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「好きって言ったら怒る?」
あまりに唐突なその言葉に、俺は一瞬息をするのを忘れていた。
「いいの、いいの!今のは忘れて!」
じゃあまた明日!と言って帰宅の途につく雪下の背中は、いつもより小さく見えた。
✦腐れ縁✦
きっかけなんて単純だった。
公民の授業でのことだった。
公民の先生は、よく書き込み式のプリントを配る人で、その日、女子たちがワクワクし出したのは婚姻届を小さく出力した用紙を配布してからだった。
『こらー、静かに』
そう言って先生は、婚姻届の説明を淡々と進める。
『お前たちはこういうの好きそうだろ?楽しむだけだぞ!ぜったい役所に出すなよ!』
からかい混じりに言う先生。
クラスはすでに賑わっている。
女子たちは、えー誰にしよう、と楽しそうだ。
かくいう男共も、好きな女優の誕生日やら何やらと盛り上がっている。
正直、俺にはどうでもいい。
唯一思い浮かぶ女子つったら、奈瀬くらいだろうか。
(あ、もう一人いた)
斜め前に座る腐れ縁のそいつに視線を向ける。
小学校高学年から、中三になるまで同じクラス。
配布されたプリントに視線を落とす。
(あいつって秋生まれだったけか)
書くのはクラスメイトに見られたら恥ずかしいので、視線だけを滑らせていく。
(そっか、結婚したら名字が変わるのか)
そのまま、俺は脳内で変換してみせる。
(和谷詩織・・・・・・)
慣れない響きに思わず首を振る。
つーか、なんで雪下なんだよ。
そんな雪下は、何やらペンを動かして書いているようだ。
(へー、あいつもそういうの書くんだ)
分かっていたけれど、
楽しそうなその背中は、なんだか見ていて面白くなかった。
「ねえ、和谷は誰を書いたの?」
休み時間になると、雪下は椅子をこちらに向けて聞いてきた。白紙のそれを見せると、なーんだ、とつまらなそうに零す。
「そういうお前は?」
「わたし?内緒」
ニコッする姿に、俺の口は自然とムッとする。
聞くだけ聞いてそれかよ。
と言っても、こいつがアイドルを好きとかあまり聞かないことを考えると、気になるヤツがいるのだろうか。
今までのクラスメイトを思い出しながら、雪下と仲の良い奴を思い出そうと思考を巡らせる。が、思いつかない。
「和谷にはきっと分かんないよ」
なんだそりゃ。
言い返そうとしたところでチャイムが鳴った。
秒針のない無機質な時計を眺めていた。
あと5分で6限目が終わる。
(今日は棋院がないから帰ったらネット碁でもするか)
そしてチャイムが鳴る。
気付かなかったが、外は雨が降っていた。
傘もないし、走って帰るしかないが。
「あ、和谷。傘ないの?」
「おう」
「今日は雨だから部活休みなんだ」
「テニス部だっけか」
「そうなの。あ、やばい折りたたみ教室だ」
ちょっと待ってて、と言いながら雪下は鞄を俺に預けてクラスへと戻っていく。雪下には悪いと思いながら、鞄に手を掛ける。
昔から、雪下は置き勉なんてしない性格だから、きっと今日のプリントだって鞄の中だ。
罪悪感よりも好奇心が俺を満たす。
見つけたプリント用紙を手に取り開く。
(・・・・・・は?)
そこに書かれていたのは俺の名前だった。
なんで俺が?
「ちょっと!和谷!!」
「わっ!いってぇ!」
俺の手からプリントを奪い取る雪下。
「見た!?」
「あー・・・うん」
俺の言葉を聞いて、雪下は眉を寄せて微笑んだように見えた。
「好きって言ったら怒る?」
あまりに唐突だった。
俺の返事など待たずに、
「いいの、いいの!今のは忘れて!」
そう言って雪下は帰って行った。
俺は仕方なしに、ずぶ濡れで帰ることになった。
にしても、さっきのは何だったんだ。
なんで雪下が俺を好きだったら、俺が怒るんだ?
俺が怒るようなことなのか?
ていうか!
頬杖をつきながら、ネット碁をしていた手を止める。
(あいつ、俺のこと好きって・・・)
「あ! やべ!」
思わずクリックしてしまった先は盤上で、優勢だった自陣は一気に劣勢へと変わってしまった。
挽回に徹するも、混乱した頭はすぐに切り替えられなくて、投了ボタンを押すこととなった。
考えてもみなかった。
雪下が俺を好きだったなんて。
いや、でも。
そんなこと、あるわけないじゃんか。
ただの腐れ縁だって。
俺はそう思いたかったのかもしれない。
翌日が休日だということをすっかり忘れていた俺は、勉強会があるにも関わらず寝坊してしまった。
(やべえ!森下先生に叱られる!)
それに進藤や冴木さんに何と言われるか。
駅へ向かう途中、というか家を出てすぐの曲がり角で雪下と出会した。向こうはジャージ姿で、肩にラケット袋を背負っている。
おっす。
そう言おうとしたのも束の間、雪下は避けるように背を向けて歩き出す。
「ちょっと待てよ」
咄嗟に俺は腕を掴んでいた。
運動部と思えぬ白い華奢な腕は、抵抗もなく垂れ下がっている。
「お前さ、」
本当に俺のこと好きなの?俺が怒るってなんだよ。
そう言いたかったのに、またもや雪下は言葉を遮る。
掴んだ腕を払い除けて言う。
「冗談だったの。もういいでしょ」
***
冗談かぁ・・・
んなわけあるかよ!
雪下は冗談でそんなこと言わねえし、
プリント盗み見たときだって顔真っ赤にして驚いてたし、さっきだって、泣きそうな面して逃げてったじゃねえか。
はあ、と大きな溜め息を吐いてしまう。
(自覚してなかったの、俺だけかよ)
ずっと一緒だったから、気にもしてなかった。
あんなに腕が細いことも、色白なところも、普段は優しいのに変に頑固なところも。授業中、無意識に雪下の背中を見つめていたことも。
気付いたからにはもう、
「和谷!さっきから何ぶつぶつ言ってんだよ」
「冴木さん・・・」
「和谷!今の俺の一手みてなかったろ!?」
「進藤・・・」
ゴチン、と森下先生の鉄拳が頭蓋骨に響いた。
災難な勉強会を終えて、帰路についてもなお雪下とのことが脳裏を駆ける。
『好きって言ったら怒る?』
怒るかボケ。
***
「よお」
「・・・なに」
考えあぐねた挙げ句、雪下の家を訪ねた。空は群青色に染まって、もうすぐ深い闇となるだろう。玄関の呼び鈴を押すと、案の定雪下が玄関先へと姿を現した。
「俺が書いたの見る?」
「どうせ・・・白紙なんでしょ?」
「書いた」
そう言うと雪下は俺が手に持っていた紙を抜き取る。
「・・・嘘」
「嘘でわざわざ家まで見せにくるかって」
「・・・な、なんで?」
動揺を抑えきれないのか雪下は、紙と俺とを交互に視線を移す。
「お前に言われるまで気付かなかった」
「・・・冗談」
「んじゃねえって」
「・・・私に言われるまでって・・・この鈍感野郎」
「なっ!お前なあ!」
目をキュッと細めて笑う雪下の表情に、俺は(ああ、この笑顔が好きだったんだな)と改めて気付かされた。
***
週明けの朝、通学路で雪下が俺を待っていた。
「これからは一緒に登校してもいい?」
「ああ、いいぜ」
るんるんと歩く姿は鈴が鳴っているようだ。
「ところで、なんで俺が怒るって聞いたんだよ?」
そう言うと、ああアレ?と雪下は振り返りざまに答える。
「和谷がよく伊角さんって人の話するじゃん。だからだよ」
「は!? お前何言って・・・伊角さんは男!」
笑う雪下に俺は左手を差し出す。
雪下は少し間を置いて手を重ねた。
繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された。
end
診断メーカーより
「好きって言ったら怒る?」という台詞で始まり「繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された」で終わる話
