6.からくれない
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いつ渡そう。
完全にタイミングを逃してしまった。
食堂で考え込みながら夕食を食べながら考えていた。
御盆に残っているのは酢の物のみ。
トモミちゃんたちが見たら、酢の物と対峙しているように見えるのだろうけど、今は酢の物よりも違う悩みだ。
あのとき、少しでも躊躇してしまったことに後悔していた。
どうしてあのとき、渡すのを怖がってしまったんだろう・・・・・・。
「隣いいですか」
その声にハッとして隣を振り向く。
「え、あっ…ど、土井先生!?」
「なんだか、すごい驚いてませんか?」
土井先生は私の様子に笑い、そのまま隣の席に座った。
彼の手が私の御盆に伸び、
「交換です」
空になった小鉢と交換される。
私の酢の物の小鉢は隣の御盆上だ。
以前、そんな約束をしていたことを思い出す。
「覚えてらしたんですね」
「ええ。その代わりなんですけど……」
口元に手を添えて小声で話す先生に、私も小声で囁く。
「私も同じこと考えてます。私は練り物、土井先生は酢の物……ですよね?」
「ええ、そうです」
きっと食堂のおばちゃんにバレたら酷く叱られてしまうに違いない。
大人でありながら子どものような他愛ない約束だと思いつつも、ホッと安心して笑みを向ける土井先生の表情に、鼓動が大きく脈打ったのが分かった。
同時に、ポケットにしまったままの栞を思い出した。
「あの、先生。私、先日の紅葉狩りで栞を作ってみたんです」
「それは風情ですね」
「それで、いつも先生にはお世話になっているので、お礼の気持ちなんですが、受け取ってもらえますか?」
「…私に?…いいんですか?」
「はい。土井先生に渡したくて作ったので」
ポケットから栞の入った紙袋を取り出し手渡す。
土井先生は袋から栞を取り出して「綺麗ですね」と呟く。
「土井先生と一緒に紅葉を見たかったなぁ、と思って」
ふと小松田さんとの会話を思い出す。
今度のお休みに紅葉狩りに行くんだった、と。
「そうでした。今度のお休みに吉野先生と小松田さんと久々知君で紅葉狩りに行くんです。土井先生も来ませんか?」
「お誘いは嬉しいんですけど、今仕事が溜まってまして……」
困った表情が向けられ、さっきまで高鳴っていた鼓動は止まったように静かになっていくのを感じた。
「そ、そうですよね。忙しい……ですもんね。なにかお手伝いしましょうか?」
「いえ。雪下さんには毎回お世話になってるので、何度も迷惑かけられないですよ。先ほどのお誘いは、ギリギリまで待っていただけますか?」
「ええ。もちろん、大丈夫ですよ」
静かに胸が騒ぐ。
深い溝に落とされたような悲しみが、胸の奥に広がるような。
土井先生が来ることを期待してはいけないような。
それは胸に確かな痛みを与えていた。
栞を渡せて満足のはずなのに、知らず知らずのうちに欲張りになっていたのだと、その晩眠りにつく頃に気付いた。
土井先生と一緒に紅葉を見たかった、という思いを言葉にしたことで、それを本人に伝えたことで、その光景を想像してしまった。
そして現実になればいいのに、と願っていた。
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