好きだから
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彼の声は痛いほど冷たかった
✦ 知りたいから ✦
冴木さんが囲碁サークルを訪れてから数週間経っても、義高からは何も連絡がなかった。義高にとったら、なんてことない事だったのかもしれない。
そう思い始めた頃、携帯が鳴った。
義高からのメールだけは着信音が鳴るように設定していて、久々のメロディにすぐさまメールを開いた。
『飯でも行こうぜ』
一行だけの素っ気ないメール。
それだけなのに、私の心は舞い上がる。
前にご飯を奢ってと言ったのを覚えてくれていたのかと思うと嬉しくなってしまう。本当に私って単純だ。
返事を返そうと文章を打っていると、また義高からメールが届いた。
『ごめん!さっきの送り間違いだから!』
悲しさと怒りが混ざって、目頭が熱い。
食事に誘ったのは、私ではない誰かに宛てたもので、きっともう義高には送りたい相手ができたんだと想像に難くない。
わざわざ、私に間違いメールしないでよ。
枕に顔を埋めると、自然と涙が溢れた。
好きな気持ちを弄ばれた気がして、胸が痛い。嫌いになれればどんなにいいだろう。義高から新しい彼女ができたと聞く度に、私はこうして涙を流して。ばかみたいだ。
目が覚めると、窓から月明かりが差し込んでいた。暗闇の中で携帯が明かりを点滅させて、メールを受信したことを静かに報せている。
恐る恐る開いたメールは冴木さんからだった。
今度開催される囲碁のイベントに来ないか、という内容だった。今までだったらきっと躊躇って断るはずの誘い。
ぜひ、行きます。
そう打って送信ボタンを押した。
ヤケクソだったのかもしれない。
だけど、義高が悪いんだ。
***
「詩織ちゃん、休日なのに呼び出してごめんね」
「いえ。冴木さんは今日対局するんですか?」
「俺?まあね。と言ってもメインの対局っていうより、暇な人の相手って感じかな」
スーツに身を包んだ冴木さんは、以前大学で会ったときよりも大人っぽくて、私は少し緊張していた。
「きっと俺のとこは人少ないだろうから、詩織ちゃん俺と打たない?」
「え、いいんですか?」
初めてプロの人と打てる、ということに嬉しさが込み上げる。冴木さんはまだ時間があるらしく、一緒にイベントブースを見て回っていると冴木さんの知り合いと思しき男の子が「冴木さん」と手を振って来るのが見えた。
「よお、進藤」
進藤、と呼ばれた男の子も同じようにスーツを着ていて、きっと彼もプロなのだろう。
「この人だれ?冴木さんの彼女?」
「ざんねん。和谷の幼馴染み」
「あー、この人か」
進藤くんと目が合って何だか気まずくなった私は視線を外す。
「なんだ、進藤知ってたのか」
「ま、まあね」
「詩織ちゃん、この進藤は幼馴染みの彼女がいるんだよ。な、進藤?」
「冴木さんまでその話?」
呆れた表情を浮かべた進藤くんは、「俺その話はしないって決めたんだから」と言うなり立ち去る。途中、振り返って「倉田さん見かけても俺のこと内緒にしといて!」と無邪気な姿を向けていた。
そんな進藤くんを、冴木さんは弟を見るように優しい表情で見つめていて、なぜかその眼差しに静かに鼓動が高鳴るのを感じた。
「詩織ちゃん、一局よろしく」
「よろしくお願いします」
胸の鼓動は相変わらずで、だから私は平然を必死に装う。義高以外に胸が高鳴るのが初めてで、どうしてなのか分からなかった。けれど、冴木さんの男性らしい骨張った手や声に、ときめいているのだと徐々に気付いた。
「和谷には囲碁サークルのこと言ってないの?」
「はい」
「どうして?」
「それは、」
そこまで言って言い淀む。
きっとそれを説明するには、囲碁を始めた理由も必要で、それを義高に言うのは告白しているのも同然で。
「ま、俺には関係ないか・・・はい、ごちそうさま」
冴木さんは私の石を取り上げいく。すっかり輪の形に空いた盤上。思わず私は、ああ・・・と嘆く。目の前のことに集中できていなかった。
「こっから挽回できるかな」
「が、がんばります」
もうほとんど自陣をすり減らされてしまって挽回など無理に等しいけれど、やれるところまでやろうと鼓舞する。きっと冴木さんには、ここから挽回の手が思いついているのだろう。
結局、どれも下手に終わり中押し負けとなった。
「冴木さんはまたサークルに遊びに来るんですか?」
「んー、とくに決めてないな。詩織ちゃんが会いたいっていうなら会いに行くけど?」
余裕のある態度の冴木さんに、顔が熱くなる。
「あ、あいたいってわけじゃ」
「冗談だって。詩織ちゃんの反応が可愛いからさ。和谷にも言われるだろ?」
「そ、それはないっ」
「そう?」
冴木さんに”可愛い”と言われたことが嬉しくて、義高以外にドキドキするのは初めてで、
だから、忘れていた。
「冴木さん」
こんなところに、
「よお、和谷」
義高も来るかもしれないってこと。
「詩織、なんでお前がこんなところにいるんだよ」
突然現れた義高はやはりスーツを着ていて、発せられた声色は苛立っていて、血の気が引いていくのを感じた。
「俺が呼んだんだよ」
「冴木さんが?」
義高の視線が冴木さんに向けられる。
「冴木さん、こいつに碁なんて無理ですよ」
その声はとても冷たくて、どうしようもなく泣きたくなった。
なんでそんなこと言うの?
私は義高のこと、知っちゃだめだった?
流れ出しそうになる涙を止めようと、眉間に力を込める。私の悲痛な気持ちなんて、きっと義高には分からない。
「俺が送ってくからお前はもう帰れ、な?」
そう言って小さく溜め息を吐く彼。
差し伸ばされた手のひらを、
気付いたら拒んでいた。
「義高には関係ないでしょ」
「は? なんだよそれ」
「まあまあ二人とも。そしたら俺が送ってくから、どう?詩織ちゃん」
不穏な空気を感じ取ったのか冴木さんが間に入る。冴木さんが差し出した手のひらに、私は手を重ねる。
「・・・お願いします」
ただ泣きたい気持ちを抑えて、冴木さんの後ろを歩く。
振り返って見えた義高は私を睨んでいた。
知りたいから
(近づきすぎたらいけないと分かっていたのに)
