記憶の欠片
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触れているのに、
遠くにいるみたいで、
記憶の欠片
「………っん」
強く抱き締められ、声が漏れた。
「痛かったか?」
「いえ、大丈夫です」
日番谷くんは掴んでいた腕の力を抜いた。
あの日から、日番谷くんが私の部屋を訪れるたびにこうして抱き合っている。彼の腕に包み込まれるたびに、嬉しさと罪悪感が波のように押し寄せてくる。
記憶を取り戻すため。
それだけのために、ただこうして抱き合っている。
そんな自分が酷く滑稽に思えた。
きっと、記憶を取り戻した日番谷くんは、私に幻滅するに違いないのだから。
私のせいで、溺れて死んでしまったのだから。
だから、
今だけは彼を感じていたい。
「明日から俺と松本は現世での任務になった」
日番谷くんは腕を解くとそう言った。
総隊長曰く、日番谷先遣隊と言うらしい。
「しばらく会えないんですね」
発した声はひどく掠れていた。
私の実力では足でまといなのは明らかなのに、それでも会えなくなるという事実に胸が苦しかった。
「……時間ができたら会いに来る…いいか?」
「日番谷くん……」
「っだぁもう、そんな顔すんな」
そんな顔?と首を傾げる。
もしかして酷くブサイクだっただろうか。
日番谷くんは顔を手のひらで覆い、そしてため息をつく。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
そういうのが聞こえたかと思うと、目の前が見えなくなった。そして唇に柔らかいものが触れる。
日番谷くんの唇だった。
長いキスを終えて、日番谷くんがそっと唇を離す。
「俺以外にそんな顔見せるんじゃねえぞ?」
そう言って日番谷くんは現世へと出発してしまった。
唇を離したときの、彼の眼差しがドキッとするほど私を求めているような熱があって、その熱は数日経っても冷めることはなかった。
◇
日番谷くんと乱菊さんが現世任務に行ってから半月が経った頃、乱菊さんから地獄蝶を通じて連絡があった。
『ちょっとこっちに来て手伝ってほしいんだけど』
『え?剣道の大会ですか?』
『あんた、現世にいたころ剣道部だったんでしょ?』
『ええ、まぁ…』
通信の向こうから、乱菊さんが『ラッキー!臭い防具つけなくて済むー!』と歓喜する声が聞こえ、何となく事情を察した。
『ついでにさ、隊長にも会えるじゃない?』
『そう、ですね』
『じゃあ─「詩織さーーーん!!!助けてえええ!!」』
背後からザザザ!と書類の崩れる音が聞こえ、振り返ると理吉くんが崩れた書類の下敷きになっていた。
『いまの音、何?』
『理吉くんのお手伝いをしてたんですけど、ちょっと「わわわ〜!!!」乱菊さんすみません!行けたら行きます!』
そう行って通信を切った。
軽くため息をついて、同期の荒らした書類の片付けをはじめた。
「さっきの松本副隊長からの連絡って、現世の剣道大会に出て欲しいってことですか?」
「うん、まあ」
片付けを終えて、理吉くんとお菓子を頬張る。
彼が阿散井副隊長に内緒で執務室に隠しているお菓子の在処を、私はこの数日で全て把握したと思う。
隣の隊首室から朽木隊長の静かな霊圧を感じるけれど、無視しよう…。
「行ってくればいいじゃないですか!」
「うーん、でも正式に派遣の命を受けたわけじゃないし」
「さっきのは副隊長命令ですよ!」
「そんな緩い指示でいいの?」
きっと虚が出れば、なんとか言い訳をつけて行けるのかもしれないけど。
***
授業の合間、窓の外を眺めていた俺に松本が話しかける。
「隊長残念でしたね」
「何がだ」
「詩織にこっちきて参加してって頼んだんですけど断られちゃいました☆」
「別に…頼んでなんか」
「またまた〜!知ってるんですよ!2人がひそかに逢瀬を重ねてるって!隠れて何してるんですか?」
「な!なんもしてねえ!余計なお世話だ!」
「あら〜すごい慌てっぷり図星ですね」
「んなわけ!」
「でも詩織、六番隊の行木理吉と一緒でしたよ?2人で何してたんでしょうね〜?」
「面白がってるだろ?」
「私は隊長の恋愛を応援してるんですよ〜!」
「さっきから騒いでどうしたんすか乱菊さん」
「あ!恋次聞いてよ!」「松本ぉおおお!!!」
そして剣道大会当日。
斑目、松本に唆されて剣道大会に出ることになった俺は、簡単に相手から1本を勝ち取った。
次鋒の試合を眺めながら、もし、隣に詩織がいたらと考える。現世で俺が生きていた頃、俺は詩織と剣道着を着て、防具をつけて、こうして座っていたのだろうかと。
『行木理吉と何してたんでしょうね?』
詩織の同期だという奴が詩織のそばにいる事を想像して腹が立った。詩織は俺の……そこまでで思考は止まる。なんでこんなに詩織が気になるんだ。
詩織に会いてえな…
現世に全く興味もないし、こっち側の人間と馴れ合う気もない。だけど、詩織のこととなると別だ。どんな風に一緒に過ごし、どんな気持ちを抱いていたのか知りたいのだ。
そのとき、
虚の気配を感じた。
俺たちはすぐに義魂丸を飲み込み、死神の姿に変え、
気配を感じた場所へ向かいさっさと始末を終える。
試合会場に戻ると、副将が勝ったところだった。
「空座高校の勝利〜!」
しかし斑目が試合に出れず審判に盾突き場は騒然となる。騒がしくなる体育館。
「松本、さっさと帰るぞ」
そう呟き、更衣室に向かうため体育館を出る。
「あ…もう試合、終わっちゃいました…よね?」
目の前には肩で息をする詩織がいた。
義骸に入っているのか、道着を着て「雪下」と書かれた垂れをつけて。
「実はこっちで虚が出たと報せがあって…そしたら朽木隊長が通行許可を出してくれて…」
「朽木が?」
背後にいた阿散井が「隊長が?」と会話に加わる。
「ええ、ここ数日六番隊のお手伝いをしていたので、今日のことは朽木隊長も知ってたんです」
詩織は阿散井に視線を向け、にこやかに口角を上げた。
「にしてもお前のその格好、けっこう様になってんじゃねえか」
阿散井の腕が詩織の肩をつつく。
「ほんとですか?」
「ああ。日番谷隊長もそう思いま……」
阿散井が詩織に触れていることがすごくつまらない。
相当眉間のシワが深くなっていることは自覚していた。
そんな俺の顔を見るなり阿散井は、詩織の肩からサッと腕を放した。
「じゃ、じゃあ俺は帰りますんで!」
阿散井がいなくなり今度は松本が顔を出した。
「あら詩織来たの!」
詩織は松本に笑顔を向けるとそっちに寄っていく。
「実は朽木隊長が」
「じゃあまだすこ〜しここに居たら?ねえ?隊長どうです?」
面白がっている松本の顔がイラつくが、俺だって詩織に会えて嬉しいのは事実だ。まだもう少し一緒にいたいと思っていた。
「……少しだけだぞ」
「よし!じゃあ二人ともあそこに行きましょ!」
悪い予感が遮る頃には、俺と詩織は松本に引っ張られて校舎内を走っていた。
「おい待て!どこへ連れていく!?」
「嫌ですよ隊長〜あそこしかないじゃないですか」
立ち止まったのは保健室。
「さ!どうぞ隊長!おっぱじめて下さい!」
ニヤニヤする松本の隣で顔を真っ赤にさせた詩織。
「松本〜〜ッ!!!!!!」
「乱菊さん、すぐどっか行っちゃいましたね」
「ったくアイツは…」
シャーっとカーテンを締めるとそこは俺と詩織だけの空間となった。
「半月ぶり、か?」
「え、ええ…そう、ですね」
詩織の手を引き、抱き締める。半月ぶりの彼女はやっぱり細くて柔らかくて、でも体幹はしっかりしてて。
「…ん、あっ…」
理性が急にブレーキが壊れたように効かなくなった。
それは半月ぶりに触れるからなのか、ものすごく詩織を欲していた。
唇を割って舌先を入れ、詩織の舌と絡める。
「ふぁ…あ…ふ……」
目の前を見れば涙目の詩織がそこにいて堪らなくそそられた。
現世に行く前、こんなことまでやってなかっただろ!?
どうしてこんなことをしているのか自分自信分からない。
けど、もっと、詩織が欲しい。
「ひ、つがや…くん?」
頬を真っ赤に染め、目をとろんとさせた詩織の姿にやっぱりブレーキなんて効くわけもなく。
「俺のいねえ間に随分六番隊に世話になってるようだな」
「そんなこと…ないよ…檜佐木さんや京楽さんだって…んっ」
他の男の名前が出てくるのをキスをして止める。
さっきの阿散井といい、行木利吉といい、詩織が他の男と仲良くしているのが詰まらない。
ああ、俺はどうやら本当にこいつの事を、好きになってしまったらしい。
「俺は詩織のことが好きだ」
じゃなきゃこんな事、記憶を取り戻すためだからと言ってキスも抱擁もするわけない。
「日番谷くん」
詩織の低く悲しみを含んだ声が俺を呼ぶ。
「きっとそれは勘違いだよ。キスしたりして勘違いしてるだけ。記憶が…戻ったら、また…聞かせて?」
そう言って俺から離れる。
薄らと詩織の頬を涙が伝った。
「好きって言ってくれて、ありがとう」
詩織がカーテンの向こう側に消えていくのをただ見つめることしか、できなかった。
思ってもみなかった反応に内心戸惑っていたのだ。
詩織は俺を受け入れてくれる。
きっと詩織は俺のことが、俺と同じように好きなんだろう。
そんな根拠の無い思いがあったから。
それは勘違いだよ。
その言葉を否定することができなかった。
たしかに、詩織と触れ合うことで芽生えた気持ちなのかもしれない。
だけど、そうだとしても、
この気持ちに嘘なんかないんだ。
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