好きだから
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アイツはいつだって俺の特別なやつ
✦ 知らないふり ✦
友達以上の関係に進展しないのは、傷つきたくない、という俺の勝手な気持ちで。はじめから分かりきっていたことなのに、アイツ以外に好きになれる人なんていないのに。
『お前が彼女だったら良かったのにな』
感傷的に吐き出した言葉をアイツはどれくらい本気にしたのだろうかと、電話を切ってから考えた。
メールボックスに入ったままの、元カノからのメールには『和谷くんは、私以外に好きな子がいるよね?』と書かれていた。
今まで何人と付き合ってきた彼女にも同じことを言われてきた言葉。
好きでもないのに付き合ったりしないのに、付き合っている間も彼女たちのことは好きだったのに、ふと思い出すアイツの影が、俺をそういう風にさせていたのかもしれない。
振られるたびに電話する俺を、そうやって傍にいようとする俺を、アイツが知ったらどう思うのだろう。
俺らしくもないことは分かりきっている。
だけど俺にとって詩織は特別だから。
手放したくないから。
だから、友達として今のままでいられるなら。
あの時まではそう思っていた。
「お前さ、雪下詩織ちゃんって知ってる?」
「はい?」
森下先生の研究会に行った帰り、冴木さんがめずらしく「茶でも行こうぜ」なんて誘うから、てっきりサプライズパーティー的なことを企てるのかと思っていたのに。
突然冴木さんの口から出てきたアイツの名前に、俺は驚きを隠せなかった。
冴木さんが? なんで?
驚く俺に、冴木さんは教えてくれた。
1週間前に知り合いの囲碁サークルに行ったら、可愛い子がいて話しかけてみたら俺のことを知っていた・・・ということだった。
詩織が囲碁をやっていたなんて初耳で、アイツから今までそんな話を聞いた事もなくて、冴木さんの話は俺の知らない詩織だった。
「和谷の彼女だったりする?」
「ちがいますよ!」
「そう。なら良かった」
冴木さんのその表情に、嘘でもいいから彼氏なんだと言っておけば良かったと悔やんだ。
「和谷の幼馴染みねぇ・・・」
「冴木さん、アイツをどうするつもりですか」
「どうって?なにもしないよ。和谷はあの子のこと好きみたいだし。まあ、違うなら俺にとっては好都合だけど」
冴木さんはふっ、と笑うとお茶を一口啜った。
「お前さ、分かりやすいんだよ。彼女ができた途端にトップ画替えるだろ?前付き合ってた奴が言ってたぞ。”お前は他の誰かを見てる”って」
あの子なんだろ?と。
俺は窓の外に視線を逸らし、お茶を啜る。それは肯定しているも同然。
「あんな可愛い子がいつまでも傍にいると思ったら大間違いだからな。進藤にでも幼馴染みの関係が進展するか聞いてみろ」
冴木さんはそう言うと「じゃあまたな」と言って店を出て行った。店内で一人残った俺は、窓から見える夜空を見上げた。
冴木さんが詩織のことを”可愛い”と言ったことにも、知らない詩織を知っていることにも、内心苛立っていた。
詩織は今まで俺に囲碁のことを秘密にしていた?なんでだ?嫌でも悪い考えが頭を過る。
いっそ、直接連絡を取って本心を確かめたい気持ちに駆られるけれど、そんなことしたらもう、幼馴染みなんかでいられない。
それでも、もう、このままの関係じゃだめなんだ。
何日も考えて進藤に相談することにした俺は、さっそくメールを送ったはずだった。送信後に詩織に送っていたと気付いて慌てて謝罪メールを送った。
ったく、なに焦ってんだよ俺。
でも、詩織からは「間違いメール気をつけなさいよ」とかそういうのが来ると思っていたのに音沙汰がなくて、余計に不安を煽った。脳裏には冴木さんも出てくるし。
「和谷が俺に相談ねえ」
「なあ進藤。お前幼馴染みの彼女がいるんだって?」
「あかりのこと?そうだけど」
数日後、俺は進藤と顔を合わせていた。
「頼む!どうやったら幼馴染みから付き合えるんだ!?」
「はあ?んな恥ずかしいこと言えるかってーの」
何度も頼み倒して、ようやく観念した進藤はコホンとわざとらしく咳払いをした。
「ていうか俺の場合はあかりが俺にくっついて碁を始めたり、囲碁部に勝手に入ったりしてさー」
「惚気かよ。どっちが告ったんだよ」
「俺に決まってるだろ?」
進藤の話は俺にとって他人事ではなくて、進藤の言いたいことや考えていることが手に取るように分かった。それでも、俺と進藤の違いは、
「でもさ、和谷に内緒で囲碁始めたなら一歩前進じゃん?」
「おい、内緒っていうのが問題なんだぞ」
「そんなん冴木さんに聞いたって言えばいいだけだろ?」
それが聞けたら苦労しない。
結局、俺と進藤の違いは、俺が幼馴染みの関係に拘っているのが原因なんだ。
「俺さ、詩織が言ってるの聞いちまったんだよ」
中学生の頃、クラスメイトに告白された詩織が『私は誰とも付き合う気ないから』て言うのを。
「んなの昔の話じゃんかー、和谷」
「うっせー。俺はこういうの気にする奴なの!」
「うわー女々しい」
「言ってろ」
俺も進藤と同じくらい詩織と向き合うことができればいいのに。いつかは向き合わないといけないと分かっているはずなのに、心の何処かでそれを先延ばしにしている。
進藤とは駅の改札で別れた。
「まあ和谷もがんばれよ」なんて言い残して。
がんばれ、か。
はあ、と大きい溜め息が零れた。
***
「冴木さん、何の用すか」
「明日のイベントさ、俺の代わりに出てくれない?」
夜突然かかってきた電話に何故か胸騒ぎがした。
冴木さんの頼み事は、一般客の対局ブースで前半を冴木さんが、後半を俺に打って欲しいということだった。
「いいですけど、なんか事情でもあるんですか」
「特にないけど。あ、そうだ。良いこと教えてやるよ」
その晩、俺はなかなか寝付けなかった。
というか冴木さんの言葉が何度も流れた。
『詩織ちゃんにとって和谷はどういう奴か聞いたんだよ』
何度も、
『大切な幼馴染み、だって』
何度も、頭の中を駆け巡る。
お前にとったら、俺は幼馴染み以上にはなれないのか?
***
寝不足のまま、スーツに腕を通してイベント会場へ向かう俺は、憂鬱そのものだった。
冴木さんは俺の反応を面白がってないか?
イベント会場に到着して、対局ブースに行くとすでに冴木さんは誰かと対局しているようだった。近づくにつれて、その後ろ姿に心臓が高鳴っていく。
「冴木さん」
「よお、和谷」
振り返った姿は紛れもなく詩織で、唐突に冴木さんが俺を呼んだ理由が分かった。ここで、俺に関係をハッキリさせないと冴木さんは奪うつもりなんだと。奪う、なんて思いたくないけれど、きっとそう思っている。
「冴木さん、こいつに碁なんて無理ですよ」
冴木さんを牽制してみせるが、向けられる笑みは凄みが利いている。冴木さんから詩織を離れさせたかった俺は、
「俺が送ってくからお前はもう帰れ、な?」
と手を差し出した。
きっと俺の手を掴んでくれると、信じていた。
溜め息が零れたのは、冴木さんの思惑通りにさせねえって切羽詰まっていたからで、だから、
「義高には関係ないでしょ」
差し出した手を拒まれるなんて想像できなかった。
だから思わずムキになってしまった。
「は? なんだよそれ」
「まあまあ二人とも。そしたら俺が送ってくから、どう?詩織ちゃん」
俺の前を通り過ぎる二人。
なんで、
俺の手じゃなくて、冴木さんなんだ。
二人の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
ふと振り返った詩織と目が合うと、
俺はどうしようもなく泣きたくなった。
知らないふり
(もう、この気持ちを見て見ぬふりはできない)
