14.想いが重なるその前に
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翌日、兵助たちが謝罪にやってきて、雪下さんは彼らを笑顔で出迎えた。
改めて、彼女の懐の広さを実感した。
以前、彼女が『優しくないです。怖いんですよ、臆病なんです』と言っていたことを思い出す。けれどやはり私には彼女が優しいとしか思えなかった。
「「「本当にすみませんでしたっ!!!」」」
深々と頭を下げる上級生たちに、雪下さんは笑みを零して「みんな頭を上げて?」と宥める。
「もう土井先生には変装しない?」
「「「しません!!」」」
「今度から変装してたらちゃんと教えてくれる?」
「「「教えます!!」」」
「うん、じゃあ許すよ。久々知君には罰として…」
「罰として??」と、兵助が目を見開き驚いた表情を向ける。
「今度豆腐の作り方教えてくれる?」
「え!?そんなことでいいんですか!?」
「いいかな?」
「もちろんです!!」
︎︎これはきっと雪下さんなりの兵助への気遣いなのだろう。兵助が罪悪感に押し潰されないように。
︎︎良かったな兵助、と三郎達に慰められている光景を眺めながら、そっと彼女に近付き尋ねた。
「雪下さん、良かったんですか?」
「はい。確かにショックでしたけど、やっぱり久々知君は弟に似てるところがあってつい」
︎︎雪下さんの顔がほころぶ。
︎︎やはりその笑顔に、兵助が少しだけ羨ましく思えた。
︎︎でも、昨日雪下さんが私のことを好きだと言ってくれたことでまだ平静を保っている。
︎︎そのとき、袖を引かれ視線を落とすと雪下さんが引っ張っていることに気付いた。
︎︎生徒たちから見えない角度で手を握る。
︎︎思春期のような初々しい仕草が、いちいち胸を高鳴らせている。とはいえ、私自身が穏やかな青春時代を過ごしていたわけではないから、こんな心くすぐられるようなことは初めてで、余計に胸を高鳴らせた。
「話は終わりましたかー?じゃあ先輩方、新しくアルバイトをもらってきたので手伝ってもらっていいすかあ?」
「「「きり丸!だが仕方ないな…!」」」
︎︎したり顔のきり丸が暖簾から顔を出す。
︎︎ほんと、こいつは要領がいいというか、現金というか…けれど、きり丸のおかげで雪下さんとの仲が修復されたのだ。
︎︎雪下さんも同じことを思っていたようで、その日はみんなできり丸をアルバイトを手伝っていた。
︎︎◇
︎︎日が落ち、三人になった長屋には静かな時間が流れていた。
︎︎部屋を仕切っていた衝立を、今日は用意しない私にきり丸が気付き声をかけた。
「あれ?もう衝立はしなくていいんすか?」
「うん、まあな」
︎︎昨日川の字で寝て気付いたのだ。
︎︎同じ空間で眠っていたほうが、より彼女をそばに感じることができると。
︎︎寝間着姿の雪下さんは、髪をとかし片側に結ぶと微笑んだ。
「きり丸君、とんとんしてあげようか?」
︎︎その言葉にきり丸は、少しだけ頬を染めてこっちに視線を向けた。なんだその目は!
「あー俺よりも土井先生のほうがよくない?」
「ふふ、じゃあきり丸君が眠ったらね」
「じゃあ俺はもう寝まーす!」
︎︎布団に潜り込むきり丸を、雪下さんは温かな眼差しを向けている。
︎︎そして手を伸ばし、トン…トン…と優しく布団を叩いた。
「ほんと、雪下さんには甘えてばかりだな、きり丸は」
「ふふ、きり丸君の次に土井先生ですからね」
「まったく土井先生も詩織さんに甘えてばかりなんですから〜」
︎︎瞑ってきた瞼を開き、にやりと私に言う姿にかぁーっと耳が熱くなる。
「もう…雪下さんが揶揄うから」
「ふふ、ごめんなさい」
︎︎布団の中からきり丸が小さく笑う。
「この調子ならもう大丈夫そうっすね。俺、明日から三日間、乱太郎の家で過ごす約束してるんすよ。大掃除の手伝いとか色々」
「聞いてないぞ」
「だって言ってませんもーん。私のことは気にせず、仲良く過ごしてくださいよ?」
︎︎唇を尖らせるきり丸に、なんて言葉を書けるか思案していると、雪下さんがきり丸のおでこに手のひらを当てた。
︎︎おでこを優しく撫で、優しい声色で囁いた。
「いつでも、帰ってきていいんだからね?」
︎︎きり丸の目が一瞬見開き、そしてホッとする笑みを浮かべ布団を被る姿に照れ隠しなのが私にも分かった。
「おやすみなさい!」
︎︎布団の中できり丸が笑みを浮かべているに違いない。
︎︎もしかしたら、母親に姿を重ねたのかも知れない。
︎︎そんなきり丸の様子を見て、胸の奥がじんわりと温もりが広がっていくのを感じていた。
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