記憶の欠片
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その悲鳴が聞こえてきたとき、
私はただ立ち尽くすしかできなかった。
記憶の欠片
旅禍が侵入してきたと大事になっているものの、私はいつもどおりの任務や書類整理に追われていた。
本当に、あれから日番谷くんにも乱菊さんにも会えない日が続いていて、隊主室に戻っても彼の姿はない、なんてことが多かった。
やっぱり会えないと寂しいな。
その日は、朝から事件が起こった。
五番隊愛染隊長が殺害されたという報せ。
雛森さんの悲鳴に、
私は立ち尽くすことしかできなかった。
いったい、何が起こっているのか。
「市丸がそんなこと言ってたのか」
深夜、隊主室の明かりがついていて、中に入ると隊長が事務作業をしていた。
ソファでは乱菊さんが横になって寝ている。
五番隊から引き継いだ業務を私も手伝いながら、先日の市丸隊長との会話を伝える。
もちろん、日番谷くんが何かを企んでいるなんて思わない。
けれど、
市丸隊長の不敵な笑みが引っかかっていた。
「雪下はこの状況をどう捉えている?」
「この状況、ですか」
旅禍が侵入して、色んなところで戦闘が始まって。
愛染隊長の訃報、
雛森さんが市丸隊長に刃を向けて吉良副隊長が応戦して、それを日番谷くんが止めて。
きっと、日番谷くんはどうしようもないほど心を痛めている。
書類に視線を落とし執務をこなす姿に、私も役に立たないとと思ってしまう。
「市丸には気をつけろ」
静かに日番谷くんが言う。
「はい」
遠くから虫の音が聞こえ、私も書類整理の作業に戻った。
このまま静かな時間が続けばいいのに。
少しして乱菊さんが起きた。
日番谷くんは厠に向かうため隊主室を出て行った。
「乱菊さんも無理しないでくださいね」
「あんたも顔が酷く疲れてるわよ」
両手を頬にあてて軽くマッサージをすると、乱菊さんはぷッと笑った。
そんなに疲れてるように見えたかな?
「詩織は無理してない?」
「大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて、私が心配してるのは……」
乱菊さんは途中で言葉を止めて、斬魄刀の柄に触れた。
「いつでも私を頼っていいんだからね?」
「はい、ありがとうございます」
日番谷くんが戻ってきて、私は隣の別室で作業するため荷をまとめた時だった。
「日番谷隊長!松本副隊長!地獄蝶より伝令です!雛森副隊長らが牢屋からいなくなり…」
伝令を聞いて、2人は足早に隊首室を後にした。
胸騒ぎがする。
よくない何かがまた起きる。
誰もいなくなった部屋で、私の筆音だけが響く。
不穏な感覚が襲って、私は視線を机から上げた。
「……え」
目の前に愛染隊長がいる。
なぜ?
どうして?
「やはり、君には私が見えていたんだね」
「それはどういう……」
突然目の前が真っ白になり、意識が遠のいた。
薄れていく意識の中、
詩織ー!
私を呼ぶ、
あの頃の日番谷くんの声が脳裏に響いた。
何かが倒れる音がして、目が覚めると、薄暗い場所にいた。
閉ざされた空間のようなそこは、血の匂いが充満している。
立ち上がろうとしたのも束の間、縄で拘束された体は床に崩れた。
「起きましたん?」
目の前に立っていたのは市丸隊長と、愛染隊長だった。
背中を嫌な汗が流れる。
今すぐにここから逃げ出してしまいたいのに、
目の前の市丸隊長の霊圧に、足が竦んでしまっている。
愛染隊長の足元に誰かが倒れているのに気付く。
何度も見たことのある髪留め・・・・雛森副隊長のものだ。
雛森さんの倒れている周囲には血が広がっている。
「どうして…雛森副隊長が……」
訳も分からないまま振り絞った気力で何とか立ち上がる。
意識が朦朧とする。
「何言うてますのん?詩織ちゃんがやったんやないの」
そう言う市丸隊長は私の手元を指差す。
腕から指先にかけてベッタリと血がついていた。
なに、これ・・・・・・
「私じゃ、ない・・・一体、なにを・・・」
愛染隊長の冷たい視線が私を貫くように突き刺さる。初めて見る冷徹な表情に、身体が強ばる。私も雛森副隊長のように刺されてしまうのだろうか。
けれど、愛染隊長は雑草でも見るように私に何の感情も抱いていないのか、背を向けて部屋を出て行った。
「ほんま詩織ちゃんも連れて行きたいねんけど堪忍な。詩織ちゃんが日番谷隊長ばっか追っかけてたのがアカン」
冷笑を浮かべて市丸隊長も部屋を出て行く。
そのときだった。
知っている霊圧が光の速さで近づくのを感じた。
部屋の外から「雛森はどこだ!」と日番谷隊長の叫ぶのが聞こえ、胸の奥がキュッと縮む。
私の目の前で、おそらく冷たくなっているであろう彼女の姿を見たら、いったい・・・・
「雛森っ・・・!・・・・・・なんで、雪下がここに・・・」
瞬歩で部屋の中へ入ってきた隊長は、床に倒れていた雛森副隊長を見ると同時に、私に気付くと息を止めた。驚いた眼差しが、「お前がやったのか?」と強く物語っている。
高まる隊長の霊圧に、私は口が開けなかった。
「雪下、お前のこと・・・信じてたんだぞ」
私に向けられる日番谷くんの敵視に、何とか気張っていた身体の緊張の糸がプツリと切れて意識が遠退いた。ただ、もう目の前の彼には、あの頃の大好きだった日番谷くんにはもう二度と会うことはないんだということだけがはっきりと分かった。
◇ ◇ ◇
どういうことだ。
なぜ、愛染が生きてる?なんで雛森が倒れてる?どうして雪下がここいいる?
予想外のことに思考が鈍ってばかりだ。
ただ一つ、愛染が敵だということ以外。
雪下の腕には血がべったりと付いている。刀を抜いていない雪下がやったとは考えられないのに、雛森の近くにいる状況に嫌でも疑ってしまう自分がいた。
俺の霊圧に耐えきれなくなったのか雪下は気を失ってその場に倒れた。
背後から市丸のわざとらしい笑いが耳についた。
「あきまへんやん。自分の部下、疑ったら」
「なんで雪下までここにいるんだ」
「詩織ちゃんも仲間に入れたかったんやけどフラれたさかい、尊敬してる隊長はんに疑われてもええかなと思いましてん」
それが、ただの逆恨みだというのは分かった。
だが、市丸自体、雪下に興味は無く、そんな状況を楽しむためにわざとフラれたようにさえ思える。
いつから、愛染は敵だった?
いつから?
あんなに雛森は愛染を慕っていたじゃねえか。
俺の胸中を分かったのか、愛染が口を開いた。
「良い機会だ、日番谷くん。一つ覚えておくといい。憧れは理解から最も遠い感情だよ」
その瞬間、体中の毛が浮き立った。
憤りのない苛立ちが激しく感情を揺さぶり、霊圧を最大限に爆発させ、俺は卍解した。
けれど、卍解もむなしく、気付けば肩ごと切り込まれ、氷の上に倒れた。
遠退く意識の中で、何度も雛森の名を呼んだ。
つづく