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「ねえ、あんたの三日間ちょうだい!」
そう言ったアイツの顔は自信に満ち溢れていた。
✦ 時間も距離も ✦
明日から夏休みが始まる。
このホームルームが終われば俺は囲碁に明け暮れる日々だ。
プロ試験だってあるし、中三だし今年受からないと、いよいよ高校受験をしなくちゃいけなくなる。
そのためにも引き締めなていかないとな。
「ねえ和谷!」
下駄箱で詩織に呼び止められた俺は、靴を履いてつま先をトントンとしている足を止めた。
「詩織どうしたんだよ」
「ねえ、あんたの三日間ちょうだい!」
「は?」
詩織の表情はとても自信満々としていて、俺が断らないとでも思っているのだろうか?
「わりぃ、パス」
「え、ちょ、ちょっとお願い!三日間だけ!ね?いいでしょ?」
「なーんでお前に三日間あげなきゃなんねえんだよ!」
こっちはプロ試験があんだぞ!
三日も遊んでられねえんだ!
「なによお、和谷のくせしてケチね」
「はいはい、なんとでも」
「じゃあ、一つだけ言うこと聞いてあげるから。ね?」
「ったくしょうがねえな」
やったあ、と口角を上げる仕草に胸がズキンと痛んだ。
なんかの発作だろうか。もしかして風邪か?
まあ、三日間をあげる代わりに俺は死に物狂いでそれ以外の日を碁に費やすまでだ。
そういや進藤、予選勝ち進んでんのか?
そんなことを考えていると、
「じゃあさっそく明日からね!朝10時に駅前だからね!」
そう言って詩織は置き勉していた荷物が入った重たい鞄を背負って帰って行った。ずっしりと重そうな鞄によろよろとさせている。
ったく危なっかしいやつだな。
だが俺の心配も束の間、ランニング中だった野球部員が詩織に気付いて荷物を持っていく。詩織はそいつに笑顔を向けていて、俺はなぜだか腹が立っていた。
約束の時間より少し早めに駅前に向かうと、すでに詩織は待っていた。
「今日は映画を観よう!」
「映画?」
駅前の映画館で詩織が観たいと言っていたのはアクションものだった。てっきり恋愛ものだと思っていたから少し驚いた。
「どうせなら和谷も楽しめるのがいいでしょ?」
「おう、サンキュ」
会ったときから感じていた違和感に俺はやっと気付いた。
「お前、化粧してる?」
そう言うと少しはにかんだ表情を向けてきた。
「いーじゃん。夏休みなんだし」
二日目はプラネタリウムだった。
また駅前で待ち合わせをして、「今日はプラネタリウムね!」と少し化粧をした詩織が楽しそうに言う。
「はいはい。どことでも連れてけ」
地元の郷土博物館に併設された小さなプラネタリウムは閑散としていて、座った席の周辺には誰もいなかった。
「なんか貸し切りみたいだね」
上映が始まって暗くなると、本当に俺たちしかいないように思えた。すぐ隣にいる詩織に手を伸ばしそうになってぐっと堪えた。
俺はなにをやってんだ。
これじゃまるでデートじゃんか。
もし俺が詩織と付き合ってたらこんな感じなのかな。
別に居心地が悪いわけなくて、むしろ心地良い。
それに笑顔を向けられる度に少しドキッとしている。
そんなことを星空を眺めながら考えていた。
すぐ隣にいるコイツのことを碁のことなんて忘れて。
「プラネタリウムなんて小学生以来だね」
「なあ、あのさ」
明日の予定を考えているであろう詩織はどこか楽しそうで、けれど俺はさっきプラネタリウムの半券に刻印された日付を見て思い出したことを伝えなきゃいけなかった。
「明日は碁があって一緒にいれねえんだ」
伝えたくなかったんだと言葉にしてから気付いた。
明らかに落胆した表情を浮かべる詩織を見て思った。
「・・・・・・そっか」
「あ、でも夕方からなら大丈夫だぜ?」
数日前までこんなことに付き合う気なんて全くなかったのに。
今は詩織と一緒にいたいと思っているなんて。
「じゃあさ、うちの近くの神社のお祭りに行こ?」
「いいぜ」
「じゃあ、本当に明日でこれは最後だから。よろしくね」
「お、おう」
昨日はそんなこと言わなかったのに、少ししおらしい詩織の言葉に生返事する。変な和谷、とクスリと笑う姿にまた胸が騒いだ。
「わりぃ、遅くなった」
「ぜんぜん。もっと遅くなるかと思った」
森下先生の研究会を終えてダッシュで待ち合わせ場所へ向かうと、浴衣姿の詩織がそこにいた。
「せっかくの祭だからね。浴衣は仕舞わないでおいたの」
「ふーん。あ!俺あそこのトンテキ食いたい!」
境内の奥にある休憩場で出店で買ったものを食べていた。
いちいち詩織の首筋に目が行ってしまうから、俺はなんとか話題を引っ張り出した。
「そういやお前なんで中学に入ってから俺のこと名字で呼ぶんだよ」
小学生のときは名前だったのに。
「気になる?」
「気になるに決まってんじゃん」
普段なら俺はこんなに素直に言わないから自分でも驚く。
それは詩織も同じだったようだ。
「あんたにしては素直ね」
「悪いかよ」
「別に意味なんてないよ。名前で呼ぶのが恥ずかしくなっただけ」
「ふーん」
よく分かんねえな女って。
「ねえ、義高」
「なんだよ急に」
「へへへ、義高」
「だからなんだよ」
突然名前を呼ばれてドキッとしてしまう。
「名前で呼ぶと恋人同士みたいだよね」
「なっ」
「あー、いまちょっと想像したでしょ?」
そんなことねえ!って普段なら言ってるはずなのに、さっきのように俺は自分でも驚くほど素直だった。
「想像したに決まってんだろ」
「はい?」
口にしてみると自然と気持ちを受け入れた。
「お前ともっとこうしてたいって思ったんだけど」
「それは私のこと好きってこと?」
「そう」
詩織は何も言わずに俯いて肩を震わせていた。
しばらくして顔を上げた詩織の鼻先が少し赤く色づいていて、泣かないようにしていたのだと分かった。
「私を好きになるなんてばっかじゃないの」
「いいじゃん別に」
「ありがと」
詩織はそう言うと「帰ろう?」と席を立ち上がった。
境内は人が多くて、はぐれないように詩織の手を握った。
俺って一度自覚するとこういうのは案外平気なのかもしれない。
神社を出て人通りの少ない道を並んで歩いた。
時折吹く夜風が胸をざわつかせた。
「それで、お前は俺のことどう思ってんの?」
早く気持ちが知りたくて言った。
きっと好きに違いないってどこかで思っていた。
「二学期まで返事待ってくれない?」
長い長い空白のあと詩織は言った。
「なんで二学期まで待たなきゃなんねえんだよ」
俺のこと好きなはずなのに、詩織は勿体ぶったように言う。
「気持ちの整理。それに」
あんたはこの夏、囲碁なんでしょ?
そう笑って言うから俺は頷いて二学期に返事を聞く約束をした。
そして9月1日。
待ち遠しかった二学期の教室に詩織の姿はなかった。
始業ベルと同時に入ってきた担任はコホンと咳をついて言った。
「雪下さんは家の事情で転校することになりました」
誰も知らなかったのだろう。すぐに教室はざわついた。
俺も心の中で、詩織と付き合えると浮き足立っていた気持ちが途端に宙を彷徨った。
俺に一言もなしにいなくなった詩織。
そんな態度微塵も見せなかったくせに。
いや・・・ちがう。
あのとき、三日目のお祭りの時。
俺の告白にあいつ、泣いていたんだ。
もう会えないって分かってたから。
それを隠して誤魔化して。
あのバカ。
それから数日経ったある日、一通の手紙が届いた。
詩織からだった。
内容は何も言わなくてごめんね、というのと、
「和谷のことずっと前から好きだったよ」と小さくて可愛い字で書かれていた。
俺はすぐさま返事を書いた。
詩織との文通は1年にも及んだ。
市ヶ谷駅に降りると進藤の後ろ姿が目に入った。
「あれ和谷、今日は地方遠征じゃなかったっけ」
「その前に今度の対戦表だけ確認しようと思って」
「岡山だっけ? なんか美味い土産よろしくな」
「この間進藤も行ったんじゃねえのかよ」
棋院での用事を済ませ新幹線に乗る。
一泊分の荷物が入ったリュックからのぞかせる手紙を手に取った。
和谷義高 様。
1年も続いた文通。
たまたま遠征先が詩織の引っ越した先だった。
あいつに会ったらなんて言うか決めていた。
改札を出た先にすぐ詩織の姿は見つかった。
「和谷、久しぶり」
「おう」
「手紙で言ってた言いたいことってなあに?」
「去年、お前が俺になんでも言うこと聞くっつーやつ」
「あー、言ったね」
ふわりと笑う仕草を久々に見て、やっぱり好きなんだと俺は思った。
「俺と付き合ってください」
お互いの気持ちなんて、この1年で分かっていたはずなのに、それでも言葉で伝えるのはやはり新鮮で。それは詩織も同じで。
「遠距離になっちゃうけど」
「いいぜ。てか関係ねえし」
たとえ、距離が遠くても、会うのに時間がかかっても、俺にとったらそんなの些細なことでしかないんだと、詩織を見て改めてそう思った。
おわり
