白梅香
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新学期になり、数日が経った頃、学園長の遣いでしんべヱと裏山の金楽寺まで出かけていた。
「土井先生、お願いがあるんですけど」
「どうした、しんべヱ」
「この前の団子屋へ、お遣いの帰りに寄って行きたいんです」
「ああ、堺で人気の団子屋だったか?」
「そうです!ふふふ、久しぶりに詩織さんに会えるのが楽しみだなぁ!帰りに寄ってみましょうね!先生!」
「ははは、じゃあ今は我慢して歩くんだぞ?」
しんべヱが眉尻を上げて気合いを入れた表情で歩みを進める。先日寄れなかった団子屋。堺で人気の団子屋。それ自体に何も引っかかるものはなかいのに、私にはやけにその店が気になって仕方がなかった。梅の花の匂いを感じたからだろうか。それとも、しんべヱから"詩織"という名を聞いたからだろうか。遠い記憶の彼方に追いやった大切な人の名に似ていたから、そんなふうに思ってしまったのだろうか。けれど、そんなの今は関係ない。もう、私はあの頃の私ではないのだから。柔らかな初夏の風が草木を揺らした。考えすぎたかもしれない。
「土井先生、急いでくださいよお!」
「おう、すまんすまん」
今は土井半助なのだ。もう昔の名を知っている者などいない。それでいい。
◇
「わーい!お団子お団子~!先生早く~!」
「全く……食べ物になると元気なんだから」
街道沿いの梅の木の近くに、先日と同様団子屋には人集りが出来ていた。
「やっぱり詩織さんの作る団子は美味しいんですよ!先生もぜひ食べて見て下さい!」
「ああ、そうさせてもらおう」
行列に並びながら客や店先の様子を観察する。それはもはや忍者としての一種の職業病のようなものだ。見れば、客の多くがそれぞれ違う土地の匂いをまとっている。旅の者か。行商か。それにしても団子屋なのに男客が多い気がする――さしずめ、情報のやり取りの場にでもしているのだろうか。少し歩いた先には三つ叉の分かれ道があり、さらに大きい街道へと続いている。それぞれの地域から情報を一気に集めるにはここが適所と言える。とすると、ここの店主はそれを支援でもしているのか?しんべヱの言っていた詩織という娘はもしかしたらお年を召しているのか?それとも全くの無関係の人間か?口元に手を添えて考え込んでいると順番が回ってきた。
店内から「お次どうぞ」と明るい声が響き、暖簾を上げると涎を垂らしたしんべヱが先に入った。素早く動くずんぐりむっくりの体は遠目からでも存在感がある。おい、しんべヱ。忍者のたまごなら存在感を消すんだぞと心の中で叱った。もちろん聞こえているはずもない。
「あら、しんべヱくん」
「久しぶりです!詩織さん!」
「そうね。あら、今日はお連れの方も……」
彼女が言葉を止める。私と彼女の視線が交わり、私はそっと視線を外す。胸の奥で閉じていた扉が開く音が聞こえたのはきっと気のせいだ。私たちの間に生じた微妙な間をしんベヱが壊す。
「僕の先生なんです!先生、僕のオススメを召し上がって下さい!」
「お、おう……そうか。ではいただこうか」
「じゃあ詩織さん、みたらし団子十人前で!」
「ふふ…じゃあ少し待っててね」
そう言って彼女が背を向けて厨房へと入っていく。
「ここの団子は詩織さんの手作りなんですよ!」
「へえ……そう、なのか」
しんベヱの話だと彼女が店の切り盛りを全て行っているそうで、私たちのもとへ団子を持ってくるまでの間にお勘定や案内、調理を全て彼女が行っていた。まさに取り付く島もない。
「お待ち遠様」
「わーい!」
ふと白梅の香りが鼻孔を擽る。それは先日嗅いだ懐かしい香りに似ている気がした。振り返りその後ろ姿を見つめる。
脳裏に過る懐かしい面影はすぐに消え失せていく。それが彼女なのか分からない。けれどもだからといってそれを確かめる気など起きなかった。団子を口の中で転がす。甘いみたらし餡が口内に広がっていく。久しぶりに頬が落ちるほどの美味しい団子を食べたと思うのは補習追試続きで脳が糖分を欲していたからだろう。ふと視線を感じ、店内を見渡すと厨房から覗く彼女の視線とぶつかった。彼女はばつが悪そうにスッと視線を外す。
「あ、こらこらしんべヱ、みたらしがほっぺについてるぞ」
私は気付かぬふりをして、しんべヱの頬を拭う。直感が彼女だと言っている。核心はないが。遠い過去に置いてきた大切な想い出が少しだけ脳裏に映りだした。勢至丸と呼ばれていた頃の、そして夜霧だった頃の。最後の一口を食べ終えて財布を取り出す。
「さあ食べ終わったから帰るぞ、しんべヱ。お代はここに置いておきます!」
心の中で彼女にサヨナラを告げる。もうこの店には二度と来まい。そして彼女に会うことがありませんように。彼女がこの先も幸せでありますように。そう思いながら忍術学園までの帰路に就いた。
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