日々の僕たち


 先月
 俺の親友が亡くなった。

 死因は
 就寝時の窒息
 胃から戻ってきた物が
 気道を塞いでしまったそうだ。

 言ったら何だが
 つまらない死に様だ。

 腑に落ちない。

 でもさ
 葬儀も終わって一月もたてば
 認めるしか無いんだよな
 アイツの居ない日常をね。
 

 
 そんなある日の放課後。

 昇降口へ向かって廊下を歩く
 「キュッ、キュッ」
 上履きがリノリウムの床をこする音が
 うっとうしい
 以前は二人で雑談をしながら歩いていたから気にもしなかったけど
 一人の今は孤独感を煽る煩わしい音だ
 「ふーっ」
 軽く息を抜く
 少しは楽になったかな。

 「よっ、帰宅部!」
 昇降口に着くと後ろから声をかけられた
 その声は
 「部長〜俺は陸上なんてムリですよ」
 
 「ハッハッハッ!」
 「そんな事言わずに」
 「パーッと走ってみろよ」
 俺が後を振り返ると部長はニカッと
 笑顔を見せた。

 つま先でトントンと床を突いて
 かかとをスニーカーに収めてもう一度
 「俺は鈍足ですよ」
 
 すかさず部長は
 「速さなんてよ、問題じゃないんだ」
 「どうしてソコを判ってもらえ無いのかなぁ」
 
 部長は親友と同じクラスだった
 俺を元気付けようとしているのは
 ありがたいけどさ
 「スイマセン」
 「しばらくの間、一人にしておいて下さい」

 「むぅー、オレは待ってるぞー!」
 立ち去る俺に部長が吠える。

 俺は右腕を軽く上げて部長に応えた。

 

 様々な部活動が行われている賑やかなグラウンドを横切って校門へ
 ここを抜ければ外は別世界。

 逆じゃぁ無いかって?
 これで良いんだ
 俺は学生だからさ。

 そんなこんなで
 いつもの帰り道。

 いや、チョット待てよ
 久しぶりにアイツの家に寄って行くか
 親友はお婆さんと二人暮らしだった
 今はお婆さん独り。

 余計なお世話かも知れないけど
 お年寄りの独り暮らしは
 いろいろと大変だろうしな
 なにか困り事も有るかも知れない。

 そうと決まればアイツの家に
 次の交差点を渡って右だ。



 
 アイツの家に着いたけど
 少し見ない間にずいぶんと寂れたな
 もしかして
 お婆さんは老人ホームにでも入って
 今は空き家だとか?
 でも
 表札有るしなぁ
 ポストにインターホンも。

 どれ、インターホン押して見よう
 「ピンポーン」
 しばし待つ。誰も出ない
 もう一度
 「ピンポーン」
 
 「あら、どなたかしら?」
 いるじゃぁないか
 「お久しぶりです、俺です」
 無言、どうしたんだろう
 「悪いけど、帰ってもらえるかしら」
 「あなたの声を聞いたら」
 「孫の事を、う、うぅっ」
 これはマズいぞ、退散した方が良さそうだ
 「失礼しました!」

 「ちょっと待って!」
 
 待ってと聞こえたけど
 空耳じゃぁ無いよな
 確かにお婆さんの声だ。

 待って見るか
 でもインターホンからは何も聞こえないぞ
 まさか、お婆さんに何事か有って
 いや考え過ぎだ
 俺はココで待って居ればいい。
 
 しかし
 待てど暮らせどお婆さんは現れない
 もう帰るか
 そう思った時、ドアの鍵がカチッと
 外れた
 ゆっくりと俺の様子を覗うように
 ドアが開いた。

 玄関にはお婆さんが立っていて、俺を見るなり目頭をハンカチで押さえた
 「待たせちゃって」
 「ごめんなさいね」
 「これを持って行って欲しいの」
 差し出された手には小さな箱。

 見覚えが有るぞ
 確かアイツの宝物だ
 生前、一度だけ見せてもらった事が有る
 『大切な物が入ってるんだ』
 そんな事を言っていたっけ
 中は見せてもらえなかったけどね。

 それが俺の目の前に有る
 「中には何が入ってるんですか」
 思わず聞いてしまった
 お婆さんはうめき、涙を流しながら
 「それが開かないのよ」
 「大切な物だって聞いていたから」
 「何が入ってるのか気になるでしょ」
 
 そりゃあ気になるだろう
 俺も興味が有るし。

 「でも、そんなに大事なものを」
 「俺が持ち帰って良いのですか」
 素朴な疑問。

 「だからよ、手元に有ると」
 「あの子の事を思い出してしまって」
 「この箱はあなたが持っていた方が」
 「いいと思うの」
 お婆さんはそう言うけどさ
 何だか厄介な物を押し付けられた気分だ  
 箱を見るたびにアイツの事を
 思い出す
 俺の気持ちはどうなる。

 「さっ、お願いね」
 お婆さんは俺の手を取り
 強引に箱を持たせた。

 そしてドアは閉まり
 カチッと鍵の掛かる音が。

 もしもし、お婆さん
 俺に一体どうしろと言うのですか。

 手に持っている箱を見る
 約10cm程度の木で出来た立方体
 所々汚れているので、ソレなりに古い物なのかも知れない
 ひっくり返すと底面に正六角形が二つ重ねて刻んで有る
 「う〜ん」
 俺には理解不能だ。

 でも託されたからには
 とりあえず持って帰らないとなぁ。

 俺は箱をカバンにしまうと
 帰路についた。

 
 

 「ただいまー」
 家に着いたけど誰もいないぞ。

 まぁ、いいか
 そのうち帰って来るだろう
 それよりも箱だ
 自室に入ると軽く背伸びをして
 肩を回す。

 カバンから箱を取り出して
 机に置いてあるPCに向かう
 「待ってろよ、今からお前の正体を暴いてやるからな」

 先ずは、箱骨董品で検索
 画像を選択すると手元の箱と似たような物が数点有る。

 でも、どの箱にも
 名匠誰某製作と解説してあるぞ
 そして作者の焼き印入りだ。

 手元の箱をくまなく調べる
 焼き印は無い
 作者不明か。

 次は二重六角形だ。

 コレはどうやって検索すれば良いんだろう
 画像検索かなぁ。

 でもなぁ〜
 彫りが浅いから多分PCのカメラじゃ無理だな。

 カバンからスマホを取り出して
 二重六角形を撮影
 アプリで画像をモノクロ加工して
 ハイコントラストに調整する。

 よし、何とかPCで認識出来そうな
 画像データになったぞ。

 さっそく画像検索だ
 ポチッと。

 どれどれ〜
 なんか神社とか宗教関係のサイトが多いなぁ
 画像の方は?
 おっと、似たような図形があるぞ。

 茅の輪。

 茅の輪って子供の頃にくぐらされた
 あの茅の輪?

 確か、疫病退散がどうこうって神主さんが言ってたぞ。

 それが箱に刻まれていると言う事は
 中身は余り縁起の良い物では無いな。

 親友には悪いけど、明日にでも近所の神社に持って行って納めてもらおう。

 俺は箱を机の端にそっと置くと
 手を合わせた。
 
 

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