11.花咲く想い
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私服に着替えた土井先生とともに、杭瀬村へと向かう道を歩いていた。
「疲れたら言ってくださいね」
「ありがとうございます」
隣を歩く彼は、優しく私を気遣って声をかけてくれる。そのたびに、何だかくすぐったいような気持ちが湧き上がる。
今朝までもう先生とは顔を合わせられないと考えていたのに。
忍術学園で「仲直りしたい」と伝えてくれた彼の言葉と、ぎゅっと抱きしめられたあの温もりが思い出されて、自然と頬が緩んだ。
たとえ、私をどう思っているのか言葉ではっきりと伝えてくれなくても、その優しさだけで十分満たされている。
きっと彼が心から大事にしているのは生徒たちで、私にとってはそれが分かるだけで十分だった。昨日までのように距離を置かれるより、こうして隣を歩けることが嬉しい。
ふと視線が重なり、胸がときめいた。
「そろそろ中間地点ですね。向こうに団子屋があるので、少し休憩しましょう」
寄った団子屋で、土井先生が二人分の団子を頼んでくれた。
「あいよ。お前さんたち若夫婦かい?どこまで行くんだい?」
「あ、えっと…」
「妻の知り合いの家まで用事がありまして」と、土井先生は店主の軽口に笑いながら応じる。
「この先の道、ぬかるんでるから気をつけるんだよ」
「ええ、ありがとうございます」
団子を頬張る土井先生の姿に、胸は高鳴ったままだった。
◇
団子屋を出て歩き始めて、思わずくすりと笑った。
「土井先生ってすごいですね」
「さっきの会話のことですか?」
「ええ。若夫婦だなんて言われて、私は恥ずかしくて何も言えなかったのに、先生はさらっと受け流して…ずるいです」
「ははは、そうかな?でも、私も嬉しかったですよ」
そう言われて、ますますずるいなと思った。そんなことを考えていると、ふと指先が触れ合い、そのまま彼の手のひらが私の手を包み込んだ。
「この先、道がぬかるんでいるようですから」
「え、ええ…ありがとうございます」
「雪下さん、こうして手を繋ぐのは…嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないです。むしろ嬉しいです」
少し緊張しながらも、素直にそう伝えると、土井先生の表情がほんの少し柔らいだ気がした。
冷たい風が通り抜ける。
木々はすでに葉っぱを落としきっていた。
冬はもうすぐそこだと告げられるように、ひんやりとした陽射しの温もりが心地よい。
手のひらから私の鼓動が伝ってしまうのではないかと思うほど、辺りは静かで、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「昨日は…泣いてしまってすみませんでした」
土井先生は振り返ると、握っていた手のひらに少しだけ力を込めた。
「私が余計な不安をさせてしまったからです」
「でも…私が…」
そう言いかけた瞬間、ふいに先生の指先が私の唇に触れ、言葉をそっと封じた。
「利吉くんと同じ言葉を使うのは癪だけど、あなたには笑顔でいて欲しいんです」
優しい声色なのに、力強い真っ直ぐな眼差しを向けられ、胸がときめくのを感じた。
頬がかすかに熱を帯びていく。
数週間ぶりに触れる彼の優しさに、早くも心臓が追い付きそうにない。それよりも、これまでこんなふうに接せられたことなんて無い気がする。
それは土井先生も同じ気持ちだから?
胸のときめきも、むず痒く感じてしまうことも、土井先生の一挙手一投足にソワソワしたり不安に感じたり安心したりすること全てが初めてのことだった。
恋って難しい。
そんなことを想いながら、繋がった手のひらの温もりに包まれて杭瀬村までの道を歩いた。
◇
日が傾き始めた頃、私たちは杭瀬村にたどり着いた。
「大木先生ー!」
土井先生が畑に向かって叫ぶと、大木先生と呼ばれたハチマキ姿の男性が手を振った。
「どうしたんですか土井先生?こちらのお嬢さんは?」
「はじめまして。雪下詩織と言います。忍術学園で事務員補助兼教員補助をやっています。今日は学園長から手紙を預かって来ました」
そう言って学園長から渡された手紙を手渡す。
「学園長から?」
受け取った手紙を読んだ大木先生は、じろっと私を見て、かと思えば土井先生に視線を移し、再び私に移し、私たちをジロジロを眺め始めた。
さすがに土井先生も耐えきれなかったのか言葉を発した。
「さっきから何ジロジロ見てるんですか。手紙にはなんて書かれてたんです?」
「あ〜いや!別に?畑で収穫した野菜を持ってきてほしいって。ところで二人とも、もう遅くなるから今夜はウチに泊まってくだろ?」
大木先生はガハハと笑って言う。確かに今から帰っても暗い山道を歩くのは少し怖い気がする。
「土井先生、どうしますか?」
「暗くなりますし、ここは大木先生のお言葉に甘えましょう」
土井先生は外で薪を割ったり力作業をしていて、私はというと大木先生が夕食の準備をしてくれるというので、待つように言われものの、手持ち無沙汰になり結局大木先生のいる釜戸に足を運んだ。
「何かお手伝いすることはありますか?」
「そうだな、じゃあこの葉物野菜を切ってくれないか?」
「はい、わかりました」
私は出刃包丁を手に取り、ザクザクと葉を切っていく。
「いい手つきだな!うちの嫁にでも来たらどうだ?」
突然の言葉に思わず変な声を上げてしまった。
「えっ、そんな…」
「ははは!冗談だよ。食堂のおばちゃんの手伝いもしてるんだろ?」
「はい。でも、どうしてわかったんですか?」
「おばちゃんの切り方はこうなんだよ。普通とはちょっと違うんだ」
「へぇ、そうなんですね」
大木先生は見た目に反して、気さくで優しい人のように感じられた。それはたぶん、私や土井先生よりも年上で山田先生とも土井先生とも違う大人の余裕があったからなのかもしれない。一緒に料理をしながら村の人との楽しい話をしてくれる。
「大木先生って面白いんですね」
ふと外に目をやると、土井先生が薪割りをしている姿が見えた。たすき掛けした袖口から普段は見ることのない二の腕が露になって思わずドキッとする。
「なんだ、ああいうのがタイプなのか?」
私の視線に気づいた大木先生はからかい混じりに言う。
「あ、あの、えっと…」
顔が熱くなるのを感じた。きっと赤くなっているだろう。
「いいって!俺に気を使わなくても。それより若いってのはええなあ!」
すると戸口からひょこっと土井先生が顔をのぞかせた。
「薪割り終わりましたよ。二人で何の会話を?」
「ああ、この子はいい嫁さんになりそうだって話をね…おっと土井先生、そんな睨むなって」
そう言って「土井先生も若いなあ!」と笑う姿に、私も土井先生もお互いに視線が重なったものの、恥ずかしくなって思わず視線を外してしまい、それに気付いた余計に大木先生はさらに笑った。
夕ご飯を食べながら、大木先生と野村先生との因縁話や、は組が実習で来たときの話などを二人がしてくれるのを私は聞いていた。
夕食後、食器を片付けると大木先生は少しだけ申し訳なさそうに言った。
「ごめんな、布団は一組しかねえんだ。ほら俺独身だろ?だから嬢ちゃんが使いな。俺と土井先生は雑魚寝に慣れてるから、な?」
大木先生の言葉に、土井先生を見つめると彼も同じように頷くのが分かった。
「ありがとうございます」
大木先生は布団の横に衝立を置いてくれたので、ガサツな態度には優しさが含まれているのが分かる。私は二人に「おやすみなさい」と言って布団に潜った。
しばらくして蝋燭の火が消えて視界が暗くなる。隙間から差し込む月の光が少しだけ空間を明るくしてくれた。
なかなか寝付けない。
土の匂いが染み込んだ布団はとても大木先生らしいなと思いながら、ふとこの布団が土井先生の布団だったらと想像した。学園で抱き締められたときに感じたのは火薬と黒板消しの匂いが微かに漂っていたことを思い出すと、胸がドキドキしてしまい、余計に眠れなくなってしまった。
衝立の向こうから、大木先生のいびきが聞こえてくる。
雑魚寝に慣れていると言うだけあって眠りにつくのが早い。
何度も寝返りを打っていると、衝立の向こうから土井先生の声が聞こえた。
「雪下さん、眠れないんですか?」
「なんだかワクワクしてしまって…子どもみたいですよね」
「そしたら、気分転換に星でも見に行きますか?」
「ふふ、いいですね」
外に出ると、土井先生が私の手を優しく握ってくれた。
寒くないですか?と聞いてくれる。
「土井先生の手があったかいので大丈夫です」
田んぼのあぜ道に大きめの石を見つけ、そこに二人で腰掛ける。ふと下を見ると蓮華草が月の光を浴びて可愛らしく咲いていた。
「私は大木先生のいびきで起きてしまいました」
「普段、山田先生は静かに寝られるんですね」
二人で星空を見上げていると、土井先生が小さな声で呟いた。
「雪下さんの前だとありのままな自分がいて不思議な気持ちです」
「ありのまま…ですか?」
土井先生は、少し照れたように視線をそらしながら頷く。夜風がそっと吹いて、私たちの間に漂う静かな空気が揺れた。
「ええ…無理をせずに、こうして話している時間が心地いいんです。だから、これからも、こんな風に一緒にいられたらって」
土井先生がそっと私の髪に触れ、優しい眼差しを向けてくる。顔が熱くなるのを感じつつ、私は彼の視線に釘付けになった。
「それって…」
問いかけると、土井先生は迷うように微笑みながら、私の髪にキスを落とした。
「これが、私の気持ちです」
その穏やかな声が夜の静けさに溶け込んでいく。
鼓動が一際大きく高鳴った。
その言葉だけで土井先生の気持ちが全て伝わったような不思議な衝動が身体を走り抜ける。
はっきりと言葉にしなくていい、だって彼がいま一番大切なのは子どもたちなんだから。それは私も同じ気持ちだった。だから両方を大事にしようとする彼の気持ちが分かり嬉しくなったのだ。
「冷えますから、そろそろ戻りましょう」
そう言って立ち上がる土井先生の袖を、私は思わず掴んだ。彼は驚いた様子で振り返り、私の手と顔を交互に見つめる。
まだもう少しだけ二人きりでいたい。
「雪下さん…?」
土井先生は微笑んで、私の手を包むように握った。
「もう少しだけ、こうしていましょうか」
「秋の夜長ですもんね、あ、けどもう冬ですね。冬の夜長かな?」と言いながら土井先生は座り、私の肩を優しく抱き寄せる。彼の温もりが心地よく、冷たい夜の空気が遠のいていく気がした。
風に揺れる土井先生の長い髪に、私はそっと手を伸ばしてみる。四年生のタカ丸君が「とても傷んでるんでケアしたいんですよね〜」と言っていた通り、枝毛でボサボサになった傷んだ髪が少しだけ愛しく思えた。
「土井先生…これが私の気持ちです」
そう言って、私は彼の髪にキスを落とした。
そうして見つめ合う。
静寂な空気の中、少し照れくさくなりながらも、彼の手が私を引き寄せる。
両の手に身体ごと包まれて、ドキドキと高鳴った鼓動が土井先生から伝わるのが分かった。
ああ、やっぱり私は土井先生が好きなんだな。
そう、心の中で強く思った。
→
「疲れたら言ってくださいね」
「ありがとうございます」
隣を歩く彼は、優しく私を気遣って声をかけてくれる。そのたびに、何だかくすぐったいような気持ちが湧き上がる。
今朝までもう先生とは顔を合わせられないと考えていたのに。
忍術学園で「仲直りしたい」と伝えてくれた彼の言葉と、ぎゅっと抱きしめられたあの温もりが思い出されて、自然と頬が緩んだ。
たとえ、私をどう思っているのか言葉ではっきりと伝えてくれなくても、その優しさだけで十分満たされている。
きっと彼が心から大事にしているのは生徒たちで、私にとってはそれが分かるだけで十分だった。昨日までのように距離を置かれるより、こうして隣を歩けることが嬉しい。
ふと視線が重なり、胸がときめいた。
「そろそろ中間地点ですね。向こうに団子屋があるので、少し休憩しましょう」
寄った団子屋で、土井先生が二人分の団子を頼んでくれた。
「あいよ。お前さんたち若夫婦かい?どこまで行くんだい?」
「あ、えっと…」
「妻の知り合いの家まで用事がありまして」と、土井先生は店主の軽口に笑いながら応じる。
「この先の道、ぬかるんでるから気をつけるんだよ」
「ええ、ありがとうございます」
団子を頬張る土井先生の姿に、胸は高鳴ったままだった。
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団子屋を出て歩き始めて、思わずくすりと笑った。
「土井先生ってすごいですね」
「さっきの会話のことですか?」
「ええ。若夫婦だなんて言われて、私は恥ずかしくて何も言えなかったのに、先生はさらっと受け流して…ずるいです」
「ははは、そうかな?でも、私も嬉しかったですよ」
そう言われて、ますますずるいなと思った。そんなことを考えていると、ふと指先が触れ合い、そのまま彼の手のひらが私の手を包み込んだ。
「この先、道がぬかるんでいるようですから」
「え、ええ…ありがとうございます」
「雪下さん、こうして手を繋ぐのは…嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないです。むしろ嬉しいです」
少し緊張しながらも、素直にそう伝えると、土井先生の表情がほんの少し柔らいだ気がした。
冷たい風が通り抜ける。
木々はすでに葉っぱを落としきっていた。
冬はもうすぐそこだと告げられるように、ひんやりとした陽射しの温もりが心地よい。
手のひらから私の鼓動が伝ってしまうのではないかと思うほど、辺りは静かで、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「昨日は…泣いてしまってすみませんでした」
土井先生は振り返ると、握っていた手のひらに少しだけ力を込めた。
「私が余計な不安をさせてしまったからです」
「でも…私が…」
そう言いかけた瞬間、ふいに先生の指先が私の唇に触れ、言葉をそっと封じた。
「利吉くんと同じ言葉を使うのは癪だけど、あなたには笑顔でいて欲しいんです」
優しい声色なのに、力強い真っ直ぐな眼差しを向けられ、胸がときめくのを感じた。
頬がかすかに熱を帯びていく。
数週間ぶりに触れる彼の優しさに、早くも心臓が追い付きそうにない。それよりも、これまでこんなふうに接せられたことなんて無い気がする。
それは土井先生も同じ気持ちだから?
胸のときめきも、むず痒く感じてしまうことも、土井先生の一挙手一投足にソワソワしたり不安に感じたり安心したりすること全てが初めてのことだった。
恋って難しい。
そんなことを想いながら、繋がった手のひらの温もりに包まれて杭瀬村までの道を歩いた。
◇
日が傾き始めた頃、私たちは杭瀬村にたどり着いた。
「大木先生ー!」
土井先生が畑に向かって叫ぶと、大木先生と呼ばれたハチマキ姿の男性が手を振った。
「どうしたんですか土井先生?こちらのお嬢さんは?」
「はじめまして。雪下詩織と言います。忍術学園で事務員補助兼教員補助をやっています。今日は学園長から手紙を預かって来ました」
そう言って学園長から渡された手紙を手渡す。
「学園長から?」
受け取った手紙を読んだ大木先生は、じろっと私を見て、かと思えば土井先生に視線を移し、再び私に移し、私たちをジロジロを眺め始めた。
さすがに土井先生も耐えきれなかったのか言葉を発した。
「さっきから何ジロジロ見てるんですか。手紙にはなんて書かれてたんです?」
「あ〜いや!別に?畑で収穫した野菜を持ってきてほしいって。ところで二人とも、もう遅くなるから今夜はウチに泊まってくだろ?」
大木先生はガハハと笑って言う。確かに今から帰っても暗い山道を歩くのは少し怖い気がする。
「土井先生、どうしますか?」
「暗くなりますし、ここは大木先生のお言葉に甘えましょう」
土井先生は外で薪を割ったり力作業をしていて、私はというと大木先生が夕食の準備をしてくれるというので、待つように言われものの、手持ち無沙汰になり結局大木先生のいる釜戸に足を運んだ。
「何かお手伝いすることはありますか?」
「そうだな、じゃあこの葉物野菜を切ってくれないか?」
「はい、わかりました」
私は出刃包丁を手に取り、ザクザクと葉を切っていく。
「いい手つきだな!うちの嫁にでも来たらどうだ?」
突然の言葉に思わず変な声を上げてしまった。
「えっ、そんな…」
「ははは!冗談だよ。食堂のおばちゃんの手伝いもしてるんだろ?」
「はい。でも、どうしてわかったんですか?」
「おばちゃんの切り方はこうなんだよ。普通とはちょっと違うんだ」
「へぇ、そうなんですね」
大木先生は見た目に反して、気さくで優しい人のように感じられた。それはたぶん、私や土井先生よりも年上で山田先生とも土井先生とも違う大人の余裕があったからなのかもしれない。一緒に料理をしながら村の人との楽しい話をしてくれる。
「大木先生って面白いんですね」
ふと外に目をやると、土井先生が薪割りをしている姿が見えた。たすき掛けした袖口から普段は見ることのない二の腕が露になって思わずドキッとする。
「なんだ、ああいうのがタイプなのか?」
私の視線に気づいた大木先生はからかい混じりに言う。
「あ、あの、えっと…」
顔が熱くなるのを感じた。きっと赤くなっているだろう。
「いいって!俺に気を使わなくても。それより若いってのはええなあ!」
すると戸口からひょこっと土井先生が顔をのぞかせた。
「薪割り終わりましたよ。二人で何の会話を?」
「ああ、この子はいい嫁さんになりそうだって話をね…おっと土井先生、そんな睨むなって」
そう言って「土井先生も若いなあ!」と笑う姿に、私も土井先生もお互いに視線が重なったものの、恥ずかしくなって思わず視線を外してしまい、それに気付いた余計に大木先生はさらに笑った。
夕ご飯を食べながら、大木先生と野村先生との因縁話や、は組が実習で来たときの話などを二人がしてくれるのを私は聞いていた。
夕食後、食器を片付けると大木先生は少しだけ申し訳なさそうに言った。
「ごめんな、布団は一組しかねえんだ。ほら俺独身だろ?だから嬢ちゃんが使いな。俺と土井先生は雑魚寝に慣れてるから、な?」
大木先生の言葉に、土井先生を見つめると彼も同じように頷くのが分かった。
「ありがとうございます」
大木先生は布団の横に衝立を置いてくれたので、ガサツな態度には優しさが含まれているのが分かる。私は二人に「おやすみなさい」と言って布団に潜った。
しばらくして蝋燭の火が消えて視界が暗くなる。隙間から差し込む月の光が少しだけ空間を明るくしてくれた。
なかなか寝付けない。
土の匂いが染み込んだ布団はとても大木先生らしいなと思いながら、ふとこの布団が土井先生の布団だったらと想像した。学園で抱き締められたときに感じたのは火薬と黒板消しの匂いが微かに漂っていたことを思い出すと、胸がドキドキしてしまい、余計に眠れなくなってしまった。
衝立の向こうから、大木先生のいびきが聞こえてくる。
雑魚寝に慣れていると言うだけあって眠りにつくのが早い。
何度も寝返りを打っていると、衝立の向こうから土井先生の声が聞こえた。
「雪下さん、眠れないんですか?」
「なんだかワクワクしてしまって…子どもみたいですよね」
「そしたら、気分転換に星でも見に行きますか?」
「ふふ、いいですね」
外に出ると、土井先生が私の手を優しく握ってくれた。
寒くないですか?と聞いてくれる。
「土井先生の手があったかいので大丈夫です」
田んぼのあぜ道に大きめの石を見つけ、そこに二人で腰掛ける。ふと下を見ると蓮華草が月の光を浴びて可愛らしく咲いていた。
「私は大木先生のいびきで起きてしまいました」
「普段、山田先生は静かに寝られるんですね」
二人で星空を見上げていると、土井先生が小さな声で呟いた。
「雪下さんの前だとありのままな自分がいて不思議な気持ちです」
「ありのまま…ですか?」
土井先生は、少し照れたように視線をそらしながら頷く。夜風がそっと吹いて、私たちの間に漂う静かな空気が揺れた。
「ええ…無理をせずに、こうして話している時間が心地いいんです。だから、これからも、こんな風に一緒にいられたらって」
土井先生がそっと私の髪に触れ、優しい眼差しを向けてくる。顔が熱くなるのを感じつつ、私は彼の視線に釘付けになった。
「それって…」
問いかけると、土井先生は迷うように微笑みながら、私の髪にキスを落とした。
「これが、私の気持ちです」
その穏やかな声が夜の静けさに溶け込んでいく。
鼓動が一際大きく高鳴った。
その言葉だけで土井先生の気持ちが全て伝わったような不思議な衝動が身体を走り抜ける。
はっきりと言葉にしなくていい、だって彼がいま一番大切なのは子どもたちなんだから。それは私も同じ気持ちだった。だから両方を大事にしようとする彼の気持ちが分かり嬉しくなったのだ。
「冷えますから、そろそろ戻りましょう」
そう言って立ち上がる土井先生の袖を、私は思わず掴んだ。彼は驚いた様子で振り返り、私の手と顔を交互に見つめる。
まだもう少しだけ二人きりでいたい。
「雪下さん…?」
土井先生は微笑んで、私の手を包むように握った。
「もう少しだけ、こうしていましょうか」
「秋の夜長ですもんね、あ、けどもう冬ですね。冬の夜長かな?」と言いながら土井先生は座り、私の肩を優しく抱き寄せる。彼の温もりが心地よく、冷たい夜の空気が遠のいていく気がした。
風に揺れる土井先生の長い髪に、私はそっと手を伸ばしてみる。四年生のタカ丸君が「とても傷んでるんでケアしたいんですよね〜」と言っていた通り、枝毛でボサボサになった傷んだ髪が少しだけ愛しく思えた。
「土井先生…これが私の気持ちです」
そう言って、私は彼の髪にキスを落とした。
そうして見つめ合う。
静寂な空気の中、少し照れくさくなりながらも、彼の手が私を引き寄せる。
両の手に身体ごと包まれて、ドキドキと高鳴った鼓動が土井先生から伝わるのが分かった。
ああ、やっぱり私は土井先生が好きなんだな。
そう、心の中で強く思った。
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