私がトリップしてどうするんだ!
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
囃子の音色が聞こえる。夜の神社で聞くとまるで幻想的というか非日常感が漂っていた。もうすぐ秋祭りの時期か、と独り言ちる。袴の中に手を突っ込み、道着ポケットに入れたワイヤレスイヤホンを取り出す。スマホに接続し、動画配信アプリを起動させ、目的のページへと操作していく。
社会人になり早三年。社会の荒波に揉まれ、程よく希望なんてないんだと分かる年頃となった。つまり社畜。そんな私の唯一の楽しみは高校から始めた弓道だった。この神社には珍しく弓道場が併設されていて、そこに高校生の頃から友人と一緒に通っていた。その友人は生まれた時から生粋のオタクである。そんな彼女は社会人になると周囲に話題を共有する知人がめっきり減ったらしい。そして私に布教活動を始めたのだ。
『詩織!着替えながら聞いてよ!昨日の回がさぁやばくてさ、てなに。もう帰るの?』
『うんまあね。着替えてるとバス間に合わないし。そんなに寒くないし』
そう言って弓道着のまま矢筒を背負い弓を手にし、雪駄を履く。許せ、たぶんキャラの名前を聞いても右から左に流れてしまうだけなのだ。こんな私に布教活動しないほうがいい。
『いい?詩織。ぜったい帰りのバス待ってる間に忍たま見てよね!?いい?今週のやばかったんだから!!ああもうアンタしか話す相手いないからお願い!!』
そう頼まれた私も何だかんだお人好しなので、歩きながらスマホを開く。弓道場からバス停までの道には、風情にも竹林が生い茂っていて、その道を歩いていると何処からかお囃子の音が聞こえてきた。秋祭りの練習なのだろう。そのとき、ふと甘い香りが漂ってきた。金木犀なんて咲いていたっけ?やっと接続ができオープニングが流れ始める。うわ懐かしい。そんな風にスマホを眺めながらやっと竹林の終わりを告げる鳥居を潜った。
あれ?
急に真っ暗になるスマホ。え、落ちた?
ていうか反応しないし。なんで?
電源切れててもバスのタッチってできるんだっけ?
鳥居を潜ってすぐに車道に出るはずなのに、足元にコンクリートが見えなくて顔を上げた。
「どこ、ここ?」
辺りは竹林が生い茂っている。それはさっきと変わらない。ということは道を間違えた?いやあの鳥居は確かに潜った。おそるおそる私は振り返る。
「なんで…鳥居がないの?」
叫びたいほどの恐怖心が芽生える。でも本当に恐怖を抱いている時こそ声は出ない。ただ息を止めてしまうだけ。
まさか夢?本当はもうバスに乗ってるし、バスの中で眠ってしまっただけなんじゃない?と頬を抓る。痛い。
ああもう、本当にここはどこ?
早く帰って週明けのプレゼン資料の作成をしたかったのに。鬼先輩とチームを組まされた私には一刻の猶予もないのである。
そのとき、足元に何かが引っかかり、それがガラガラッと音を奏でた。何かの罠?動物を狩るための?え、ここってそんな田舎だったっけ?
そう思った途端、何かが頭上を掠めた。
「堂々と鳴子を鳴らすとは曲者め!」
「留!俺が先に聞きつけたんだぞ!」
「うるせえバカ文次!」
頭上を掠めた何かに驚いて身を縮める間もなく、目の前に影が降り立った。気がつけば、鋭い視線を向ける二人の少年が、こちらに武器を構えている。
「おい、お前。何者だ?」
槍を向けてくる少年が低い声で私に問いかける。
「……え?」
わけがわからない。
私はただいつもの道を歩いていただけなのに、今、突然槍を突きつけられている。
「おっと動くなよ。女だからって容赦はしないぞ」
「まあ文次郎、落ち着け。まずは話を聞いたらどうだ?」
もう一人のヌンチャクを持った少年が、彼を宥めるように言う。けれどその口調は楽しげで、案の定槍を持った少年の癇に障ってしまったらしい。
「ぬあんだと留三郎!こんな夜更けに不審者がうろついてるんだぞ?」
「だーかーら! 俺が先に見つけたんだから、そこは俺の判断だろ!」
突然始まる言い争いに、思わず「え、今?」とツッコミたくなったが、それどころではない。状況はまるで把握できない。というか、この服装って神社の人……ではないよね?え、ドラマの撮影とか?ううん、そんな感じじゃないよね?え?
「ちょっと待って、本当に違うんです!」
警察ドラマよろしく両手を上げる。下手に動けば、今にも槍の先が喉元に突きつけられそうなほど、彼らの持つ槍やヌンチャクには現実味があった。
——と、そのとき。
「二人とも何をしている!」
落ち着いた、けれどよく通る声が竹林に響く。
「土井先生!」
「先生、俺が先に見つけました!」
「違う、俺が先だ!」
少年達の見つめる先に、薄暗い竹林の間からスッと男性が現れた。
「まったく……六年生にもなって実習中に、言い争いをして」
ため息混じりに言いながら、こちらに目を向ける。その眼差しは少年達とは違い殺気のようなものは感じられない。けれど受け入れられているとも思えないような眼差しだった。そう、まるで四月に出来の良い新入社員が入ってきて戦々恐々としている一つ上の先輩の眼差しみたいな。いや違うか。でも歓迎はされていないのは分かった。
「……あの、貴女は一体何者ですか?」
男性の声は想像以上に優しかった。そして雲が晴れ、月明かりに照らされた彼は既視感のある見た目をしていた。待って、どこかで見た覚えがあるんだけど、待って。脳内が目まぐるしく回転を始める。何とか今までやり取りした取引先や会社の先輩達を脳裏に思い起こしていく。槍を突きつけていた少年が彼の名を再び呼ぶ。
「土井先生、その曲者どうされますか?」
土井先生。その響きに先ほどまで操作していたスマホのキャプション画面に出てきた顔がフラッシュバックした。そうだ、土井先生!この声!このビジュ!え、ということは待って。ここって……いや、そんなバカみたいなことはあり得ない。さっき頬を抓って夢か確認したけれど、力が弱かっただけかもしれない。もう一度、今度は強く爪痕が残るほど抓った。
「いったあ!やっぱり夢じゃないんだ!」
いよいよ分からなくなってきた。あのアニメの世界に入り込んだなんてそんなの聞いたことないぞ。空想科学読本だって二次元の世界に行くには光よりも速いスピードで走ることって言ってるぞ。私は走っていない。今度は平手打ちで頬を叩く。痛い。
私の先ほどからの奇行に流石の彼らも呆気に取られているようで、殺気を帯びていた眼差しが冷ややかな眼差しへと変わっていくのが見て取れた。
「おい、あんた。こちらの問いに答えろ」と槍の少年が言う。
「私は雪下詩織と言います。えっと、気付いたらここに」
「気付いたらだと?あんたの手に持ってるもんは何だ?それは弓じゃないのか?それに背負っている筒の中は矢だろ?どこの手の者だ?」
「弓と矢は稽古の帰りで持ってるだけです。私はただバス停に向かって歩いてただけですよ」
「ばすてい?……土井先生、如何しましょう?」
困った様子で腕組みをしていた先生は、槍少年の問いかけに「う~ん」と困惑を表した。なるべく面倒事には関わりたくないという表情をされてらっしゃる。そこで私はあることを思いついた。ここは忍たまの世界ということなら、私の知っている限り大体はなんとかなるということ。そして大抵は学園長に許しを請えば認められると。ならば私は学園長先生に会って曲者でないと認めてもらわねば。
「あの……!忍術学園の方たちですよね?私を、どうか、学園長の所へ連れて行ってくださりませんか?お願いします」
少年達は互いの顔を見合わせる。土井先生は胃を抑えながら深い溜め息を吐いた。私の大勝利である。とりあえず学園長先生に会えるまでは私の首の皮一枚繋がったようだ。竹林の茂みから少年達と同じ色の忍者服を着た少年が三人ほど姿を現す。私の記憶に残っているキャラは土井先生しかいない、どうしよう。こんなことなら友人の話を聞いておけばよかったと今になって後悔しないこともない。いや、むしろ友人がここに来るべきだったのだ。あ、思い出した。先週彼女が言っていた。『トリップと転生は違うのよ?トリップは夢主の世界に帰ってこれるの。だけど転生は転生だから。わかった?』あの言葉が本当なら、私は忍たまの世界にトリップしてしまったということだし、戻れる可能性もあるということだし、そもそもトリップすべきなのは私じゃ無くて友人じゃないか、と興奮気味になって突如ショートした弱味噌のせいで、私はその場にぶっ倒れた。
→
社会人になり早三年。社会の荒波に揉まれ、程よく希望なんてないんだと分かる年頃となった。つまり社畜。そんな私の唯一の楽しみは高校から始めた弓道だった。この神社には珍しく弓道場が併設されていて、そこに高校生の頃から友人と一緒に通っていた。その友人は生まれた時から生粋のオタクである。そんな彼女は社会人になると周囲に話題を共有する知人がめっきり減ったらしい。そして私に布教活動を始めたのだ。
『詩織!着替えながら聞いてよ!昨日の回がさぁやばくてさ、てなに。もう帰るの?』
『うんまあね。着替えてるとバス間に合わないし。そんなに寒くないし』
そう言って弓道着のまま矢筒を背負い弓を手にし、雪駄を履く。許せ、たぶんキャラの名前を聞いても右から左に流れてしまうだけなのだ。こんな私に布教活動しないほうがいい。
『いい?詩織。ぜったい帰りのバス待ってる間に忍たま見てよね!?いい?今週のやばかったんだから!!ああもうアンタしか話す相手いないからお願い!!』
そう頼まれた私も何だかんだお人好しなので、歩きながらスマホを開く。弓道場からバス停までの道には、風情にも竹林が生い茂っていて、その道を歩いていると何処からかお囃子の音が聞こえてきた。秋祭りの練習なのだろう。そのとき、ふと甘い香りが漂ってきた。金木犀なんて咲いていたっけ?やっと接続ができオープニングが流れ始める。うわ懐かしい。そんな風にスマホを眺めながらやっと竹林の終わりを告げる鳥居を潜った。
あれ?
急に真っ暗になるスマホ。え、落ちた?
ていうか反応しないし。なんで?
電源切れててもバスのタッチってできるんだっけ?
鳥居を潜ってすぐに車道に出るはずなのに、足元にコンクリートが見えなくて顔を上げた。
「どこ、ここ?」
辺りは竹林が生い茂っている。それはさっきと変わらない。ということは道を間違えた?いやあの鳥居は確かに潜った。おそるおそる私は振り返る。
「なんで…鳥居がないの?」
叫びたいほどの恐怖心が芽生える。でも本当に恐怖を抱いている時こそ声は出ない。ただ息を止めてしまうだけ。
まさか夢?本当はもうバスに乗ってるし、バスの中で眠ってしまっただけなんじゃない?と頬を抓る。痛い。
ああもう、本当にここはどこ?
早く帰って週明けのプレゼン資料の作成をしたかったのに。鬼先輩とチームを組まされた私には一刻の猶予もないのである。
そのとき、足元に何かが引っかかり、それがガラガラッと音を奏でた。何かの罠?動物を狩るための?え、ここってそんな田舎だったっけ?
そう思った途端、何かが頭上を掠めた。
「堂々と鳴子を鳴らすとは曲者め!」
「留!俺が先に聞きつけたんだぞ!」
「うるせえバカ文次!」
頭上を掠めた何かに驚いて身を縮める間もなく、目の前に影が降り立った。気がつけば、鋭い視線を向ける二人の少年が、こちらに武器を構えている。
「おい、お前。何者だ?」
槍を向けてくる少年が低い声で私に問いかける。
「……え?」
わけがわからない。
私はただいつもの道を歩いていただけなのに、今、突然槍を突きつけられている。
「おっと動くなよ。女だからって容赦はしないぞ」
「まあ文次郎、落ち着け。まずは話を聞いたらどうだ?」
もう一人のヌンチャクを持った少年が、彼を宥めるように言う。けれどその口調は楽しげで、案の定槍を持った少年の癇に障ってしまったらしい。
「ぬあんだと留三郎!こんな夜更けに不審者がうろついてるんだぞ?」
「だーかーら! 俺が先に見つけたんだから、そこは俺の判断だろ!」
突然始まる言い争いに、思わず「え、今?」とツッコミたくなったが、それどころではない。状況はまるで把握できない。というか、この服装って神社の人……ではないよね?え、ドラマの撮影とか?ううん、そんな感じじゃないよね?え?
「ちょっと待って、本当に違うんです!」
警察ドラマよろしく両手を上げる。下手に動けば、今にも槍の先が喉元に突きつけられそうなほど、彼らの持つ槍やヌンチャクには現実味があった。
——と、そのとき。
「二人とも何をしている!」
落ち着いた、けれどよく通る声が竹林に響く。
「土井先生!」
「先生、俺が先に見つけました!」
「違う、俺が先だ!」
少年達の見つめる先に、薄暗い竹林の間からスッと男性が現れた。
「まったく……六年生にもなって実習中に、言い争いをして」
ため息混じりに言いながら、こちらに目を向ける。その眼差しは少年達とは違い殺気のようなものは感じられない。けれど受け入れられているとも思えないような眼差しだった。そう、まるで四月に出来の良い新入社員が入ってきて戦々恐々としている一つ上の先輩の眼差しみたいな。いや違うか。でも歓迎はされていないのは分かった。
「……あの、貴女は一体何者ですか?」
男性の声は想像以上に優しかった。そして雲が晴れ、月明かりに照らされた彼は既視感のある見た目をしていた。待って、どこかで見た覚えがあるんだけど、待って。脳内が目まぐるしく回転を始める。何とか今までやり取りした取引先や会社の先輩達を脳裏に思い起こしていく。槍を突きつけていた少年が彼の名を再び呼ぶ。
「土井先生、その曲者どうされますか?」
土井先生。その響きに先ほどまで操作していたスマホのキャプション画面に出てきた顔がフラッシュバックした。そうだ、土井先生!この声!このビジュ!え、ということは待って。ここって……いや、そんなバカみたいなことはあり得ない。さっき頬を抓って夢か確認したけれど、力が弱かっただけかもしれない。もう一度、今度は強く爪痕が残るほど抓った。
「いったあ!やっぱり夢じゃないんだ!」
いよいよ分からなくなってきた。あのアニメの世界に入り込んだなんてそんなの聞いたことないぞ。空想科学読本だって二次元の世界に行くには光よりも速いスピードで走ることって言ってるぞ。私は走っていない。今度は平手打ちで頬を叩く。痛い。
私の先ほどからの奇行に流石の彼らも呆気に取られているようで、殺気を帯びていた眼差しが冷ややかな眼差しへと変わっていくのが見て取れた。
「おい、あんた。こちらの問いに答えろ」と槍の少年が言う。
「私は雪下詩織と言います。えっと、気付いたらここに」
「気付いたらだと?あんたの手に持ってるもんは何だ?それは弓じゃないのか?それに背負っている筒の中は矢だろ?どこの手の者だ?」
「弓と矢は稽古の帰りで持ってるだけです。私はただバス停に向かって歩いてただけですよ」
「ばすてい?……土井先生、如何しましょう?」
困った様子で腕組みをしていた先生は、槍少年の問いかけに「う~ん」と困惑を表した。なるべく面倒事には関わりたくないという表情をされてらっしゃる。そこで私はあることを思いついた。ここは忍たまの世界ということなら、私の知っている限り大体はなんとかなるということ。そして大抵は学園長に許しを請えば認められると。ならば私は学園長先生に会って曲者でないと認めてもらわねば。
「あの……!忍術学園の方たちですよね?私を、どうか、学園長の所へ連れて行ってくださりませんか?お願いします」
少年達は互いの顔を見合わせる。土井先生は胃を抑えながら深い溜め息を吐いた。私の大勝利である。とりあえず学園長先生に会えるまでは私の首の皮一枚繋がったようだ。竹林の茂みから少年達と同じ色の忍者服を着た少年が三人ほど姿を現す。私の記憶に残っているキャラは土井先生しかいない、どうしよう。こんなことなら友人の話を聞いておけばよかったと今になって後悔しないこともない。いや、むしろ友人がここに来るべきだったのだ。あ、思い出した。先週彼女が言っていた。『トリップと転生は違うのよ?トリップは夢主の世界に帰ってこれるの。だけど転生は転生だから。わかった?』あの言葉が本当なら、私は忍たまの世界にトリップしてしまったということだし、戻れる可能性もあるということだし、そもそもトリップすべきなのは私じゃ無くて友人じゃないか、と興奮気味になって突如ショートした弱味噌のせいで、私はその場にぶっ倒れた。
→
1/5ページ
