15-1.陽だまりのような
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きり丸君に団子の手土産を渡し、乱太郎君の家へ行く後ろ姿を見送った。きり丸君の姿が見えなくなり、私は土井先生に視線を向けると、彼もまた私に視線を向けていて、急に気恥しくなった。
「雪下さん、顔が真っ赤ですよ」
「土井先生こそ、耳が赤いですよ」
そこへ、隣のおばちゃんがやって来て、声をかけられた。
「あんた達、名前で呼び合わないの?」
唐突な指摘に、私は一瞬ビクッとしてしまった。
土井先生はあたふたしながら、
「あ!いや、ほら、この呼び方に慣れちゃってますし」
と土井先生が言うと、
「名前で呼べない訳でもあるの?あやしい!まさか…」
「いやいや!なんも怪しくないですって!」
「じゃあ名前で呼んだらどうだい?ね?詩織ちゃん…あら、あらあら、顔を真っ赤にさせちゃってまあ…あんた達本当に初心なのね」
おばちゃんの言うとおり、顔が熱くて茹でダコ状態だ。
何か返さなくちゃと思ったが、声が出そうにない。
「照れちゃって可愛いわね。まあ、仲良くしなさいよ」
とおばちゃんが笑って去っていった。
家の中に入ると、私たちの間に妙な静けさが流れた。
これは…名前で呼んだ方がいいの…かな?
「あ、あの…名前で呼んでも…いいですか?」
土井先生は「は、はい」と緊張気味に返す。
「は、はん…半助…さん…」
「はは、そんなに緊張しなくても」
「だって…!じゃあ土井先生も名前で呼んでくださいっ」
土井先生は一瞬目を見開き、ふっと笑う。
「詩織さん…呼び方が戻ってますよ?」
躊躇いがちに私の名を呼ぶ彼は、久々知君の呼ぶそれとはやっぱり違って聞こえた。
「やっぱり、土井先生に名前を呼ばれるとドキッとしちゃいます」
「貴女はまったく…また先生に戻ってますよ?詩織さん?」
「へへ…だって緊張しちゃうんですもん…!先生…じゃなかった半助さんは、緊張しないんですか?」
「もちろん緊張しますよ」
そう言って彼が私を抱き寄せ、私の耳を彼の胸に当てた。
彼の激しい心音が耳に響く。
抱いていた緊張が、鼓動の音とともに静かに消えていき、愛しさが押し寄せる。
「ふふ、半助さんのここ、すごくドキドキ言ってますね」
「でしょ?詩織さんの心音も聞かせてくれませんか」
「それは……」
彼が私の胸元に顔を寄せる場面を想像してしまった。
そしてその先のことも。
「なんてね。冗談ですよ。はい、ではもう一度呼んでみてください?」
カラッとした声でそう言った彼。
きっとそれは冗談じゃないんだと感じながら、彼の期待に応えられないことが少しもどかしく感じた。
「半助さん…名前で呼ぶって恥ずかしいですね…」
「慣れれば自然になりますよ。さぁもう一度」
「半助さん…もう…からかってますよね?」
「からかってないですよ」
「笑ってるじゃないですか」
先生…いや、半助さんは座敷に上がると物入れを開けた。その中に将棋盤があって、それを見ていた私の視線に気付いた半助さんは片手に持っていた書物をしまった。
「将棋でも指してみますか?」
「いいんですか?駒の動かし方くらいしか分かりませんけど」
「十分ですよ。やりますか」
将棋盤を並べ、私は半助さんと将棋を指した。
戦法もなにも分からず、とりあえず一手ごとに右から順番に歩を動かす私に、半助さんが肩を震わすのが分かった。
「笑わないでくださいっ…言いましたよね、動かし方くらいしか分からないって」
「すみません、困ってる詩織さんの姿も可愛くて。その指し方だと守りが薄くなってしまうので…これを、ここに…」
半助さんは、私の陣の金将を動かしていく。
「王将を守るのに、矢倉囲いというのがあるんですが、初心者がまず覚える戦法です」
「矢倉囲いって何ですか?」
「王将の周りをしっかり固めて守る形です。ほら、この銀と金をこう動かして…」
「へぇ、なんだか家みたい…じゃあ、この金は守りの要…みたいなものですか?」
「そうです。将棋で「詰み」になるのは相手の王将を追い詰めたときですが、矢倉だと金が守りの要として重要度が増すので、金が奪われた時点で「実質的に詰み」と言えます。この金が奪われると、王は無防備になってしまいますから」
「なるほど…そしたら王将は忍たまの子ども達で、金は先生達みたいですね」
「ははは、確かに。詩織さん飲み込みが早いですね」
「半助さんの教え方が上手なんですよ」
「いやあ、そんなことは…それじゃあ私は飛車角落ちで、詩織さんは矢倉囲いの状態から始めましょうか」
半助さんの提案で、私は超有利な状態で再開することになった。全くの素人の私なのに、不思議と勝てるという自信が湧いてきてしまった。
「この勝負、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くというのはどうでしょう?」
「え?いいんですか?」
「いいんですかって、勝つ気満々じゃないですか」
「ははっ、まあこの状況からだと詩織さんに歩がありますよ」
半助さんの言葉に、私はますます自信がみなぎった。
もし勝ったら何をお願いしよう?
将棋を指しながら、そんなことを思案していた。
うーん…
あ、半助さんの指ってやっぱりタコがあって骨張ってて…かっこいいなぁ…
手を繋ぐとあったかいんだよなぁ…
冬休みの間はいっぱい手が繋げるといいなぁ…
そうだ。
手を繋ぎたいってお願いしてみようかな。
「王手」
「え!?あ!」
全く意識していなかったところに桂馬がいたのだ。すっかり成金になっているとばかり思っていたから油断していた。
「ま、参りました…」
「私が勝ってしまいましたね」
「さすが土井先生ですね」
「呼び方が戻ってますよ」
「あ!半助さん…」
「負けた方が勝った方の言うことを聞く、という約束でしたね?」
にっこりとした表情を向ける半助さん。
その笑顔に、どんなことを言うのか変な緊張がはしる。
「膝枕をしてほしいです」
意外な言葉に反応できなかったけれど、顔に熱が宿っていくのを感じた。
「えっ!?膝枕…ですか?それでいいんですか?」
思わず声を上げてしまった。
半助さんも少し照れくさそうに視線を逸らすと、
「それがいいんです」と、少し控えめに答えた。
「そんなことでいいなら、いつでもしますよ?」
将棋盤を片付け、半助さんのそばに座る。
彼が膝枕を望むなんて、思ってもみなかった。
でも、それが彼の願いなら、叶えないわけにはいかない。
ゆっくりと私の膝に、彼が頭を預ける。
静かに彼の温もりが伝わってくる。
「どう…ですか?」
「詩織さんの膝枕、すごく心地良いです」
吐息混じりの魅惑的な声に胸がドキリと高鳴った。半助さんに手を伸ばしその髪を撫でる。癖のある彼の髪の肌触りを指先に感じる。もっと彼に触れていたい。
そう思ったとき、半助さんの手が私の手を捕え、彼の頬に添えた。
「いま、すごく幸せだなぁ、と感じます」
「私もそう思います」
窓から陽が差し込み、夕刻が近付いてきていることを報せている。
高鳴っていた鼓動はようやく落ち着きを取り戻していた。
「詩織さんは…関係を進めるのが怖いと言っていたけど…もちろん、無理には進めないけど…私はもっと貴女に触れたいと思っていることは知っておいてください」
彼の優しさが胸に染みていくのを感じた。
二人きりの夜を楽しみにしている私と、幻滅されるのではないかと怖がる私がいて、そのどちらも半助さんは受け入れてくれている。
半助さんの頬は熱かった。
指先に感じる彼の体温を、全身で感じることができたら、
彼のぬくもりに包まれたら、
私がどれだけ彼を想っているのか伝えられたら、
なによりも、
私なんかと一緒にいたいと思ってくれている好きな人のためなら、身体を赦す怖さは薄らいでいた。
半助さんが私のすべてを受け入れてくれるなら、私もその優しさに応えたい。
すぅ、と寝息が聞こえ視線を落とすと、いつの間にか、半助さんは瞼を閉じて眠っていた。
眠る横顔を見つめながら、彼がこれまでどんな人生を歩んできたのか思いを馳せてみたけれど、彼の口から聞いたことがあるのは、以前食堂で「一度忍者を止めようと思ったことがある」ということだけで、きっと、私の計り知れない過去があるのだろうということだけは想像できた。
いつか、半助さんの全部を受け入れられるようになれたらいいのに。
この幸せをずっと抱きしめることができたら。
しばらく彼の寝顔を見つめていると、遠くからカラスの鳴き声が聞こえ、外からはどこかの家の夕食の匂いが漂ってきた。
「半助さん、起きてください。夕飯の準備をしますよ」
眉間に皺が寄る姿を見つめながら、彼への愛おしさが募っていく。
もっと半助さんと触れていたい。
夜の帳が降りるまで、私はこの気持ちを静かに抱き締めていた。
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「雪下さん、顔が真っ赤ですよ」
「土井先生こそ、耳が赤いですよ」
そこへ、隣のおばちゃんがやって来て、声をかけられた。
「あんた達、名前で呼び合わないの?」
唐突な指摘に、私は一瞬ビクッとしてしまった。
土井先生はあたふたしながら、
「あ!いや、ほら、この呼び方に慣れちゃってますし」
と土井先生が言うと、
「名前で呼べない訳でもあるの?あやしい!まさか…」
「いやいや!なんも怪しくないですって!」
「じゃあ名前で呼んだらどうだい?ね?詩織ちゃん…あら、あらあら、顔を真っ赤にさせちゃってまあ…あんた達本当に初心なのね」
おばちゃんの言うとおり、顔が熱くて茹でダコ状態だ。
何か返さなくちゃと思ったが、声が出そうにない。
「照れちゃって可愛いわね。まあ、仲良くしなさいよ」
とおばちゃんが笑って去っていった。
家の中に入ると、私たちの間に妙な静けさが流れた。
これは…名前で呼んだ方がいいの…かな?
「あ、あの…名前で呼んでも…いいですか?」
土井先生は「は、はい」と緊張気味に返す。
「は、はん…半助…さん…」
「はは、そんなに緊張しなくても」
「だって…!じゃあ土井先生も名前で呼んでくださいっ」
土井先生は一瞬目を見開き、ふっと笑う。
「詩織さん…呼び方が戻ってますよ?」
躊躇いがちに私の名を呼ぶ彼は、久々知君の呼ぶそれとはやっぱり違って聞こえた。
「やっぱり、土井先生に名前を呼ばれるとドキッとしちゃいます」
「貴女はまったく…また先生に戻ってますよ?詩織さん?」
「へへ…だって緊張しちゃうんですもん…!先生…じゃなかった半助さんは、緊張しないんですか?」
「もちろん緊張しますよ」
そう言って彼が私を抱き寄せ、私の耳を彼の胸に当てた。
彼の激しい心音が耳に響く。
抱いていた緊張が、鼓動の音とともに静かに消えていき、愛しさが押し寄せる。
「ふふ、半助さんのここ、すごくドキドキ言ってますね」
「でしょ?詩織さんの心音も聞かせてくれませんか」
「それは……」
彼が私の胸元に顔を寄せる場面を想像してしまった。
そしてその先のことも。
「なんてね。冗談ですよ。はい、ではもう一度呼んでみてください?」
カラッとした声でそう言った彼。
きっとそれは冗談じゃないんだと感じながら、彼の期待に応えられないことが少しもどかしく感じた。
「半助さん…名前で呼ぶって恥ずかしいですね…」
「慣れれば自然になりますよ。さぁもう一度」
「半助さん…もう…からかってますよね?」
「からかってないですよ」
「笑ってるじゃないですか」
先生…いや、半助さんは座敷に上がると物入れを開けた。その中に将棋盤があって、それを見ていた私の視線に気付いた半助さんは片手に持っていた書物をしまった。
「将棋でも指してみますか?」
「いいんですか?駒の動かし方くらいしか分かりませんけど」
「十分ですよ。やりますか」
将棋盤を並べ、私は半助さんと将棋を指した。
戦法もなにも分からず、とりあえず一手ごとに右から順番に歩を動かす私に、半助さんが肩を震わすのが分かった。
「笑わないでくださいっ…言いましたよね、動かし方くらいしか分からないって」
「すみません、困ってる詩織さんの姿も可愛くて。その指し方だと守りが薄くなってしまうので…これを、ここに…」
半助さんは、私の陣の金将を動かしていく。
「王将を守るのに、矢倉囲いというのがあるんですが、初心者がまず覚える戦法です」
「矢倉囲いって何ですか?」
「王将の周りをしっかり固めて守る形です。ほら、この銀と金をこう動かして…」
「へぇ、なんだか家みたい…じゃあ、この金は守りの要…みたいなものですか?」
「そうです。将棋で「詰み」になるのは相手の王将を追い詰めたときですが、矢倉だと金が守りの要として重要度が増すので、金が奪われた時点で「実質的に詰み」と言えます。この金が奪われると、王は無防備になってしまいますから」
「なるほど…そしたら王将は忍たまの子ども達で、金は先生達みたいですね」
「ははは、確かに。詩織さん飲み込みが早いですね」
「半助さんの教え方が上手なんですよ」
「いやあ、そんなことは…それじゃあ私は飛車角落ちで、詩織さんは矢倉囲いの状態から始めましょうか」
半助さんの提案で、私は超有利な状態で再開することになった。全くの素人の私なのに、不思議と勝てるという自信が湧いてきてしまった。
「この勝負、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くというのはどうでしょう?」
「え?いいんですか?」
「いいんですかって、勝つ気満々じゃないですか」
「ははっ、まあこの状況からだと詩織さんに歩がありますよ」
半助さんの言葉に、私はますます自信がみなぎった。
もし勝ったら何をお願いしよう?
将棋を指しながら、そんなことを思案していた。
うーん…
あ、半助さんの指ってやっぱりタコがあって骨張ってて…かっこいいなぁ…
手を繋ぐとあったかいんだよなぁ…
冬休みの間はいっぱい手が繋げるといいなぁ…
そうだ。
手を繋ぎたいってお願いしてみようかな。
「王手」
「え!?あ!」
全く意識していなかったところに桂馬がいたのだ。すっかり成金になっているとばかり思っていたから油断していた。
「ま、参りました…」
「私が勝ってしまいましたね」
「さすが土井先生ですね」
「呼び方が戻ってますよ」
「あ!半助さん…」
「負けた方が勝った方の言うことを聞く、という約束でしたね?」
にっこりとした表情を向ける半助さん。
その笑顔に、どんなことを言うのか変な緊張がはしる。
「膝枕をしてほしいです」
意外な言葉に反応できなかったけれど、顔に熱が宿っていくのを感じた。
「えっ!?膝枕…ですか?それでいいんですか?」
思わず声を上げてしまった。
半助さんも少し照れくさそうに視線を逸らすと、
「それがいいんです」と、少し控えめに答えた。
「そんなことでいいなら、いつでもしますよ?」
将棋盤を片付け、半助さんのそばに座る。
彼が膝枕を望むなんて、思ってもみなかった。
でも、それが彼の願いなら、叶えないわけにはいかない。
ゆっくりと私の膝に、彼が頭を預ける。
静かに彼の温もりが伝わってくる。
「どう…ですか?」
「詩織さんの膝枕、すごく心地良いです」
吐息混じりの魅惑的な声に胸がドキリと高鳴った。半助さんに手を伸ばしその髪を撫でる。癖のある彼の髪の肌触りを指先に感じる。もっと彼に触れていたい。
そう思ったとき、半助さんの手が私の手を捕え、彼の頬に添えた。
「いま、すごく幸せだなぁ、と感じます」
「私もそう思います」
窓から陽が差し込み、夕刻が近付いてきていることを報せている。
高鳴っていた鼓動はようやく落ち着きを取り戻していた。
「詩織さんは…関係を進めるのが怖いと言っていたけど…もちろん、無理には進めないけど…私はもっと貴女に触れたいと思っていることは知っておいてください」
彼の優しさが胸に染みていくのを感じた。
二人きりの夜を楽しみにしている私と、幻滅されるのではないかと怖がる私がいて、そのどちらも半助さんは受け入れてくれている。
半助さんの頬は熱かった。
指先に感じる彼の体温を、全身で感じることができたら、
彼のぬくもりに包まれたら、
私がどれだけ彼を想っているのか伝えられたら、
なによりも、
私なんかと一緒にいたいと思ってくれている好きな人のためなら、身体を赦す怖さは薄らいでいた。
半助さんが私のすべてを受け入れてくれるなら、私もその優しさに応えたい。
すぅ、と寝息が聞こえ視線を落とすと、いつの間にか、半助さんは瞼を閉じて眠っていた。
眠る横顔を見つめながら、彼がこれまでどんな人生を歩んできたのか思いを馳せてみたけれど、彼の口から聞いたことがあるのは、以前食堂で「一度忍者を止めようと思ったことがある」ということだけで、きっと、私の計り知れない過去があるのだろうということだけは想像できた。
いつか、半助さんの全部を受け入れられるようになれたらいいのに。
この幸せをずっと抱きしめることができたら。
しばらく彼の寝顔を見つめていると、遠くからカラスの鳴き声が聞こえ、外からはどこかの家の夕食の匂いが漂ってきた。
「半助さん、起きてください。夕飯の準備をしますよ」
眉間に皺が寄る姿を見つめながら、彼への愛おしさが募っていく。
もっと半助さんと触れていたい。
夜の帳が降りるまで、私はこの気持ちを静かに抱き締めていた。
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