いていた。道端に小銭が落ちていないか視線を下に向け歩きながら、頭の中は色んなことを考えていた。
期末テスト前から、土井先生が詩織さんを意識していたことには気付いていた。違和感だけなら、紅葉狩りのときだって。俺たちが隠れて着いて来たことに気付いていなかったんだから。
冬休み前に仲直りした二人は、付き合ってるとは言わないものの、俺から見れば土井先生の普段とは違う柔らかい笑顔にどんな感情を抱いているのかすぐに分かる。
そして詩織さんが先生に向ける眼差しも。
せめて、今の二人に幸せな時間をあげたい。
そう思って家を出た。
『いつでも帰ってきていいんだからね?』
詩織さんの言葉が何度も思い出され、そのたびに、湯たんぽのように何度も胸の中を温かくさせた。
長屋に戻ると、静かな空間の中、詩織さんは背を向けて座っていた。そして土井先生が詩織さんの膝に頭を置くようにして横になっている。
二人の後ろ姿を見ていると、ふと、遠い昔の記憶が頭をよぎった。
まだ家族がいた頃、母が父の頭を膝に乗せて微笑んでいた光景だ。
(なんだろうな……似てる、気がする)
母がゆっくりと振り返る――そんな錯覚を覚えたが、そこにいたのは詩織さんだった。
「あら、きり丸君。おかえりなさい」
にこやかに笑う詩織さんに現実へと引き戻される。
気付いた土井先生が「いやぁ、よく眠ってしまいました」と照れた様子で起き上がる。
二人の雰囲気は、三日前よりもさらに穏やかになっているようだった。その変化に少し驚きながらも、どこか安心した。
「きり丸君」
詩織さんが俺を呼ぶ。
膝を軽く叩くと「ここで横になる?」といたずらっぽい口調で聞いてきた。
「やった〜。歩き疲れてヘトヘトなんすよ」
躊躇いもなく俺は草履を脱いで、詩織さんの膝を枕にして横になった。そこにはまだ土井先生のぬくもりが若干残っている。
少しだけ気恥ずかしい。でも、乱太郎たちがいないこの状況なら不思議と気楽に感じられた。
ふと視線を感じて顔を上げると、土井先生がこちらを見て静かに笑っていた。
「なんすか土井先生」
「いや?きり丸にしては珍しいと思ってね」
「そういう土井先生だって同じじゃないですか」
「ははは、まあそうだな」
そんな軽いやり取りを交わしていると、詩織さんが思いついたように言った。
「そんなに好評なら、乱太郎君やしんベヱ君たちにも膝枕してみようかしら」
「「それはだめ!」です」
土井先生と俺が揃って声を上げた。詩織さんは目を丸くした後、クスリと笑った。
「ふふふ、分かりました。ここにいるときだけですね?」
◇
その夜、布団を敷いて寝るとき、俺は真ん中ではなく端に寝た。二人が俺が眠ったと思ったのか、小声で話を始めるのを耳を澄まして聞いていた。
「きり丸君、可愛かったですね」
「きっと詩織さんが母親に重なったんじゃないでしょうか」
「そうだと嬉しいです。きり丸君のためならなんだって出来ちゃいそうです」
「だからと言って何でもアルバイトをOKしてはだめですからね?」
「ふふふ、なんだか半助さんがお母さんみたいですね」
「そんなこと言うのはこの口ですか?」
「ふふっ……っ」
「ではおやすみなさい」
「……もうっ…」
一瞬二人の会話が途切れて、土井先生の言葉に詩織さんが遅れて返した。その声色は少し恥ずかしそうに聞こえた。
土井先生と詩織さんがいれば大丈夫。
二人が幸せなら、それでいい。
そう思いながら眠りについた。
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