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俺はずるい人間なんだと思う。
少なくとも、お前に対してはずるい人間なんだ。
✦ 勝利の女神は ✦
棋院の1階にある対局場で俺は雪下と向かい合って座った。
「お前が勝ったら俺の好きな奴教えてやるよ。俺が勝ったらその逆な」
挑発的に言うと、同じように雪下も言い返す。
「互先でいいでしょ?」
力の差なんて分かりきっているのに、ずるい俺は「もちろん」なんて返す。1組の俺と、2組のお前。前に一度対戦した時も俺の圧倒的勝利だった。だから、互先なんてやめておけば良かったんだ。
***
ことの始まりは数分前のこと。
『明日美はいいわよね、一緒だもの』
『なーに言ってんのよ。詩織のほうがお似合いよ』
『でも、絶対わたしなんて眼中にないよ』
『そんなことないったら・・・あ、和谷』
奈瀬と雪下が会話しているところに居合わせた俺は、奈瀬に呼び止められた。二人の話はすぐに恋愛のことなんだろう、と妙に感が冴える。
『和谷、詩織が好きな人いるんだって。協力してやってよ』
『ちょっと明日美!』
『お前に好きな奴? 誰だよ?』
『ややややや!ぜったい教えないから!』
俺に知られたくないのだろう。必死に抵抗する雪下に、苛立ちを覚える。なんでムッとしてしまうのかなんて自問するまでもない。
これはヤキモチだ。
雪下のことが好きだから。それは奈瀬も知ってるはずなのに、なんなんだ。全然応援してねえじゃねえか。むしろ面白がってるだろ?
『なんだよ、教えろよ』
『ぜったい無理だから!拒否!』
『は? 意味分かんねえし』
顔を真っ赤にして頑なに拒否する姿に、苛立ちとは別にズキンと胸が痛む。だって、コイツには好きな奴がいるんだぜ?それって失恋したも同然ってことだろ?
『まあまあ、二人とも。だったら対局して負けた方が好きな人を暴露するってのはどう?』
奈瀬の提案に雪下が口を開く。
『和谷・・・あんた好きな子いたの?』
『いちゃわりーかよ』
目の前にいるコイツに、好きだと言ったところで意味なんかねえけど。
『誰よ?』
『教えるか、ばーか』
『なによ!こうなったら勝負よ!』
『おう!望むところだ』
***
そうして今に至る。
このままいけば俺の6目半勝ちに変わりは無い。
打ち続けて行くにつれて、後悔していた。
誰を好きかなんて聞きたくないに決まってるだろ。
でも、この局面から雪下が形成を逆転させることも、俺がわざとポカをしたとしても俺が負けることはない。
雪下の好きな奴って誰だ?
伊角さんか?それとも飯島?小宮?
そういや冴木さんとも仲良かったっけ?
あー、くそ。
盤上の石をぐしゃぐしゃにしてやりたいのに、それは駄目だと理性が制御する。
「ありません」
程なくして、雪下は降参した。
俺の勝ち。
勝って嬉しくない碁は初めてかもしれない。
碁石を分けながら「負けちゃった~」と笑う雪下。
「俺、聞かなかったことにするから」
俺は本当にずるんだと思う。
聞きたいだの、やっぱり聞きたくないだの。
情けねえ。
「和谷、あんただよ」
「え? なにが?」
心ここにあらずだった俺に、雪下の言葉は訳が分からなかった。
「私の好きな人は和谷だよ」
「・・・・・・まじで?」
「まじまじ。で、返事は?」
「俺も、好き」
「よかった」
世間話でもしてるような会話に、違和感を覚える。
「お前、もしかして知ってた?」
「知るわけ無いじゃん。でも、勝ったのに全然嬉しそうじゃなかったから、良い方向に考えてみただけ。へへ」
「そっか・・・っておい」
遅れて恥ずかしさがやって来る。
くそ、めっちゃ嬉しいんだけど。
ニヤける口元を手で覆い隠して、視線を泳がしていると奈瀬が向かってくるのが見えた。
「どう?勝負ついた?」と聞くのも束の間、俺たちの顔を読み取るなり「うまくいったようね。さすが私」と自分を褒める。
「私のおかげなんだからね二人とも。新しくできたカフェで私にパンケーキでも奢ってもいいのよ?」
どうやら本当の勝利は奈瀬だった。
そして言葉通り、俺と雪下は勝利の女神である奈瀬にパンケーキを奢ることになった。
end
