日々の僕たち


 カタカタ
 カタカタカタ····

 真夜中の部屋にPCのキーボードを打つ音が響く。

 ただ今、校内新聞の校正作業中。

 明朝には高校OBの経営する印刷所にデータを送信しなけりゃならない。

 ところで校内新聞と言う性質上、本来外部への持ち出しは原則禁止。

 しかし。




 昨日の午後の事
 部員の一人が「スクープだ!」と騒ぎ立てて編集係に記事を渡した
 編集長はザザッと目を通して
 「どうします?」と言いながら部長の俺に判断を委ねた。

 記事には『現文教諭が文芸部の部費を使い込みか?』と有る
 読み進めると、あくまで疑惑
 信憑性に欠ける。

 もう少し具体性が欲しい。

 俺は「取材を続けてくれ」と言い記事を部員に返した
 それと
 「スクープ記事だけが新聞じやぁ無い、そこの所忘れ無いようにな」
 はやりがちな部員に釘を刺す。

 彼は
 「判りました、決定的な証拠を掴んで来ます」

 だからさ、そうじゃ無くて
 俺は言いかけて言葉を飲み込んだ
 彼がやると言ってるんだ、この件は任せた方がいいだろう。

 「くれぐれも慎重にな」
 教諭に濡れ衣がかかる様な事が有っては困る
 極めてデリケートな一件だ
 彼にはその辺り肝に銘じて欲しい。

 「判っています!」
 彼は、そう言い残し部室を飛び出して行った。




 そして今日の午後。

 「やったぜ!」
 彼が部室へ飛び込んできた。

 しかし、部員達は明日の印刷に向かい最後の追い込み
 俺も上がって来る記事をPCで校正中
 彼をチラ見して、すぐに作業に戻る。

 「編集長、これを聞いて下さい」
 再び見ると彼が編集長にスマホで何かを聞かせている。

 編集長の顔色が変わった。

 「部長、少しいいですか」
 呼ばれるまでもない
 俺は慌てて彼らの元へ向かった。

 「最初から行きますよ?」
 彼はスマホに録音された物を俺たちに聞かせる。

 現文教諭の声だ
 内容は、部費の使い込みを認めて
 使い込みに至る経緯と謝罪の言葉。

 「コレ、ものまねとかじゃなくて本人だよな?」
 編集長が問い正す。

 「当然じゃぁないですか」
 彼は続ける
 「文芸部員一人々に取材して、そこから出た決定的な証言を先生にぶつけたんですよ」
 更に続ける
 「そしたら、アッサリと認めたんだ」
 彼は得意気に語った。

 「部長、どうします?」
 編集長が聞いて来る。

 気が付くと部員達の視線が俺に集まっている。

 「判った、すぐに記事を書いてくれ」
 俺は少しポーッとして判断能力に欠けていたけど、彼に依頼した。

 「判りました、任せて下さい!」
 彼は自分の机で作業に入った。

 さて
 そうなるとスペースを空けないと
 俺は編集長を呼んで協議を始める
 結果、連載企画を一回休載する事になった
 担当部員を呼んで了解を取り、スクープ記事を待つばかり。

 下校時間ギリギリで記事が出来上がる
 「遅れて済みません」
 彼は編集長に頭を下げてUSBメモリーを渡す。

 編集長は自分のPCのUSBポートにメモリーを挿し込んで画面に映る校内新聞の空きに記事を転送
 サイズを合わせて貼り付け。

 セーブをして
 校内新聞一応完成!
 残すは校正作業のみ。

 しかし、もう下校時間だ。

 「俺がやっておくよ」
 お持ち帰りは不本意だけどさ
 この場合仕方が無いよな。

 俺はメモリーを編集長のPCに挿し込んで新聞のデータをコピー
 「今日の内に仕上げて、明日の朝一でいつもの印刷所に頼んでおくよ」
 「昼休みには出来上がってるだろ」
 
 「私が受け取りに行きます」
 「あっ、僕も行きます」
 数人の部員が名乗りを挙げた。

 「ありがとう、頼むよ」
 「じゃぁ今日は解散!」
  
 「ありがとうございます」
 「さよならー」
 「お疲れ〜」
 

 
 
 そんな訳で
 俺は自宅で作業中。

 カタカタ
 カタカタカタ
 よっし!終わったぞ。

 セーブセーブと
 カチカチ、カチ
 「ふーっ」

 カラカラカラ
 グビッ、グビッ、グビッ
 「プァーッ」
 ミネラルウオーターをイッキに飲み干す。

 印刷所には夕方連絡を入れてある
 朝一で新聞のデータを送信すれば
 昼までには印刷してくれるそうだ
 いつもお世話になってます。

 さてと、そろそろ寝ないと
 ん、メールが届いてる
 どれどれ。

 差し出し人は、アイツか。

 『やっほー!作業は順調かな?明日の朝も、いつもの所で待ってるね〜それじゃぁお休みなさい♡』

 「はい、お休みなさい」
 「ふあ〜ぁ、眠い眠い」

 灯りを消してベッドに潜り込む
 ゴソゴソ、ゴソ
 「んん~ん」




 翌朝。目覚ましに起こされて、慌てて校内新聞のデータを印刷所に送信する。
 印刷所から届いたメールには「任せておけ! ちゃんと勉強もしろよ?」と。
 「判りました、お願いします」返信を済ませると、顔を洗いに洗面所へ。 

 登校途中、待ち合わせていた彼女と合流して学校へ向かう。彼女と他愛のない話をしていると、昨日の忙しさを忘れてしまう。新聞部の部長という立場上、これではいけないけどね。実際新聞はまだ 印刷されていない訳だし、印刷が終わり 各クラスに貼り出されれば掲載されている記事に対する責任も伴う。そんなことを彼女に話したら「もっと気楽でいいんだよ?」だってさ。そんなものかな?

 学校に着き校門で生徒指導の先生に呼び止められた。少し話があるとの事で、そのまま校長室へ連れて行かれた。
 俺何か悪いことしたかな?

 校長室では 校長先生から、現文教諭の使い込みの内偵を進めていた事と、その教諭が昨日亡くなった事を知らされた。
 そして、今週の校内新聞の発行停止を告げられた。故人の名誉を傷つけるとの理由だ。俺はとっさに「生徒には真実を知る権利がある」すかさず「子供が生意気なことを言うな!」そして「印刷所には手を回してある。新聞は印刷されない」俺は 呆然としたまま 椅子に座っていた。「いつまでここにいるつもりだ」
そう言われて我に帰ると、腕を引かれて 校長室から追い出された。

 様々な思いが頭を巡る中、教室へ向かって廊下を歩いているとスマホにメールが届いた。印刷所からだ「新聞の印刷は済ませてある 明日の朝 取りに来い」

 目が覚めた!

 そうだ、まだ終わっちゃいない。




95/127ページ
スキ