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没集

 障子の奥で、ゆらりと影が揺れた。日の沈みきった夜の事だった。
 「入ってもよいか」
 やや掠れた声で、その影は問った。声に気付いた部屋の主は、障子のほうに向き直って答える。
 「はい」
 すると静かに、障子が開いた。
 「……花相」
 のろのろと部屋へ入った影は部屋の灯りに照らされ本物の姿を現した。それは輿に乗った異形のもの__身を覆い尽くす黒装束と隙間から覗く白い包帯、眼は病のため黒く肌も一切見ることが出来ない__で、その手には小さな小包があった。
 「刑部さま」
 花相、そう呼ばれた娘は異形のものを見るなりぱあっと顔を輝かせた。笑顔で傍に近寄ると、包帯に巻かれた手がそれを制する。
 「病が感染る」
 輿の上から、黒い眼が花相を見下ろしていた。花相はあ、と声をあげ、「すみません」と頭を下げた。
 「刑部さまがこちらにいらっしゃるなんて、あまり無いものですから」
 えへ、と照れたように笑う花相には、どこか幼げがあった。異形のもの__刑部は、思わず視線を逸らした。
 「ぬしは不思議よな」
 「……なにがですか?」
 「いや、空言よソラゴト」
 それにしても__刑部は目の前の娘を見つめながら、思い返した。
 娘が来たのは三月みつきほど前だったか。左近が賭場から連れ帰ってきたのだ。
 いつもならば賭場帰りを責める三成だったが、その日は何も言わなかった。娘の方に意識がいっていたとも言える。
 左近の後ろをおとなしくついてくる娘を、刑部は遠くから見ていた。やけに汚れていた。左近に聞けば、娘は賭場で働かされていたらしい。
 不幸だ、と思った。花相は暴力も振るわれていたようだった。だが、花相はどんなときでも笑顔だった。それは不幸の中でも懸命に生きている証拠だった。そう思った。それが気になった。
 それから刑部は花相に興味を持ったのだが、ふたりがまともに話をする事は無かった。刑部が自身の病を気にしていたからだ。
 病で朽ちてしまったその身は城内の者にも恐れられていた。病は伝染ると噂され、業病だと言われていた。だから、娘が来ても自ら去っていった。
 たかが娘に一片の不幸も振り撒けない自分を、今はまだその時期ではないから、その一言で誤魔化していた。
 「……刑部さま?」
 花相の声に、刑部は連れ戻された。意識は再び部屋の中へ、刑部は花相を見た。
 「どうされましたか?……まさか、ご気分が」
 「なに、案ずるな。呆けておっただけよ」
 心配ない、そう言ってやると、娘は緊迫させていた表情をゆるめた。






***
花相……かしょう。
    牡丹を花の王で花王と呼ぶのに対し
    芍薬を花の宰相ということで花相と呼ぶ。
没その一です。夢主の呼び名は刑部さんがあだ名しました。刑部さんの持ってる小包は夢主にあげるお菓子の設定だった気がします……。
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