12.月夜の水面
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朝ごはんを食べ終えた私は、事務の仕事をする前に一年は組の皆に期末テストの時のことを謝ろうと思い、土井先生たちのいる職員室へ向かった。
職員室に入るなり、私の姿を見た土井先生が慌てながら手ぬぐいを私の首に巻いた。
「絆創膏を貼るんじゃなかったんですか!?」
「えっと…山本シナ先生が虫除けに良いと仰ってたので」
「ち、が、い、ま、す!」
「え!?」
あんなにサラッと言うもんだから思わず本当なのかと思ってしまったのに…!
食堂で久々知君が尋ねてきたとき、たしかに顔を紅く染めていたかもしれない…ああ、私はなんて恥ずかしいことを…!
「…まぁ…ある意味虫除けなのかも知れませんが」と小声で言う土井先生に「どっちなんですか」と思わず返すと、彼は手を添えて囁くように耳打ちした。
「それは…もう少しあとで教えてあげます」
ゾクッと感じてしまう声に、思わずずるいなぁ、という眼差しを向けるしかなかった。
◇
予鈴が鳴り、私は土井先生とともに教室を訪れた。
一年は組の子たちは、私を見るやいなや質問の嵐が吹く。
「この間はどうしたんですか!?」
「土井先生が勝手にお饅頭でも食べちゃったの!?」
「もしかして体調が悪かったんですか!?」
「どうして土井先生の手ぬぐいを巻いてるんですか!?」
「土井先生の悪いところがあれば僕たちが治します!」
「土井先生は詩織に優しくしてください!」
「だから結婚できないんですよ!!」
一緒にいた土井先生が耳をダンボにさせて聞き取る。
「お前たちなぁ〜。でもまぁ…心配させてすまなかったな」
「みんなごめんね?でももう大丈夫だから!」
とびっきりの笑顔を私も土井先生も子どもたちへと向ける。は組の授業のためにも、仲直りしたことを伝え、みんなを安心させて一刻も授業の遅れを取り戻したかった。
はい!と喜三太君が勢いよく手を挙げた。
「喜三太、どうした?」
「土井先生は詩織さんと仲直りしたんですよね?」
「そうだが?」
「じゃあ証拠を見せてください!」
天真爛漫としたキラキラの眼差しを向ける喜三太君の言葉に、目を見開く。土井先生も声をあげて驚いている。
「はあ!?」
「だって先生がまた詩織さんを泣かせたら大変ですから!ねえ皆もそう思うでしょー?」
「「思う思う!!」」
「証拠ったってなあ」
土井先生は頭を掻き、困惑の表情を浮かべる。
「先生、何でもいいんすよ。手を繋ぐとか」
「僕はパパにあった時はぎゅーって抱き締めてもらうよ!」
「いや抱きつくのはなあ、じゃあ雪下さん…お手を」
きり丸君としんベヱ君の言葉に、先生が手のひらを私に向ける。
私もそこに手を重ね繋げた。
「ほら、お前たちこれでいいか?」
けれど喜三太君たちの顔は晴れない。
「うーんそれだけじゃあやっぱり信じられません!」
「もお!先生たち照れちゃって!僕たちがお手伝いします!」
しんベヱ君がそう言うと、みんなが私たちに抱きつき、その流れで私と土井先生はくっつく。まるでおしくらまんじゅうのように、みんなの背中やお尻で左右に体が揺れる。
「こら!やめろお前たちっ」
「ちょ、まっ・・・ふふっ、みんな元気だね」
やめろと言いつつ笑顔嬉しそうな表情をする土井先生と、同じく嬉しそうに抱きついてくるは組の子どもたちに、胸が温かくなるのを感じた。
◇
ひとしきり満足した子どもたちから解放された私は、事務仕事に戻り、職員室に冬休みの書類の配布を行っていた。
あの子たちと一緒にいると、自然と心が温かくなって、どんどん心の中が幸せで満たされていく気がしていた。
山田先生と土井先生の部屋へ向かうと、山田先生が書き物をしていた。
「山田先生、お疲れ様です」
「うむ。雪下君、少しいいかな?」
私の姿を確認すると、山田先生は「まあこちらに」と座るよう促す。
「はい、なんでしょうか?」
山田先生は神妙な面持ちで筆を置き、「実は半助のことだが…」と言葉を続ける。
「雪下君が半助のことを好いてくれているように、半助も雪下君のことを想っていることはワシも気付いておる」
昨日、大木先生が『お前たちの関係は筒抜けだからな!』と言っていた通り、先生方にはもう知れ渡っているのかもしれない。
「半助をよろしく頼む」
山田先生の言葉に、思わず息を止めた。
「そんな重く受け止めないでいいんだが、ワシも半助とは付き合いが長いから、ついな」
「そうなんですか」
「いやいや…この歳になると要らん世話を焼いてしまうな。ま、なんだ、二人がお互いを思い合っているならいいんだ」
「山田先生……ありがとうございます」
「いやぁ、二人を応援していたら利吉には怒られてしまうな」と言って山田先生は笑った。
会話を終えて部屋を出て行こうとする私を先生が「おっとそうだった」と止める。
「さっき半助が机の上の書類を持って行ってほしいと言っていたんだ」
机上に視線を向けると、おそらく中に書類が入ってるであろう風呂敷が置かれていた。
「この書類ですかね? ちょっと事務室に持って行って確認してみますね」
その晩、月見亭から池に浮かぶ月を眺めていた。鯉が水面を揺らし月が消える。
音もなく背後に気配を感じ振り向くと、忍者装束のままの土井先生が佇んでいた。
「こんな時間に呼び出してしまってすみません」
開口一番に土井先生は言った。
日中、土井先生が持って行ってほしいと言っていた風呂敷の中身は、学園長への新作火薬のレポートだった。その一番上に長細い紙と割り箸くらいの木の棒が添えられていた。前に紅葉狩りに行った時に、久々知君や尾浜君から忍術を教わったときに知った暗号だった。その紙を棒に巻き付けてみれば「いのこくつきみていで」と書かれていたのだ。文章が分かった途端、飛び上がるほど嬉しくて、忍たまの子どもたちが少しだけ羨ましく感じた。
「忍者になったみたいで面白かったです。でも私が分からなかったらどうしてたんですか?」
「以前、図書室から忍術の本を借りていましたよね。もし解読できていなかったら私が迎えに行っていましたよ」
二人で池を眺める。月明かりの下、静寂な空気が漂っている。
今日の出来事を思い出して、ふふっと笑みが零れた。
「今日、久々知君に意地悪を言ってしまいました」
「意地悪?」
「私と土井先生は付き合ってるんですか?と聞かれて、想像に任せるねって・・・ふふ」
「雪下さん・・・昨日も言いましたが、彼はあなたに好意を抱いてるんですよ?」
「ええ、そうなんですけど・・・ふふ・・・久々知君が少しだけ弟に似ていたので、つい揶揄いたくなってしまって」
期待に胸を膨らませて目を輝かせる姿が弟に重なった。
そんな弟を揶揄うと、決まって弟は「ねえねのバカ!」と顔を真っ赤にしてポカポカと叩いてくるのだ。
生きていれば久々知君のように大きく立派に育っていたに違いなかった。
「でもやっぱり『ねえね』と言ってくれる弟はもういないんだなって実感しました・・・ふふ、でも久々知君が可愛らしかったです」
そう言って土井先生を見ると、ふくれっ面の先生がいた。
「どうしたんですか、先生」
「・・・あなたにこんな表情をさせる兵助が、羨ましいなと思って」
「それは・・・」
私が最後まで言うまでも無く、土井先生はつまらなそうに「どうせ私のヤキモチですよ」と嘆くので、その可愛らしさに口角が上がった。
「でも、私をこんなにドキドキさせるのは土井先生だけ・・・ですよ?」
「・・・もっと、私のことを見てくださいよ・・・目の前にいるんですから」
見つめ合った彼の瞼がそっと閉じ、私も瞳を閉じた。
そっと唇に、彼の唇が触れる。
ほんの束の間の幸せだった。
彼の唇が離れた瞬間、夜の冷たい空気が頬を撫でた。
だけど、胸の中は温かい何かでいっぱいだった。
「土井先生は・・・外ではこういうことはしないと思っていました」
「私もそのつもりでしたけど、あからさまに他の男の話で喜んでいる姿を見たらムッとしてしまいますよ?でもここが部屋じゃなかったのが幸いですよ?部屋だったらきっと」
そこまで言うと、彼は気まずそうに咳払いをした。
「ここは忍術学園ですから、誰の目がどこにあるか注意しなければなりませんからね。部屋でも極力手は出しません・・・昨日はちょっと歯止めが利きませんでしたけど」
意思が堅いのか弱いのか分かりにくい宣言をした彼は、真剣そうな眼差しを向ける。
「冬休み、一緒に過ごせるのを楽しみにしていますから」
「でも、きり丸君も一緒ですよね?」
「大晦日だけは甘酒売りのバイトで夜はいないんです」
土井先生の声が甘く囁くように耳に届く。
その言葉がどういう意味なのか、嫌でも分かってしまい、急に体温が上がるのを感じた。
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