空蝉
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朝、目が覚めるとカーテンから差し込む日の光に、元の世界に戻ってきたのだと改めて確認した。
身体を起こすと、頬に涙のあとがあることに気付く。パジャマの袖でぐいっと拭い、ベッドから起き上がった。
一人暮らしの部屋、自分のベッド、蛇口を捻ると出てくる水、すぐに温水に代わり顔を洗う。何もかも夢だったのではないかと、思ってしまう。けれど、肌に触れる現実に抵抗を抱いた。
心の中で何度も土井先生と呼ぶ。けれど何かが変わることもなかった。
この世界はすべてが私の知っている元の世界なのに、すべてモノクロ色に染まっている。そんな感覚があった。仕事をしていても、弓を引いていても、忍術学園でのことを彼のことを思い出してしまう。
「おい、雪下!今夜付き合え」
「はい?またですか?」
「バカ今月はまだだろうが」
「いやいや、今月って今日からですから」
十二月になり、コートを着て出勤することが増えた。
同時に、12月20日公開の忍たま映画の前情報がチラホラと目につくようになった。その度に目にする土井先生や利吉さん、一年は組のみんなの姿に、胸が詰まる私がいた。三ヶ月くらい一緒に過ごしていた。それは身をもって感じているのに、現実には30分しか経っていなくて。
「雪下、男に振られたのか?」
仕事終わりに強面上司とサシ飲みをしていた。駅近くの海鮮居酒屋チェーン店は常連だった。上司の突然の言葉に肩をびくりとさせてしまった。なんだ。驚くだろ。
私の反応に図星だと分かったのか、上司はその厳つい顔を破顔させた。
「まじか。こりゃスマン。ほら詫びだ。呑め」
「詫びが芋ロックって何ですか」
「焼酎って言ったら芋だろうが」
わーわー上司と言い合い、何だかんだ帰宅の途に就いたのは終電間際だった。改札前でICカードを取り出そうとする私を上司が呼び止める。なんですか?と振り返ると、一等真面目な表情をした上司がいた。
「まあ、そんな落ち込むな。お前のこと良いって思ってる奴なんか沢山いるんだからよ」
まるで、上司の熱が私に移ったみたいに、私の頬も熱を帯びていく。ドッと鼓動が早くなるのを感じながら改札に入り、流れ込んできた電車に飛び乗った。
私と上司では歳が八つも離れている。強面だし、怒ると怖いし、口調は悪いし、だけど人の面倒を見るのが上手だ。人たらしな性分もあるのかもしれない。
人たらし。唐突に思い浮かんだ言葉に、思わず彼を連想してしまった。くせっ毛で傷んだ髪をしていて、練り物が嫌いで、真面目で優しくて、でも強くて。
もう、会えないんだ――。
地下鉄の車窓からは、トンネル内の電灯が一定のリズムを刻んで通り過ぎていくのが見える。芋焼酎が微かに残っている。気を紛らわすようにスマホを開いた。さきほど撮った上司の変顔を見ようと思ってアルバムを開こうとボタンをタップしていく。
「えっ……」
開いたアルバムには変顔をしている上司の写真の代わりに、二人の男女が手を上に翳して見上げる写真があった。二人の周囲にはススキが生い茂っていて、女は事務服を着た私で、もう一方の男は土井先生だった。あの日、確かにスマホは持っていなくて、お互いの手のひらでシャッターを切った真似事をしたにすぎないはずだった。思わず目を擦りもう一度画面を見る。けれど、そこには顎を突き出して変顔をする上司の顔が映っているだけ。
帰宅した私は、シャワーを浴びる前にクローゼットに仕舞った矢筒から矢を取りだした。
(……忍術学園で替えたままだ)
矢を仕舞おうと、矢筒の蓋を開けると、裏側に紙が貼り付けてあることに気付いた。そっと剥がして折り畳まれた紙を広げる。そこには達筆な文字で一言。
《あいたい》
その文字が土井先生のものだと私は知っている。じわじわと視界が歪む。紙を握りしめ床に座り込んだ。これは現実なの?夢なの?頬に手を添えて力なく引っ張る。痛みの無い感触は余計に現実味があった。単なる偶然でトリップしたに過ぎない。なんの理由もなくて、ただ帰るタイミングが来ただけなんだ。別にそれが一日でも一ヶ月でも、なにも変わらないんだ。それでも、胸に抱いた感情が抑えられず、紙にシワを刻んでいく。くしゃ、と無機質な音が部屋に響いた。
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身体を起こすと、頬に涙のあとがあることに気付く。パジャマの袖でぐいっと拭い、ベッドから起き上がった。
一人暮らしの部屋、自分のベッド、蛇口を捻ると出てくる水、すぐに温水に代わり顔を洗う。何もかも夢だったのではないかと、思ってしまう。けれど、肌に触れる現実に抵抗を抱いた。
心の中で何度も土井先生と呼ぶ。けれど何かが変わることもなかった。
この世界はすべてが私の知っている元の世界なのに、すべてモノクロ色に染まっている。そんな感覚があった。仕事をしていても、弓を引いていても、忍術学園でのことを彼のことを思い出してしまう。
「おい、雪下!今夜付き合え」
「はい?またですか?」
「バカ今月はまだだろうが」
「いやいや、今月って今日からですから」
十二月になり、コートを着て出勤することが増えた。
同時に、12月20日公開の忍たま映画の前情報がチラホラと目につくようになった。その度に目にする土井先生や利吉さん、一年は組のみんなの姿に、胸が詰まる私がいた。三ヶ月くらい一緒に過ごしていた。それは身をもって感じているのに、現実には30分しか経っていなくて。
「雪下、男に振られたのか?」
仕事終わりに強面上司とサシ飲みをしていた。駅近くの海鮮居酒屋チェーン店は常連だった。上司の突然の言葉に肩をびくりとさせてしまった。なんだ。驚くだろ。
私の反応に図星だと分かったのか、上司はその厳つい顔を破顔させた。
「まじか。こりゃスマン。ほら詫びだ。呑め」
「詫びが芋ロックって何ですか」
「焼酎って言ったら芋だろうが」
わーわー上司と言い合い、何だかんだ帰宅の途に就いたのは終電間際だった。改札前でICカードを取り出そうとする私を上司が呼び止める。なんですか?と振り返ると、一等真面目な表情をした上司がいた。
「まあ、そんな落ち込むな。お前のこと良いって思ってる奴なんか沢山いるんだからよ」
まるで、上司の熱が私に移ったみたいに、私の頬も熱を帯びていく。ドッと鼓動が早くなるのを感じながら改札に入り、流れ込んできた電車に飛び乗った。
私と上司では歳が八つも離れている。強面だし、怒ると怖いし、口調は悪いし、だけど人の面倒を見るのが上手だ。人たらしな性分もあるのかもしれない。
人たらし。唐突に思い浮かんだ言葉に、思わず彼を連想してしまった。くせっ毛で傷んだ髪をしていて、練り物が嫌いで、真面目で優しくて、でも強くて。
もう、会えないんだ――。
地下鉄の車窓からは、トンネル内の電灯が一定のリズムを刻んで通り過ぎていくのが見える。芋焼酎が微かに残っている。気を紛らわすようにスマホを開いた。さきほど撮った上司の変顔を見ようと思ってアルバムを開こうとボタンをタップしていく。
「えっ……」
開いたアルバムには変顔をしている上司の写真の代わりに、二人の男女が手を上に翳して見上げる写真があった。二人の周囲にはススキが生い茂っていて、女は事務服を着た私で、もう一方の男は土井先生だった。あの日、確かにスマホは持っていなくて、お互いの手のひらでシャッターを切った真似事をしたにすぎないはずだった。思わず目を擦りもう一度画面を見る。けれど、そこには顎を突き出して変顔をする上司の顔が映っているだけ。
帰宅した私は、シャワーを浴びる前にクローゼットに仕舞った矢筒から矢を取りだした。
(……忍術学園で替えたままだ)
矢を仕舞おうと、矢筒の蓋を開けると、裏側に紙が貼り付けてあることに気付いた。そっと剥がして折り畳まれた紙を広げる。そこには達筆な文字で一言。
《あいたい》
その文字が土井先生のものだと私は知っている。じわじわと視界が歪む。紙を握りしめ床に座り込んだ。これは現実なの?夢なの?頬に手を添えて力なく引っ張る。痛みの無い感触は余計に現実味があった。単なる偶然でトリップしたに過ぎない。なんの理由もなくて、ただ帰るタイミングが来ただけなんだ。別にそれが一日でも一ヶ月でも、なにも変わらないんだ。それでも、胸に抱いた感情が抑えられず、紙にシワを刻んでいく。くしゃ、と無機質な音が部屋に響いた。
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