こちふかば
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ふいに白梅の香りを感じることが増えた。
辺りを見渡しても当然に梅の花など咲いていない。
そして脳裏には先日の団子屋の彼女の姿が過る。
東風吹かば 匂いおこせよ梅の花
主なしとて 春な忘れそ
『勢至丸は意味知ってる?』
『……初めて聞いた』
『へぇ、勢至丸でも知らないことってあるんだ?』
『なんだよ、悪かったな』
『ううん、バカになんかしてないよ。教えてあげるね?私がいなくなっても花を咲かせて、私のもとまで香りを届けておくれって。素敵よね……ってなによその顔!』
『いいや?似合わない言葉だなぁって』
『じゃあ勢至丸なら何て詠むの?』
『詠まない』
『え?そんなの反則だよ!さては言うのが恥ずかしいんでしょ?』
『そんなわけないって。その香りごと掻っ攫ってやるって思っただけだって。女々しく待ってられるか』
『うわぁ、元豪族が言うと現実味ある』
『だろ?何がなんでも生き延びて守りたいもんは守る。それが生かしてくれた父上への弔いだ』
他愛のない会話をしていた、強気だった小さい頃の自分。自分の手で守れるだけの強さを欲していた。知恵も体力も全て血肉として吸収していった。世間知らずだったあの頃。ただ強くなれば誰も傷付くことなく平和に暮らせると何の疑いもなく信じていた。
◇
ふと、当時の自分の言葉を思い出して苦笑する。そんな時だった。
「土井先生、お久しぶりです」
突然かけられた声に、なんだ利吉くんかぁ、と洩らすと彼はいつもの爽やかな笑みを向けた。
「そろそろ父上にと思いまして」
「生憎、今は乱太郎たちの補習で校庭にいるよ」
「そうでしたか。では少し待たせていただきます。ところで土井先生、来る途中に新しい団子屋が出来ていたのて寄ったんですが、美味しかったので手土産に包んでもらいました。お一つどうぞ」
そう言って彼は風呂敷から団子の入った包みを開いた。金色に艶のかかったお団子に目が留まる。
「この団子って……」
「先生もご存知でしたか。来る途中の、梅の木のある団子屋です。きり丸くんがアルバイトしていたので、もしかしてと思ってましたがやはり」
「え?きり丸が?団子屋のことは知っていたけど」
「そこはご存知ではなかったですか。団子屋できり丸くんがアルバイトしていたんですよ。店の詩織さんもしんベヱ君と知り合いみたいですし、先生のこと覚えてましたよ?」
「え?」
思わず心臓が止まりそうになった。彼女は私に気付いて……。
「ほら、前にしんベヱくんと寄ったと」
「ああ、そのことか」
一瞬にしてあれこれと思い悩んだが杞憂だったようだ。第一、本当に彼女だと確認したわけでもないのだ。ただもしかして、と懐かしむ自分がいるだけ。ああもういっそ忘れていたかった。
「他にどのことがあるんですか」
「いや、なにもないさ」
「この団子屋、仕事仲間の間でも好評なんですよ。以前は堺で店を開いていたとか。移転はしんベヱくんの発案らしいですね」
「さすが利吉くん、そんなことまで」
「ははは、店を切り盛りしてるのが女性一人ってことで手伝うことはないかと話しかけてたので」
楽しそうに話す彼の頬が仄かに染まっていることに気付いているだろうか。
「じゃあこの間行ったとき、変装した忍者が多いなと思ったのは人気だからなのか」
「みたいですね。もしかして何かカラクリがあるとお考えでしたか?」
「ま、まあね」
「先生の考えているようなことはありませんよ」
ハハッと笑う利吉くんにうすら笑みを浮かべる。
「詩織さんは全くの無関係者です」
「おや珍しいね、利吉くんがそんなに肩入れするなんて」
「は、ハハ……私にも春が来たようです」
否定しないんだ、と内心突っ込む。まあ彼はこのくらい自信があった方が丁度いい。
「うまくいくといいね」
「実はそのことで土井先生にご相談が」
クールな彼が頬を染めて口元に手を添える。ああ、こんな彼でも上手くいかない恋はあるのか。
「週三で通っていて、顔馴染みになることはできたんですが、そこからどう踏み込めばいいかと……お団子の受け渡しの時に手を触れたりしても嫌がる様子はないですし、閉店の後片付けも手伝いましたが……なんて言うかこう、反応が薄いと言いますか」
「……それは彼女に好い人がいるんじゃ?」
「それはないです。堺にいた頃に結納した相手と別れたそうですから」
「結納までして?」
「大方、相手が口煩かったに違いありません。まぁそのおかげで私は彼女を口説けるんですが。で、先生、アドバイスを」
「ええ?アドバイスって言ってもなぁ……利吉くんの思ってるほど私は経験がないから」
「あ、そう言えば詩織さん、白梅の香水をなさっているんです。女性って香水に気付いてもらえたら嬉しいものでしょうか?」
「いや私に聞かれても……山本シナ先生や北石君に聞いてみたらどうだい?」
「ええ?北石君、ですか?」
彼なりのプライドがあるようだ。致し方ないか、と呟く彼に肩を竦める。
「白梅と言えば利吉くんは知ってるかい?」
「ああ、東風吹かば、ですか?詩織さんにも聞かれました。全く詩織さんといい、先生といい、物知りですね」
「私は何も言ってないけど…」
「私なら何て詠みますか?と聞かれました」
「利吉くんは何て返したんだい?」
「わ、わたしは……今すぐにでも会いに行きますよ、と。あ、先生笑わないでください!彼女にも笑われて恥ずかしいんですから!」
「ははは、彼女は何て?」
「詩織さんは、『私なら詠まない』とだけ。よく分からなかったのは、『攫ってくれるのを待っている』と。でも結納相手とは破談になったのによく分からないんですよね」
「…………ふうん」
そこで山田先生が部屋に戻って来て、利吉くんの恋愛相談は幕を閉じた。
◇
夕刻、きり丸がアルバイトから戻ってくるのを門で待っていた。地平線の向こうからきり丸の姿が見える。安堵を浮かべたのも束の間、きり丸の後をつける曲者に気付く。先生~と呑気に手を振って走ってくるきり丸に「なに呑気に尾行されてんだ!?」と漏らす。
「へ?ああ、いいんすよ。あの曲者さんはバイトの往復で僕が事件に巻き込まれないか確認するために尾行してるだけなんで」
「はあ!?」
「最近例の団子屋でバイト始めたんですけど、そこの詩織さんが何と忍者に大人気で!詩織さん、僕が一人で帰るのをすっごーーーーく心配してて、村人のふりをした曲者が毎回送って行きますよって彼女を安心させてるんですよ」
「そ、そう、なのか……」
ふと、きり丸から白梅の香りが漂う。利吉くんの言葉を思い出す。団子屋の彼女は白梅香を身に付けていると。そうか、最近やけに匂いを感じると思っていたが、きり丸からだったのか。
「先生?」
「ああ、すまんすまん」
「へんな先生」
きり丸が空を仰ぎながら門を潜っていく。小さな背中を見つめながらフッと息を漏らす。ああ、きっと彼女に違いない。懐かしさが込み上げたのも束の間、過去に消し去った記憶の断片が嫌が負うにも蘇る。手のひらに広がった鮮血。業火に響く呻き声。胸がズキリと鈍い痛みを感じる。彼女に私のいないところで勝手に幸せになってくれと願う。そして永遠に私を待たないでくれ。
辺りを見渡しても当然に梅の花など咲いていない。
そして脳裏には先日の団子屋の彼女の姿が過る。
東風吹かば 匂いおこせよ梅の花
主なしとて 春な忘れそ
『勢至丸は意味知ってる?』
『……初めて聞いた』
『へぇ、勢至丸でも知らないことってあるんだ?』
『なんだよ、悪かったな』
『ううん、バカになんかしてないよ。教えてあげるね?私がいなくなっても花を咲かせて、私のもとまで香りを届けておくれって。素敵よね……ってなによその顔!』
『いいや?似合わない言葉だなぁって』
『じゃあ勢至丸なら何て詠むの?』
『詠まない』
『え?そんなの反則だよ!さては言うのが恥ずかしいんでしょ?』
『そんなわけないって。その香りごと掻っ攫ってやるって思っただけだって。女々しく待ってられるか』
『うわぁ、元豪族が言うと現実味ある』
『だろ?何がなんでも生き延びて守りたいもんは守る。それが生かしてくれた父上への弔いだ』
他愛のない会話をしていた、強気だった小さい頃の自分。自分の手で守れるだけの強さを欲していた。知恵も体力も全て血肉として吸収していった。世間知らずだったあの頃。ただ強くなれば誰も傷付くことなく平和に暮らせると何の疑いもなく信じていた。
◇
ふと、当時の自分の言葉を思い出して苦笑する。そんな時だった。
「土井先生、お久しぶりです」
突然かけられた声に、なんだ利吉くんかぁ、と洩らすと彼はいつもの爽やかな笑みを向けた。
「そろそろ父上にと思いまして」
「生憎、今は乱太郎たちの補習で校庭にいるよ」
「そうでしたか。では少し待たせていただきます。ところで土井先生、来る途中に新しい団子屋が出来ていたのて寄ったんですが、美味しかったので手土産に包んでもらいました。お一つどうぞ」
そう言って彼は風呂敷から団子の入った包みを開いた。金色に艶のかかったお団子に目が留まる。
「この団子って……」
「先生もご存知でしたか。来る途中の、梅の木のある団子屋です。きり丸くんがアルバイトしていたので、もしかしてと思ってましたがやはり」
「え?きり丸が?団子屋のことは知っていたけど」
「そこはご存知ではなかったですか。団子屋できり丸くんがアルバイトしていたんですよ。店の詩織さんもしんベヱ君と知り合いみたいですし、先生のこと覚えてましたよ?」
「え?」
思わず心臓が止まりそうになった。彼女は私に気付いて……。
「ほら、前にしんベヱくんと寄ったと」
「ああ、そのことか」
一瞬にしてあれこれと思い悩んだが杞憂だったようだ。第一、本当に彼女だと確認したわけでもないのだ。ただもしかして、と懐かしむ自分がいるだけ。ああもういっそ忘れていたかった。
「他にどのことがあるんですか」
「いや、なにもないさ」
「この団子屋、仕事仲間の間でも好評なんですよ。以前は堺で店を開いていたとか。移転はしんベヱくんの発案らしいですね」
「さすが利吉くん、そんなことまで」
「ははは、店を切り盛りしてるのが女性一人ってことで手伝うことはないかと話しかけてたので」
楽しそうに話す彼の頬が仄かに染まっていることに気付いているだろうか。
「じゃあこの間行ったとき、変装した忍者が多いなと思ったのは人気だからなのか」
「みたいですね。もしかして何かカラクリがあるとお考えでしたか?」
「ま、まあね」
「先生の考えているようなことはありませんよ」
ハハッと笑う利吉くんにうすら笑みを浮かべる。
「詩織さんは全くの無関係者です」
「おや珍しいね、利吉くんがそんなに肩入れするなんて」
「は、ハハ……私にも春が来たようです」
否定しないんだ、と内心突っ込む。まあ彼はこのくらい自信があった方が丁度いい。
「うまくいくといいね」
「実はそのことで土井先生にご相談が」
クールな彼が頬を染めて口元に手を添える。ああ、こんな彼でも上手くいかない恋はあるのか。
「週三で通っていて、顔馴染みになることはできたんですが、そこからどう踏み込めばいいかと……お団子の受け渡しの時に手を触れたりしても嫌がる様子はないですし、閉店の後片付けも手伝いましたが……なんて言うかこう、反応が薄いと言いますか」
「……それは彼女に好い人がいるんじゃ?」
「それはないです。堺にいた頃に結納した相手と別れたそうですから」
「結納までして?」
「大方、相手が口煩かったに違いありません。まぁそのおかげで私は彼女を口説けるんですが。で、先生、アドバイスを」
「ええ?アドバイスって言ってもなぁ……利吉くんの思ってるほど私は経験がないから」
「あ、そう言えば詩織さん、白梅の香水をなさっているんです。女性って香水に気付いてもらえたら嬉しいものでしょうか?」
「いや私に聞かれても……山本シナ先生や北石君に聞いてみたらどうだい?」
「ええ?北石君、ですか?」
彼なりのプライドがあるようだ。致し方ないか、と呟く彼に肩を竦める。
「白梅と言えば利吉くんは知ってるかい?」
「ああ、東風吹かば、ですか?詩織さんにも聞かれました。全く詩織さんといい、先生といい、物知りですね」
「私は何も言ってないけど…」
「私なら何て詠みますか?と聞かれました」
「利吉くんは何て返したんだい?」
「わ、わたしは……今すぐにでも会いに行きますよ、と。あ、先生笑わないでください!彼女にも笑われて恥ずかしいんですから!」
「ははは、彼女は何て?」
「詩織さんは、『私なら詠まない』とだけ。よく分からなかったのは、『攫ってくれるのを待っている』と。でも結納相手とは破談になったのによく分からないんですよね」
「…………ふうん」
そこで山田先生が部屋に戻って来て、利吉くんの恋愛相談は幕を閉じた。
◇
夕刻、きり丸がアルバイトから戻ってくるのを門で待っていた。地平線の向こうからきり丸の姿が見える。安堵を浮かべたのも束の間、きり丸の後をつける曲者に気付く。先生~と呑気に手を振って走ってくるきり丸に「なに呑気に尾行されてんだ!?」と漏らす。
「へ?ああ、いいんすよ。あの曲者さんはバイトの往復で僕が事件に巻き込まれないか確認するために尾行してるだけなんで」
「はあ!?」
「最近例の団子屋でバイト始めたんですけど、そこの詩織さんが何と忍者に大人気で!詩織さん、僕が一人で帰るのをすっごーーーーく心配してて、村人のふりをした曲者が毎回送って行きますよって彼女を安心させてるんですよ」
「そ、そう、なのか……」
ふと、きり丸から白梅の香りが漂う。利吉くんの言葉を思い出す。団子屋の彼女は白梅香を身に付けていると。そうか、最近やけに匂いを感じると思っていたが、きり丸からだったのか。
「先生?」
「ああ、すまんすまん」
「へんな先生」
きり丸が空を仰ぎながら門を潜っていく。小さな背中を見つめながらフッと息を漏らす。ああ、きっと彼女に違いない。懐かしさが込み上げたのも束の間、過去に消し去った記憶の断片が嫌が負うにも蘇る。手のひらに広がった鮮血。業火に響く呻き声。胸がズキリと鈍い痛みを感じる。彼女に私のいないところで勝手に幸せになってくれと願う。そして永遠に私を待たないでくれ。
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