12.月夜の水面
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土井半助は不器用な男である。
そう思わざるを得なかった。忍術学園に勤めて長いが、あれほどの忍びでありながら、ここまで恋愛に疎い男はなかなか見かけない。半助は、忍者としては申し分ない実力を持ちながら、どこか慎重すぎるところがある。特に雪下君に対しての態度が、どうにも歯がゆい。
雪下君が学園の事務員として働き始め、半助の仕事を手伝うことも増えた。二人のやりとりは互いに信頼しあっているように見えていた。しかし、私とて忍だ。二人からはそれ以上の感情が見て取れた。雪下君は気付いていないかもしれないが、彼女のさりげない視線や、それに対する半助の気遣いにあふれた仕草が、それを物語っている。
だが、半助は自分の気持ちを悟られることを恐れているのか、あるいは気付かないふりをしているのか、決して踏み込もうとしない。プレゼントされた紅葉の栞を大事そうに抽斗にしまい、時折それを眺めては憂いた表情をさせる「不器用」という言葉だけでは足りないほど不器用な男だった。
そんな半助が期末テストの日、雪下君を泣かせたと乱太郎たちから聞いた時は驚いた。よくよく聞けば半助が何かをしたわけではないということだけは分かったが、二人の間に何が起きたのか心配になった。夕刻に顔を合わせた半助は見るからにやつれていた。こんな表情はテストの点が悪くてもなかなか見ることもないだろう。声をかけるか躊躇ったが、きっとこの二人なら大丈夫だろうという自信だけはなぜかあった。
雨降って地固まるとは言ったものだ。しかし、雨はまだ降り止まず訪れた利吉によっていっそう雨足は強まった。
利吉が何のために忍術学園に来たのか奴の顔を見れば手に取るように分かる。持ってきた手土産とて雪下君を誘う道具に過ぎない。だが未熟なのだ。私の息子ながら、利吉は忍として申し分なく成長したと感じるが、相手の気持ちをおもんばかることに慣れていない節がある。
だが思っていたよりも早く雨は止んだようだ。
ため息をついて利吉が部屋に戻ってきたのだ。
「父上は土井先生の味方なんですね」
「味方もなにも、あの二人は前からあんな感じだ。むしろ進展が遅いくらいだ」
「はあ…最初から自宅に連れて行けば良かったです」
「母さんが驚くぞ?」
「だから忍術学園に連れてきたんですよ」
どちらにしろ、利吉は最初から雪下君に気があったようだ。まさか安全に過ごせると思った場所で、他の男に奪われるなど十八歳の利吉が思うはずもあるまい。
「でも私は諦めません。土井先生にもそうお伝えください」
「伝えとくが…変な争いに私を巻き込むなよ?」
利吉と入れ替わりで入ってきた学園長は、キョロキョロと辺りを見渡し誰もいないのを確認するとフフフと笑顔を向けた。
「実はのう山田先生、内緒で雪下君の歓迎会を開こうと思っとるのじゃ!なにか知恵を貸してくれんか?」
「では学園長、雪下君に杭瀬村の大木先生の所へ野菜を収穫して持ってきてもらう間に、歓迎会の準備をしてはいかがでしょう?あ、ついでに土井先生なんかお供にして足止めに協力してもらっては?」
「ほうほう!それは良いアイデアじゃな!ならば筆と紙を借りるぞ…なんじゃ?半助のやつ、丁寧に紅葉の栞なんぞ仕舞いおって」
学園長が半助の抽斗を開き、そう呟く。
「ああ、それは雪下君からのプレゼントですよ」
「雪下くんの?ほほう〜?それは良いこと聞いた。まぁとにかく今は歓迎会じゃ」
そんな会話をしていたところで、山本シナ先生が屋根裏から現れた。
「学園長。折り入ってお願いがあるのですが」
「なんじゃ。山本シナ先生」
「今は詩織さんと同室ですが、そろそろ彼女に部屋を用意してあげたいのです」
「ほうほう」
「だが山本先生。彼女は忍者じゃないですし、一部の上級生が好意を抱いてると聞いています。万が一寝込みを襲われたら」
「心配には及びません。くノ一長屋に簡単に足を踏み入れる不届き者をくノ一全員は見逃しません。それに土井先生が彼女を守ってくださるのでしょう?」
「土井先生が?」
「ふふっ・・・私からみれば、彼の彼女に対する想いは簡単に分かってしまいますよ」
「ハハハ、さすが山本シナ先生ですな」
やはり、あの二人は結びつく運命なのだと柄にもなく思った。なんとなく似ているのだ二人は。他人に優しすぎるところが、お互いがそれに気付いていないだけで似ているしお似合いなのだ。彼にとって彼女が止まり木であるように、彼女にとっても彼が安らぎの場所であってほしい。
利吉には申し訳ないが、私は黙って彼らの成り行きを見守ることとしよう。
でもまさか、歓迎会の翌日、彼女の首筋に半助がつけたと思われる接吻の痕を見る羽目になるとは、この時のワシは夢にも思っていなかった。
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そう思わざるを得なかった。忍術学園に勤めて長いが、あれほどの忍びでありながら、ここまで恋愛に疎い男はなかなか見かけない。半助は、忍者としては申し分ない実力を持ちながら、どこか慎重すぎるところがある。特に雪下君に対しての態度が、どうにも歯がゆい。
雪下君が学園の事務員として働き始め、半助の仕事を手伝うことも増えた。二人のやりとりは互いに信頼しあっているように見えていた。しかし、私とて忍だ。二人からはそれ以上の感情が見て取れた。雪下君は気付いていないかもしれないが、彼女のさりげない視線や、それに対する半助の気遣いにあふれた仕草が、それを物語っている。
だが、半助は自分の気持ちを悟られることを恐れているのか、あるいは気付かないふりをしているのか、決して踏み込もうとしない。プレゼントされた紅葉の栞を大事そうに抽斗にしまい、時折それを眺めては憂いた表情をさせる「不器用」という言葉だけでは足りないほど不器用な男だった。
そんな半助が期末テストの日、雪下君を泣かせたと乱太郎たちから聞いた時は驚いた。よくよく聞けば半助が何かをしたわけではないということだけは分かったが、二人の間に何が起きたのか心配になった。夕刻に顔を合わせた半助は見るからにやつれていた。こんな表情はテストの点が悪くてもなかなか見ることもないだろう。声をかけるか躊躇ったが、きっとこの二人なら大丈夫だろうという自信だけはなぜかあった。
雨降って地固まるとは言ったものだ。しかし、雨はまだ降り止まず訪れた利吉によっていっそう雨足は強まった。
利吉が何のために忍術学園に来たのか奴の顔を見れば手に取るように分かる。持ってきた手土産とて雪下君を誘う道具に過ぎない。だが未熟なのだ。私の息子ながら、利吉は忍として申し分なく成長したと感じるが、相手の気持ちをおもんばかることに慣れていない節がある。
だが思っていたよりも早く雨は止んだようだ。
ため息をついて利吉が部屋に戻ってきたのだ。
「父上は土井先生の味方なんですね」
「味方もなにも、あの二人は前からあんな感じだ。むしろ進展が遅いくらいだ」
「はあ…最初から自宅に連れて行けば良かったです」
「母さんが驚くぞ?」
「だから忍術学園に連れてきたんですよ」
どちらにしろ、利吉は最初から雪下君に気があったようだ。まさか安全に過ごせると思った場所で、他の男に奪われるなど十八歳の利吉が思うはずもあるまい。
「でも私は諦めません。土井先生にもそうお伝えください」
「伝えとくが…変な争いに私を巻き込むなよ?」
利吉と入れ替わりで入ってきた学園長は、キョロキョロと辺りを見渡し誰もいないのを確認するとフフフと笑顔を向けた。
「実はのう山田先生、内緒で雪下君の歓迎会を開こうと思っとるのじゃ!なにか知恵を貸してくれんか?」
「では学園長、雪下君に杭瀬村の大木先生の所へ野菜を収穫して持ってきてもらう間に、歓迎会の準備をしてはいかがでしょう?あ、ついでに土井先生なんかお供にして足止めに協力してもらっては?」
「ほうほう!それは良いアイデアじゃな!ならば筆と紙を借りるぞ…なんじゃ?半助のやつ、丁寧に紅葉の栞なんぞ仕舞いおって」
学園長が半助の抽斗を開き、そう呟く。
「ああ、それは雪下君からのプレゼントですよ」
「雪下くんの?ほほう〜?それは良いこと聞いた。まぁとにかく今は歓迎会じゃ」
そんな会話をしていたところで、山本シナ先生が屋根裏から現れた。
「学園長。折り入ってお願いがあるのですが」
「なんじゃ。山本シナ先生」
「今は詩織さんと同室ですが、そろそろ彼女に部屋を用意してあげたいのです」
「ほうほう」
「だが山本先生。彼女は忍者じゃないですし、一部の上級生が好意を抱いてると聞いています。万が一寝込みを襲われたら」
「心配には及びません。くノ一長屋に簡単に足を踏み入れる不届き者をくノ一全員は見逃しません。それに土井先生が彼女を守ってくださるのでしょう?」
「土井先生が?」
「ふふっ・・・私からみれば、彼の彼女に対する想いは簡単に分かってしまいますよ」
「ハハハ、さすが山本シナ先生ですな」
やはり、あの二人は結びつく運命なのだと柄にもなく思った。なんとなく似ているのだ二人は。他人に優しすぎるところが、お互いがそれに気付いていないだけで似ているしお似合いなのだ。彼にとって彼女が止まり木であるように、彼女にとっても彼が安らぎの場所であってほしい。
利吉には申し訳ないが、私は黙って彼らの成り行きを見守ることとしよう。
でもまさか、歓迎会の翌日、彼女の首筋に半助がつけたと思われる接吻の痕を見る羽目になるとは、この時のワシは夢にも思っていなかった。
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