好きだから
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私は彼のなにを知っているというのだろう
✦ 知らない世界 ✦
「詩織、上達したんじゃない?」
そう言われた私は、まんざらでもない気持ちだった。囲碁サークルの部室で、対局していた友達の絢乃に1目半勝ちした、と言っても置き石してもらっているのだけれど。
絢乃は高校で囲碁部だったらしく、絢乃に手取り足取り教えてもらいながら、囲碁を始めてまだ期間の短い私は、すでに囲碁に魅了されていた。
「囲碁っておもしろいね」
「飲み込み早いけど、詩織の知り合いに経験者とかいるの?」
「絢乃の教え方が上手なんだよ」
一瞬、脳裏に浮かぶアイツ。
違う、アイツのために始めたんじゃない。
「そういえば、明日OB来るらしいよ」
「OB?」
「なんでもプロの知り合いがいるから一緒に遊びに来るって」
「・・・そうなんだ」
プロ、という響きに嫌でも反応してしまう自分。
(ああもう、やだな)
大学にいるときくらいは、義高のことを忘れたいと思っているのに、現実はなかなか厳しい。
帰り道、絢乃と駅前のカフェに寄って、期間限定のパフェを食べる。絢乃の話題は当然囲碁のことだ。
「なんだかプロってどういう世界なのかしらね」
「ね。私たちとは違うんだろうね」
「やっぱり、異才を放ってるのかな」
「それはどうだろ」
絢乃の想像する人物像を義高に照らしてみるけど、全然似つかわしいとは思えなくて、クスッと口元が緩む。
プロの世界、という全く知らないアイツのいる世界。大学の囲碁サークルに私が入ったのは、少しでも義高のいる世界を見たいと思ったからなのかもしれない。
***
翌日、サークルを訪れたOBが連れてきたのは冴木さんという3つほど年上の人だった。
冴木さんは始めに部長との対局してみせてくれて、その後は部員の対局を観戦していた。私は先輩と打っていて、素人同然の私はうまくやり込められたのだけど。
「こっちに打てば白は抑えられたね」
先輩と感想戦をしていると、背後で見ていた冴木さんがそう言って私の手から黒石を取って盤上に置いた。
「うちの和谷っていう後輩も同じポカするんだよ」
「えっ」
突然の名前に思わず声を発してしまった私に、先輩も冴木さんもどうかしたのかと聞いてくる。「なんでもないです」と伝えるけれど、心の中では動揺していた。
義高の存在を近くに感じてしまったことに。
知らない義高の世界の一部を見たような気がした。
でも、いくら私が知ったところで意味はないけど。
***
日が傾きだした頃、全員で片付けを始めた。
私はみんなが食べたお菓子の後片付けに徹していると、突如目の前にゴミ袋が差し出される。
「一緒にゴミ捨てに行こうか」という冴木さんと並んで校舎を歩く。
「和谷って君の彼氏?」
「はいいい!?」
いきなりの発言に声を荒げた私を見ながら冴木さんは「冗談だよ」と言う。
「やっぱり和谷のこと知ってたんだ」
「・・・・・・はい」
そう言われたら認めざるを得ない。
冴木さんは、自分と義高とのことを教えてくれた。冴木さんから聞く義高の話は全部が新鮮だった。義高から碁の話は小さい頃に聞いたくらいで、今の人間関係なんて不知なのだから。
話を聞きながら、胸が高鳴るのが分かった。
知らない義高を知ってドキドキしている。
「君からみた和谷ってどんな感じ?」
冴木さんからの質問に私は何と返したか覚えていない。当たり障りのないことを言ったのだと思う。そのあと冴木さんから私の連絡先を教えて欲しいと言われ、連絡先を交換した。
帰宅してから連絡先を交換したことに、ひどく後悔をした。もう、義高は私に連絡してこないんじゃないかと、不安が押し寄せる。無意味に携帯を開いてみるけれど、着信メールはない。もちろん普段通りなのだけれど、それはそれで寂しくなってしまう。
(恋ってめんどうくさいな)
こんなにも一喜一憂している自分が嫌になる。
結局、眠りに就くまで悶々とする羽目になった。
知らない世界
(君のいる世界に近づきたいのに、今の関係が壊れるかと思うと近づけないんだ)
