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夏休み明けの和谷の表情は明るかった。
いつもなら、怠いだの何なの言っている彼が。
朝のホームルームが始まる前に話してみれば、
「いやさ、院生の奴らと碁会所巡りしてさ。それがけっこう楽しかったんだぜ」なんて言って笑っていた。
「あんたね、私たちは中学三年なのよ?」
受験って言葉を知らないのかしら。まったく。
「は? 俺プロになったら高校行かねえもん」
「はい?」
まったく何だこの男は。
✦ きみのとなり ✦
二学期早々、朝のホームルームは席替えから始まった。
「おっす、隣よろしくな」
「・・・あんたが隣って最悪ね」
「どういう意味だよ?」
「そのまんまよ」
席替えは最悪だった。
窓際の一番後ろの席で、隣は和谷で。
視力の悪い私にとったら最悪この上ない。
だったら席の移動を訴えればいいのだけれど、それはもう少し複雑で、
「雪下って高校行くのかよ?」
「あたりまえでしょーが」
この席から離れたくないのはこいつのせい。
和谷との会話は居心地がよくて好き。
それを恋と言ってしまえば簡単なのかも知れないけれど、そんな簡単な言葉で終わらせたくない。なんて思うのはわがままなのかもしれない。
隣の席で過ごす二学期は楽しかった。
給食時間になると、席を対面でくっつけるから、たまに和谷と目が合うこともあって、そのたびに幸せを噛み締めていた。
「ちょっと、和谷。足が当たってるんだけど」
「当ててるんだよばーか」
「ば?ばか?」
給食時間の、放送室から流れる流行歌が教室に響く中、私たちの会話は当たり前のようにそこにある。
「もう、靴下に上履きの跡がついちゃったじゃない」
「わりー、わりー」
「弁償よ、弁償」
「便所?」
「ばか」
こんなくだらない会話も当たり前のように。
けれど当たり前なんてひとつもない。
来年、ここに私たちはいないから。
和谷の席の隣になれたのは、これが最初で最後。
きっと次の席替えで隣にはなれない。
「じゃあ、三学期最初のホームルームを始めるぞ」
冬休み明けの和谷はいつもと違って見えた。
それだけなのに、私はなにか気付いてしまった。
「今日は席替えをしようと思ったが、もう都立の一般入試も近いから今期の席替えはなし!っと、そうだ。もう二学期で推薦受かった奴も気を抜くなよ。プロ棋士になった和谷もな!」
先生が言うなり、クラスみんなが振り返って彼を見た。もちろん私も。当の本人はポーカーフェイスを決め込んでいるらしい。
「ねえ、プロって?」
小声で尋ねるとVサインを向ける和谷。
きっと、前から言っていた囲碁のことなんだろう。
これで本当に最初で最後なんだ。
寂しさからか、私は先生の話を聞き流すように、窓の外の雲一つない冬空を眺めた。冬独特の淡い空色は靄がかかっているようだった。
「なあ雪下、一緒に帰ろうぜ?」
「あ、うん」
始業式で授業もないわけで。
帰りのホームルームを終えれば、お腹を空かせたクラスメイトが次々と教室を出て行く。中にはこれから部活動の子はお弁当を片手に出て行く。
私も和谷の隣を歩いて廊下に出る。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに。
届かない。
私の気持ちも。
「どうしたんだよ。暗い顔して」
「なんでもないよ」
「あ、わかった。お前、推薦落ちたんだろ?」
「推薦合格してますう。残念でした」
首元を暖めていたマフラーが風で解けた。
弧を描いて地面に落ちるのを和谷の手が止めた。
「ちゃんと巻いとけよ」
ったく、と笑う彼の顔が近くて顔に熱が帯びていく。
「あ、そうだ」
なにか閃いたのか、彼は私からマフラーを奪うと新たに巻き直した。
「えーっと、たしかここを通すんだっけ」
不器用な手つきで両手に持ったマフラーを左右に動かす和谷の顔は楽しそうだ。
なんとなく、どんな結び方をするのか分かった私は手を伸ばした。
「そこはね、ここをこう・・・」
掴んだのはマフラーじゃなかった。
私よりも大きな和谷の手のひらは少し乾燥していた。
「あ、ごめん」
すぐに手を離してマフラーを巻き直す。
T字の女子がよくする可愛い巻き方。
これでしょ?と聞くと歯切れの悪い返事が返ってきた。
「あ、あのさ」
「ん? どうしたの、和谷」
「やっぱやーめた! なんでもねえよ」
そしていつもの笑顔を私に向けた。
体育館を出ると眩しいくらいの青空が一面に広がっていた。
「和谷!」
最後のホームルームを終えた私は、校庭でクラスメイトと遊んでいる和谷に駆け寄った。
「どうしたんだよ」
「あのね、写真撮ろうと思って」
「お、いいねえ!」
手に持っていたインスタントカメラを勝手に取ると、和谷は私の肩に腕を回した。
左胸に付けた花が揺れる。
「はい、チーズ」
カシャ、と音が響く。
「その写真、俺にもくれよな」
「もちろん」
初めて和谷とツーショットの写真を撮った。
これがきっと、最初で・・・
「これが最初で最後かあ」
「え?」
私が考えていたことと同じ言葉を和谷は口にする。
「俺、高校に行く気はなかったけどお前と離れんのはちょっと寂しいかも」
ニッと笑う彼。
「なによそれ」
そんなことを言うのは反則じゃない?
「俺はこれで最後にしたくねえんだけどお前は?」
やっぱり反則だ。答えなんて一つしかない。
「私も」
きみのとなりに、これからも
おわり
