14.想いが重なるその前に
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「で、どういうことなんだ?」
雪下さんが去り、追いかけたい気持ちを抑えて、五年生、六年生に問い質していた。
彼らは気まずそうに顔を見合わせながら、私に説明した。
きり丸のアルバイトを手伝っていた小平太、長次、文次郎から、私と雪下さんがデートすることを知り、それを阻止しようとした。そして、好意を抱いていた兵助、面白半分で乗っかった三郎、巻き込まれた雷蔵が私に変装していたのだという。
伊作によって不運に見舞われたあの時から、この計画が決行されていたらしい。
顔を洗ったあと、現れた留三郎に忍術の質問攻めにあい、時間を食ってしまっていた。
なにか企んでいるとは思っていたけれど、不覚だった。
そして、先ほどから雪下さんのことばかり気になって仕方がない。
走り去る彼女の瞳からは今にも涙が溢れそうだった。
それは一緒にいた、私に変装していた兵助から聞くしかなかった。
彼を見てみれば、何かを言ったのは明白なほど、彼の顔は真っ青に青ざめていた。
「兵助、雪下さんに何を言った?」
「土井先生…すみません!!!」
平身低頭で、ただただ頭を下げて詫びたあと、兵助は正直に話した。
雪下さんに手を繋ごうと言われ、手を繋いだこと。
彼女に手を繋ぐのは嫌かと聞かれ、嫌だと答えたこと。
「ほんっとうにすみません!!!」
「っはあ〜〜〜〜」
思わず声が漏れるほど大きなため息をついてしまった。
恋は盲目という言葉があるように、兵助が奇行に走ってしまったのは理解した。
けれど、それ以上に自分に対して苛立った。
彼女が自分から言うまで、私が不安にさせてしまっていた。
変装した久々知とは言え、雪下さんはその時は私だと思ったはずだ。私が彼女に手を繋ごうと言われたら断るなんてしない。兵助が断ったのは、私たちが上手くいくのを阻止したかったからだろう。私だって彼女に拒絶されたら、悲しいなんて言い表せないほどの悲しみを味わうことが想像に難くなかった。
酷くショックを受けているに違いないのだ。それに、昨夜の会話もある。一刻も早く彼女と話がしたかった。
「お前たちのやったことを許すかどうかは雪下さんが決める権利がある。とにかく私は雪下さんが心配だから先に帰ってるぞ」
「あの、では、本当にお二人は付き合ってらっしゃるんですか?」
背を向けると、留三郎が尋ねた。
「それはお前たちには関係ないことだし、大人の事情に首を突っ込むのは止めろ。一応言っておくが、私にとって雪下さんは特別な人だ。くれぐれも、私が生徒と同じように接する相手とは思うんじゃないぞ」
これでニュアンスが通じただろうかと、少しばかり不安が残ったがその場を後にして長屋に戻ることにした。
雪下さんが何か思い詰めていることに気付いていた。
それを、私に言って欲しいと思っていた。
『とりあえず婚約者でどうでしょう。冬休みの期間だけですし』
雪下さんがそう言ったとき、私の中で何かが音を立てて崩れるような錯覚があった。まるで大事に作った砂の城が簡単に壊されてしまうような。
だって彼女の言い方だと、冬休みが終わったら、次の休みはもう来ないというような言いぶりだったからだ。
唐突にこの関係の終わりを告げられた気がした。
私だけ舞い上がってしまったのだと思った。
雪下さんと想いが通じ合っている。
それだけで満足していた。
もし、雪下さんが私とこれからも一緒にいたいと思ってくれるのなら、夫婦として───と。
それが言えないのは、私自身、その本音を伝えるのが怖いからだ。
けれど、単に『恋仲』という曖昧な関係のままでは、教師として生徒に示しがつかない気がしたのだ。
でも、
雪下さんの本心が雲隠れする月のように見えないから、私も不安になっていた。
『どうして意地悪を言ったんです?』
『嫌、でしたか?』
意地悪な質問で返す彼女に、私も意地悪で返してしまった。
『嫌です』
本当は雪下さんが胸に抱えているものを知りたい。
︎︎私を頼ってほしい。
手を繋ぐことができれば、少しは雪下さんの気持ちが、私の想いが届いてくれるような気がしたのに、できなかった。
こんなことなら、意地悪な返事をせずに伝えればよかった。
あなたが大事なんです。
︎︎あなたの不安も全部受け止めたいんです、と。
◇
長屋に戻ると、きり丸があぐらをかいて座っていた。
私に気づくと寄せていた眉を一層深く寄せた。その表情は、全てを知っている様子だった。
「やっと帰ってきたんすね」
「すまない。きり丸」
「せっかく俺が二人きりにさせたのに、何したんすか先生…ま、話は大方聞きましたけど。でも先生らしくないじゃないですか」
「これには色々と事情が」
「言い訳は聞きたくありません!」
「で、雪下さんは?」
「あ〜、さっきトモミちちゃんたちが遊びに来て、一緒に出かけていきましたよ?もしかしたら今晩はトモミちゃんの家に泊まるかもしれませんね」
「そうか…」
井戸の方を眺めてみても、きり丸が言っていたように雪下さんの姿はなかった。
「先生も詩織さんも、周りに気を使ってばかりで問題に巻き込まれるの好きっすよね。初めっから、付き合ってるって言っときゃ上級生も手出ししなかったと思うんすけど」
溜め息をついて、きり丸は言い放った。
きり丸は私たちのことを気付いているとは思う。
︎︎だが、子ども相手に大の大人が弱音を漏らすわけにもいくまい。
「あのなぁ、大人にはきり丸には分からんような深〜い事情があるんだ」
「でもそれで不要な誤解を招いちゃ元も子もないですって」
「それは…そうだが」
その日、雪下さんが戻ってきたのは夕陽が沈み夜の帳が下りきった頃だった。
もしかしたら帰ってくるかもと、鍵を閉めずに開けていた戸がカサついた音を立てて、外の冷えた風とともに雪下さんが帰ってきた。
「帰りが遅くなりすみません」
「雪下さん…兵助から事情は聞きました…あ、あの…」
きり丸が見ている手前、言葉を躊躇っている自分がいた。教師としての立場を優先する自分がもどかしく感じる。
すぐに雪下さんを抱きしめて、私は貴方が大好きなのだと伝えてたいのに。
脇からひょこっと、きり丸が彼女の前に歩み寄る。
「詩織さん、今日はトモミちゃんの家に泊まるのかと思っちゃいましたよ」
「ごめんね、きり丸君。心配かけちゃって」
夕食を食べている間、雪下さんはトモミちゃんたちの話を楽しそうに笑顔を作って話すので、私の胸は余計に痛かった。無理に笑顔にさせてるみたいで。本当は苦しいんじゃないかと、そんなことばかり考えてしまっていた。
夕飯を食べ終え、寝る支度をしていたときだった。
布団の上であぐらをかいていたきり丸が突然立ち上がった。
「あー!!もう!この辛気臭い空気やめやめ!こんなどんよりした空気じゃ景気が悪い!」
そう言ってきり丸は、部屋を仕切っていた衝立を退ける。
そして雪下さんの布団を動かし、横一列に布団を三つ並べた。
きり丸は、真ん中の布団に座ると、
「はい!こっちに土井先生!こっちに詩織さん!」
と指を差した。
私と雪下さんは、言われるままに左右の布団に座る。
「はい!二人とも僕と握手!」
そして言われるままに手を差し出す。
するときり丸は私の手を、雪下さんの手と結ばせた。
彼女の柔肌は少しひんやりとしていた。
それでいてどこか震えている。
「はい!お互いにごめんなさいして!」
「「ご、ごめんなさい」」
きり丸に圧倒された私たちは、思わずそう言っていた。
私たちの言葉に、きり丸は満足気に腕を伸ばし布団に寝転んだ。
「っはあ〜!これでもう仲直りですからね!二人ともこれ以上空気を悪くしないでくださいよ!俺、今日は潮江先輩たちの面倒みて、くたくたなんすよ」
布団に入ると、きり丸は小さくあくびをしながら、「二人とも僕に感謝してくださいよ~」とぼやき、そのまま寝息を立て始めた。
「ふふ、きり丸君に感謝しないとですね」
雪下さんが眉を下げて私を見つめていた。
どくん、と鼓動が高鳴る。
握っていた手のひらに、もう片方の手を添えて少しだけ力を込める。
「そうですね。昨日から、ずっとこうしたいと思っていました」
行燈の灯りで照らされた、彼女のつぶらな瞳が揺れる。
「雪下さんに、つらい思いをさせてすみませんでした」
言葉を吟味して伝えたいけれど、その時間さえ惜しかった。
「昨日、意地悪な返事をしてすみませんでした」
「……意地悪?」
「雪下さんが何か思い悩んでいることに気付いていたんですが、いずれ言ってくれるだろうと」
でも知っていたはずだ。
彼女は優しい人で、優しいがゆえに打ち明けることを躊躇ってしまう人だと。
「私のほうこそ、すみません…」
震える声で彼女は呟いた。
「怖いんです……だって、こんなに幸せだと、いつかその幸せが壊れるんじゃないかって……昔みたいに、何もかも失うんじゃないかって思うんです」
「私はずっと、雪下さんのそばにいますよ。いなくなるわけ、ないじゃないですか」
「そうなんですけど……っ」
彼女の瞳から涙が溢れ出しそうになったのに気付き、きり丸を踏まないよう身を乗り出して彼女の布団の上に座り、抱きしめた。
彼女を抱きしめた瞬間、こんなに小さく震える存在を、どうしてもっと早く守れなかったのだろうという後悔が押し寄せた。
「関係が進むことが怖いことは私にも分かります…私は待ちますよ。いくらでも。あなたが怖いと思わなくなるまで、雪下さんのペースでゆっくり進んでいけるまで」
握っていた雪下さんの指先が、私の手の甲を撫でた。
人差し指と中指を交互に動かし、歩かせるように手の甲から腕へと動かしていく。
︎︎その彼女の愛情表現が、こそばゆく、でも私も望んでいたものだった。
腕まで上るとその華奢な指先は、私の寝間着を掴んだ。
「もっと、土井先生とこうしていたいんです…でも、こういうことは初めてで…不安で、怖くて…きっと…先生を満足させられないって…」
「好きな人なら上手い下手なんて気にしません」
そう言いながら、彼女の髪をそっと撫でた。
柔らかな感触が手に伝わるたび、胸が熱くなる。
「雪下さんの不安も怖さも、全部ひっくるめて受け止めます。それに…満足させるとか、そういうのは違うんじゃないかと思います」
彼女がこちらを見上げる。
潤んだ瞳に、行燈の揺らめきで涙が揺れる。
「どういうことですか?」
「一緒にいるだけで、私は十分なんです。雪下さんと笑ったり、話したり、こうして触れたりするだけで…幸せなんです」
自分でも不思議なほど、言葉が自然と出てきた。
彼女に伝えたいことが次々と溢れる。
「だから、雪下さんも無理に何かしようとしなくていいんです。焦らなくても、きっと少しずつ変わっていくと思いますから」
彼女の肩が小さく震え、袖をぎゅっと掴む力が強まった。
「先生、ずるいです…そんなこと言われたら、もっと…」
彼女の言葉は震えて途切れたが、その表情はどこか安心したようにも見えた。
「もっと?」と促すと、彼女は赤くなりながら小さな声で続けた。
「もっと…先生のこと、好きになっちゃいます」
その一言が、胸の奥に温かく広がっていくのを感じた。
「それなら、私も同じです。これ以上どうしようもないくらい、雪下さんのことが好きですよ」
不意に、彼女が小さく笑った。
その笑顔が、何よりも安心の証のように思えた。
→
雪下さんが去り、追いかけたい気持ちを抑えて、五年生、六年生に問い質していた。
彼らは気まずそうに顔を見合わせながら、私に説明した。
きり丸のアルバイトを手伝っていた小平太、長次、文次郎から、私と雪下さんがデートすることを知り、それを阻止しようとした。そして、好意を抱いていた兵助、面白半分で乗っかった三郎、巻き込まれた雷蔵が私に変装していたのだという。
伊作によって不運に見舞われたあの時から、この計画が決行されていたらしい。
顔を洗ったあと、現れた留三郎に忍術の質問攻めにあい、時間を食ってしまっていた。
なにか企んでいるとは思っていたけれど、不覚だった。
そして、先ほどから雪下さんのことばかり気になって仕方がない。
走り去る彼女の瞳からは今にも涙が溢れそうだった。
それは一緒にいた、私に変装していた兵助から聞くしかなかった。
彼を見てみれば、何かを言ったのは明白なほど、彼の顔は真っ青に青ざめていた。
「兵助、雪下さんに何を言った?」
「土井先生…すみません!!!」
平身低頭で、ただただ頭を下げて詫びたあと、兵助は正直に話した。
雪下さんに手を繋ごうと言われ、手を繋いだこと。
彼女に手を繋ぐのは嫌かと聞かれ、嫌だと答えたこと。
「ほんっとうにすみません!!!」
「っはあ〜〜〜〜」
思わず声が漏れるほど大きなため息をついてしまった。
恋は盲目という言葉があるように、兵助が奇行に走ってしまったのは理解した。
けれど、それ以上に自分に対して苛立った。
彼女が自分から言うまで、私が不安にさせてしまっていた。
変装した久々知とは言え、雪下さんはその時は私だと思ったはずだ。私が彼女に手を繋ごうと言われたら断るなんてしない。兵助が断ったのは、私たちが上手くいくのを阻止したかったからだろう。私だって彼女に拒絶されたら、悲しいなんて言い表せないほどの悲しみを味わうことが想像に難くなかった。
酷くショックを受けているに違いないのだ。それに、昨夜の会話もある。一刻も早く彼女と話がしたかった。
「お前たちのやったことを許すかどうかは雪下さんが決める権利がある。とにかく私は雪下さんが心配だから先に帰ってるぞ」
「あの、では、本当にお二人は付き合ってらっしゃるんですか?」
背を向けると、留三郎が尋ねた。
「それはお前たちには関係ないことだし、大人の事情に首を突っ込むのは止めろ。一応言っておくが、私にとって雪下さんは特別な人だ。くれぐれも、私が生徒と同じように接する相手とは思うんじゃないぞ」
これでニュアンスが通じただろうかと、少しばかり不安が残ったがその場を後にして長屋に戻ることにした。
雪下さんが何か思い詰めていることに気付いていた。
それを、私に言って欲しいと思っていた。
『とりあえず婚約者でどうでしょう。冬休みの期間だけですし』
雪下さんがそう言ったとき、私の中で何かが音を立てて崩れるような錯覚があった。まるで大事に作った砂の城が簡単に壊されてしまうような。
だって彼女の言い方だと、冬休みが終わったら、次の休みはもう来ないというような言いぶりだったからだ。
唐突にこの関係の終わりを告げられた気がした。
私だけ舞い上がってしまったのだと思った。
雪下さんと想いが通じ合っている。
それだけで満足していた。
もし、雪下さんが私とこれからも一緒にいたいと思ってくれるのなら、夫婦として───と。
それが言えないのは、私自身、その本音を伝えるのが怖いからだ。
けれど、単に『恋仲』という曖昧な関係のままでは、教師として生徒に示しがつかない気がしたのだ。
でも、
雪下さんの本心が雲隠れする月のように見えないから、私も不安になっていた。
『どうして意地悪を言ったんです?』
『嫌、でしたか?』
意地悪な質問で返す彼女に、私も意地悪で返してしまった。
『嫌です』
本当は雪下さんが胸に抱えているものを知りたい。
︎︎私を頼ってほしい。
手を繋ぐことができれば、少しは雪下さんの気持ちが、私の想いが届いてくれるような気がしたのに、できなかった。
こんなことなら、意地悪な返事をせずに伝えればよかった。
あなたが大事なんです。
︎︎あなたの不安も全部受け止めたいんです、と。
◇
長屋に戻ると、きり丸があぐらをかいて座っていた。
私に気づくと寄せていた眉を一層深く寄せた。その表情は、全てを知っている様子だった。
「やっと帰ってきたんすね」
「すまない。きり丸」
「せっかく俺が二人きりにさせたのに、何したんすか先生…ま、話は大方聞きましたけど。でも先生らしくないじゃないですか」
「これには色々と事情が」
「言い訳は聞きたくありません!」
「で、雪下さんは?」
「あ〜、さっきトモミちちゃんたちが遊びに来て、一緒に出かけていきましたよ?もしかしたら今晩はトモミちゃんの家に泊まるかもしれませんね」
「そうか…」
井戸の方を眺めてみても、きり丸が言っていたように雪下さんの姿はなかった。
「先生も詩織さんも、周りに気を使ってばかりで問題に巻き込まれるの好きっすよね。初めっから、付き合ってるって言っときゃ上級生も手出ししなかったと思うんすけど」
溜め息をついて、きり丸は言い放った。
きり丸は私たちのことを気付いているとは思う。
︎︎だが、子ども相手に大の大人が弱音を漏らすわけにもいくまい。
「あのなぁ、大人にはきり丸には分からんような深〜い事情があるんだ」
「でもそれで不要な誤解を招いちゃ元も子もないですって」
「それは…そうだが」
その日、雪下さんが戻ってきたのは夕陽が沈み夜の帳が下りきった頃だった。
もしかしたら帰ってくるかもと、鍵を閉めずに開けていた戸がカサついた音を立てて、外の冷えた風とともに雪下さんが帰ってきた。
「帰りが遅くなりすみません」
「雪下さん…兵助から事情は聞きました…あ、あの…」
きり丸が見ている手前、言葉を躊躇っている自分がいた。教師としての立場を優先する自分がもどかしく感じる。
すぐに雪下さんを抱きしめて、私は貴方が大好きなのだと伝えてたいのに。
脇からひょこっと、きり丸が彼女の前に歩み寄る。
「詩織さん、今日はトモミちゃんの家に泊まるのかと思っちゃいましたよ」
「ごめんね、きり丸君。心配かけちゃって」
夕食を食べている間、雪下さんはトモミちゃんたちの話を楽しそうに笑顔を作って話すので、私の胸は余計に痛かった。無理に笑顔にさせてるみたいで。本当は苦しいんじゃないかと、そんなことばかり考えてしまっていた。
夕飯を食べ終え、寝る支度をしていたときだった。
布団の上であぐらをかいていたきり丸が突然立ち上がった。
「あー!!もう!この辛気臭い空気やめやめ!こんなどんよりした空気じゃ景気が悪い!」
そう言ってきり丸は、部屋を仕切っていた衝立を退ける。
そして雪下さんの布団を動かし、横一列に布団を三つ並べた。
きり丸は、真ん中の布団に座ると、
「はい!こっちに土井先生!こっちに詩織さん!」
と指を差した。
私と雪下さんは、言われるままに左右の布団に座る。
「はい!二人とも僕と握手!」
そして言われるままに手を差し出す。
するときり丸は私の手を、雪下さんの手と結ばせた。
彼女の柔肌は少しひんやりとしていた。
それでいてどこか震えている。
「はい!お互いにごめんなさいして!」
「「ご、ごめんなさい」」
きり丸に圧倒された私たちは、思わずそう言っていた。
私たちの言葉に、きり丸は満足気に腕を伸ばし布団に寝転んだ。
「っはあ〜!これでもう仲直りですからね!二人ともこれ以上空気を悪くしないでくださいよ!俺、今日は潮江先輩たちの面倒みて、くたくたなんすよ」
布団に入ると、きり丸は小さくあくびをしながら、「二人とも僕に感謝してくださいよ~」とぼやき、そのまま寝息を立て始めた。
「ふふ、きり丸君に感謝しないとですね」
雪下さんが眉を下げて私を見つめていた。
どくん、と鼓動が高鳴る。
握っていた手のひらに、もう片方の手を添えて少しだけ力を込める。
「そうですね。昨日から、ずっとこうしたいと思っていました」
行燈の灯りで照らされた、彼女のつぶらな瞳が揺れる。
「雪下さんに、つらい思いをさせてすみませんでした」
言葉を吟味して伝えたいけれど、その時間さえ惜しかった。
「昨日、意地悪な返事をしてすみませんでした」
「……意地悪?」
「雪下さんが何か思い悩んでいることに気付いていたんですが、いずれ言ってくれるだろうと」
でも知っていたはずだ。
彼女は優しい人で、優しいがゆえに打ち明けることを躊躇ってしまう人だと。
「私のほうこそ、すみません…」
震える声で彼女は呟いた。
「怖いんです……だって、こんなに幸せだと、いつかその幸せが壊れるんじゃないかって……昔みたいに、何もかも失うんじゃないかって思うんです」
「私はずっと、雪下さんのそばにいますよ。いなくなるわけ、ないじゃないですか」
「そうなんですけど……っ」
彼女の瞳から涙が溢れ出しそうになったのに気付き、きり丸を踏まないよう身を乗り出して彼女の布団の上に座り、抱きしめた。
彼女を抱きしめた瞬間、こんなに小さく震える存在を、どうしてもっと早く守れなかったのだろうという後悔が押し寄せた。
「関係が進むことが怖いことは私にも分かります…私は待ちますよ。いくらでも。あなたが怖いと思わなくなるまで、雪下さんのペースでゆっくり進んでいけるまで」
握っていた雪下さんの指先が、私の手の甲を撫でた。
人差し指と中指を交互に動かし、歩かせるように手の甲から腕へと動かしていく。
︎︎その彼女の愛情表現が、こそばゆく、でも私も望んでいたものだった。
腕まで上るとその華奢な指先は、私の寝間着を掴んだ。
「もっと、土井先生とこうしていたいんです…でも、こういうことは初めてで…不安で、怖くて…きっと…先生を満足させられないって…」
「好きな人なら上手い下手なんて気にしません」
そう言いながら、彼女の髪をそっと撫でた。
柔らかな感触が手に伝わるたび、胸が熱くなる。
「雪下さんの不安も怖さも、全部ひっくるめて受け止めます。それに…満足させるとか、そういうのは違うんじゃないかと思います」
彼女がこちらを見上げる。
潤んだ瞳に、行燈の揺らめきで涙が揺れる。
「どういうことですか?」
「一緒にいるだけで、私は十分なんです。雪下さんと笑ったり、話したり、こうして触れたりするだけで…幸せなんです」
自分でも不思議なほど、言葉が自然と出てきた。
彼女に伝えたいことが次々と溢れる。
「だから、雪下さんも無理に何かしようとしなくていいんです。焦らなくても、きっと少しずつ変わっていくと思いますから」
彼女の肩が小さく震え、袖をぎゅっと掴む力が強まった。
「先生、ずるいです…そんなこと言われたら、もっと…」
彼女の言葉は震えて途切れたが、その表情はどこか安心したようにも見えた。
「もっと?」と促すと、彼女は赤くなりながら小さな声で続けた。
「もっと…先生のこと、好きになっちゃいます」
その一言が、胸の奥に温かく広がっていくのを感じた。
「それなら、私も同じです。これ以上どうしようもないくらい、雪下さんのことが好きですよ」
不意に、彼女が小さく笑った。
その笑顔が、何よりも安心の証のように思えた。
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