14.想いが重なるその前に
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朝の空気は冷たく、胸の奥に残る不安をそっと凍らせるようだった。
それでも彼の手に触れて、その温もりを感じられたら、少しは心が穏やかになるかもしれない。
そんな希望を抱えながら、私は朝食を準備した。
「冬祭り?」
「ええ、隣のおばちゃんから聞いたんです。少し先の町でやってるみたいですよ」
朝ごはんを食べながら、今朝隣のおばさんから聞いた話をしてみると、きり丸くんがつまらなそうに答えた。
「俺はバイトがあるから、先生たちで行ってきたらどうすか?」
「そんなこと言って、お前また抱えきれない量のアルバイト引き受けてるだろ?」
「大丈夫ですよ!今日は六年生の先輩方が手伝ってくれることになってるんで」
それなら、土井先生とお出かけして来てもいいのかな?
朝ごはんを頬張る彼に視線を向けて聞いてみる。
「土井先生、一緒に行きませんか?」
「う…わかりました…」
「先生なんか嫌がってません?」
「いや、六年生が手伝うと聞いて悪い予感が…」
「みんな詩織さんのこと好きっすからねえ」
きり丸君が茶化すように言い、土井先生がぎこちなく笑う。
「先生、分かってますから。先輩方には詩織さんの情報は売るつもりないですって」
「きり丸君…」
「まあ、きり丸がそういうなら…じゃあ雪下さん、一緒に行きますか」
きり丸君の言葉に、どこか照れた様子の彼がホッと小さく息をついたのが分かった。
◇
祭りは活気に溢れていた。
「奥さん、今日は何を買います?旦那さんいかがですか?」
干物屋の軒先を眺めていた私を見て、店主が笑いながら夫婦と勘違いしたのだ。
土井先生は普段通り「どの魚も安いですね」と流す。
「やっぱりずるいです」
「ははは、そうかな?」
その笑顔を見て、手を伸ばしたい気持ちが強くなった。
人の往来が多い中なら、手を繋いでもバレないだろうか。
手を伸ばしたとき、
「土井先生ー!詩織さーん!」
突然現れた善法寺君によって、私は思わず手を引っ込めてしまった。
聞けば市場で珍しい薬草が売ってたとか何とかで、帰郷する食満君と寄り道がてら一緒に回っていたのだそうだ。
「先生方はもう帰られるのですか?」
「ううん、もう少し見ていこうかなって。ね?先生」
「ええ。さっきの干物も安かったので帰りに買って行きましょう」
「それなら、少し休憩なさってはどうですか?あちらに茶屋があるので案内しますよ」
そう言って善法寺くんが道案内をしてくれる。
隣を歩く土井先生と手を繋ぎたい気持ちは、すっかり萎んでしまった。
私はこの時、忘れていた。
善法寺君が忍術学園一の不運で、不運大魔王と呼ばれていることを。
茶屋にたどり着き、注文を済ませ、店員さんが持ってきたお茶を、善法寺君が受け取ろうとした。
けれど慌てて立ち上がった彼は、お盆に頭をぶつけ、頭から熱いお茶を浴びた。
「あちちち!わわわ!」
「わ!」
善法寺君は後ろにけつまずき、饅頭を誤って手に取り、それを土井先生の顔にぶつけてしまった。
まさに不運。土井先生の顔と襟にはお茶と潰れた饅頭から飛び出した餡が。
「すすすすみません!土井先生!こちらで顔を洗ってください!!」
そう言って二人は席を外した。
茶屋の庭園を見ながら、私は溜め息をついた。
ここに来る途中、土井先生と手を繋ぎたかった。
けれど、できなかった。
きり丸君のアルバイトのお手伝いに来た七松君と潮江君、中在家君が、犬の散歩として途中まで一緒だったからだ。
生徒の前で手を繋ぐわけにはいかなかった。
『嫌です』
『雪下さんの気持ちが大事ですから』
昨夜の言葉が胸を締め付ける。
祭りの中を歩きながら、何度手を伸ばそうとしたか。
そのたびに周囲を気にして、手を引っ込めた。
でも、繋ぎたい。繋げば、少しはこの不安が和らぐような気がして。
しばらくすると、土井先生が席に戻ってきた。
「お待たせしました」
先ほどまでと違う声色に、少しだけ違和感を感じたけれど目の前にいるのは土井先生だった。
もしかしたら、少し饅頭でむせてしまったのかもしれない、なんて思うことにした。
「ところで…善法寺君は?」
「えっと…彼なら出会した五年生たちと祭りを回るそうです」
「そうなんですね」
「詩織さん!このあとどこをまわりますか?」
土井先生に突然名前を呼ばれ、ドキッとした。しかも笑顔で。
これまで雪下さんとしか呼ばれていなかったし、詩織さんと呼んだのも、は組で泣いてしまった時の一度だけ。
「え?」
「あ、雪下…さん…でしたね…すみません」
土井先生は頬を真っ赤にさせ、湯呑みに視線を向ける。
先ほどまでとは違う雰囲気に、少しだけ困惑した。
どうしよう。
「じゃあ、もう少し祭りを回ってから、さっきの店で魚を買って帰りませんか?」
「はい。そうしましょう」
◇
茶屋を出て、祭りを回る。隣を歩く土井先生の袖を盗み見る。
垂れ下がった手のひらに、重ねてもいいのだろうか。
でも、私と土井先生は同じ気持ちなんだから。
『嫌です』
『雪下さんの気持ちが大事ですから』
もどかしかった。
肩がぶつかる距離にいながら、手も繋げないことが。
静かに息を吐いて、そっと彼の袖口を掴んだ。
彼は身体をビクッとさせ、立ち止まった。
「あの…手を繋いでも、いいですか?」
「…え、あ…は、はい!」
垂れ下がった手に自分の掌を重ね、手を繋ぐ。
いつもと違う肌の感触がそこにあった。
握ってすぐに感じる筆のタコがない。
「土井先生…今日は…手が、カサついてないんですね」
「あ、はは…そうかな?」
彼の声がどこかぎこちなく聞こえ、不安が再び顔を覗かせた。
手を繋いで歩きながら、彼の横顔を盗み見る。
そこにはいつもの土井先生がいるのに、まるで知らない人みたいだった。
親指で彼の手の甲を擦る。
期待していた。彼も手の甲や手のひらに指先を遊ばせてくれるって。
「ふ…くすぐったいですよ…」
そう言って先生は苦笑いをした。
どうして。
どうして。
『可愛らしい手があったので触っていたんです』
あのときの先生の面影が、そこにはなかった。
胸が締め付けられるのを感じながら、勇気を振り絞って尋ねた。
「あの…先生は、私とこうして手を繋ぐのは…嫌、でしたか?」
問いかけると、彼の頬が赤らみ、困ったような笑みを浮かべる。
「ええ、ちょっと…困ります」
繋いでいた手が静かに離れていく。
周囲の喧騒が遠ざかるように感じた。
どうして。
どうして。
「雪下さん、行きましょうか」
「……え、ええ」
そして何事もなかったように、目の前の彼は再び歩き始める。
どうして。
どうして。
「雪下…さん…?」
視界が歪みそうになる。
こんな人の多い場所で泣いたりしたら、余計に土井先生に迷惑をかけてしまうのに。
泣くな。
泣くな。
そう思っていた時だった。
「おい兵助!交代の時間だぞ!」
「雷蔵!次は俺だ!」
振り向くと、二人の土井先生がそこに立っていた。
隣にいた土井先生が「兵助」と呼ばれた瞬間、私は固まった。
「どうして土井先生が三人も…?」
驚いているところに、もう一人の土井先生が現れた。
「これは一体どういうことだ!兵助!三郎!雷蔵!それに伊作、留三郎!」
後から来た彼がそう言うと、三人の土井先生は、顔をペリッと剥ぐ。
そこには久々知君、不破君、蜂屋君がいて、茂みの向こうから善法寺君と食満君も顔を出した。
「土井先生…さすが気付くのが早いですね…」と久々知君。
「悪いな兵助、俺たち六年生でも教師には敵わん」と食満君が言葉を返す。
つまり、今、目の前にいる肩で息をしている彼こそが、本物の土井先生だった。
私がさっき、手を繋いでいたのは久々知君だったのだ。
土井先生が怒りを露わにしながら、久々知君たちを叱る。
「まったくお前たちは何を考えてるんだ!」
「「「すみません、土井先生」」」
五年生、六年生たちがそれぞれ事情を説明する。
「きり丸の手伝いをしていた文次郎から、先生と詩織さんがデートにお出になられたと聞いたので、私たちもと思い」
「じゃあなぜ私に変装する必要がある?」
「そ、それは…お二人に良い雰囲気になってほしくないからです!」
「そうです!私たちだって詩織さんと仲良くなりたいんですよ!」
「だからといって人を騙してデートして楽しいか!?」
「そ、それは…」
久々知君と視線が重なる。
前に土井先生が言っていた『兵助も伊作も、あなたに好意があることに気付いてますか?』の言葉の重みを今さら理解した。
彼らは忍者のたまごなんだから、変装だって当たり前なんだと。
途端に、目頭が熱くなってきた。
「雪下さん、すみませんでした……雪下さん?」
「あ…だ、だいじょ…です、よ」
みんなの眼差しを肌に感じ、下を向いた。
恥ずかしかった。
久々知君を土井先生だと思っていたこと。
その彼と手を繋ごうとしたこと。
その彼に先生の本音を聞こうとしたこと。
変装の土井先生とは言え、彼に手を繋ぐことを拒絶されたこと。
先生はすぐに生徒だと気づいたのに、私には気付けなかったこと。
次々と溢れる後悔と羞恥心に、涙が止まらない。
顔を隠すように俯きながら、私は震える声で言った。
「すみません…先に、帰ります」
その場から走り去る私に、土井先生の呼び止める声が背後から聞こえたが、振り返る余裕もなかった。
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それでも彼の手に触れて、その温もりを感じられたら、少しは心が穏やかになるかもしれない。
そんな希望を抱えながら、私は朝食を準備した。
「冬祭り?」
「ええ、隣のおばちゃんから聞いたんです。少し先の町でやってるみたいですよ」
朝ごはんを食べながら、今朝隣のおばさんから聞いた話をしてみると、きり丸くんがつまらなそうに答えた。
「俺はバイトがあるから、先生たちで行ってきたらどうすか?」
「そんなこと言って、お前また抱えきれない量のアルバイト引き受けてるだろ?」
「大丈夫ですよ!今日は六年生の先輩方が手伝ってくれることになってるんで」
それなら、土井先生とお出かけして来てもいいのかな?
朝ごはんを頬張る彼に視線を向けて聞いてみる。
「土井先生、一緒に行きませんか?」
「う…わかりました…」
「先生なんか嫌がってません?」
「いや、六年生が手伝うと聞いて悪い予感が…」
「みんな詩織さんのこと好きっすからねえ」
きり丸君が茶化すように言い、土井先生がぎこちなく笑う。
「先生、分かってますから。先輩方には詩織さんの情報は売るつもりないですって」
「きり丸君…」
「まあ、きり丸がそういうなら…じゃあ雪下さん、一緒に行きますか」
きり丸君の言葉に、どこか照れた様子の彼がホッと小さく息をついたのが分かった。
◇
祭りは活気に溢れていた。
「奥さん、今日は何を買います?旦那さんいかがですか?」
干物屋の軒先を眺めていた私を見て、店主が笑いながら夫婦と勘違いしたのだ。
土井先生は普段通り「どの魚も安いですね」と流す。
「やっぱりずるいです」
「ははは、そうかな?」
その笑顔を見て、手を伸ばしたい気持ちが強くなった。
人の往来が多い中なら、手を繋いでもバレないだろうか。
手を伸ばしたとき、
「土井先生ー!詩織さーん!」
突然現れた善法寺君によって、私は思わず手を引っ込めてしまった。
聞けば市場で珍しい薬草が売ってたとか何とかで、帰郷する食満君と寄り道がてら一緒に回っていたのだそうだ。
「先生方はもう帰られるのですか?」
「ううん、もう少し見ていこうかなって。ね?先生」
「ええ。さっきの干物も安かったので帰りに買って行きましょう」
「それなら、少し休憩なさってはどうですか?あちらに茶屋があるので案内しますよ」
そう言って善法寺くんが道案内をしてくれる。
隣を歩く土井先生と手を繋ぎたい気持ちは、すっかり萎んでしまった。
私はこの時、忘れていた。
善法寺君が忍術学園一の不運で、不運大魔王と呼ばれていることを。
茶屋にたどり着き、注文を済ませ、店員さんが持ってきたお茶を、善法寺君が受け取ろうとした。
けれど慌てて立ち上がった彼は、お盆に頭をぶつけ、頭から熱いお茶を浴びた。
「あちちち!わわわ!」
「わ!」
善法寺君は後ろにけつまずき、饅頭を誤って手に取り、それを土井先生の顔にぶつけてしまった。
まさに不運。土井先生の顔と襟にはお茶と潰れた饅頭から飛び出した餡が。
「すすすすみません!土井先生!こちらで顔を洗ってください!!」
そう言って二人は席を外した。
茶屋の庭園を見ながら、私は溜め息をついた。
ここに来る途中、土井先生と手を繋ぎたかった。
けれど、できなかった。
きり丸君のアルバイトのお手伝いに来た七松君と潮江君、中在家君が、犬の散歩として途中まで一緒だったからだ。
生徒の前で手を繋ぐわけにはいかなかった。
『嫌です』
『雪下さんの気持ちが大事ですから』
昨夜の言葉が胸を締め付ける。
祭りの中を歩きながら、何度手を伸ばそうとしたか。
そのたびに周囲を気にして、手を引っ込めた。
でも、繋ぎたい。繋げば、少しはこの不安が和らぐような気がして。
しばらくすると、土井先生が席に戻ってきた。
「お待たせしました」
先ほどまでと違う声色に、少しだけ違和感を感じたけれど目の前にいるのは土井先生だった。
もしかしたら、少し饅頭でむせてしまったのかもしれない、なんて思うことにした。
「ところで…善法寺君は?」
「えっと…彼なら出会した五年生たちと祭りを回るそうです」
「そうなんですね」
「詩織さん!このあとどこをまわりますか?」
土井先生に突然名前を呼ばれ、ドキッとした。しかも笑顔で。
これまで雪下さんとしか呼ばれていなかったし、詩織さんと呼んだのも、は組で泣いてしまった時の一度だけ。
「え?」
「あ、雪下…さん…でしたね…すみません」
土井先生は頬を真っ赤にさせ、湯呑みに視線を向ける。
先ほどまでとは違う雰囲気に、少しだけ困惑した。
どうしよう。
「じゃあ、もう少し祭りを回ってから、さっきの店で魚を買って帰りませんか?」
「はい。そうしましょう」
◇
茶屋を出て、祭りを回る。隣を歩く土井先生の袖を盗み見る。
垂れ下がった手のひらに、重ねてもいいのだろうか。
でも、私と土井先生は同じ気持ちなんだから。
『嫌です』
『雪下さんの気持ちが大事ですから』
もどかしかった。
肩がぶつかる距離にいながら、手も繋げないことが。
静かに息を吐いて、そっと彼の袖口を掴んだ。
彼は身体をビクッとさせ、立ち止まった。
「あの…手を繋いでも、いいですか?」
「…え、あ…は、はい!」
垂れ下がった手に自分の掌を重ね、手を繋ぐ。
いつもと違う肌の感触がそこにあった。
握ってすぐに感じる筆のタコがない。
「土井先生…今日は…手が、カサついてないんですね」
「あ、はは…そうかな?」
彼の声がどこかぎこちなく聞こえ、不安が再び顔を覗かせた。
手を繋いで歩きながら、彼の横顔を盗み見る。
そこにはいつもの土井先生がいるのに、まるで知らない人みたいだった。
親指で彼の手の甲を擦る。
期待していた。彼も手の甲や手のひらに指先を遊ばせてくれるって。
「ふ…くすぐったいですよ…」
そう言って先生は苦笑いをした。
どうして。
どうして。
『可愛らしい手があったので触っていたんです』
あのときの先生の面影が、そこにはなかった。
胸が締め付けられるのを感じながら、勇気を振り絞って尋ねた。
「あの…先生は、私とこうして手を繋ぐのは…嫌、でしたか?」
問いかけると、彼の頬が赤らみ、困ったような笑みを浮かべる。
「ええ、ちょっと…困ります」
繋いでいた手が静かに離れていく。
周囲の喧騒が遠ざかるように感じた。
どうして。
どうして。
「雪下さん、行きましょうか」
「……え、ええ」
そして何事もなかったように、目の前の彼は再び歩き始める。
どうして。
どうして。
「雪下…さん…?」
視界が歪みそうになる。
こんな人の多い場所で泣いたりしたら、余計に土井先生に迷惑をかけてしまうのに。
泣くな。
泣くな。
そう思っていた時だった。
「おい兵助!交代の時間だぞ!」
「雷蔵!次は俺だ!」
振り向くと、二人の土井先生がそこに立っていた。
隣にいた土井先生が「兵助」と呼ばれた瞬間、私は固まった。
「どうして土井先生が三人も…?」
驚いているところに、もう一人の土井先生が現れた。
「これは一体どういうことだ!兵助!三郎!雷蔵!それに伊作、留三郎!」
後から来た彼がそう言うと、三人の土井先生は、顔をペリッと剥ぐ。
そこには久々知君、不破君、蜂屋君がいて、茂みの向こうから善法寺君と食満君も顔を出した。
「土井先生…さすが気付くのが早いですね…」と久々知君。
「悪いな兵助、俺たち六年生でも教師には敵わん」と食満君が言葉を返す。
つまり、今、目の前にいる肩で息をしている彼こそが、本物の土井先生だった。
私がさっき、手を繋いでいたのは久々知君だったのだ。
土井先生が怒りを露わにしながら、久々知君たちを叱る。
「まったくお前たちは何を考えてるんだ!」
「「「すみません、土井先生」」」
五年生、六年生たちがそれぞれ事情を説明する。
「きり丸の手伝いをしていた文次郎から、先生と詩織さんがデートにお出になられたと聞いたので、私たちもと思い」
「じゃあなぜ私に変装する必要がある?」
「そ、それは…お二人に良い雰囲気になってほしくないからです!」
「そうです!私たちだって詩織さんと仲良くなりたいんですよ!」
「だからといって人を騙してデートして楽しいか!?」
「そ、それは…」
久々知君と視線が重なる。
前に土井先生が言っていた『兵助も伊作も、あなたに好意があることに気付いてますか?』の言葉の重みを今さら理解した。
彼らは忍者のたまごなんだから、変装だって当たり前なんだと。
途端に、目頭が熱くなってきた。
「雪下さん、すみませんでした……雪下さん?」
「あ…だ、だいじょ…です、よ」
みんなの眼差しを肌に感じ、下を向いた。
恥ずかしかった。
久々知君を土井先生だと思っていたこと。
その彼と手を繋ごうとしたこと。
その彼に先生の本音を聞こうとしたこと。
変装の土井先生とは言え、彼に手を繋ぐことを拒絶されたこと。
先生はすぐに生徒だと気づいたのに、私には気付けなかったこと。
次々と溢れる後悔と羞恥心に、涙が止まらない。
顔を隠すように俯きながら、私は震える声で言った。
「すみません…先に、帰ります」
その場から走り去る私に、土井先生の呼び止める声が背後から聞こえたが、振り返る余裕もなかった。
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