記憶の欠片
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手のひらから伝わる温もりは
あの頃と変わらず
記憶の欠片
退院してすぐに会ったのは六番隊の理吉くんだった。
彼は私の同期で、一緒に鍛錬した仲のいい同期だった。
バタバタと忙しくしていた彼に、私は気付いたら声をかけていた。
「六番隊も隊長が入院してて大変でしょ?何か手伝うことある?」
それは半ば十番隊から逃げるような気持ちだった。
心の中で、日番谷くんからは私に対する期待も信頼も全て失われていると疑わなかったからだ。
せめて自室に篭って作業をしていれば執務室を不在にしていることのお咎めは免れるだろうか。
そんな思いで、こそっと十番隊に戻り誰にも会わないまま書類を持ち帰り、今日まで作業を続けてきた。
数日間、縁側に座って筆を走らせる日を送っていた。
柔らかな陽だまりに包まれながらの作業は、簡単に私を眠りに誘う。
机に顔を伏せるとすぐに眠りの世界に落ちていった。
どのくらい寝ていただろうか。
意識が戻ってくると同時に、手のひらに何かが触れている感覚に指先がビクッと反射した。
虫か木の葉が触れたのかと思って見れば、
目の前の人物に、息が詰まった。
………日番谷くん。
手のひらを包むように、彼の手のひらが重なっている。
驚いた心音は次第に緊張に移ろいでいく。
まさか、どうして、ここに。
声をかけようか。
でも、もしまたあの眼差しを向けられたら。
その時だった。
私が躊躇しているのを他所に、日番谷くんは目を覚ました。
重なっていた手のひらが離れていく。
確かにあった温もりは風が撫ぜて消えた。
「……あの……ひつ、がや…隊長、」
「………すまん」
彼の真っ直ぐな視線が、私に向けられる。
はっきりとした口調で言う。
「嫌な思いをさせた。悪かった」
「……あの、いえ…私が…弱いばかりに、手間取らせてしまい…申し訳ありません」
日番谷くんから向けられる真っ直ぐな眼差しは、
尸魂界に来てから初めて向けられるもので、
私はその視線から逃げ出したいのに逃げれなくて、
彼が瞬きをした隙に視線を外すのが精一杯だった。
「いや……俺が雪下を信用してたはずなのに取り乱したせいだ」
「気にしないでください。あの場にいたら誰だってそう思っちゃいますよ」
自分でもおかしなことを言っているのだと分かった。
信用してほしかったのに、仕方がないのだと自ら肯定してしまっているのだ。
でも、日番谷くんを責めたりしたくないのだ。
「いや、隊長として冷静を欠けていた俺が悪い」
「……そんなこと、」
隊長の羽織が揺れたと同時に、
私の身体を隊長の温もりが包んだ。
「……俺は隊長失格だ」
背中にまわされた腕が強く私を抱きしめる。
「松本から聞いた」
静かに鼓動が強く早く打ちつける。
「現世で俺と知り合いだったと」
その言葉に、目頭が熱くなるのを感じた。
一瞬の間に淡い期待が浮かんで、けれどそんなことはないと消えた。
「俺は知りたいんだ。雪下とどんな風に過ごしていたのか」
「……隊長、」
「今は…隊長じゃねぇ……2人きりのときは…雪下が呼んでた呼び方でいい」
低い落ち着いた声に、心臓が震えた。
彼の羽織が私の涙を吸って濡れる。
「……日番谷、くん」
「俺は、なんて呼んでいた?」
「名前で呼んでた」
「詩織」
久しぶりに聞いた響きに、涙が溢れて止まらない。
日番谷くんは私を抱きしめたまま、頭を撫でるから、余計に胸が締め付けられて苦しくて、でも嬉しかった。
ひとしきり泣いたあと、
私と日番谷くんは縁側に腰掛け空を仰いでいた。
隣の彼がなにを考えているのか分からないけれど、
距離の近さに不思議と何も不安はなかった。
「今まで辛い思いをさせてすまなかった」
「ううん……いいんです」
「俺にとって詩織は、大事な奴だ。今は記憶はねえが、ここで一緒に過ごしている時間は俺にとっても大切な時間だ」
日番谷くんが私に視線を向ける。
視線が交わる。
「お前との記憶が戻るなら何だってするさ」
頬に手が添えられ、
目の前に迫った彼は瞳を瞑った
口付けをしたのは初めてだった。
唇を離した日番谷くんは、私の頭に手のひらをのせた。
「……今のは……すまん」
頬を紅く染めて視線を泳がせる彼の姿に、
今のキスは記憶を戻すために思わずやってしまっただけで、深い意味はないんだと思うと胸が傷んだ。
私は自分が少し我儘になったことを感じていた。
「なにか、思い出せましたか?」
日番谷くんは首を振る。
「そしたら、2人きりのとき、こうして過ごしませんか」
バツの悪そうな表情をしていた彼は、困ったような微笑みを向ける。
きっと思い出すことなんてない。
私はそう思っていて、だからこそ、こんなどうしようもないお願いをしてしまうことができた。
「ああ……わかった」
それでもきっと彼ならそう返事すると分かっていたから。
→
あの頃と変わらず
記憶の欠片
退院してすぐに会ったのは六番隊の理吉くんだった。
彼は私の同期で、一緒に鍛錬した仲のいい同期だった。
バタバタと忙しくしていた彼に、私は気付いたら声をかけていた。
「六番隊も隊長が入院してて大変でしょ?何か手伝うことある?」
それは半ば十番隊から逃げるような気持ちだった。
心の中で、日番谷くんからは私に対する期待も信頼も全て失われていると疑わなかったからだ。
せめて自室に篭って作業をしていれば執務室を不在にしていることのお咎めは免れるだろうか。
そんな思いで、こそっと十番隊に戻り誰にも会わないまま書類を持ち帰り、今日まで作業を続けてきた。
数日間、縁側に座って筆を走らせる日を送っていた。
柔らかな陽だまりに包まれながらの作業は、簡単に私を眠りに誘う。
机に顔を伏せるとすぐに眠りの世界に落ちていった。
どのくらい寝ていただろうか。
意識が戻ってくると同時に、手のひらに何かが触れている感覚に指先がビクッと反射した。
虫か木の葉が触れたのかと思って見れば、
目の前の人物に、息が詰まった。
………日番谷くん。
手のひらを包むように、彼の手のひらが重なっている。
驚いた心音は次第に緊張に移ろいでいく。
まさか、どうして、ここに。
声をかけようか。
でも、もしまたあの眼差しを向けられたら。
その時だった。
私が躊躇しているのを他所に、日番谷くんは目を覚ました。
重なっていた手のひらが離れていく。
確かにあった温もりは風が撫ぜて消えた。
「……あの……ひつ、がや…隊長、」
「………すまん」
彼の真っ直ぐな視線が、私に向けられる。
はっきりとした口調で言う。
「嫌な思いをさせた。悪かった」
「……あの、いえ…私が…弱いばかりに、手間取らせてしまい…申し訳ありません」
日番谷くんから向けられる真っ直ぐな眼差しは、
尸魂界に来てから初めて向けられるもので、
私はその視線から逃げ出したいのに逃げれなくて、
彼が瞬きをした隙に視線を外すのが精一杯だった。
「いや……俺が雪下を信用してたはずなのに取り乱したせいだ」
「気にしないでください。あの場にいたら誰だってそう思っちゃいますよ」
自分でもおかしなことを言っているのだと分かった。
信用してほしかったのに、仕方がないのだと自ら肯定してしまっているのだ。
でも、日番谷くんを責めたりしたくないのだ。
「いや、隊長として冷静を欠けていた俺が悪い」
「……そんなこと、」
隊長の羽織が揺れたと同時に、
私の身体を隊長の温もりが包んだ。
「……俺は隊長失格だ」
背中にまわされた腕が強く私を抱きしめる。
「松本から聞いた」
静かに鼓動が強く早く打ちつける。
「現世で俺と知り合いだったと」
その言葉に、目頭が熱くなるのを感じた。
一瞬の間に淡い期待が浮かんで、けれどそんなことはないと消えた。
「俺は知りたいんだ。雪下とどんな風に過ごしていたのか」
「……隊長、」
「今は…隊長じゃねぇ……2人きりのときは…雪下が呼んでた呼び方でいい」
低い落ち着いた声に、心臓が震えた。
彼の羽織が私の涙を吸って濡れる。
「……日番谷、くん」
「俺は、なんて呼んでいた?」
「名前で呼んでた」
「詩織」
久しぶりに聞いた響きに、涙が溢れて止まらない。
日番谷くんは私を抱きしめたまま、頭を撫でるから、余計に胸が締め付けられて苦しくて、でも嬉しかった。
ひとしきり泣いたあと、
私と日番谷くんは縁側に腰掛け空を仰いでいた。
隣の彼がなにを考えているのか分からないけれど、
距離の近さに不思議と何も不安はなかった。
「今まで辛い思いをさせてすまなかった」
「ううん……いいんです」
「俺にとって詩織は、大事な奴だ。今は記憶はねえが、ここで一緒に過ごしている時間は俺にとっても大切な時間だ」
日番谷くんが私に視線を向ける。
視線が交わる。
「お前との記憶が戻るなら何だってするさ」
頬に手が添えられ、
目の前に迫った彼は瞳を瞑った
口付けをしたのは初めてだった。
唇を離した日番谷くんは、私の頭に手のひらをのせた。
「……今のは……すまん」
頬を紅く染めて視線を泳がせる彼の姿に、
今のキスは記憶を戻すために思わずやってしまっただけで、深い意味はないんだと思うと胸が傷んだ。
私は自分が少し我儘になったことを感じていた。
「なにか、思い出せましたか?」
日番谷くんは首を振る。
「そしたら、2人きりのとき、こうして過ごしませんか」
バツの悪そうな表情をしていた彼は、困ったような微笑みを向ける。
きっと思い出すことなんてない。
私はそう思っていて、だからこそ、こんなどうしようもないお願いをしてしまうことができた。
「ああ……わかった」
それでもきっと彼ならそう返事すると分かっていたから。
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