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「いい加減、俺と付き合えばよくね?」
私たちの間を、冷たい風が通り抜ける。
何も言わない私に、痺れを切らした和谷が溜め息を吐いた。
「お前ってほんとワケわかんね」
「じゃあ、私のこと嫌いになればいいじゃん」
「泣きそうな顔しといて、よくそんな事言えるよな」
私に欠如している感情があるとしたら、それは愛なんだろうか。
○● それは脆くて壊れそうな ●○
「お前の彼女ってなんて言ったっけ・・・ほら、あの可愛い・・・」
「詩織のこと?」
「そうそう、その子。最近どうなの」
無神経な質問をしてきた小宮に、俺はあの日と同じように溜め息を漏らした。
「あのさ、言っとくけど付き合ってないから」
「は!? うっそ、まじで?」
驚く小宮に首を縦に振る。
「まじまじ」
「じゃあ俺、ちょっと告ってみようかな」
「あー・・・うん、すれば」
小宮が詩織に告白する場面を想像してみる。
うーん・・・。
「ていうか、お前と付き合ってんのかと思ってたぜ」
「なんで」
「よくあの子とデートしてんだろ?」
「デート、ねぇ」
俺たちの関係を説明するには、きっと色々と説明が必要で、それをいちいち小宮に説明するには時間がなかったのと、俺自身が話したくなかったのだと思う。
「デートっていうか、荷物持ちっていうか」
「なんだそりゃ」
「まぁ昔からの仲だし、今さら無碍にできねーっていう感じかな」
「ふーん。同情ってやつ?」
「かもな」
同情、そんな言葉で片付けられたらどんなに楽なんだろう。
「お前の携帯光ってる」
「あ、ほんとだ」
メールの送り主は当の詩織だった。
『夕方、駅で待ってて』
一文だけのメールに『了解』と返信を打つ。
「なになに、結局付き合ってんじゃん」
「だーかーらー、違うっつってんじゃん」
そう、きっとこれは荷物持ちっていうやつ。
夕日が沈み、街灯や店のネオンが眩しく街を照らしている。
改札前で待っていると進学塾から帰宅する詩織が俺に気付いて手を振った。
「ごめん。待った?」
「少しな」
俺はこいつが好きだ。
もう何年も片想いのままだけど。
「ほら、帰んぞ」
「うん」
告白したのも今に始まったことじゃない。
何度も想いをぶつけてみたけれど、毎回「ごめん」だけ返される。
なのに、いつも何事も無かったように連絡してくる。
「和谷も高校行けば良かったのに」
「俺は勉強したくねーからいいの」
春独特の生温い空気は、感傷的な気分になってしまう気がして少し苦手だ。
「小宮がお前と付き合いたいってさ」
「小宮くんが?」
詩織は目をパチパチさせたあと、フッと頬を緩ませた。その仕草が可愛く見えた。
「いいねぇ。小宮くんと付き合っちゃおうかな」
想像していなかった言葉に、思わず持っていた鞄を落とした。
「和谷?」
「俺と付き合えばいいじゃん」
小宮の話をした自分を恨んだ。
俺よりも小宮を選ぶなんて微塵も思わなかったからだ。
詩織は困った笑顔を向ける。
「ごめんね」
「まだ理由聞いてねえよ」
「え?」
俺を振った理由。
我ながら女々しいと思う。
振られておきながら、なんで振ったのか理由を問いただしたいなんて。
ほんとは照れ隠しなんじゃ無いかってどこかで期待して。
「和谷は友達だからだよ」
勝手に期待して、勝手に傷つく。
「小宮くん、格好いいもんね」
「じゃあ今度からお迎えは小宮に頼めば」
冷たく突き放すように言葉が零れた。
言った後にしまった、と口を塞ぐ。
八つ当たりなんて情けねえ。
「うん、そうする」
一瞬だけ交わった視線に少しだけ胸が痛んだ。
「和谷!聞いて聞いて!詩織ちゃんと付き合うことになったんだよ俺!」
「へぇー。よかったじゃん」
小宮から告白して、詩織がそれをオッケーした。
最終的に詩織が判断したのだから、俺がどうこう言う立場じゃ無いっていうのは分かっているのに。
「今日から和谷に代わって俺がお迎えの約束してんだ」
「あ、ああ」
「でもなんで和谷がお迎えするようになったのか聞いても教えてくれねえんだよな」
「ふーん」
「なあ、教えてくれよ」
「やだ」
負け惜しみみたいに、俺は口を尖らせて言う。
俺だって、知りたいよ。
『そんなに私が好きなの?』
『ああ』
『じゃあ、学校の帰り迎えに来てよ』
アイツが何でそんな事を言い出したのか分からない。
だけど、それでも俺はそれが嬉しかった。
爛々と詩織のお迎えに向かった小宮を見届けた俺は棋院へと向かう。
「あれ? 和谷?」
「奈瀬。今日研修じゃねえのにどうしたんだよ」
「ああ、ちょっとね」
奈瀬が院生を辞めるか悩んでるって前に足立が言っていたことを思い出した。
「で? 和谷は何の用なのよ」
「今日は森下師匠の勉強会」
「ああ、なるほど」
たわいない話をして勉強会に行って、家に帰る。
何度も携帯を開いては何のメールもないことに少し寂しくなる。
詩織は本当に小宮を好きになってしまったんだろうか。
「いきなりごめんね」
「連絡もなしにどうしたんだよ」
突然アパートに現れた詩織に、もしかしたら小宮とトラブルがおきたかもしれないのに、俺はただ嬉しいと思ってしまった。
「小宮となんかあったのか?」
「う、ううん」
「じゃあどうしたんだよ」
「部屋あがってもいい?」
「だめ」
幼馴染みといえど、好きな人といえど、友人の彼女だ。
小宮を裏切るようなことなんてできない。
玄関の戸を開けたまま、俺たちは向かい合う。
「俺はお前が思ってるほどお人好しじゃないんだぜ?」
少しだけ眉を寄せる詩織はどこか寂しそうに見えた。
「わたし、」
言葉を遮るように俺の携帯の着信音が鳴った。
電話の相手方は小宮だった。
「いきなりごめんな」
電話を出ると小宮が言った。
「俺、実は前から思ってたんだけど詩織ちゃんってお前のこと好きなんじゃねえの?」
「は?」
「付き合うようになってよく分かったもん。お前じゃなきゃダメなんだよ」
目の前にいる詩織は共有廊下から空を見上げている。
電話口の向こうから聞こえる小宮の声は聞こえていない。
「どういう意味だよ」
「昨日、詩織ちゃんとは別れた」
「は!?」
唐突な言葉に思わず声をあげる。
その声に空を見上げていた詩織が振り返る。
さっき、小宮とは何も無いって言ったじゃんかよ。
「和谷、もっかいアタックしてみろよ」
「は?何言って―・・・」
ぷつりと切れた電話にどうしようもない溜め息が零れた。
「小宮くんからの電話だったの?」
「お前、アイツと別れたのかよ」
「うん」
「なんでだよ」
自分でも信じられないほど冷たい声色に驚くけれど、止められなかった。
「俺がお前のこと好きなの知ってて、なんでそんなことできんだよ」
苦しい。
好きだから傷つけたくないって思うのに、好きだからこそ俺だけを見て欲しいって。
「ごめん・・・・・・私、和谷のこと」
俺は詩織を抱き締めていた。
その言葉の続きを聞くのが本当に苦しくて。
春風が玄関に吹き抜けていく。
「本当は、和谷のこと好きなの」
か細い声だった。
蚊の鳴くような声で、聞き耳を立てていないと聞こえないような。
部屋にあがった俺たちは窓際に座って、俺は壁にもたれ掛かった。
「本当はずっと。でも、和谷が私に好きって言ってくれるたびに、私は和谷の好きに答えられないような気がしてた」
「なんで」
「和谷に近づけば近づくほど、和谷の彼女にふさわしくないって思った」
「そんなことあるわけないじゃん」
詩織の瞳からは溜めていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。
詩織は、昔から変なところで繊細なんだ。
「小宮くんが、何度も励ましてくれたの」
「小宮が?」
***
「やっぱり詩織ちゃんには和谷が似合うと思う」
繋いでいた手のひらをゆっくりと離すと、小宮くんは言った。
夕日のせいか少しオレンジ色に映える髪の毛。
「俺だってさ、詩織ちゃんのこと好きだけど、それでもやっぱり和谷を好きな詩織ちゃんを好きになったんだと思うんだよね」
私はずっと怖かった。
和谷に告白されてからずっと。
いつか恋に終わりが来ると思うと、それなりに好き、くらいの恋ならそんなに辛くないと思ったから。だから小宮くんを選んだ。
だけどその選択も結局は辛かった。
「小宮くん。私ね、和谷にお迎えを頼むようになったのはただの自己満足なんだよ」
ただ、好きとか付き合うとか、そういう関係から離れた場所で何も考えずに一緒にいたかった。どうしようもないほど自分勝手なお願いだった。
「でも和谷はいつも来てくれた」
次第に私は自分が嫌になった。
和谷の好きに応えられていない自分が。
私の好きは和谷の好きと重さも何もかも違うんだと。
会う度にそんなことを考えて、苦しくて、けど近くにいたくて。
「詩織ちゃん」
小宮くんは私の頭に手のひらをポンと置いた。
「和谷そんなこと気にしねえって。単純に嬉しいと思うぜ?んで、これは俺の我が儘」
唇に小宮くんの唇が触れた。
「みんな自分勝手なんだよ。好きだからとか、勝手にていの良い理由をつけたり、御託を並べたり。でも、あとで後悔するのは自分なんだよ」
本当に詩織ちゃんはそれでいいの?
小宮くんは私の図星を当てて、気を良くしたのか空を仰いだ。
「ちょっとだけ和谷の知らない詩織ちゃんを知れて俺的には短い間でも付き合えてラッキーって感じ」
「私も。小宮くんに励まされてラッキーって感じ」
私たちの関係はあっという間だった。
けれどお互い不思議と満足していた。
それが昨日の出来事。
***
「・・・ん」
「なんで小宮とキスしたんだよ」
私の唇に和谷の唇が重なる。隙間を縫うように入れられた舌先が縦横無尽に撫でていく。初めての感触に我慢していた声が漏れる。
熱い吐息を交えて和谷が言う。
「このまま離したくなんかない」
「うん」
私の全てをさらけ出して、愛して欲しいと思ってしまう。
耳にかかる吐息が鼓動を高鳴らせる。
「ごめんね、和谷」
「もうそんなこといんだよ。お前が俺を好きなら」
見上げた和谷の頬は熱を帯びていて、その深い眼差しに私は溺れたくなった。
おわり
