16.かんざし
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利吉君が帰り、二人きりの夜が再び訪れていた。
私もまだまだだなと思うのは、彼に対して嫉妬を抱いたからだ。利吉君の帰ったあと、詩織さんは申し訳なさそうに頬を染めて「この簪、利吉さんから頂いたんです」と報告してくれた。
彼女に似合いそうな紅葉の簪。それを受け取った一部始終を思わず想像してしまう。彼女の頬を染めた彼に対する嫉妬だった。
「せっかく利吉さんが、髪を結いましょうと言ってくれたんですが…」
そこで言葉を止める。
どうやら彼女が頬を染めていたのは利吉くんに対するそれではなかったようだ。彼の性格ならその場で結い上げてしまうだろう。つまり、それは私が詩織さんにつけた印を見たということで、それが恥ずかしかったから彼女は頬を染めていたのだ。なんだ私の思い違いだったのか。
「ははは、詩織さんは色白ですから血色の良さが分かりやすいですもんね」
「もう…半助さんっ」
今日もゆっくりとした一日が過ぎようとしている。
一年は組の担任になってからというもの、トラブルや学園長の突然の思いつきで授業計画が伸びに延び、その遅れを取り戻すため休暇返上で仕事漬けの毎日でゆっくりするなんて時間は長期休暇くらいだったが、それもきり丸のアルバイトだったりどこかの忍者だかが面倒事を持ってくるなんてことがあって、本当の意味でゆっくりと休息の時間を過ごすことなんて無いように思えた。
「ところで忍者の三禁とは何ですか?」
「ああ、忍者は酒、女、金には気をつけるよう言われているんです」
「女って…では今の半助さんは…?」
「気をつけるというのは例えば、任務に私情を挟まないようにするためで全てを禁止してるわけではありませんよ。山田先生だって家庭があるわけですし」
「なるほど。ちなみに半助さんは守ってらっしゃるんですか?」
「私が女遊びしてるように見えます?」
「いえ……もし私がくノ一だったらどうしてたのかなぁと」
「そしたら……こうしますかね?」
服の上から太腿を撫でる。そして合わせた隙間から手を入れ込み直に触れる。
「半助、さん……急に…」
「くノ一だったら体中になにか隠してないかと思いまして」
「ふふ…だからって……んっ…」
際どい所を触れられて可愛らしい声を洩らす詩織さんに、邪な感情が芽生えた。
「他のくノ一にも、こうして確認するんですか?」
「そんなことしません。これは詩織さんだから、ついからかってしまいました」
そう言うと、彼女は少しだけ満足そうな笑みを向けるので、小さなヤキモチをしてくれた彼女をより愛おしく思った。
乱れた着物の隙間から、美味しそうな魅惑的な白い肌が様子を伺うように見つめている。
裾を左右に開き、彼女のか細い脚の間に顔を埋め、太腿に口付けを落とした。
「っん!!、半助さん…なにを…」
「なにも?」
「してるじゃないですか…そんなとこ、舐めなっ…いでくださっ……」
「どうして?」
「だって…へんな気持ちになっちゃうから…」
「なにか困りますか?」
「困りは…いえ、困りますっ……っん…だからっ、半助さんっ…!」
流されてくれないかなぁ、と思いながら足の付け根に舌を這わせる。肩を掴んで抵抗する彼女に、これ以上は悪いなと思い動きを止めた。
「は、はんすけ…さん?」
「詩織さんをこれ以上困らせるのも悪いと思いまして」
「……っ」
「どう、しました?」
物欲しそうな眼差しを向ける詩織さんを、今すぐにでも押し倒したい衝動に駆られるけれど、ここは詩織さん自身に止めた責任を取ってもらいたいなどと意地悪な考えが浮かんだ。
『土井先生こそ、からかってるんじゃないんですか』
先ほどの利吉くんの言葉を思い出す。
好いた人の困った顔くらい見たいじゃないか。けれどそれは私の前だけでよくて、利吉くんや上級生なんかに見せたくない。なんて思う私は、やはり詩織さんの言うように忍者の三禁を侵しているんだろうか。
「半助さん……っ、あの…」
「顔が真っ赤ですよ?」
けれど愛らしい彼女をとことん私に溺らせたいと業が深くなるばかりだ。
「半助さんも…利吉さんと同じで、意地悪です…」
「えっ…」
「わざと、こんな……」
グイッと詩織さんは渾身の力を込めて私を離した。
てっきり熱い眼差しを向けて、続きを懇願してくれると期待していた私は一瞬言葉を失うしかなかった。
「詩織、さん?」
「……っ、謝ってくれるまで…続きはしませんっ」
そ、そんなぁ…!
顔を背ける詩織さんは、俯き憂いた表情をしていた。
その眼差しが何を物語っているのか、私には分からない。
私の視線に気付いた彼女は、いつものように眉を寄せて困った笑顔を向ける。いま隠した本心に触れたいと思った。
彼女の頬に向けて手を伸ばす。
不意に彼女が口を開く。
「……なんて、冗談です。反省しましたか?」
「あっ……は、はい」
「…?どうかしましたか?」
「い、いえ……」
伸ばした手のひらに、詩織さんが手を重ねる。
私の指先にそっと口付けをした。
小さな彼女の唇が私の指先を飲み込む。指に絡み付く舌の感触に思わず感じてしまった。
「詩織さん?」
「……続きをしたい、です」
〜〜〜ッ!!
上目遣いでそんな可愛く誘うなんて…!
その甘えは天然そのもので、それが余計にそそられつつも、私以外には絶対見せたくない姿だと強く思った。
「こんなはしたないこと…幻滅、しましたよね?」
「そんなわけないじゃないですかっ!」
詩織さんは自ら横になり、引き寄せられた私は彼女の上に覆い被さる。床についた両手に挟まれるようにして佇む彼女は頬を薄紅色に染め、私を見つめていた。
先ほどから彼女にドキドキしっぱなしの心臓を抑え、口付けを交わす。柔らかな唇は私を受け入れるように、少しだけ隙間を生んだ。舌を入れると同時に彼女の舌と絡み合う。
彼女も私を欲している。
それだけで、さっきまで彼女がどうして憂いた表情をしていたのかという疑問が薄れていく。
私も彼女に溺れていくのを心地好く感じ、それを望んでいるのだと気付いた。それでも、触れる彼女の肌は忍者ではない至って普通の女性そのもので、私が気安く触れてはいけないような、そんな見えない膜を張っているように感じてしまった。
私も詩織さんも、互いを求めれば求めるほど、私の中で届かないものに手を伸ばしているような錯覚があった。
長く深い口付けから彼女を解放する。
蒸気した顔がより彼女を妖艶に仕立てあげていた。
「半助さん…どうかしたんですか?」
「……さっき詩織さんがなにか物思いにふけっている表情だったので」
そう言うと、彼女は目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「はい。考えてました」
「それは…いったい?」
「終わるまで、内緒です」
どうも彼女は私をからかうことに楽しみを見出してしまったらしい。惚れた弱みだ。彼女の誘いに乗り、両腕を広げその小さな身体を閉じ込めた。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
月明かりに照らされて、詩織さんの白い肌がさらにその白さを際立たせていた。
情事を終え、私も彼女も互いの温もりに包まれながら静かに息を整える。
「今日の詩織さん、積極的やしませんでしたか?」
「そう、でしたか?……でも、こんなに触れ合えるのは今だけなので…」
「今だけ?」
「だって、学園に戻ったら、手は出さないんでしょ?」
以前詩織さんに言った言葉が特大ブーメランとなって自分に突き刺さる。
上級生たちや先生たちには私たちのことは周知の事実だろう。もはや隠す必要さえ無いのかもしれない。
ともすると、二人きりの夜くらいは甘い夢を見ていてもいいのではと思っていた。
「いや…あれは…」
「それに、は組の夜間授業だったり、テスト問題を作ったりで徹夜とか、私も見回りだったりしますから、やっぱり無理ですよね」
「ま、待て…私だって、詩織さんとこうして…」
彼女の頬が緩む。
「ふふ、半助さん、必死ですね」
にっこりと笑顔を向ける彼女が小悪魔に見えるのは幻覚だろうか。先ほどから私をからかって楽しんでる様子だ。
「半助さんは、どんな子どもだったんですか?」
突然詩織さんは切り出した。
「さっき、そんなことを考えてました。半助さんの全部を知りたくて。私は聞いてはダメですか?」
静かに彼女の手のひらが、私の胸を撫でる。
なんだ、そんなことだったのか。
思い詰めるような彼女の眼差しに心配していたけれど、その優しさにホッと胸を撫で下ろした。
「あまり聞いても面白い話ではないですけど」
それでも、彼女は真っ直ぐに私を見つめ「聞きたいです」と呟いた。
何から話せば暗くならないだろうか、と思いながら、けれど淡々と話すしかなく、事のままありのままを包み隠さず話した。
幼い頃に家族がいなくなり一人になったこと、
仏門に入り、そして忍者なり城に仕えていたこと、
抜け忍となり追われていたところを山田先生に助けられたこと、
そこからの縁で忍術学園の教師になったこと、
全てを話し終え彼女を見ると、彼女の瞳から一筋の涙が伝った。
「……どうして詩織さんが、泣いてるんです?」
「だって……」
目の前で小さく震える彼女を優しく抱き締める。
詩織さんだって、私と似たような経験をしているのに。
優しすぎる。
そう思うのと同時に、この優しさが忍者には向いていないものだとも思った。もちろん彼女に忍者にはなってほしくないし、そういう環境とは程遠い場所で笑顔でいて欲しい。
「半助さんには、この先もずっと…嬉しいこと、楽しいことで溢れた幸せなものであってほしいです…」
「私はいま、十分幸せですよ。貴女がここにいる。それだけで満たされているんです」
詩織さんは気付いていないかもしれないが、彼女がそばにいることだけで、月明かりのなか咲く花のような安らかな気持ちを与えてくれる。
「私がいるだけで…ですか?」
「ええ、そうです」
詩織さんは私の胸に顔を埋める。
それがすすり泣きしているのだと分かった。
「私には…もったいない言葉です」
小さく囁くように詩織さんは言った。
彼女は自分自身を卑下し過ぎる節がある。
全くもってそんなことなんて無いのに。
けれど思い浮かぶ言葉は、どれももどかしいものだった。
強く抱き締めることでしか、感情を伝えられないような気がして、ただ腕に力を込める。
この触れる温もりから、どれだけ私が詩織さんのことを想っているのか、どれだけ詩織さんと同じくらい私も彼女の幸せを願っているのか、全部が伝わればいいのに。
「一緒に幸せになるんですよ」
やっと思い浮かべた言葉を発した時には、詩織さんは静かに眠りについていた。
眠る彼女の額にそっと口付けを落とし、私も瞼を瞑った。
→
私もまだまだだなと思うのは、彼に対して嫉妬を抱いたからだ。利吉君の帰ったあと、詩織さんは申し訳なさそうに頬を染めて「この簪、利吉さんから頂いたんです」と報告してくれた。
彼女に似合いそうな紅葉の簪。それを受け取った一部始終を思わず想像してしまう。彼女の頬を染めた彼に対する嫉妬だった。
「せっかく利吉さんが、髪を結いましょうと言ってくれたんですが…」
そこで言葉を止める。
どうやら彼女が頬を染めていたのは利吉くんに対するそれではなかったようだ。彼の性格ならその場で結い上げてしまうだろう。つまり、それは私が詩織さんにつけた印を見たということで、それが恥ずかしかったから彼女は頬を染めていたのだ。なんだ私の思い違いだったのか。
「ははは、詩織さんは色白ですから血色の良さが分かりやすいですもんね」
「もう…半助さんっ」
今日もゆっくりとした一日が過ぎようとしている。
一年は組の担任になってからというもの、トラブルや学園長の突然の思いつきで授業計画が伸びに延び、その遅れを取り戻すため休暇返上で仕事漬けの毎日でゆっくりするなんて時間は長期休暇くらいだったが、それもきり丸のアルバイトだったりどこかの忍者だかが面倒事を持ってくるなんてことがあって、本当の意味でゆっくりと休息の時間を過ごすことなんて無いように思えた。
「ところで忍者の三禁とは何ですか?」
「ああ、忍者は酒、女、金には気をつけるよう言われているんです」
「女って…では今の半助さんは…?」
「気をつけるというのは例えば、任務に私情を挟まないようにするためで全てを禁止してるわけではありませんよ。山田先生だって家庭があるわけですし」
「なるほど。ちなみに半助さんは守ってらっしゃるんですか?」
「私が女遊びしてるように見えます?」
「いえ……もし私がくノ一だったらどうしてたのかなぁと」
「そしたら……こうしますかね?」
服の上から太腿を撫でる。そして合わせた隙間から手を入れ込み直に触れる。
「半助、さん……急に…」
「くノ一だったら体中になにか隠してないかと思いまして」
「ふふ…だからって……んっ…」
際どい所を触れられて可愛らしい声を洩らす詩織さんに、邪な感情が芽生えた。
「他のくノ一にも、こうして確認するんですか?」
「そんなことしません。これは詩織さんだから、ついからかってしまいました」
そう言うと、彼女は少しだけ満足そうな笑みを向けるので、小さなヤキモチをしてくれた彼女をより愛おしく思った。
乱れた着物の隙間から、美味しそうな魅惑的な白い肌が様子を伺うように見つめている。
裾を左右に開き、彼女のか細い脚の間に顔を埋め、太腿に口付けを落とした。
「っん!!、半助さん…なにを…」
「なにも?」
「してるじゃないですか…そんなとこ、舐めなっ…いでくださっ……」
「どうして?」
「だって…へんな気持ちになっちゃうから…」
「なにか困りますか?」
「困りは…いえ、困りますっ……っん…だからっ、半助さんっ…!」
流されてくれないかなぁ、と思いながら足の付け根に舌を這わせる。肩を掴んで抵抗する彼女に、これ以上は悪いなと思い動きを止めた。
「は、はんすけ…さん?」
「詩織さんをこれ以上困らせるのも悪いと思いまして」
「……っ」
「どう、しました?」
物欲しそうな眼差しを向ける詩織さんを、今すぐにでも押し倒したい衝動に駆られるけれど、ここは詩織さん自身に止めた責任を取ってもらいたいなどと意地悪な考えが浮かんだ。
『土井先生こそ、からかってるんじゃないんですか』
先ほどの利吉くんの言葉を思い出す。
好いた人の困った顔くらい見たいじゃないか。けれどそれは私の前だけでよくて、利吉くんや上級生なんかに見せたくない。なんて思う私は、やはり詩織さんの言うように忍者の三禁を侵しているんだろうか。
「半助さん……っ、あの…」
「顔が真っ赤ですよ?」
けれど愛らしい彼女をとことん私に溺らせたいと業が深くなるばかりだ。
「半助さんも…利吉さんと同じで、意地悪です…」
「えっ…」
「わざと、こんな……」
グイッと詩織さんは渾身の力を込めて私を離した。
てっきり熱い眼差しを向けて、続きを懇願してくれると期待していた私は一瞬言葉を失うしかなかった。
「詩織、さん?」
「……っ、謝ってくれるまで…続きはしませんっ」
そ、そんなぁ…!
顔を背ける詩織さんは、俯き憂いた表情をしていた。
その眼差しが何を物語っているのか、私には分からない。
私の視線に気付いた彼女は、いつものように眉を寄せて困った笑顔を向ける。いま隠した本心に触れたいと思った。
彼女の頬に向けて手を伸ばす。
不意に彼女が口を開く。
「……なんて、冗談です。反省しましたか?」
「あっ……は、はい」
「…?どうかしましたか?」
「い、いえ……」
伸ばした手のひらに、詩織さんが手を重ねる。
私の指先にそっと口付けをした。
小さな彼女の唇が私の指先を飲み込む。指に絡み付く舌の感触に思わず感じてしまった。
「詩織さん?」
「……続きをしたい、です」
〜〜〜ッ!!
上目遣いでそんな可愛く誘うなんて…!
その甘えは天然そのもので、それが余計にそそられつつも、私以外には絶対見せたくない姿だと強く思った。
「こんなはしたないこと…幻滅、しましたよね?」
「そんなわけないじゃないですかっ!」
詩織さんは自ら横になり、引き寄せられた私は彼女の上に覆い被さる。床についた両手に挟まれるようにして佇む彼女は頬を薄紅色に染め、私を見つめていた。
先ほどから彼女にドキドキしっぱなしの心臓を抑え、口付けを交わす。柔らかな唇は私を受け入れるように、少しだけ隙間を生んだ。舌を入れると同時に彼女の舌と絡み合う。
彼女も私を欲している。
それだけで、さっきまで彼女がどうして憂いた表情をしていたのかという疑問が薄れていく。
私も彼女に溺れていくのを心地好く感じ、それを望んでいるのだと気付いた。それでも、触れる彼女の肌は忍者ではない至って普通の女性そのもので、私が気安く触れてはいけないような、そんな見えない膜を張っているように感じてしまった。
私も詩織さんも、互いを求めれば求めるほど、私の中で届かないものに手を伸ばしているような錯覚があった。
長く深い口付けから彼女を解放する。
蒸気した顔がより彼女を妖艶に仕立てあげていた。
「半助さん…どうかしたんですか?」
「……さっき詩織さんがなにか物思いにふけっている表情だったので」
そう言うと、彼女は目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「はい。考えてました」
「それは…いったい?」
「終わるまで、内緒です」
どうも彼女は私をからかうことに楽しみを見出してしまったらしい。惚れた弱みだ。彼女の誘いに乗り、両腕を広げその小さな身体を閉じ込めた。
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月明かりに照らされて、詩織さんの白い肌がさらにその白さを際立たせていた。
情事を終え、私も彼女も互いの温もりに包まれながら静かに息を整える。
「今日の詩織さん、積極的やしませんでしたか?」
「そう、でしたか?……でも、こんなに触れ合えるのは今だけなので…」
「今だけ?」
「だって、学園に戻ったら、手は出さないんでしょ?」
以前詩織さんに言った言葉が特大ブーメランとなって自分に突き刺さる。
上級生たちや先生たちには私たちのことは周知の事実だろう。もはや隠す必要さえ無いのかもしれない。
ともすると、二人きりの夜くらいは甘い夢を見ていてもいいのではと思っていた。
「いや…あれは…」
「それに、は組の夜間授業だったり、テスト問題を作ったりで徹夜とか、私も見回りだったりしますから、やっぱり無理ですよね」
「ま、待て…私だって、詩織さんとこうして…」
彼女の頬が緩む。
「ふふ、半助さん、必死ですね」
にっこりと笑顔を向ける彼女が小悪魔に見えるのは幻覚だろうか。先ほどから私をからかって楽しんでる様子だ。
「半助さんは、どんな子どもだったんですか?」
突然詩織さんは切り出した。
「さっき、そんなことを考えてました。半助さんの全部を知りたくて。私は聞いてはダメですか?」
静かに彼女の手のひらが、私の胸を撫でる。
なんだ、そんなことだったのか。
思い詰めるような彼女の眼差しに心配していたけれど、その優しさにホッと胸を撫で下ろした。
「あまり聞いても面白い話ではないですけど」
それでも、彼女は真っ直ぐに私を見つめ「聞きたいです」と呟いた。
何から話せば暗くならないだろうか、と思いながら、けれど淡々と話すしかなく、事のままありのままを包み隠さず話した。
幼い頃に家族がいなくなり一人になったこと、
仏門に入り、そして忍者なり城に仕えていたこと、
抜け忍となり追われていたところを山田先生に助けられたこと、
そこからの縁で忍術学園の教師になったこと、
全てを話し終え彼女を見ると、彼女の瞳から一筋の涙が伝った。
「……どうして詩織さんが、泣いてるんです?」
「だって……」
目の前で小さく震える彼女を優しく抱き締める。
詩織さんだって、私と似たような経験をしているのに。
優しすぎる。
そう思うのと同時に、この優しさが忍者には向いていないものだとも思った。もちろん彼女に忍者にはなってほしくないし、そういう環境とは程遠い場所で笑顔でいて欲しい。
「半助さんには、この先もずっと…嬉しいこと、楽しいことで溢れた幸せなものであってほしいです…」
「私はいま、十分幸せですよ。貴女がここにいる。それだけで満たされているんです」
詩織さんは気付いていないかもしれないが、彼女がそばにいることだけで、月明かりのなか咲く花のような安らかな気持ちを与えてくれる。
「私がいるだけで…ですか?」
「ええ、そうです」
詩織さんは私の胸に顔を埋める。
それがすすり泣きしているのだと分かった。
「私には…もったいない言葉です」
小さく囁くように詩織さんは言った。
彼女は自分自身を卑下し過ぎる節がある。
全くもってそんなことなんて無いのに。
けれど思い浮かぶ言葉は、どれももどかしいものだった。
強く抱き締めることでしか、感情を伝えられないような気がして、ただ腕に力を込める。
この触れる温もりから、どれだけ私が詩織さんのことを想っているのか、どれだけ詩織さんと同じくらい私も彼女の幸せを願っているのか、全部が伝わればいいのに。
「一緒に幸せになるんですよ」
やっと思い浮かべた言葉を発した時には、詩織さんは静かに眠りについていた。
眠る彼女の額にそっと口付けを落とし、私も瞼を瞑った。
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