空蝉
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涙が溢れて止まらなかった。
映画公開初日に仕事を休んで映画館をキメた。私は彼のことを何もしらなかった。そう思わずにはいられなかった。
冒頭から彼岸花のなかを彼が逃げ回っている。人々の悲鳴が響く。私はそんな忍たまの世界を知らなかった。
《山田先生、土井先生に家族は?》
《天涯孤独と聞いております》
うそだ。だって彼は言った。
《私には両親もいますし、天涯孤独ってわけじゃない。でも詩織さんには、あなたの帰りを待つ大事な人たちが向こうの世界にはいるんです》
あれは私を元の世界に返すための嘘だったの?
どうしようもないほど、ただ涙を流す。
知らなかった彼の素性が垣間見えるたびに、なぜ私は知らないんだと心の中で嘆いた。
映画を終えて、友人とカフェで茶をしばく。
「ねぇ、土井先生の両親って漁師…なんだよね?実家は、駿河なんだね?」
以前、彼から聞いた事を友人に尋ねる。友人は飲んでいた珈琲を吹き出さないように肩を震わす。
「ちょ、待って。なにそれ、いきなり笑かさないでよ〜!」
「え?」
「実家が漁師なのは2年の池田三郎次で、家が駿河の方なのは喜三太と金吾だよ?」
「……あ、そう、なんだ」
「詩織ってばいきなり映画でマジ泣きするくせに、知識はないんだから」
何度も彼の言葉を思い出す。けれどその度に、彼は私に優しい嘘をついていたのだと気付く。
珈琲を飲み終えた友人がぽつりと呟く。
「でもさぁ、こうして考えると、今回の騒動っては組以外の下級生は知らないわけでしょ?心配事も全部大人たちが引き受けて守ってるんだよねぇ。感慨深い〜」
「……そう、だね」
「最近の詩織、ちょっと心ここに在らずって感じだけど大丈夫?仕事無理すんなよ?」
「うん、ありがとう」
そのあとはゲームセンターに行き、土井先生のぬいぐるみをゲットして、何とか普通を装った。
帰宅してベッドに仰向けになり、取ってきたばかりの彼のぬいぐるみを見上げる。
友人の言葉をゆっくりと喉に流し入れる。
私は土井先生に守られていた。
視界の土井ぬいが滲んでいく。
涙が溢れ、耳に垂れる。
私は彼のなにも知らなかった。
彼の力に何一つなれなかった。
ただ後悔が波のように押し寄せるのだった。
